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リアルの補完としてオンラインを使った仕組み(1/2)

本連載 “Challenger’s IDEA” は、各業界でチャレンジされている方をゲストとしてお迎えし、今後のブランドの在り方をディスカッションしながら、「チャレンジを続ける人たちの思想をシェアするスペース」です。

今回は株式会社千葉ロッテマリーンズのマーケティング戦略本部長でパシフィックリーグマーケティング株式会社の取締役も務める高坂俊介さんをお迎えし、球団経営の歴史や、これからのプロスポーツのあり方についてお伺いします。

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(左上)株式会社千葉ロッテマリーンズ 高坂 俊介 氏⚾
(右上)株式会社スペースマーケット 井上🍔
(下)株式会社スペースマーケット 益戸🧢

楽天イーグルスが縁で千葉ロッテマリーンズに

益戸🧢:盛り上がり過ぎちゃう傾向があリますが、今日はよろしくお願いします。

高坂⚾:よろしくお願いします。

益戸🧢:まずは自己紹介をお願いします。

高坂⚾:1982年生まれの38歳で、出身は宮城県仙台市です。2005年に楽天に新卒入社し、その後外資のインターネット企業と、事業・経営支援のリヴァンプという会社を経て、2015年に千葉ロッテマリーンズに入社しています。マリーンズとの出会いはリヴァンプ在籍時で、会社の案件としてマリーンズの事業支援プロジェクトに取り組んでいたというのがきっかけですね。ここだけでも長くなっちゃうんですけれど、ちょっとだけ話します。

益戸🧢:お願いします。

高坂⚾:私が楽天に新卒入社した2005年は東北楽天ゴールデンイーグルスが生まれた年で、楽天の新規参入が決まった2004年11月当時、私は楽天の内定者で地元が仙台なので、内定者のアルバイトで「君の地元仙台に球団をつくることになったから手伝ってくれないか」と言われて。
最初は電話番とかなんですが、イーグルスの設立準備室から球団ができるところまでの裏側のところを、アルバイトとしてお手伝いさせていただきました。

それが、すごく刺激になったのもあり、その話をリヴァンプに入社するときにもしていたんです。そしたら、当時の上司から「イーグルスの裏側の肌感覚が分かっているんだったら、マリーンズのプロジェクトも取り組んでみてほしい」って言われて。

井上🍔:面白い。

高坂⚾:いや、私は内定者アルバイトで雑用をやっていただけなんですけれどみたいな感じでしたが、それがきっかけでした。そうしてマリーンズのお仕事に関わらせてもらうようになって2シーズンは外部の立場で、3シーズン目には事業の中の人として最後までしっかりやりたいと思い、正式に球団社員になりました。

その後は、主にこれまでの知見を生かす形で、ファンサービスやイベントの企画、新規ファンの獲得、既存ファンのリテンション、チケットの販売戦略、ファンクラブの仕組みづくりなどコンシューマ向け事業やマーケティングについて担当しました。2020年2月から今のポジションで、球団全体のマーケティング戦略を担当させていただいています。あとは、少し前になるんですが、2018年12月からは、パ・リーグ6球団のマーケティング会社であるパシフィックリーグマーケティング株式会社の取締役も兼務しています。

益戸🧢:ありがとうございます。まずは野球チームってどんな会社なのかということと、直近で行われていた無観客試合についてぜひお伺いしたいです。

お茶の間から1人1台が変えたもの

高坂⚾:株式会社千葉ロッテマリーンズは日本国内に12あるプロ野球チームの事業会社の一つで、本拠地は千葉県千葉市にあるZOZOマリンスタジアムです。この12のプロ野球チームは2つのリーグ、セントラル・リーグとパシフィック・リーグに分かれ、千葉ロッテマリーンズはパ・リーグに所属しています。さきほどのパシフィックリーグマーケティング株式会社は、パ・リーグ6球団が株主となり事業運営しています。

6球団とは、こちらです。
・北海道日本ハムファイターズ
・東北楽天ゴールデンイーグルス
・埼玉西武ライオンズ
・千葉ロッテマリーンズ
・オリックス・バファローズ
・福岡ソフトバンクホークス

マリーンズを含め、こういったプロスポーツチームを抱える事業会社の役割はチーム・選手というコンテンツとファンとが熱量を共有する場をつくり、事業化すること、というのが、分かりやすいでしょうか。その熱量の温度感、もう少し言うと盛り上がり方であったり、観戦や応援の楽しみ方はファンによって様々ですが、そんな楽しみ方が日本のプロ野球では歴史と共に成長し醸成されて、いまや大切な文化になっています。

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井上🍔:成長は変化とも取れると思いますが、昔はこうだったんだけど今は違うとか、昔はこんな楽しみ方はしていなかったけれど今はこんなのをしているって何かありますか?

