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一週遅れの映画評:『映画おしりたんてい さらば愛しき相棒(おしり)よ』3つの嘘と。

 なるべく毎週火曜日に映画を観て、一週間寝かして配信で喋る。
 その内容をテキスト化する再利用式note、「一週遅れの映画評」。

 今回は『映画おしりたんてい さらば愛しき相棒(おしり)よ』です。

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【謝罪と訂正】映画評内で登場人物を「スイレン」と書いておりますが、正確には「スイセン」でした。録音もある都合上「スイレン」のまま掲載とさせていただきます。
今作のゲストキャラクターは全て「花の名前」であることからの勘違いであり、お花の名前でありつつ同時に「水洗」とも読めれる素晴らしいネーミングを勘違いしていたことを深く反省しております。
でも「花言葉」とかを批評に取り込んでなくてマジで良かったぜー! あっぶねぇー、助かったー!

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  おい! 私は散々「見に行け」って言ったからな! 後から配信になったのを見て「こ、こんなに面白かったなんて!」って後悔しても遅いんだからな?
 ……って最初に言いたくなるぐらい良かったんですよね、今回も『映画おしりたんてい』は。おととし公開された『シリアーティ』もこうやって話しましたが

そのときも2022年私的映画ランキングで1位だったのが『シリアーティ』で、今回の『さらば愛しき相棒(おしり)よ』もそれに引けを取らないぐらいの名作でした。

 えっとね、おしりたんていの元に一通の手紙が届くことからお話がはじまるんですけど。その送り主はおしりたんていと10年前に相棒として一緒に探偵をやっていた「スイレン」という女性で。彼女とは大学生の頃に「未解決事件を解明する」サークルで出会い、そこでおしりたんていと同じくらい鋭い推理能力を見せつけたことでお互いに認め合う関係になる。
そこから探偵業を一緒にすることになり数々の難事件を解決していたのですが、ある事件を最後に突然おしりたんていの前から姿を消してしまう
 その事件というのが美術品の盗難事件で。事件自体は速やかに解決はしたんですけど、盗まれた絵のひとつを見てスイレンは違和感を覚える。まさかと思い手元にあったブラックライトを当てると、そこには絵の作者とは別人のサインが浮かび上がる。そのサインにスイレンは見覚えがあった。
 
 このスイレン、両親が幼いころに事故で亡くなっていて売れない絵描きのおじさんに引き取られていたのね。絵の技術は凄いんだけど、世間からは認められず生活は苦しい。だけどスイレンはそのおじさんの絵が大好きで、貧しいながらも楽しく暮らしていた。
だけどある日、そのおじさんは謎の怪しげな連中と一緒にどこかへ消えてしまう。スイレンはその行方不明になったおじさんのことをずっと探しているんですね。
 そのおじさんのサインが、目の前の贋作から浮かびあがってきた。ついに見つけたおじさんの痕跡に思わず絵に見入り、手にしていた彼女オリジナルの武器である超強力水鉄砲を取り落とした。その水鉄砲を拾った窃盗団のひとりが彼女に向けて発砲! そこに身を呈して割り込んだおしりたんていは大怪我を負ってしまう。
 入院したおしりたんていの枕元に書き置きを残してスイレンは姿を消す
 
 時を経て現在。おしりたんていの所に届いたスイレンからの手紙には、ある美術館の場所と「探偵として仕事を依頼したい」って書いてあった。急ぎ美術館に向かうおしりたんてい。10年ぶりの元相棒との再会を喜ぶのも束の間、すぐに捜査に取り掛かる。
 美術館に展示されている絵画の全てにブラックライトを当てると、浮かび上がるのスイレンのおじさんが描いたことを示すサイン。そう美術館の絵はいつの間にか、すべて贋作にすり替えられていたのだった。
 名画大量盗難事件。その裏側には隠された陰謀とは……?
 
