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落語文字起こし 「勉強」 三代目三遊亭金馬

私の趣味の一つは落語を聞くことである。といっても、寄席に行ったりはしない。主に、録音で三代目三遊亭金馬の落語を聞いている。何度も何度も。

三代目三遊亭金馬(1894-1964)は、江戸っ子ではっきりとした口調で話し、登場人物の描き分けがはっきりしている、わかりやすい噺が特徴の落語家である。特にラジオの普及に伴って全国的に広く人気を博した。

私が初めて金馬の落語を聞いたのは、高校時代山岳部の活動のために、中央線に乗って奥多摩方面に向かっていた時だった。今回紹介する、「勉強」という落語が、電車内で聞いていた携帯ラジオから流れてきたのだ。朝早かったので半分寝ながらラジオを聞いていたのだが、面白すぎてすっかり目が覚めてしまった。山登り中も、朝聞いた落語の話をしまくって周囲の部員を辟易させたのは言うまでもない。

それ以降、YouTubeに上がっている動画やCD等で金馬の落語をよく聞くようになった。他の噺家で有名な方の落語も何度か聞いたが、どうしても金馬の落語が一番面白いと感じる。やはり、わかりやすいし、江戸っ子弁が気持ちいいし、面白い雑学を挟んでくるし… ともかく、自分のツボにドはまりなのだ。

あまりに面白いので(同じ噺を10回聞いて10回笑っているような感じ)、友人に聞く事を勧めてみたこともあったのだが、あまり理解してもらえることはなかった。残念ながら、昔の録音だったり、江戸っ子弁がきつかったりで、なかなか初見では理解しにくいのかなと感じる。

そこで今回は、私が最も好きな落語の一つである「勉強」という噺を取り上げ、その文字起こしをしてみた。文字起こしがあることで、聞き取る助けになると思ったからだ。是非、文字起こしを見ながら聞いて、楽しんでもらえたら嬉しい。なお、文字起こしは誤りがあるかもしれないが大枠では間違っていないと思う。何かお気づきのことがあればコメントしていただけるとありがたい。

「勉強」はもともと上方落語では「無筆の親」、江戸では「清書無筆」と呼ばれていた噺を現代風に(昭和初期のだが)金馬が改作したものだ。学問のない親が子供の宿題に口を出し、やり込められるというのが基本線である。

噺の要約と、用語の詳しい解説は以下のサイトが非常に参考になる。

また、動画は以下がyoutubeに上がっている。

以降に、文字起こしを示す。初めは枕である。落語は冒頭で枕と呼ばれる世間話や小噺をしてから本編に入るという流れである。

ここからが枕である。

噺家は学問があってしゃべってるわけではございません。学問のない代わりに心臓は3つくらいございまして。心臓が喋ってるようなもんでございます。間違ったことばっかりおしゃべりをいたします。改まったこういうとこで喋んのを聞くよりも、楽屋ってえのがございましてな。控室。あすこで噺家同士の世間話をお聞きあそばしますてえと、落とし噺以上おかしいことがございます。
麻布のおじさんとこへハガキ出そうと思うんだがな。
うん。
麻布のざぶって字、どう書いたかな。え?麻布ののざぶ。
麻布のざ… ああ、ざぶか。あれは布袋のね、ほてって字だよ。
面白い教え方があるもんでございます。麻布のざぶは布袋のほてと覚えてます。
ここへ行くのはどこ行ったらいいだろうね。
なんだ手紙かい?お見せ。
ほんじょうちゅうの業腹町、賽の河原の地蔵様としてある。こりゃあ大変だ。ここらで聞いたってわからねえ。箱根の向こうへ行って聞いてごらん。
どこ行ったってそんなとこはありゃあしません。読める人に読んでもらいましたら、本所中野郷原町、西河原多蔵様としてありました。本所中野郷原町をほんじょうちゅうの業腹町と読んでしまいまして。西河原多蔵様ってえのを賽の河原の地蔵様と読んで。字も読み方が変わるてえとおかしいことがいくらもあるもんでございます。
我々子供時分の教育と今とは変わったと申しますよりも、戦争中と今とはずいぶん変わりましたなあ。戦争中はしゃべる我々商売も、英語は絶対に使っちゃあいかんという命令がございました。こういうとこでおしゃべりするのにずいぶん困ったことがございます。むやみに英語なんぞ、噺家ですから使いっこありませんが、あの日本語化した英語ってのはずいぶんあるもんですな。仮に話の中へネクタイなんて言葉がでてきます。あれ英語だから言っちゃいけないって、あれ日本語になんてんでしょうな。困って、ボタン隠しの首飾りてなこと言って。すでにボタンてえのがもう英語なんですからな。もっとも噺家は器用ですから、直るものは大概直します。リュックサックはいけないってんで買い出し袋とかなんとか。一番困ったのはマスクですよ。なんと直すと思います、マスク。しょうがないんでさるぐつわと直しました。洋楽伴奏ってえくらいですから、洋楽の名前には困ったらしゅうございますなアコーデオンなんて言えません。小田原提灯エボ沢山ッてなこと言って。
もっと困ったのは野球のアンパイヤ、審判ですな。ストライク、ワン!なんてことが言えない。ストライクもワンも英語ですからな。いい球ひとーつ!てなこと言って。玉突きのゲーム取りみたいなこと。次の球はボール!ボールは言えない。次の球…ダメ!ダメなんてえこと言いました。バットのこと打棒ったんですよ。バッターボックスはいけないってんで打者箱。打者箱てえのは変な名前です。
終戦後は盛んに英語を使えという、今度は命令が出まして、頭の禿げた我々まで、カムカムエブリボディやなんかを覚えてます。大変な違いです。また今の小学校のお子さんまで、社会科ってえのがあるんだそうですな。銀行利子がいくらで、税率が何割だなんてえことを調べてます。末恐ろしい少年でございます。ですから、今のお子さんになんか教えてやろうと思いましても、あべこべに親父の方が子供に教わってんのがよくありますな。