高坂⚾:昭和の時代は、主にお茶の間の娯楽としてプロ野球は存在していました。もちろんスタジアムで試合を見ることもありましたけれども、それ以上にテレビのゴールデンタイムで巨人戦阪神戦が流れる、それをみんなで応援するというのがコンテンツとしての価値でした。事業面でもテレビの放映権収入が大半を占めていたようです。ですが、さすがにそれだけでは事業会社単体での収益化はなかなか難しい。けれど親会社の広告宣伝という意味合いが大きいからさほど問題ではない、そんな時代でした。ちなみにロッテは1969年にチーム命名権を持つところからプロ野球に参入して実に50年以上。長い歴史を重ねています。

それが平成になり親会社の認知が高まるにつれ、広告宣伝の意味合いが徐々に減っていき、加えてテレビの役割も変わりました。お茶の間でみんなで1台から今度は個人で見るようになり、競合コンテンツもたくさん増える中、プロ野球の立場も変わっていきました。親会社広告宣伝価値が下がり、放映権収入も減少し、負のスパイラルに陥ってしまっていたようです。ちなみにロッテは平成に入ったのちの1992年、本拠地を今の千葉市に移転しています(当時は千葉マリンスタジアム)。移転当初は地域の方が数多く来場したようですが、その後は観客動員に苦労していたようで、当時球団社員だった方から様々なチャレンジを伺いました。

それがずっと続いて、最終的に2004年の騒動につながっていくんですが、当時近鉄がバファローズを手放そうという話になったときに、他のプロ野球チームも含めて、このままだと事業的に厳しいからリーグを統一してチーム数を減らしてやっていこうかみたいな話が出てきました。

井上🍔:ワンリーグと言っていましたね。

高坂⚾:はい。でも、既にその時点で長い歴史があって、どのチームにも多くのファンがいて、プロ野球チームって誰のものなんですかっていう議論が2004年に巻き起こったんです。やっぱりファンや地域の人たちのものでもあるよねという話になりました。そうしていろんなことがあって、結果として楽天が仙台に新しい球団をつくることになりました。

益戸🧢:あのニュースは衝撃的でしたね。

高坂⚾:ターニングポイントだったんだと思うんです。メディアを大きくにぎわせて、改めて親会社だけでなくファンや地域あってのプロ野球と強く認識した中で、どうやって存続させていくのか、そのためにはしっかり球団単体で収益を伸ばさなければ、となりました。特にパ・リーグは、巨人戦がないので元々放映権収入が少ない。そうして放映権に頼らない形でどう成長させるのか、事業構造を強化する取り組みが行われ、事業の多角化が一気に進みました。

井上🍔:まさにターニングポイントだったんですね。

高坂⚾:そうですね。当時東京ドームを本拠地にしていた日本ハムファイターズが、球団価値向上を目的に2002年には2年後の北海道移転を決めるなど、そういう雰囲気が醸成されていたところはあったようですが、大きなターニングポイントになったのは2004年で、そこから大きく話が進みました。

マリーンズでも当時、どうやって事業成長させようかという議論や、様々な試行錯誤が行われて、今の事業基礎になる部分が出来上がりました。例えば2004年と2007年の球団収入を比較しても大幅に伸びていて、それは動員を増やしチケットをしっかり売ることができるようになったのも一因ですが、2006年からは、千葉マリンスタジアムの指定管理者として管理運営を受託できるようになったんです。もともとは千葉市の持ち物で市民球場である千葉マリンスタジアムを借りる形でプロ野球を行っていたのを、指定管理者としてスタジアムを活用したビジネスを拡張させる役割を担うことになりました。そうしてスタジアムの広告看板を販売したり、スタジアムに関する様々なビジネスができるようになったのが、2006年の指定管理者制度でした。2004年頃の騒動がなかったら、こういうこともスムーズには進まなかったんじゃないかと思います。