 って感じで話ははじまるんですけど、いくつか重要な要素を(探偵ものらしく)述べていくと。
・スイレンの推理能力はおしりたんてい同程度に優れている。
・同時にスイレンの絵画鑑定能力は贋作を一目見て気づくぐらい非常に高い
・スイレンはずっと行方不明のおじさんを探している。
・技術はあるけど売れない画家だったおじさんのサインが贋作に刻まれている
・美術館の絵は全て贋作にすり替えられていた

そして解決すべき謎は2つ。
・絵画大量窃盗の犯人はだれか?
・なぜただの「窃盗」ではなく、わざわざ「すり替え」なのか

 まぁキッズ向け作品なのでストーリーとしてはすっごくわかりやすいから、ここまでの説明で大体はわかるわけじゃあないですか。だけどめちゃくちゃ良いところが「そこで描かれている感情は、決して単純なものじゃない」ってことなんですよね。
いま言ったように「謎は2つ」だけなんです。つまりこれが解明されれば、スイレンの探している「売れない画家だったおじさん」の行方も同時にわかるわけで……。
 
 さっくり真相を明かしてしまうと。
絵画窃盗団の黒幕はスイレンのおじさんで、世間に認められていなかった彼は有名な絵画をすべて贋作にすり替えることで「俺を認めなかったお前らには、絵を鑑賞する能力なんて本当は無かっただろ?」って訴えるための計画だった。
 というものだったわけです。
 
 お話の表面的な部分として、スイレンは窃盗団に攫われたおじさんが贋作を描かされていて、その窃盗団を捕えればおじさんを助け出せると考えていた。だからおしりたんていに捜査を依頼した……ってことになってるんですけど。
 えっとねおしりたんていはかなり早い段階でその真相に気づいている。というのも美術館のすり替えられた贋作を精査すると、そのタッチとかから「この贋作は決してイヤイヤ描かされたものではない」ことを看破していて。それはこの贋作の作者が窃盗団に対してかなり協力的、というよりも「盗むことより”贋作を展示する”ことがまず第一の目的」であることまでわかっている。
だからここで「おじさんが主犯だと気づいたおしりたんてい」と「おじさんが被害者だと思ってるスイレン」という図式になってはいる、なってはいるんですけど。

 でもちょっと待って! 先に説明していたように「スイレンの絵画鑑定能力は非常に高い」わけです。しかもおしりたんていと同レベルの推理能力すら有している。
ということは、おしりたんていが気づいていることなら、スイレンも気づいていないはずがない。だから贋作を見て「おじさんが窃盗団によって無理やり描かされている」という結論になるのって、ちょっとおかしいんですよね。
 スイレンはおじさんが居なくなったとき「”どんなことをしてでも”おじさんを助け出す」と心に決めていた。彼女が最初におじさんの贋作を見つけた10年前におしりたんていの元から去ったのは、その決心があったからなんです。
つまりおしりたんていはめちゃくちゃ「善」の人で、紳士的で正義を守ることに対しては熱血漢でもあり、それは決して揺らがない(前作の『シリアーティ』はそこがすごくあらわれていたお話でした)。だからこそ”どんなことをしてでも”というスイレンとは意見が別れてしまうかもしれない。

 そしておしりたんていに恋心を抱いていたスイレンは「自分のために揺らいでしまうおしりたんてい」も「自分と対立してしまうおしりたんてい」も、どっちにもなって欲しくはないわけです。だから何も言わずに姿をくらました
そして今回の事件でスイレンは「探していたおじさんが主犯である」ことをほぼ直観的に理解してしまった。だけど大好きなおじさんが悪人だとは思いたくない、思えない。だから彼女は自分に嘘をつくわけです、「窃盗団に無理やり描かされているに違いない」と。それは「”どんなことをしてでも”おじさんを助ける」の延長として
 それでもおしりたんていなら、いやきっとあの頃と変わっていないであろう「おしり君」なら、その揺らがない善性でもって真実を暴いてくれるに違いない……だからスイレンはおしりたんていに「探偵として」依頼する手紙を10年ぶりに送った。
 
