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一週遅れの映画評:『おしょりん』粗が見えるわ、眼鏡だけに。

 なるべく毎週火曜日に映画を観て、一週間寝かして配信で喋る。
 その内容をテキスト化する再利用式note、「一週遅れの映画評」。

 今回は『おしょりん』です。

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 いや、絶対イジってんだろ! と思うわけですよ。
 大阪で眼鏡屋をやってる大旦那を指して「あの方には先見の明がある」とか「眼鏡だけに!?」ってなるし、「先行きがいっさい見えていなかった」とかには「眼鏡なのに!?」って思うじゃん。少なくとも私がこの映画見てたシアターでは観客全員が100%そう思ってたよ! だって私ひとりだったからな! 客が! ……いやまぁ、単純に眼や見ることに関する慣用句が世の中にはめちゃくちゃあるってだけの話だと思うんですがw

 あのさ、夜行バス乗ったことある? 夜行バス。あれ目的地に到着するときビデオ流すじゃん、その目的の観光名所とか名物を紹介するタイプの。「いまどきYoutuberでも、もうちょい凝った編集するぞ!?」みたいのをさ。
 映画冒頭で、あれが10分くらい流れのw いやいやいや勘弁してくれよと、こっちはさっきまで散々映画の予告編見せられてんだぞと、そこでさらにコマーシャル見せられても困るし、福井に行く予定も無いし……という開始からいきなりこっちの気持ちを萎えさせる感じで始まるんですよねぇ。
 で、結局どうだったかっていうと「めちゃくちゃ悪い……ってほどでもないか」ってぐらいです。商売人の見せる努力と根性そして信念をベースに、緩いロマンス、ちょっとした諍い、兄弟愛、あとほんのちょっとのポリコレ感でお送りする非常に悪い意味で完成された「お仕事ドラマ」でした。

 一番良くないのはね、眼鏡の90%以上を生産する福井県鯖江。そこで最初に眼鏡の工場を建てた兄弟の話なんですけど。別にこれ、眼鏡である必要も、福井県である必要も無いんですよね。別に島根のトングでも、なんならアイダホのポテトマシーンでも、完全虚構のつやつや県のノッチモンでも成立してしまう物語なんです。なんだよノッチモンて。
 その兄弟が眼鏡のフレーム事業に手を出したのが、冬の福井では農業ができないから、冬期の産業を探していて。たまたま弟が大阪の眼鏡屋にツテがあったから「これからは眼鏡の時代だ!」つってはじめただけのことで、そこに何かお話としても盛り上がりがあるか? って言えば「無い」んです。
 これを支えてるのって「だって実際そうだから」という一点のみなのよ、実際に鯖江は眼鏡の街だ、そして戦前からその潮流が始まっている……そういう「事実」だけを理由に立ち回ってる
それならそれで徹底してノンフィクションで突っ走ればいいのに、なぜか兄とその嫁と弟のゆっる〜い三角関係がねじ込まれている。いやそこでフィクションの味付けするんなら、もっとめちゃくちゃやったほうが絶対に面白いじゃない。眼鏡天狗とか出せよっ! となるわけですよ、こっちとしては。

 つまりね、冒頭に福井の観光案内を流してしまうように、この作品は基本的に「福井をヨイショしたい」って目論見に溢れてるの。福井は良いところですよ〜、みんな真面目に眼鏡を作ってますよ〜って話がしたい。まぁ郷土愛みたいのは嫌いじゃないから、それならそれでいいんだけど。でもそれだけじゃお客さん呼べない、って思ってるわけじゃない。そういう自信の無さ、腰の弱さがある。
 だから半端なラブロマンスをブチ込んじゃう。兄の方と祝言上げるのが決まってた主人公が、先に弟と出会ってしまってほのかに惹かれてしまう……いっそ泥沼展開すればいいのに「でもでも福井県民は真面目で倫理観もあるから、悪いことはしないよ! そしてだんだんと兄の良さにも気づいて良い夫婦になるよ!」みたいな「福井ヨイショ」に囚われた収め方になってしまう

