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人との本当のつながりを生む「技」と「精神性」とは何か

12月8日発売『「わかりあえない」を越える - 目の前のつながりから、ともに未来をつくるコミュニケーション・NVC』を読んで、初noteを書いてみました。

NVCとの出会い

私はこれまで人道支援・開発支援に長年たずさわってきました。最後に入社したのが合併したばかりの国際開発団体で、旧2団体の陣取り合戦の調整に奔走しましたが、真の統合はなされないままでした。平和構築分野が長かった自分として、組織を平和に導けなかったのは、とても心残りでした。従来の開発支援の構造に限界を感じるとともに、人間としての基本的な心のあり方が変わらない限り、世界の紛争・貧困は繰り返されると感じるようになりました。

退職後しばらくしてから、NVC (Nonviolent Communication) に出会いました。NVCは、アメリカ人心理学者マーシャル・B・ローゼンバーグ博士によって提唱された手法で、日本語では「非暴力コミュニケーション」または「共感コミュニケーション」と訳されています。NVCについては、国際関係の大学院でも、平和構築の現場でも一度も聞いたことがなく、「こんな手法があったなんて!」とおののきました。もっと人生の早い段階で出会いたかったと、NVCの学びに没頭してきました。

NVCの理念は、次の2つの問いに集約されています。
「わたしたちの内面で何が息づいている・生き生きしているか」(ニーズ)「人生をすばらしいものにするために何ができるか」(リクエスト)
 NVCの基本的な文法はOFNRです。
Observation/観察:評価をしないで、何が起きているか事実を観察する。
Feeling/感情:観察したことに何を感じているか。
Needs/ニーズ:感情の下には、どのように自分が大切にしているニーズがあるか、あるいは満たされなかったニーズがあるか。
Request/リクエスト:相手に強要とならないように配慮をして、リクエストをする。

 NVCに出あってから1年半が経過したころ、その提唱者であるマーシャル・B・ローゼンバーグ博士によって書かれた『「わかりあえない」を越える』(原著:SPEAK PEACE)の試作本を受け取りました。この本を読んでいるうちに、「NVCってこんなに精神的に深いものだったの?」と目からうろこが落ちました。その気づきについて、お伝えしたいと思います。

 OFNRはワンネスに向かう方程式

NVCでは、「今あなたの心の中でなにが生き生きしていますか?」と、自分のニーズにつながることを大切にします。どのような行動の裏にもニーズがあると考え、ニーズは「いのち」であり「生命エネルギー」と説明されています。対立している敵であっても、相手のニーズにつながると、人間としての共通性に気づき、憎しみや怒りの感情のからまりが自然とほどけていくのです。なんとなく分かっていたつもりでいたしたが、この本を読んで、ニーズは「純粋な魂」ではないかと捉えるようになってきました。誰もがもっている聖なる魂にフォーカスし続けるOFNRは、私と他者に共感のつながりをもたらし、善悪を越えて一つに導いてくれるもの。「わかりあえない」を越える「平和のことば」なのだと、考えるようになりました。

 NVCは心の武道

さらに著者マーシャルは、NVCの文法であるOFNRは、思いやりや喜びからの行動である精神性がともなっていないと意味がないと、本の中で精神性の大切さをくり返しています。この精神性に意識を向けると、NVCが「心の武道」のように思えてきました。武道は技と精神面の双方から成り立っていますが、OFNRが技とすると、NVCの理念が精神面に相当します。武道で受け身を体で覚えるまで練習するように、NVCではOFNRを繰り返し練習します。とてもシンプルな4ステップですが、善悪の道徳観念にもとづいた教育を受けてきた私たちにとっては、かなりの練習が必要です。

 まず、OFNRのうち、最初の3ステップOFNは、評価・決めつけ・批判の声の裏にどんなニーズがあるのかを翻訳する練習です。感情はニーズにつながるための通り道です。武道で相手が仕掛けてきたら瞬時に受け身をとるかのごとく、人からの批判の声がとんできたらすぐにニーズの声につながることができるようにする。すると、思いやりに基づいたR(リクエスト)を返すことができるのです。そのためには、自分の脳に人を批判する言葉を聞いたら、その奥に隠れているニーズを知るために、批判を自動通訳する思いやりの言語回路を太くしていく必要があります。つまり、恐怖のエネルギーがきたら、恐怖のエネルギーで返すのではなく、愛のエネルギーに転換するのです。また、自分の心の中でも「批判」と「思いやり」の争いが起きてくるものですから、自分の中のニーズにつながって、2つの声の統合を図る必要があります。