 そして実は、おしりたんていもひとつの嘘をついているんですよ。
 スイレンがおしりたんていに惚れていることを、スイレン自身は「全然気づいてくれない」って思っていたんですけど。おしりたんていは朴念仁じゃない、むしろ推理のなかで人の気持ちをちゃんと考えられるキャラクターなんです。だから間違いなくスイレンの恋心は、おしりたんていに伝わっていた
 だけどおしりたんていはそれに「気づいていない」フリで押し通した
 スイレンって絵画の鑑識眼を持っていて素晴らしい作品を見ると「香しい!」って表現するんですよね、それが彼女のもっとも特徴的な部分で。一方おしりたんていは「臭いガスを噴出する」っていう特殊能力を持っている。スイレンは「視覚から受け取る」ものが、おしりたんていは「嗅覚へ与えるもの」が、大きな特徴になっている。しかもそれが「香しい/臭い」という対極の関係にある。
 だからお互いの特徴が重ならない「相棒」としてはめちゃくちゃ機能するんですけど、共に生きていく「恋人」としては上手くいかない部分が出てきてしまうことが予想できる。その差がスイレンは”どんなことをしてでも”になるし、おしりたんていの「揺るがない善」という側面とは相容れないことに表れてるんだけど、たぶんこの事件が無くてもどこかで致命的にふたりの関係を壊してしまう
 それに気がついていたおしりたんていは、スイレンの気持ちに「気づいていない」フリをしていた。だっておしりたんていの能力なら姿を消したスイレンを見つけるなんて難しくないはずで、それを10年間も相手から連絡が来るまで探していないわけですよ。
おしりたんていにとってスイレンは敬愛する相棒で、だからこそ致命的に関係が壊れてしまうぐらいなら「気づいていない」フリで押し通すことにした。

 お互いに相手との関係が大事だから、本当から目を背けてひとつづつ「嘘」をついていた
 
 そして今回の事件は、さっきも言ったように本物の絵を偽物とすり替えて展示することで「世間の奴らは嘘と本当の区別なんてつかない」という社会への復讐が動機だったわけですよ。
 スイレンの嘘、おしりたんていの嘘、そして真犯人の嘘。それらは全て本当のことを隠すための「嘘」なんだけど、それぞれにその心情は異なっている。
 
 スイレンは愛するおじさんを信じていたかった嘘で、でもそれが嘘だってわかってる。だけど自分じゃどうしようもないからおしりたんていを頼った
 おしりたんていは相棒を失いたくなかった嘘で、”あの”おしりたんていが真実よりも優先するものとしてスイレンを選んだことで、彼女をそれほどまでに大事な相棒だと思っていたかわかる。
 犯人は自分の復讐心から生まれた嘘で、だけど本物の絵画が決して傷つかないようにしていた。それはいつか自分の描いた贋作だとバレる、いつか「本物」を見極める人間があらわれてこの「嘘」を叩き潰してくれることを願っていた
 
 それぞれがそれぞれに大切に思ってるものがあって、そのために嘘をついている。最後、スイレンは「いまは田舎で子供たちの絵を教えています。すごく充実していて楽しく暮らしてますよ」って手紙をおしりたんていに送るんですよね。
 真犯人は願っていた通り「本物」を見極める鑑賞者がいたことで捕まった。スイレンは逮捕という形とはいえおじさんと再会した、そしてもう探す必要のなくなった彼女は探偵をやめ、以前から憧れていた絵の仕事についた。
 そしておしりたんていは、おしりたんていだけは自分のついた嘘を黙ったまま、いつもの日常に帰って行く。正義と真実に生きるおしりたんていだけが、彼にとって唯一とも言える傷を隠して物語が終わるわけです。
 
 いやちょっとビターなハードボイルド探偵モノとして、超カッコイイんですけど!!
 これを70分という尺で、しかもちょこちょことギャグを入れつつ、過去と現在の話を往復しながら、それでもメインターゲットの年代でも理解できるように見せていくの……めちゃくちゃ凄い、めちゃくちゃ凄いんですよ!
 
 またねぇ、ここで現在の相棒であるブラウン君が。優秀な元相棒スイレンにちょっと嫉妬しつつ、それでもスイレンから「おしり君を頼むよ」と言われたことで奮い立ち、そんな彼だからこそ「いまのおしりたんていには必要な相棒」なのだって話もあって、そこも良いんですよね。
 
 いや、ほんとたぶんこの映画評が過去最長になってしまうくらいには語っても語りつくせない魅力溢れる作品でした。本当に見に行って欲しい。行けって、マジで。

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 次回は『オッペンハイマー』評を予定しております。3時間とかクソダルいな。

 この話をした配信はこちらの13分ぐらいからです。


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