見出し画像

育苗と三寒四温 自然のリズムに合わせて


<育苗と三寒四温 自然のリズムに合わせて>

毎年毎年、自然農を学びに来る人たちには育苗にチャレンジしてもらっている。
正直な話、育苗は中級者向けだと思っているから初心者には少し難しいに違いない。

川口由一さんをはじめ、自然農の本には育苗ではなく直播きの方法が載っているのだが、「直播きは土ができていて、種まきを最適なタイミングで行い、毎日のようにこまめに様子を見に行って草刈りができる人向け」である。だから、ほとんど何も整っていない参加者には直播きが一番難しい。

さて、どうして学びに来る人たちに育苗から始めてもらうかというと、育苗ほど学びの多い実践はないし、面白いものもないからだ。

何よりも春の育苗は三寒四温を体感で学ぶことができる。三寒四温という言葉は小学校の授業で学ぶことであり、春になれば天気予報で聞かないことはない言葉だ。

しかし、ほとんどの日本人にとって三寒四温を本当の意味で理解していない。実際に春に夏野菜の育苗をしてみれば、自分がどれだけ頭で理解していて身体で理解していないのかがすぐに分かる。

踏み込み温床を使うにしても、小型のビニールハウスを使うにしても、三寒四温の春において重要な温度管理は思っている以上に複雑で難しい。

夏野菜と一括りにして頭で考えてしまうが、発芽適温と育成適温はそれぞれ野菜によってバラバラで、低温障害や高温障害が出る温度もそれぞれバラバラだ。

三寒四温の気温は日によって違うのは当たり前だが、晴れているときと曇り、雨の日では全く違う温度だ。もちろん、1日を通して温度変化は激しい。よく晴れた日は朝に真冬の温度(5度以下)となり、昼に夏日(25度以上)のように暑く、夕方には冷たい風が吹く。三寒とは冬で、四温とは夏で、それが入り混じる季節が春。そのなかで植物たちは最適なタイミングで芽を出し、茎を伸ばし、花を咲かせる。間違えてしまえば生き残れない。

にも関わらず、天気予報では「平年」という言葉で、「平均」という言葉で比較して評価して、ああだこうだと説明する。そんな概念は野菜にはないし、自然界にもない。

踏み込み温床の温度ももちろん日々変化していくし、ビニール一枚かぶせるかどうかでも全然違う。冷たい北風が吹くときと暖かい春一番のような南風が吹くときでも温度は違う。

初心者の誰もが無視してしまいがちだが、植物にとってタネにとって最も重要なのが「地温」である。地温は気温とはまるで違う温度変化をする。だから、土を触らない人は育苗が下手くそなままだ。そして、芽が出た後は地温とともに気温も植物が感じる温度になる。

「植物が感じている温度が最も重要だ」なんて当たり前なのだが頭で考えている人はなかなかこれに気がつけない。テレビの人が話している温度は気温で、各地に配置された観測所で記録された気温である。

だから、あなたの畑や育苗スペースの気温とは違うし、百葉箱の内部とはまるで違う環境にある畑や育苗スペースと同じと考えるのは無謀だ。野菜は気象庁が発表する温度で発芽をするかどうかを決めているわけではない。

育苗は本来彼らが芽を出し、成長する大地から切り離す。さらにまだ春にも関わらず夏だと錯覚させる。人間の都合で不自然なことをする際に忘れてはならないのは「自然な状態に近づける」ことだ。切り離せば離すほど、遠ざければ遠ざけるほど彼らのストレスは増え、人間の仕事も増える。

育苗の温度管理は幼い子供を預かる母親や保育士の仕事に似ている。実際に子育て経験のある女性の方が飲み込みが早いし、温度管理がうまい。幼い子供が感じている温度と大人が感じている温度は違うし、幼い子供と同様に野菜たちは自分で温度管理もできないし、明確に伝えてくれるわけでもない。

だから、こちらが寄り添う必要がある。彼らは超ワガママで、超素直だから、こちらが合わせてあげれば勝手にスクスクと成長していく。

環境が最適なら野菜たちは芽を出す。そのときの喜びは実践したものにしか分からない。新芽が土をクイっと持ち上げる瞬間に立ち会ったときの気持ちは、幼子が初めて立ち上がって歩こうとしているときに、親が手を出すのではなく、応援をするときの気持ちに似ている。(ここで手を出すと歩き出すのに1ヶ月も遅れが出ると言われている)

初心者はいつも失敗をすると「どうしたら成功するのか?」とばかり質問をする。私はそれに答えない。必ず「どうして失敗したのか?」を学んでもらおうとする。そこにどんな思い込みや勘違いがあるのか、どんなケアが足りないのかに気がついてもらう。

実は自然は「どうやったら成功するのか」は教えてくれない。彼らはいつも「どうして失敗したのか」を伝えようとしてくれている。光が足りないとき、温度が合わないとき、水が足りないとき、人間の五感で感じ取れるやり方で伝えようとしてくれる。

だから頭で考えるのではなく、五感を使って観察する必要があるのだ。自然に寄り沿った暮らしをするには、自然と調和した暮らしをするには五感を使って、彼らからのメッセージに気がつき、そして彼らのリズムに合わせてこちらが合わせてあげる必要がある。

春の育苗はそれがよく体感できる実践だ。たった2ヶ月間の育苗だが、三寒四温のリズムが身体に染み込んでいくと、四季がはっきりとしている日本において自然と調和した暮らしを実践する上で重要なことはほとんど身に付けることができる。

冬と夏のエッジには三寒四温のダイナミックな波がある。波を止めることはできないが、波に乗ることはできる。その温度変化に惑わされることなく、しっかりと乗りこなすことができるものだけが、自然と調和した暮らしを楽しむことができる。サーフィンは畳の上で頭の中で考えるものではなく、海の上で身体全身で学ぶように自然を学ぶには頭ではなく身体全身で学ぶしかない。

自然農とは自然に寄り添いながら、自然に抗う営みである。宇宙の法則の中で生まれる風土の波の上に乗りながらも、呑み込まれないように。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?