益戸🧢:横浜DeNAのときも、そうですよね。スタジアムの問題って、まさに同じようなところがありましたよね。

高坂⚾:そうですね。例えば横浜DeNAベイスターズの場合は、球団とスタジアムの別運営状態が2011年以降まで続いてしまうんですが、マリーンズの場合は相手方である行政・千葉市の理解もあって、2006年にはスタジアムを有効活用できるようになりました。ちなみに楽天の場合は、新球団設立のタイミングで指定管理とは少し違う都市公園法に基づく管理許可という制度で、行政・宮城県と連携し事業化できているので、楽天は早かったですね。

井上🍔:そういうプロ野球球団の収益構造の変化は面白いですね。

高坂⚾:時代が変わると文化や生活が変わり、プロ野球の役割が変わってきたのも面白いですし、それに合わせて事業構造が変わってきたことは、今のプロ野球に関わる人間としてもすごく興味深いです。

コンテンツ磨きの第一歩とは

井上🍔:そういうところから地域のファン、地元のファンを大事にしましょうみたいな流れができたんですね。

高坂⚾:そうですね。プロ野球だけでなくサッカーやバスケットボールクラブも一緒だと思いますが、スタジアムの近くに住んでいる方のほうがスタジアムに足を運んでいただける割合が高いんですよね。

井上🍔:それはそうですよね。

高坂⚾:マリーンズの場合はスタジアムの半径20km圏内に住んでいる方の来場が、実に7割ぐらいを占めているので、しっかり地域密着していくことが地域にとっての貢献にもなりますし、それが結果として事業会社としての成長にもつながってきます。

益戸🧢:なるほど、すごいですね。コロナ以降変化しているところもあると思いますが、事業構造についてもう少し詳しく教えていただけますか?

高坂⚾:他球団もそんなに差はないと思いますが、マリーンズの場合、売上というより利益で見ると、チケットとスポンサーシップ、TVやインターネットの放映権が3本柱になっていて、これが大半を占めています。応援グッズ販売や、スタジアムでの飲食販売、ロイヤリティプログラムとしてファンクラブを運営していますし、プロパティ、例えば野球ゲームでのチーム肖像権料などの収入もありますが、規模・利益率も含めて圧倒的なのが、チケット、スポンサーシップ、放映権なんです。この数年はどの球団もこれらを大きく伸ばす形で事業を成長させてきました。

井上🍔:それぞれが連動していますよね。たくさん人を呼ぶとチケットは売れますし、たくさんの人が見てくれることはスポンサーシップ、アクティベーションにもつながって、当然のことながら放映権も高くなりますよね。この三つはすごく親和性が高いです。

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高坂⚾:おっしゃるとおりです。

益戸🧢:そのチケット収益に関していうと、先ほどのその他の、ファンへの取り組みがキーになってきますよね。

高坂⚾:そうですね。あと放映権の話でいうと、パ・リーグの場合はリーグでまとまって取り組んだほうが効果を最大化できる事業はパシフィックリーグマーケティング社で推進しています。インターネット配信権がまさにそれにあたり、今はリーグ一括で配信権利を販売しています。Over The Top(OTT)といわれるところで、現在配信しているのはRakuten TVとDAZN、SoftBank(スポーツナビ)です。こうしてリーグでまとまってビジネスができるようになったことも、収益影響が大きかったと思います。

ファンへの取り組みという話では、さきほどの繰り返しになりますが、プロ野球を始めとするプロスポーツ事業会社に求められるのは、コンテンツであるチームや選手とファンの熱量を共有する場の仕組みづくりです。そして、その仕組みを通して事業を成長させるには、やはりチームや選手の価値、魅力を高める必要があります。

