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◯拷問投票96【第二章 〜重罪と極刑〜】

 そのほか、裁判員は六人だ。
 いちおう自己紹介のときに名前を明かしているが、便宜上、お互いのことは番号で呼び合っている。
 一番は、ほっそりとした中年男性だ。態度や言葉遣いがどれも繊細で、優しそうな雰囲気がある。聞き上手なのは間違いない。周りの人たちが独自の知識を披露したときには、真っ先に驚くふりをする傾向がある。
 佐藤の場合、楽しそうに知識を披露する人が現れると、とりあえず自分のことは棚にあげておいて、偉そうなやつだ、と悪感情を抱くことが多い。優しい人間になりたいとは思っても、反射的な感情の動きのために改善が難しい。というか、それほど自分の心と向き合っていないので、改善する気もない。
 その点、他人の言動にいちいち苛立たないで気遣いのできる一番には、少々の嫉妬とともに、尊敬のような感情を抱いた。
 二番も同じく中年の男性だが、一番と違って、目つきが怖い。ナイフのような目だ。見た目で判断するのはよくないとは思うが、相槌や笑顔などの迎合的な反応もしないために印象が悪い。単にコミュニケーションの苦手なタイプかもしれない。とはいえ、性格が悪い可能性も十分に高い。
 ひとまず、ここが裁判所であることにも気を配り、疑わしきは罰せずの原則にしたがうことにした。性格が悪いかどうかについて、いまのところは無罪判決だ。
 三番は、ほうれい線の深さがチャーミングポイントの年配男性だ。一番と同じような優しそうな雰囲気とともに、責任感の強そうなオーラをまとっている。審理の休憩のときは、かなり頻繁に裁判官たちに質問をしていた。わからないことを恥に感じて理解しているふりをするようなプライドや虚勢はない。
 その点も、本当は見倣うべきところだ。
 佐藤としては、やはり間違っていることを口にすることは怖かった。裁判員に任命されたからには三番のように率直に疑問を口にすることも必要だろうが、それができるかどうかは空気にもよる。
 四番は、おそらく佐藤と同じ二十代だろう女性だ。本人に言ったら怒られるかもしれないが、小動物のような可愛さがある。びくびくしているわけではない。少し神経過敏そうなところがあり、奥手ではないものの、一挙手一投足が意識的だ。わっと驚かすと面白い反応をしそうである。
 もちろん、驚かしてみたいという衝動は心の中に仕舞ってある。相手の立場に立てば、ペットのように弄ばれるのは屈辱的だ。
 いまだ決定的ではないが、おそらく神田裁判官は、四番のようなタイプの女性が苦手だろうと思われる。ときどき神田裁判官は急に声量を上げ、そのたびに四番がびくっとする。ああ、ごめんなさい、となるべきところ、神田裁判官は意に介す様子がない。これくらいでびっくしてどうすんのよ、あんた、みたいな内心の声が少し漏れてきてしまっているのではないか、と佐藤は警戒を強めている。
 もしも、この合議体が学級崩壊みたいな異常事態に発展するとしたら、その亀裂は神田裁判官から始まるだろう。裁判官という華々しい経歴と専門性のためにプライドが高くなっている。それだけなら立派なことだが、そのプライドの高さの副作用として、繊細な人間に対する理解力が低下している。それが佐藤の洞察だ。