 そうやって史実と脚色の間をふらふらしたことで「どっちにも振り切れていない」作品に仕上がってしまってる。そこで無理が出てくる場面があるんですよ。
 職人も育ってきて、良い眼鏡を作れるようになってきた。だけど未だに売上はあがらず、銀行からも融資を打ち切られてしまう。そこで一発逆転を狙って「万国商業博覧会」(だっけな?)に出品することを決めるわけですよ。そこで良い評価が得れれば全国から注文がくるぞ! って。
そこで職人たちでデザインコンペを開いて、出品するフレームをひとつ選ぼうとするんですけど……。
 ひとつめがテンプル……あの顔の横にくる長い”つる”のことね。その先端の普通はちょっと曲がってる部分が真っ直ぐになってる。まぁ現代でも普通にあるデザインだけど、この時代なら新規性ある……のか?
 ふたつめが、耳をこうグルッと8割ぐらい抑える270度くらいの円形をした細いテンプル先になってるやつで、まぁ確かに安定性はあがるんだけど。じつはこの構造って素材が柔軟じゃないと扱いづらいのよ、実際に作られてるものだと昔は「純金〜18金」の眼鏡フレームで使われたことがあるやつで。ちょっとまぁ眼鏡というより宝飾品寄りの設計なのね。

 で、最後のが。
 まず当時はレンズを入れる部分がまんまるな、ラウンドとかロイドって今だと言われる形がほとんどだったんだけど、いきなり「楕円にしました」って持ち出してくるわけw 現代だとオーパルって呼ばれる、たぶん「眼鏡」と言われればまっさきに思いつくレンズの形だと思うんだけど、それを採用すんの。
いや、それレンズ職人とは相談したんか? って気もするけど、それだけじゃあない。さっきもいったテンプル、つるの部分ね。ここを平べったくして、さらにそこへ金箔を貼って草花の模様を描く! ついでにブリッジ、レンズとレンズの間を繋いでるとこも金を貼りました!
 ……いやこれだけ急に進化しすぎじゃない?? レンズ職人の話もしたけど、たぶんもっと段階的な変化があるはずなのよ。特に「商品」ってことは「売上」という数字のフィードバックが存在する。だから「どうやらまんまるよりも楕円が売れてるぞ」「テンプル横の飾りがウケてるみたいだ」といった経緯が無いわけないじゃん!
 いやね、この三本目をデザインしたのが一番若手の職人で、自分の不器用さに絶望し自殺も考えるほどだったのが「こんなに立派になって……」って感動ポイントなんだろうけど、ちょっと強引すぎんのよ。

 で、この眼鏡が博覧会で金杯を。全1600以上のありとあらゆる商品から「1位」に選ばれるのね。オイオイオイ、また実話パンチか? って思うじゃん。だけどここまでの流れと違って、この「1位」になる背景がちょっと丁寧なのよ。

 まずね中盤辺りで、田舎から都会に商談へ出た兄弟が「カフェ―」に入るのよ。そこでは若い女の人がたくさん洋装をして働いている。そこで「そうか、いま都会ではこうやって女も働いて自立してるんだな」みたいな会話があるわけ。こう時代がすごい勢いで移り変わっていますよ、というのが伏線として出される。
 さらには万国商業博覧会で、審査員がメモを取りながら商品を見ているんですが、そこにチラホラとドレスを着た御婦人もいるのね。こういう「商業」の催し物にも、少ないながら女性が進出していることが「映像」だけで表現されてる。ここでセリフ入れないのはねぇ、「やるじゃん!」って感じがすごくある

 そこで繊細な飾りと模様、柔らかい印象になる卵型のレンズ。つまりは「男性よりは女性向き」のデザインが登場するわけです。女性が経済に参加し、自分たちで身につけるものを選べるようになった。そういった社会の変化が、新しいデザインとマッチすることでついに日の目が当たるわけです。眼鏡だけに!
 この見せ方と結末はちゃんと納得感もあるし、わざとらしくない(でもちゃんと記憶に残る)演出もできていて。マジで「逆にどうした!?」って思うほど、このポイントに関しては良かったんですよ。しかも「視力矯正器具」としての眼鏡から「アイウェア」としての眼鏡、その萌芽というのも描けていて。

 でもな〜〜〜〜〜ほんとラストもラストで、博覧会で1位になり「やっと上手くいくぞ!」というところで、兄が奥さんに「苦労かけたなぁ」って言うんですけど、それに対して「雪国福井の女は辛抱強い」って言うんですよ。
いやいやいや。女性が自由になって、新しい時代の流れに乗るぞい。という場面で古い「県民性を理由に耐える女」みたいな姿を出すのはどうなんですかね? 「福井ヨイショ」をやろうとして失敗しちゃった感じがすごい
 眼鏡をかけたら、荒が見えてしまいました。

 ここらで私は一”目”散とさせていただきます。お後がよろしいようで。

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 次回は『駒田蒸留所へようこそ』評を予定しております。

 この話をした配信はこちらの15分ぐらいからです。


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