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育苗の種まきと断根挿し木


<育苗の種まきと断根挿し木>
育苗の種まきは深さは1.5cm(人差し指の第一関節くらい)の穴を三つ空け、「1ポットに3粒」ほど蒔く。これは発芽率の問題から保険の意味を込めてもいるし、密蒔きによって成長を促すメリットもある。一番気に入っている理由は「1つは人間のために、1つは虫のために、1つは鳥のために」というものである。しかし、当たり前だが育苗仕事では虫が入らないようにも鳥が入らないようにするから、1ポットに2ないし3粒が発芽してそのまま成長することになる。

そこで農家は葉と葉が重なり合う頃に必ず徒長していない一つを残して、残りの芽を摘むことになる。ここで初心者にありがちな失敗は「えー!かわいそーう!」といって間引きできないことである。何を隠そう、私も育苗をはじめた頃は同様に間引きを躊躇したものだ。間引きを躊躇すると起きることはすべての株が徒長し、栄養分も十分に行き渡らず軟弱な苗に育ってしまい、定植後に折れたり虫に食べられたり病気になってしまうということだ。たいてい植物のことを理解していない人が言う「かわいそう」は人間の都合であって、植物のためにはならない良い例だろう。

失敗から間引きすることの重要性が分かっても、やはり躊躇ってしまうのもまた人間の性だ。トマトなどのナス科は移植に強いので違うポットに移植すれば良いのだが、ウリ科やマメ科といった移植に弱い野菜には移植は返って株を弱らせてしまう。

そこでオススメしたいのが間引いた株の「胚軸挿し」という手法である。やり方はいたってシンプルで、本葉1.5~2枚のときに間引く際、根元からハサミでちょきんと切り落とし、事前に水を十分に染み込ませておいた新しいポットにそのまま挿すだけだ。そして、そのまま日陰に数日置いておくと、胚軸(茎)から不定根(気根)が生えてきてそのまま無事に育つことができる。

しかし私が実践したところ、この成功率は極めて低かった。良くて10%ほどの株しか活着しなかったのだ。どうやら原因はポットの水分量にあるようだった。日陰に置いておいても植物は葉から常に水分を蒸散してしまう。その分の水分を本来は根から吸収するのだが、断根するために、茎の切断面から吸わなくてはいけない。生花のように直接水に挿しておけば自動的に水を吸い上げることができるが、空気に触れてしまうと水が吸い上げられなくなると言う。つまり、ポットの水を少しでも切らしてしまうと水が吸い上げられなくなるのだ。

胚軸挿しのあとの株は弱っているため、葉に水がかかるような水やりは厳禁である。水を通して病原菌が侵入してしまうからだ。だからポットの水を切らさないようにするには1日に何度か底面給水をするくらいでなくてはいけない。しかし春からは全国を回って仕事をするため、そういった細かいケアができない。

そこで思いついたのがそう、まさに生花の方法だった。間引いた株をすぐに水の中に浸けてしまうのだ。このとき、空気に触れる時間は短ければ短いほど良い。もし空気に触れる時間が長くなってしまったら小さくもう一度ハサミで切るか、水の中で切るとうまくいく。そして、直射日光が当たらないところで不定根が出てきて活着するまで水耕栽培するのである。オススメの場所は水を交換しやすい台所である。春先はまだ気温が低いので、できれば家の中でも暖かいところで栽培する方が活着が早くなる。さらに台所は火を使うので暖まりやすいし、たいてい窓があるのでちょうど良いくらいの弱い光が当たる。本葉は常に光合成を必要としている。

不定根が出て本葉が3枚ほどまで展開してからポットに移ぜば、その後の水やりは間引いていない苗と同じ回数で大丈夫だ。この方法にしてからの成功率はほぼ100%である。

胚軸挿しのメリットは決して間引きするのがかわいそうという心の問題を解決するだけではない。
まず何よりもその不定根の特性だ。タネから初めに出てまっすぐ地下深くまで伸びていく根を主根といい、主な仕事は水分を獲得することである。その主根から横に横に伸びる根が側根といい、水分の他に側根に共生する微生物と協力して土中内の栄養分を獲得する。そして、胚軸から伸びる根は側根と同じ根なのだ。