ここからが本題である。

父:何やってんだ学校から帰ってきて。え。背中まあるくして。机かじりついて。何やってんだよ!
子:宿題。
父:なんだ?
子:宿題こしらえんの。
父:なんだこの頃の学校は指物屋みたいなマネさせんだな。卓袱台こさえんのか。
子:卓袱台じゃない。宿題!
父:敷く台。で、どんな台だ。高くねえんだろ、敷く台ってんだから。踏み台じゃ間に合わねえのか?俺が手伝ってやるよ。わからないことを一人でこうやって考えてねえで分かんないことあったらおとっつぁんに聞きなよ。教えてやるから。
子:へへ、無駄だよ。
父:軽く言うなよ、おい。あっさり片付けちまいやがったなあ。何が無駄だ。
子:お父さんわかんないから、およしよ。
父:そうバカにすんじゃないよ。おとっつぁん学問はなくなって苦労している。え?お前よりおとっつぁんの方が先生まれてんだ。
子:そりゃあ当たり前だよ。子供より親のが先に生まれっからいいんだよ。親が後からできんのはヤツガシラばっかりだ。
父:なんでも知ってやがんなこいつは、つべこべつべこべ。なぜそう理屈を言うんだ。
子:理屈じゃあないよ、理科で習うの。
父:理科ってのは理屈を教えんのか。今お前がやってんのはなんだ。
子:へ?
父:そこでやってんのはなんだよ。
子:これは地理。
父:何だ?
子:お父さん地理知ってますか?
父:地理?知ってるよーん。チリは大好きだからな。暑い時分はいけねえけどな。寒くなると毎晩チリで食べる。鯛チリ、鱈チリ、河豚チリな。
子:なあんだ、お鍋と間違えてんだ。だから聞いてもダメ。食べるもんのチリじゃないの。
父:どんなんだ。
子:交通だとか、人口、都邑ってもんを調べんの。産業・産物はなんであるかっての。
父:なあんだ、んなの訳ねえや。おとっつぁん仕事のこって日本中歩いてっから何でも知ってるから聞いてみろ!
子:じゃあ交通わかる?
父:何だ?
子:交通。
父:ハンケチにつけて匂いのいいの。
子:ありゃ香水だよ、ありゃあ。 ね、汽車の線路でも一つでも余計知ってる方がいいの。東海道線、山陽線、北陸線、中央線、総武線。お父さん知ってんのある?
父:あーあ、天保銭に扁桃腺。
子:扁桃腺なんて汽車あるもんか。産物聞いてわかる?
父:何だ?
子:産物。
父:はっ、乾物か。
子:乾物じゃない。産物ってのはどこの国でどういうものができるっての調べんの。
父:そんなものは訳ねえや。第一番に北海道が鮭、青森がリンゴだ。静岡がみかん。浜松がわさび漬け。甲府がブドウ。名古屋がうどん。
子:食べるものばっかり知ってるね。でも偉いね。北海道の鮭なんかどうして知ってるの?
父:ありゃあうめえ、お弁当のおかずだ。
子:情けない地理だなあ!歴史聞いてわかる?
父:何だ?
子:歴史。
父:わかるよお轢死ぐれえ。汽車に轢かれたんだろ。
子:あんなこと言うんだもん。だから聞いてもダメだ。汽車に轢かれた轢死じゃないよ。どういう年代になんてが生まれてね、その人がどういうことをしたってのを調べんの。
父:そんなものはわけねえや。おとっつぁん芝居が好きだもん。昔の人はみんな知ってら。第一番にてえこう秀吉を知ってら。
子:てえこう秀吉!それは太閤秀吉。
父:江戸っ子だから、てえこう秀吉だ。その人の家来に織田信長てえ者がある。
子:もう間違ってる。あべこべですよ。
父:何が。
子:秀吉が信長の家来だよ。
父:あっははそうか。俺なんでもどっちか主人でどっちか家来だと思ってた。
