見出し画像

◯拷問投票217【第三章 〜正義と正義〜】

 少しの無言ののち、音声データの中で川島の声は言った。
『わたしは、ただ空気を読みたいだけです。臆病な中学生。みんなが短髪にするなら、短髪にする。わざわざ長髪にしたいという自分の意志を貫いて、無残にいじめられるくらいなら、周りに合わせて短髪にしておいたほうが無難で平和です。臆病かもしれないし、チキンだと批判されるかもしれないが、賢明な選択だと……いや、そんなことはどうでもいい。少し話しすぎてしまった』
 川島の声が、えほん、と咳払いをした。
『まあ、だいたい、こっちの立場と要求は理解していただけましたね?』
 そこで、ぶつり、と途切れた。平和刑法の会の代表が裁判員を辞退させるために自らの本当の目的を明かすという衝撃的な内容だった。
 佐藤は、スマホから顔を上げ、理子の横顔を見た。これはやばいんじゃないか、という視線を向けたが、理子は冷ややかな笑いを浮かべている。なんだ。その表情の意味がわからないまま、じっと見つめた。詰問にも近い視線を数秒間、横顔で受け止めたあと、理子はやっと振り向いた。
「フェイクだね」
 共感を求めるような言い方だった。
「これがフェイク?」
「そうだよ。こんなの、つくりものに決まってるじゃん。まさか、ホンモノだと思っちゃってた?」
「いや、そういうわけでもないけど……」
 言いながら、佐藤は、図星だったことを心の中で認めた。
 迂闊だった。迂闊にもほどがあった。佐藤は、まったく頭が回ってなかった。あらためて考えると、やけに説明的だった音声データに、フィッシングメールのような胡散くささが漂っているようにも思えてくる。
 理子は、ご丁寧なことにも、フェイク情報だと判断できる理由を口走った。
「裁判員を買収するんだとしても、わざわざ、自分の本性や秘密を明かす意味なんてないよね。他国からの経済制裁を重くしないために活動してるなんて言わなくても、いつもみたいに人権を守るためだって建前を言えばいいだけの話じゃん。やっぱり、川島さんを陥れるためのつくりものでしょ」
「まあね。ちょっと不自然だった」
 あまりに無邪気な受け止め方だったようだ。佐藤は、詐欺師に騙されたような気分で、間抜けな自分を恥じた。
 冷静に考えれば、わかる。現代の技術を用いれば、こんな音声データ、誰だって短時間でつくれる。実際にも、SNS上には、いつも、悪意に満ちたフェイク情報が星の数ほどあふれている。