自然農のように肥料や堆肥を使わない農法において、作物の側根を増やすことは大きなメリットを生む。側根がたくさん伸びれば伸びるほど、菌根菌などの共生関係を発達させて、土中内の水分と栄養分を効率的に吸収することができる。通常、植物はまずはじめに主根を十分に伸ばしてから、側根を次第に増やし始める。その主根を伸ばす過程を省略することができるのだ。そのため、胚軸挿しで育てると収穫量が増えるばかりか作物の栄養分も増えるという。私の個人的な意見では胚軸挿しで育てた作物の方が甘みが強いと言う実感がある。

ほかの胚軸挿しのメリットは病気に強いということだろう。日本の夏(梅雨から台風シーズンにかけて)の雨の多さは自然農にとって最大の恵みだが、逆に病気の温床でもある。野菜の病気の8割はカビ菌だからだ。先ほど説明したように主根は地下深くに水分を求めて伸びていく。もし地下水脈の流れが滞っていたり畑の排水性が悪いと。伸びていった先で病気になってしまうリスクが高まる。とくに定植時期である4月や5月は雨が少ないので、主根は積極的に地下深くへと伸びていってしまい、梅雨に入って病気になってしまうことがある。とくに湿気に弱いウリ科野菜にとっては気をつけたい点だ。

しかし、側根にはその心配が少ない。なぜなら、側根で共生関係を結ぶ微生物たちは病害菌の侵入を防いでくれるボディガードの役割も担っているからだ。さらに不定根なら胚軸から伸びる分、比較的地表面に近い部分に広がって伸びる。そのため地下深くのように水が滞っていることが少なく、もし大雨で水たまりができたとしたらすぐに見つけて、すぐに対処ができる。実際に私の畑(粘土質よりの土質)では乾燥が大好きなスイカは直播よりも、間引かずポットに残した苗の定植よりも、間引いて胚軸挿した苗の方が毎年早く多く実をつけてくれる。このように胚軸挿しは農薬に頼らずに野菜を栽培する上でとても有効な方法なのだ。

ここまでのメリットの説明から胚軸挿しのデメリットも説明ができる。主根がなく側根が地表面に多いので、強い乾燥には弱いと言うことだ。なので、定植前の強い日差しと高い気温時にはたっぷり水やりをすること、定植時にマルチを厚めにすること、気温が下がっていく夕方に定植するかあまり気温が高くなりすぎない日に定植することを心がけよう。また定植直前に数時間ほど底面給水することもオススメだ。

胚軸挿しを実践するようになると、毎年必ず苗が余るようになるだろう。胚軸挿しは水耕栽培の期間分、どうしても他の苗よりも成長が遅くなり、その分定植のタイミングが遅くなる。しかしそのおかげで、先に定植した分が寒の戻りで枯れてしまったり、弱って病害菌や病害虫の餌となってしまう。そんないざというときに畑を補ってくれる。また、定植のタイミングがズレることで収穫のピークもズレるので、一時期にキュウリがたくさんできてしまって困ることもなく、安定して収穫ができるようになる。それでも余ってしまったら周りで畑をしている人に声をかけてみよう。5月後半頃になるとホームセンターにも新鮮な苗がなくなってしまっているので、欠株がでてしまった人から喜ばれることだろう。余剰物は自分だけのものとして蓄えると腐っていくだけだが、必要としている人と分かち合えば全体の豊かさに変わるのだから。

社会学者ハワード・オータムによれば自然界には「三層の利他行動」という法則があるという。ある生命体が獲得した資源のうち3分の1は自身のために利用され、3分の1はその生命体の代謝物を利用する他の生命のために利用され、残りの3分の1は生産物となり他の生命体を養う。キュウリで言えば3分の1は自身の成長と繁殖のために利用し、3分の1は共生関係を結ぶ微生物のために利用し、残りの3分の1は私たち人間に分けてくれる実の生産に利用される。私たちが蒔くタネもまた1粒は自分のために育ち、1粒は病害虫にエサになり、1粒は周りの生き物(鳥やネズミ、人間など)のために利用されるようにできているのかもしれない。

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