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都市と国家と人間と―『人ノ町』

タイトル:人ノ町 著者:詠坂 雄二 新潮文庫nex刊

・あらすじ

 文明が衰退し、崩れ行く世界を彷徨する旅人の物語。
 行く先々の町がそれぞれの章になっていて、町ごとに様々な物語が紡がれていく。
 「風」を信仰する町で「無風」を願うという禁を破った研究者が殺されるのを目の当たりにし、別な街では犬という愛玩動物を通して『野生』と『社会』を隔てるものとは何なのかを問うなど、作者なりの独自の解釈が展開される。
 やがてそれら独自の解釈は終章でまとめられていき、やがて作者独自の「人類の根底にある文化体系」が明らかになる。

・感想

 途中の章(「石の町」)で衰退しつつもなお発展を目指し、人類がなおも活動し続けることに対する「・・・何と呼ぶか迷うこともない。業という名の、道標だ」という一文が全てを表している。
 というのが、私ははじめこの本は『キノの旅(時雨沢恵一著・電撃文庫刊)』のように町をめぐり、それぞれごとの旅模様を活写する本だと思っていたからだ。
 ところが、クライマックスのシーンで主人公が太古の時代の高い技術で「不老不死」を手に入れた存在であることが明かされ、それまでの文章も含め、意味が一変する。人類が栄華を誇り、やがて凋落をたどっていった様子を見続けた「旅人」が、文明が崩壊してもなお生き続ける人類の観察者であると同時に「その営みの移り変わりの力に支えられ」て精神を正常に保ち続けている、という真実に、認知の枠組みを揺さぶられるような感覚になった。
 「旅人」の伝え続ける情報が、小さな町に住むようになった人間たちを結び、幾多の「業」を背負いながらも生き続ける人間たちを、過去の負の歴史を知る旅人の視点から書かれた人類の挑戦の物語であった。

・私個人が感じた作者からのメッセージ

①人間社会の発展の中で、人は幾多もの「業」を背負ってきた。それでも、この社会は、人類は前を向いて進んでいく力強さを持っている。
 特に、「王の町」という章で、「永遠」を手にしている旅人が、「定命」の人類が愚かな選択をし、破滅への道を進んでも、また立ち上がってやり直して行く姿が、何度もそれを見てきたであろう旅人の目線で書かれているのが印象的だった。

②自分以外の他者やほかの動物を、自分に置き換えて勝手に考えて扱うのが人間の身勝手なところであること。
 これは、「犬の町」で、『犬』という愛玩動物を通して、野生と社会を隔てているものを明らかにし、その境界を越えて人間社会に入り込んだのが「犬」なのではないか、という作者の論が語られる。
 「犬」を例にとって、暗に様々なものにたいして、人間は自分たちの身勝手な解釈で扱っているのではないか、という警鐘を鳴らしているようにも感じたためだ。

③壁を築いて、中の人々を管理しはじめた瞬間から、人類を破滅へと導く「争い」が始まる。
 作中最大の「禁忌」として扱われていたが、これは全世界の多くの国が「自国第一主義」を掲げはじめ、見える、見えざるにかかわりなく「壁」を築き、他国との距離を置き自国民を厳しく管理することになりつつある現代への警鐘の意味も込められているのではないだろうか
 SFだけにとどまらず、現代社会の抱える問題を鋭く描いている。

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