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◯拷問投票213【第三章 〜正義と正義〜】

「いや……」
 適切に意図を汲み取ってもらえなくて、佐藤は、少し動揺した。拷問に反対することにも抵抗感を覚えているという理子の内心がダイレクトに伝わってきたのも、余計に佐藤の心を惑わせた。
「そういうことじゃなくてさ」
 スマホに目を落としたままで、どうにか言葉を絞り出した。
「その限界の中で考えるしかない、っていう、それだけのこと。浅い人間観で、うぬぼれながら人間批判をしてるわけじゃないよ。俺だって、AIより精度の低いカテゴリーの中で生きてる、って、わかってる」
「そっか」
 佐藤の言わんとするところは伝わったようだったが、そっけない返事だった。思わず、俺はまだ立場を決めてない、とはっきり言いそうになった。勝手に拷問の反対派に加担したかのように受け取られるのは、かなり不愉快だ。むきになるのはカッコ悪いだろうから、深呼吸で気持ちを静める。
 すぐさま思考の世界へと離脱する。
 できることなら、被害者の心の中を覗き込めたらいい。そしたら間違いはない。適切に加味できる。だが、被害者はもうこの世にいない。
そもそも、現実の被害者がどう感じたのかということに、こだわるべきかどうか、についても怪しかった。
 被害者の耐性によって罪の重さが変わるなら、たまたまメンタルの強い被害者を襲った人は罪が軽くなる。どう考えても正義に反している。
 レイプによるダメージの深刻度が人によって違うなら、最悪なケースを念頭に置くべきだろうか。
 それとも、平均的なケースをベースにするべきなのか。
 あるいは、被害者の痛みという確定的に扱えないものについては、判断材料として手を伸ばすべきではないのか。
――たしかに。
 佐藤は思った。わからないものから結論を導くことは放棄し、目に見える事実から結論を組み立てていくのが現実的だろう。被害者の痛みではなく、レイプという行為そのものを個別の被害者から切り離して評価していくべきではないか。
 その評価は流動的だろうが、いまのSNSの状況を見ると、いちだんと厳しい評価になっている。
 難しいな、と佐藤は溜息を吐いた。
 頭が痛いし、心も少し疲れている。細かいところまで思考の歯車を回していくと、徐々に自分の思考が残酷にも思えてきた。裁判のときに身についてしまったのだろう断言を嫌う慎重な思考は、人間味を失っている気がする。
 佐藤は、いったん思考を停止させ、ディスプレイのむこうに広がっているSNSの世界へと意識を戻した。