子:そんなずぼらなのあるもんか!
父:まだ知ってるぞ。徳川家康!
子:偉い人知ってんねえ。
父:武蔵坊の弁慶。
子:それから?
父:加藤清正なんざあもう、心安いや!
子:心安いってお友達みたい。加藤清正から?
父:め組の辰五郎。
子:め組の辰五郎?
父:死んだはずだよお富さん。
子:そんなもの歴史に出てくるもんか、お富さんなんか。歴史は聞いてもダメ。
父:あとはなんだ。
子:算数
父:なんだ?
子:算数
父:なんか歯が抜けたようなことを言う。どっか息が漏るぞ。それ、なんだいス、ス―ってのは。
子:わかんないんだな 算術って言やわかる?
父:ああ、大みそかのあくる日だろ。
子:あれは元日だよ!算術!
父:どんな格好してんだ。
子:格好なんてありゃしないよ かけたり引いたりするの。
父:待てよ。 かけたり引いたり ああ、車屋か。
子:車屋と間違えてんだ。かけたり引いたりったって車屋じゃない。二に二を足して四だとか、四が五つで二十っての。
父:そんなものは訳ねえや。二に二を足しゃあ四だ。
子:カニみたいな指出してる。 先生がおっしゃったけどそんな優しいのは指だの手だの出しちゃいけないんですって。暗算でできなきゃいけない。
父:なんだ?
子:暗算が肝心ですよ。
父:そうだよ! なんだって安産に越したことはねえやな。だから水天宮様お参りするんだよ。
子:何の話してんの!僕がやってんのはもっと難しいの。
父:どんなんだ。
子:お父さんにそう言っても所詮わからない。
父:わかるからそう言ってみろ。
子:わかる?分数。
父:何だ?
子:分数。
父:なんか臭そうなものやってやんな。芋を食いすぎたのか?それは。なんだいそのブー、ス―ってのは。
子:ブースーじゃない、分数!
父:どんな臭いがすんだ!
子:臭いなんかしやしないよ。
父:そう言ってみろよわかるから。
子:わかる?一価四分の三っての知ってる?
父:ああー、汲み取り券か?
子:わからないんだなあ!僕の勉強の邪魔になるよもう。
父:あとはなんだ、あとは。
子:書きかた。
父:なんだ?
子:書きかた。
父:この頃の学校はいろんなこと教えやがんだなあ。掻きかたまで教えんのか背中の。
子:背中の掻きかたなんか学校で教えるもんか!字を書くの。字は絵が始まりでできたんですってね。あとはみんな理詰めですって。
父:ああ、字ばっかりじゃないよ。字だの質屋の蔵だの高利貸しな。税務署。みんな利攻めだから。
子:変なもんと一緒にしてんだね。百の足と書くとムカデと読むんだってね。
父:ああ、うまくできてやんな。百の足だからムカデ。五十の足がゲジゲジ。
子:ゲジゲジ。そんな字があるもんか。足の袋とかいてタビ。
父:うまくできてやんな。足の袋がタビ、頭の袋がシャッポ。
子:出鱈目ばっかり言うんだもん。 鳥の目と書いて鳥目でしょ。
父:鳥の目なら鳥目、トンビの目なら油目だ。
子:そんなことばっかり言うんだ。僕本当に聞いてんだよ。けもの編に瓜と書いて狐。
父:なんだ?けもの編に瓜?けもの編に瓜ならば狐だよ、けもの編にキュウリなら河童だ。わからねえ字があったらおとっつぁんに聞きな。もしおとっつぁんにわからねえ字があったら、すぐこしらえてやらあ。
子:こしらえてやるって字なんかそんなにすぐできる?
父:訳ねえぞ。泥編にのたぐると書いてメメズとよみゃいいんだよ。 竿偏につっぱると書いて船頭だ。掃き溜め編に蹴散らかすと書いて鶏だ。
