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宇宙飛行士の『眼』を守ろう

はじめに

突然ですが「宇宙飛行士の『眼』を守ろう」と聞いて、皆さんは何を思い浮かべるでしょうか。
宇宙空間では地球上の何倍もの強さの紫外線を浴びることで目が悪くなるのでしょうか?それとも宇宙放射線が目に何か悪い影響を及ぼすのでしょうか?

本記事では、宇宙飛行士の眼が、宇宙空間という環境下において無重力(専門用語では「微小重力」という)の影響を受け、眼球や、そこから脳に続く神経(視神経)が変化し視力が悪くなるという病態について解説し、その問題を解決するべく最新の眼診療用デバイスの開発に日々奔走する窪田製薬窪田良先生の取り組みについて紹介します。

「SANS」という疾患

前述した宇宙飛行士の眼の病態は、宇宙飛行と人体の関係を研究する宇宙医学という分野で「Spaceflight Associated Neuro-Ocular Syndrome:SANS(サンズ)」と呼ばれています。日本語訳すると「宇宙飛行に関連した視神経症候群」。アメリカのYosbelkys Martin-Paez先生らがまとめたSANSに関する論文によると、SANSは以下の5つの病態から成るとされています:

① optic nerve head elevation = 視神経の頭側挙上
② hyperopic shifts = 遠視化
③ globe flattening = 眼球(後部)の平坦化
④ choroidal folds = 脈絡膜のひだ
⑤ increased CSF volume in optic nerve sheaths = 視神経鞘内の脳脊髄液の増加

分かりやすく説明すると、人体が微小重力空間に晒されることで眼球から脳に行く視神経という神経が頭頂部に向かって持ち上がります。その結果、その神経の周りを流れている脳脊髄液という液体が増えて眼球の後部を圧迫し、通常は綺麗な球体である眼球が少し潰れた形になり、その影響で近くのものが見えにくくなる「遠視」という状態になり、視力が低下するという仕組みです。各病態のさらに詳しい機序などは慶應義塾大学医学部眼科学教室の篠島先生をはじめ世界中の先生方が研究されており、論文も数多く発表されています。

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どうやったら防げる?

この病気、かつては「Visual Impairment and Intracranial Pressure syndrome(VIIP):視覚障害頭蓋内圧症候群」とも呼ばれていたように、頭の中の圧力(頭蓋内圧)が上昇することが主な原因の一つとされています。裏を返せばこの頭蓋内圧の上昇をコントロールすることで、宇宙飛行士の視力低下を予防、あるいは治療できるのではというのが最近の知見です(さらに詳しく論文を見てみると、実はそれだけではないとも言われています)。

OCTによる眼底の観察とその課題

実はこの頭蓋内圧の上昇という現象は、例えばわざわざ脳を開けなくても、眼底という眼球の奥を観察することで把握できます。眼球の奥のほうには眼球全体に広く分布している視神経が一つに集まって脳の方向に出ていく「視神経乳頭」という出口があり、通常は凹んでいますが、頭蓋内圧が上昇している時にはこの視神経乳頭がぷっくりと腫れたように見えます(これを「視神経乳頭浮腫」と言います)。

問題は、この眼底の観察にはOCT(光干渉断層計)という眼専用のCTのような特殊な機器が必要ですが、現在のISSに設置されているデバイスでは、多忙な宇宙飛行士が日々、視神経乳頭の状態を計測することは困難な状況でした。

NASAが認めた超小型OCT『PBOS』

ここで登場するのが、窪田製薬の窪田良先生が開発したPBOSという超小型OCTです。
PBOSは本来は在宅遠隔眼科診療用デバイスとして開発され、患者はこれを使うことで病院に行かずとも遠隔診療で、緑内障などの診断を受けることが可能になると考えられています。その機能美と実用性を高く評価したNASAは、これを宇宙空間での眼底観察に応用できると考え、現在は宇宙空間でも使用可能な高い解像度と耐久性、操作性を求めて共同開発が進められています。

また、宇宙空間のみならず地球上においても、昨今の新型コロナウイルスのパンデミックをきっかけに遠隔診療のための家庭用医療デバイスのニーズが世界中で高まりつつあることを考えれば、今後非常に注目されるであろうと期待されています。

さいごに

世界中の国がこぞって参加する宇宙開発という分野において、宇宙飛行士の眼の健康を守るために日本の技術が認められ、採用されようとしているのは同じ日本で医学を学ぶ学生としてとても誇りに思います。その開発を率いる窪田製薬の窪田良先生の今回のご講演では、先生ご自身がこの共同開発に至るまでの経緯や今後の展望に加え、我々若い医学生に向けて熱いアドバイスをいただきました。窪田先生のように世界のサイエンスの最先端で活躍できる人材になれるよう、日々努力していきたいと思います。

参考文献

・Martin Paez Y, Mudie LI, Subramanian PS. (2020). Spaceflight Associated Neuro-Ocular Syndrome (SANS): A Systematic Review and Future Directions. Eye Brain. 2020 Oct 19;12:105-117. doi: 10.2147/EB.S234076. eCollection 2020.U
・篠島亜里(2020)「【職業性眼障害のマネージメント】宇宙飛行による眼球変化」『OCULISTA』91号 pp. 32-34.
・窪田製薬HD(2019)「NASAと共同開発!眼科装置開発のすヽめ」
(前編) https://note.com/kubota_holdings/n/n220e9b84de4a
(後編) https://note.com/kubota_holdings/n/n25ee9e84fee5

記事執筆:長崎大学 医学部医学科  安藤 克

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グラレコ作成:東北医科薬科大学 医学部医学科  千野 嵩晃

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