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そのためには、当たり前ですが投資が必要ですよね。高年俸の選手を抱えるということだけではなく育成の仕組み、分析・戦略設計など、チームを強化するための仕組みに投資すること、それがコンテンツを磨くことになるんですが、私が関わり始めた当時2013年頃のマリーンズは、残念ながら投資原資がそれほど大きくはない状態でした。そこで原資を大きくするために、まずは球団事業単体を収益化させようとなりました。短期的に球団単体での収支を改善させることを優先し、特に2015年からは本格的にターゲットを決めて、以下のことを当時の球団社長以下、社員みんなで知恵を絞って取り組みました。

イベントやファンサービスによるスタジアム集客を増やす
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チケットやグッズ、飲食の1人あたりの年間購買単価を上げる
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並行して営業強化でスポンサーを増やす

そこでいろんな課題がありつつも18年度には事業の収益化を達成し、投資サイクルに転換できたので、チームコンテンツやブランド強化のための投資サイクルに入れました。

井上🍔:なるほど。面白いですね。どちらかというとコストカットをするより、トップラインを上げにいったということですね。

高坂⚾:そうですね。私が関わった時点でコストカットは相当されていました。当時のマリーンズは、2004年以降の様々な取り組みを経てもなかなか収益改善がなされず、チーム、事業、ハード面やソフト面も含めた投資は全て見直すというフェーズだったので、一度そこで雑巾をがっちり絞って、もう出てこないなと。そこをベースにトップラインを伸ばしていこうということになったので、より筋肉質な事業体質にできました。事業再生の段取りとしては、結果として良かったと思います。

益戸🧢:なるほど。ファン向けのコンテンツの話は色々な施策があったと思いますが、これはパ・リーグとしてやっていたんですか。それとも球団として。

高坂⚾:主に球団ですね。先ほどの経営課題は、マリーンズ独自の課題だったので、同じパ・リーグでも他球団はまた違う環境でした。他球団や野球以外含めた他産業でうまくいっているものを、散々参考にさせてもらった時期でした。

益戸🧢:その中で、どんな施策がうまくいったかと、その理由を教えていただけるとうれしいです。

近くて遠いファンとの距離

高坂⚾:スタジアムに人をどうやって呼ぶか、に尽きます。当時、既にたくさん来てくださっているコアなファンの方々だけではなくて、もう少しライトな方々や、これまでスタジアムに足を運んでいなかった方々に対して、来てもらうきっかけをつくろうと思って取り組んできたことが、結果としてうまくいきました。

本当にマリーンズを大好きになってくれている人たちは、そこにマリーンズの試合があるから来ていただける状態になっているんです。雨が降ろうが来ていただける方もいますし、イベントの有無も、グッズをもらえるもらえないも関係なく来ていただける方がいて、これは本当にありがたいことですが、やっぱり、みんながそういうわけではないんですよね。

そうじゃない方たちに興味を持ってもらうために、今日の試合は応援グッズがもらえる、選手のファンサービスを特別に受けることができるなど、イベントファンサービスを増やしていくことで「じゃあこの日に行ってみよう」と思ってもらえ、そんな日を中心にライト層の来場率が上がりました。また、マリーンズが大好きで何があっても来てくれる人たちも「こういうことがあるなら今日は周りの人を連れて行こう」と、1人あたりのチケット購入枚数も増えました。

益戸🧢:ファンがファンを呼ぶじゃないですけれど。

高坂⚾:そうですね。そういうきっかけをつくることができて、良い結果をもたらすことができたと思っています。

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井上🍔:今のお話だと、ロイヤリティが高いユーザーというよりは、ライトユーザーというか、千葉に住んでいて、球場があるのは知っているという人たちが、いかに最初の一歩を踏み出すかにフォーカスしたのかなと聞こえます。

高坂⚾:マリーンズに関する行動や来場の、0から1なのか、それとも1を2にするのかという話でいうと、もしかしたら1を2にする話が中心だったのかもしれません。

井上🍔:潜在層に対して、ちょっと押すと顕在化して、ただ僕の疑問としては、そこから続かせるのが難しくないかと思って。よほどすごい体験ができないと、「この間、久しぶりに行ったんだよね」という話で終わるような気もして、その辺ってどうなんですか。

高坂⚾:スタジアムに行ってみようというきっかけの一つとして、千葉県教育委員会と組んで、子どもたちの来場時体験プログラムを作りましたが、初めて来場した家族の参加割合が多く、しかも参加満足度も非常に高いプログラムとして毎年人気です。