NVCの精神性に基づいてOFNRができるようになると、自分自身に対しても、人に対しても共感がおき、痛みを投げ合うブーメランを止めることができます。そのメカニズムへの理解が深まりました。

 聖典と似たエネルギー:人間の美しさにつながって生きることが共存の秘訣

この本を読んで、聖書・仏教経典・ヒンズー教の聖典・ヨガ経典と同じようなエネルギーを感じました。きっと著者マーシャルの祈りがこめられているのかと思います。ユダヤ教のラビやキリスト教の神父が、「思いやりのある与え合い、喜びにもとづいた行動を大切にするNVCは自分たちの教えと同じだ」と語っているように、NVCは宗教と近い思想なのかと思います。これは、マーシャルが比較宗教学を研究していたことに関連があるかもしれません。

自己犠牲が推奨されがちな宗教に対して、NVCがユニークなのは、「自分がいやなことはしない」を大切にする点にあるかと思います。自分に誠実であること、徹底的に自分のニーズにつながることをリマインドしてくれます。これはマーシャルの哲学に現れているように、義務感・罪悪感・恥からの行動は憎悪のしっぺ返しをともないかねないこと、そして「思いやりや喜びからの神聖なエネルギーによる行動は自発的になる」にも通じると思います。お互いの「いや (NO)」を受けいれた上で、お互いのニーズにフォーカスし続け、できるだけ犠牲を払うことなくニーズを満たしていくことは、人間が共存していくのに大切な考えかたと思います。

私たちはいかに「うまくいっていないこと」ばかりを見ているか、そしていかに感謝をしないで不満ばかりをいっているか。本書はそのような人間のくせにも気づかせてくれました。マーシャルは、「お互いの不完全性を受けいれ、満たされないニーズについては嘆きながらも、美しい人間性、人生を賛美し、自分の望むような世界を、平和のことばをつかって創っていこう」と教えてくれているような気がします。これは、どの宗教にもつながる教えのように感じます。OFNRは、宗教と類似した教えを実践する上で、「意識を愛に固定し続ける具体的な方法」と捉えるようになりました。

平和構築と自己理解・解放は両輪

ノーベル平和賞を受賞したエチオピアのアビィ首相のもとでも、残念ながら内紛が勃発しています。同様なミャンマーやアフガニスタンの現状を見ると、政治、軍事外交、開発支援のような外からの働きかけでは限界がきていることが分かると思います。これは現代社会に、武道の教えのような精神統一、あり方の再考が求められている警鐘のように聞こえます。

自分自身が分離したままでは、自分の心の中の痛みや恐怖を外に投影して、他の人々とも分断が起きてしまいます。自分とつながることで自分を理解、癒し、自分のなかの分裂を統合することで、世の中のみかたが変わってきます。精神統一なしで、武道のちから技だけで抑えようとしても、機能しない現実がつづくのではないでしょうか。

マーシャルが、「平和的な変化をもたらすプロセスは、自分自身のマインドセット、すなわち自分と他者をどのように見ているか、そして自分のニーズをどのように満たすのか、を見直すことからはじまります。」(p.24)と唱えているように、世界平和は一人一人の心の平和から始まるのだと思います。武道が技と精神性の両方が必要なように、世界平和も外側からと内側からのどちらかだけではなく、両方のアプローチが必要であることに、人々に気づいてほしいという私の願いが、さらに強まりました。

 お薦めしたい方々

この本は、自分がどうありたいのか、どういう世界を創っていきたいかということを思いださせてくれました。対人支援関係者、特に平和構築分野、人道・開発ワーカーの方々に手にとって頂きたいです。NVCは、葛藤の多い職場で自分の源につながることでバーンアウトを予防したり、苦しんでいる人々がニーズにつながることで元気を取り戻せたり、共感を通して相手の内発的変容を促したりする手法としてお勧めです。『「わかりあえない」を越える』は、本日12月8日発売です。良かったら、読まれた感想をシェアしてくださると、とても嬉しいです。

 『「わかりあえない」を越える - 目の前のつながりから、ともに未来をつくるコミュニケーション・NVC』(SPEAK PEACE)
著者:マーシャル・B・ローゼンバーグ
訳者:今井麻希子、鈴木重子、安納献
発行:海土の風
発売:英治出版


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