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◯拷問投票274【第四章 〜反対と賛成〜】

 まだ序の口かもしれない。佐藤には、もっと恐れていることがあった。少し躊躇いながらも読み進めていく。
『サイバー防衛隊の活躍により午後二時ごろまでにはすべてのハッキングは解除されましたが、混乱の中、ロボットに間違われるなどして、少なくとも十二名の男女の死亡が確認されています』
 これだ。まさにこれが佐藤の恐れていたニュースだった。一瞬のうちにショックが倍に膨らんでしまう。佐藤は、気合を入れて、記事の残りを勢いで読んでいった。
『なお、SNS上ではフェイクニュースがあふれるなどして、混乱は続いています。午後六時ごろには、首相官邸にて長野官房長官が会見を開き、〈ロボットであれ、一括りにして差別することは許されない。ロボットは危険だからべつに壊してもいい、と勘違いしていただけだ、という言い訳は通じない〉と発言し、国民に対して冷静に行動するように呼びかけました。今回のハッキング事件への今後の対応について記者から問われると、長野官房長官は、〈現在、原因を調査しているところだ。原因解明のうえで再発防止に努めたいと考えている〉と話しました。そのおよそ一時間後の午後七時過ぎには、中国の人民解放軍が声明を発表し、〈我々の人道的介入により、日本の腐った民主主義を救うことに成功した〉と、ハッキング事件への関与を仄めかしています』
 政治のことはどうでもよかった。それよりも、この騒ぎの中で起こってしまった殺人事件について、もっと情報が欲しい。十二名の男女が死亡したとあるが、どのような状況でどのように死亡したのか。
 べつのニュースアプリでも確認してみようと思った。人型ロボットと人間はすごく似ているから、人型ロボットが襲われているなら、同じように腕を引きちぎられたり顔を炙られたりして襲われた人間が……。
 いや、待てよ。そのとき、ハッとした。
佐藤は、スマホから顔を上げ、いくつもの車のテールランプに彩られた車道を見つめたまま、固まった。
 投票のことばかり考えていて、うっかり見逃していたことがあった。多くの人型ロボットがハッキングされて都内が混乱したということは……。
 投票を終えたことに対する小さな安心感はすぐに燃え尽きてしまった。佐藤の心を一瞬のうちに吞み込んだのは、大切なものが奪われてしまったのではないか、という激しい恐怖だった。
 無人タクシーがやってくると、すぐさま乗り込んだ。目的地を自宅アパートに設定し、早く到着できるように高額のプランを選択した。
 ネオンが輝く都会の街をゆくタクシーの中で、佐藤は、ぼんやりとサイドウィンドウを見つめることしかできない。
 どのネオンも、ラブホテルのように嘘くさかった。