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ただ単に野球観戦を楽しみにしてくれる人たちだけではなくて、週末に小学生や幼稚園児の子どもを連れていく場所として選んでもらえるような取り組みとして、試合開始直前のグラウンドでキャッチボールができたり、ダンスができたりといったフィールド体験を組み込んだのが良かったと、手ごたえを感じています。

それから、マリーンズをはじめプロ野球チームの場合、市場調査をするとありがたいことに県民の中で知らない人はあまりいないんですよね。また、マリーンズは当時でも本拠地を千葉に移して25年ほど経っていたので、マリンスタジアムに一度は行ったことがあるけれど最近は行っていないという、離反してしまっていた人も結構いたんですね。その離反ユーザのリテンションは、イベントや来場者プレゼント、ファンサービスでネタをつくっていくことが効きました。

これで0→1や離反していた人の再来場を呼び起こせましたが、井上さんがおっしゃっていたとおり、これだけでは来場の継続化は難しいということで、やりながら仕組みもつくっていきました。2020年の今はスマートフォンが全世代に普及しているので、サービス設計に有効ですが、2015年当時は、まだそこまで普及していませんでした。ただ、近い将来こういうことがやってくるだろうと容易に想像がつくフェーズだったので、まずはデジタル上の連絡手段取得に努めました。単にチラシを手にしてもらってスタジアム窓口で招待券に交換して観戦していただく…ということではなくて、事前にデジタルエントリーをしてもらってメールアドレスを取得したり、そのメールアドレスにリテンションを掛けるみたいなことですね。あとは球団公式アプリを導入し、ダウンロード促進と並行してファンサービスやアプリで購買アクションを取れるようにしてみました。

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結果いずれも全世代で結構反応するなと分かってきたので、ユーザ体験やその基となるサービス設計を大きくデジタルシフトする判断をして、2019年に顧客データベースをリプレイスし、顧客ID管理の考え方も改めました。マリーンズIDと呼んでいるんですが、チケット購入者や招待来場者全員にそのIDを持ってもらおうと。メールアドレスだけではなくて顧客情報を登録してもらって、その人たちとのコミュニケーションや反応率の計測も自動化するべく、今はマーケティングオートメーションツール(Adobe社のMarketo)も入れています。

また、購買や来場などあらゆるユーザ行動を理解したいと考えているので、POSと店頭決済端末のリプレイス、スマートフォンでもそのまま入場できるデジタルゲートの仕組み、Web上のアクセスの解析(beBit社のUSERGRAM)も2019年末までに整備しました。これらをデータベースで一元管理するようにしただけでなく、公式アプリとの連携も増やしたのでユーザ利便性も上がりました。社内向けのレポートもBIツール(Tableau)でデータアクセスを容易にしました。こうしてユーザをよく理解し、その上で分析や施策を自動化できる構造に変えていったのが、ここ最近のことでした。

井上🍔:それは絶対に球団にとってもいいですけれど、実はユーザーにとってもすごくいいですよね。例えば、「今年は5回行っているわ」ということが分かるとか、「今は9回で次に来たら10回目です。10回目はおめでとうがあります」とか、あるいは1年前のきょうは実は千葉ロッテの試合を見に行っていたと分かったり、そういうのって意外とユーザーにとっても、すごく利便性があったり、承認欲求を満たしてくれるので、個人的にはそういうのが増えていくと、今は情報を取られるって少し気持ち悪くて、何に使われるか分かんないみたいなところがあったりするんですけれど、実は与えることで得られる利潤がすごく大きければ割と積極的に出す人もいる気がしています。

高坂⚾:実は、井上🍔さんにおっしゃっていただいたような来場頻度に応じたコミュニケーション・インセンティブの提供は、これまでも取り組んできたのですが、年に10回、20回と来場いただけるロイヤリティが高い人、つまりコアファン向けにサービス設計が寄りがちでした。彼らは自分なりの楽しみ方を見つけているので要望も明確ですし、多少複雑な制度にもついて来てくれるのですが、球団はそれに甘えているところがありました。もっと言うと、例えば球団公式HPに間違いがあったりすると、指摘してくださる方もいるんです。球団の発信内容に間違いがあることは良くないことですが、そのこと(サイレントに離反せず、マリーンズをより良くしようと指摘してくれること)自体は、すごくありがたいことですよね。

