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一週遅れの映画評:『パラサイト 半地下の家族』この臭いも、この重りも。

 なるべく毎週月曜日に映画を観て、一週間寝かしてツイキャスで喋る。
 その内容をテキスト化する再利用式note、「一週遅れの映画評」。

 今回は『パラサイト 半地下の家族』です。

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「争いは、同じレベルの者同士でしか発生しない」

というのは度々耳にする言説である。それ自体は明らかに間違っている、「争い」とは常に多面的でひとつの側面だけがぶつかり合っているわけではないからだ。
 
 『パラサイト 半地下の家族』では貧困層である主人公たち一家が、富裕層の家庭にある綻びから徐々にその生活を浸食していく。ただそれは支配権の取り合いなどではなく、いかに安全に楽に富裕層の資産を(適度に)吸い取るような浸食だ。寄生虫は正しい宿主に付いている場合、劇的で激しい傷害を宿主に与えることは少ない。宿主の生存が危うくないレベルで浸食することで、なるべく長生きしてもらうことが寄生虫自身の生存に有利だからである。
 だから主人公一家も決して富裕層の生活が破綻するようなことはしない。富裕層にしてみれば必要な出費の範囲で雇われているだけであり、それが全て「一つの家族」に集約しているだけなのだ。
 
 だが雇用の数は限られていて、貧困層の人口は遥かにそれより多い。
 だから主人公一家は自分たちの手にした寄生先を手放さないために「争い」を繰り広げることになる。それは悲しいことに同じ貧困層だ、「争いは、同じレベルの者同士でしか発生しない」という言葉がまるで正しいかのように彼らは振る舞ってしまう。
 なぜなら寄生虫は宿主に感謝を抱くしかないからだ、闘争相手の一家は富裕層の家主に深い尊敬と畏敬の念を抱いているし、主人公一家も「彼らは優しくて良い人たちだ、金があれば優しくなれる」と距離を置きながらも敵意を抱いてはいない。
 
 それでも作品のラスト近くで主人公一家の父親は、富裕家庭の主人を刺殺する。
 
 何か決定的に敵意を持つような出来事が二人の間にあったか?と聞かれれば、私にはそう思えなかった。
 富裕層側の無自覚な傲慢さや、無理解による差別、あるいは「聞かせるつもりでない」陰口を聞かれてしまったことによる一方的なわだかまりはあった。だがそれは主人公一家が、自分たちがどういった人間でどのような生活をしているか、という部分を隠し誤魔化しているから起こった不和であり、決して明確な悪人など存在していない。
 
 それでも主人公一家の父親は刺した。
 富裕層と貧困層。社会において決して「同じレベル」ではない彼らが、しかし肉体の暴力という面においては「殺すことができる」という同じレベルに位置している。「争いは、同じレベルの者同士でしか発生しない」が真実とするならば、富裕層は「同じレベル」に引きずり降ろされてしまったのか?
 そうではない。先にも述べたように、「争い」とは常に多面的だ。社会というステージでは決して同じレベルにいない彼らは、肉体という側面では同じレベルにいる。結局のところどの側面を土俵にするか、という話でしかないのだ。
 
 だがそれは一方で、刺し殺すという過激さでしか同じレベルに立てないというどうしようもない「格差」がそにはある、ということだ。
 
 半地下、という劣悪な環境に住む主人公一家には、かび臭くすえた臭いが染みついている。富裕層たちがその悪臭に顔をしかめる姿を見るたびに主人公一家の父親は、自分の体の臭いを確かめるように鼻を近づける。
 鑑賞品である両手で抱えるほどの大きな石を、主人公一家の息子は「これは自分にのしかかる重りだ」と独白する。
 
 お金さえあればまともなところに住んで、悪臭も消えるのに。
 お金さえあれば石を重りとしてではなく、鑑賞もできるのに。

 
 でもそこから抜け出すためには、この臭いが重りが、邪魔をするのだ。
 
 この社会のどん詰まりで、私たちは刃物を振ることしかできない。

 近年、貧困をテーマとする作品としては『万引き家族』と『ジョーカー』があったが、これらは同じ貧困を題材としながらその着地がそれぞれに異なっている。
 『万引き家族』では貧困であるがゆえに何も解決できない、抗うこともできなければ正しいこともできないやるせないさを。
 『ジョーカー』では追い詰められたアーサーがヴィランに覚醒するある種のブチ切れと、それに呼応して暴徒とかす人々を。
 『パラサイト 半地下の家族』では行き詰った先で「行き詰ったままでしかいられない」どうしようもなさを、描いている。

 これが地域性、国民性の差なのか、それともそれぞれにありえる人の姿のバリエーションなのかははわからないが、私がそのどれにも共感や理解を示してしまうのもまた事実なのだ。

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 この話をしたツイキャスはこちらの20分ぐらいからです。


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