でも、ファンの裾野を広げるためには、0→1つまり初来場から、年間来場回数が1→2、2→3という低頻度のユーザに向き合わなければいけない。
しかも、その段階ではまだユーザは能動的なアクションはそれほど起こしてくれないので、施策コストもかかるし、難易度が高い。
それでも、そんな人たちに対してアプローチする構造をどうつくるかが、今のマリーンズには求められていて、そういうことができる仕組みが世の中に整ってきたなと、思っています。

益戸🧢:ではデジタルシフトしていくに当たって、結構、顧客は見えてきたということですね。

高坂⚾:見える仕組みができたというほうが正しいですね。

井上🍔:すごく前向きに言っちゃうと、確かに潜在顧客の獲得はまだまだ課題はあったのかもしれないですけれど、ロイヤリティユーザーの行動や、あるいはセミロイヤリティユーザーの行動を見ながらアプローチしてつくっていくことは、多分、しばらくたったらできたんじゃないかと思うんです。

一方で、そうしたところで上限のパイが決まっているじゃないですか。半径20km以内の人が来る人の8割で、さすがに50km超えたらほとんど来ないですよねという話でいうと、半径30kmぐらいに住んでいる人が潜在化を取り切ったとしても、ほぼ上限だみたいなところがあります。

多分、普通に考えると2年後や3年後に潜在客を取って、その人たちがロイヤリティユーザー、あるいはそれに次ぐ層になったときに、もう課題が次は見えてきたんじゃないかなと思って。

高坂⚾:おっしゃるとおりです。分かりやすくいうと、スタジアムが満杯になってしまったら、頭打ちです。今のZOZOマリンスタジアム座席の稼働率は7割ぐらいなのでまだ余白はあるんですけれど、残りの3割の余白が埋まればスタジアムが満員状態になって単価を上げていくことはできると思うんです。ただ、それで売上を今の2倍3倍にできるかというと、なかなか難しい部分があります。

そうすると、やはり上限が見えてくるので、そもそも新型コロナウイルスの影響が起きる前の時点でも、スタジアム収入以外の新しい事業モデルをつくらなければ、プロスポーツチームとしての成長を見いだせないと。そのためのユーザ理解や事業ポートフォリオの組み直しを考えようという話は、コロナ禍以前からやり始めていたところでした。

益戸🧢:いかに提供できるサービスの在庫を増やすかということですよね。

井上🍔:あるいは全然違う収益構造や収益軸をつくっていかないと。簡単にいうと、飲食店と同じで客単×回転数×客数みたいな感じになるものの飲食店と違って、さすがにプロ野球は2回転できないのですしね。スポンサー収入も放映権もそれに連動しているわけで、一番のアッパーが決まっちゃうと、2番、3番のアッパーも決まってしまうというのが一つ大きな課題ですね。しかも、コロナが起きたことによって、その課題がぎゅって前倒しになった感じはしますね。

高坂⚾:おっしゃるとおりですね。日本のプロスポーツの構造上、スタジアム収入が大きな割合を占めるのは、おそらくこの先も変わらなくて、大事な収入源です。なので、多くのファンに来ていただいて、スポンサーの方と一緒に、その場のアクティベーションに取り組んで、ということが今後も欠かせないと思うんですが、それ以外のところ、スタジアムの場に頼らないデジタルも含めたコンシューマ事業をどう考えていくのか。または、デジタル上のスポンサーアクティベーションの取り組みをどうするのか、放映権の価値向上にどう取り組んでいくのかも、しっかり考えていかなければいけないと思っています。

益戸🧢:スタジアムの外での盛り上がりが、今後はスポーツ業界全体で非常に大事になってくるのかなと思っていて、そもそもスタジアムに行けないという問題もそうですし、行けたところでMAX値が決まっている。その先をどう見据えて動いていくかがポイントになるということですね。ここから次のテーマにも入っていくのですが、球団や野球業界において、これからは施策面、経営面、対顧客や従業員も含めた中で、どんなポイントが大切になってくるかお話いただけますか。

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