子:掃き溜め編に蹴散らかすなんて字が書けるもんか!乱暴なことばっかり言うんだ。じゃあお父さんに伺います。本字の木って字二つ並べて書くと何てえの?
父:何でもいいから表行って遊んで来い、遊んで。
子:わかんないとすぐ遊んで来いって。木を二つ並べたらなあに?
父:木を二つ並べりゃ拍子木だ。
子:拍子木!林だよ。
父:何だ?
子:林。
父:そうだよ囃子だよ。囃子なんてのは拍子木がなってから囃子になるんだ。
子:芝居だと思ってんだ。じゃあその林って字の上へもう一つ木を載せるとなんてえの?
父:木なんか載せちゃ重たいよ。
子:重たかない!木が三つ!
父:木が三つならお神酒だ。
子:お神酒!でたらめばっかり言うんだもん。 森だよ。
父:森?上へ乗せんだろ?上へのせりゃあ盛りだよ。つゆかけりゃあ掛けだもの。
子:お蕎麦と間違えてる。もう聞かないや。この頃火事が多いんですってね。
父:うん。
子:いま防火週間なんですって。 先生がお家へ帰ったら、防火週間火の用心って書いてもらって誰でも見えるとこへ貼っときなさいったの。 ほうぼうのお家に書いてあるんだけどうちだけ書いてないの。お父さん書いとくんな。
父:お前が書け、お前が。
子:僕が書くよりそのうちの主が書いたほうがいいの。お父さん主でしょ。
父:俺は主でなくたっていいよ。草鞋でも何でもいいや。 明日書いてやるから寝ちまえ。
子:寝ちまえったってまだ日が当たってら。
父:月夜だと思え。
子:思えるもんか。
父:いいから寝ちまえ。
子:眠くないの。
父:横になって目をつぶれ。
子:無理なことばっかり言うんだからな。
父:寝ちまえ寝ちまえ。
子:寝たよ。
父:寝たか?寝たらすぐいびきかけ。 
子:忙しいなー!
父:ゲラゲラ笑ってんのはおっかあか?
母:いい加減におしなさいよ。お前さんいくらえばったって学問のことじゃあの子にかないやしませんよ。
父:何言ってやん。学問でかなわなくたって、相撲とりゃ放り投げちゃう。
母:当たり前ですよ。子供にやり込められてギューギュー言って。防火週間なんて難しい字を受けあってどうすんです?
父:弱ってんだよ。書いとかないとまた理屈いうからな。なんかいい工夫ねえかな。子ども寝たか?
母:よーく寝ちゃった。
父:じゃあ今のうちに夜逃げしちゃおう。
母:そんなこと。いいことがありますよ。
父:何だ。
母:あの子がそう言ってたじゃありませんか。方々のお家には書いて貼ってある。
父:おう。
母:今夜お風呂行った帰りがけによそのうちへ貼ってあったら一つ剥がしておいでなさい。それを門口へ貼っとけばお前さんが書いたと思いますよ。
父:うまく考えたな 湯へ行ってきよう。
お風呂の帰りがけによそのうちに貼ってあったの一枚剥がしてきて自分のうちの門口へピタリと。
父:さ、金坊起きなよ!金坊や、起きなよ!
子:眠いよ〜
父:寝んじゃねえ。子供の癖に眠いってやつがあるか!子供は風の子だ!
子:また間違ってる。寒いってのに子供は風の子だってのは聞いたけど、眠いってえのに風の子だなんて。
父:目を覚ますと理屈言うんだね!眠いだの寒いだの煙いだのはみんな「むい」の親類だ!学校行け、学校へ。
子:今日は日曜だよ。
父:なぜそう逆らうんだなあ〜 日曜でもいいから行け!
子:日曜に学校行きゃだーれもいないよ!
父:すいていいや。
子:すいてていいだって。なーんにも知らないんだもん!昨日頼んだの書いてくれた?
父:忘れねえな、書いたぞ。
子:どこに?
父:表だ表だ、こっちへこいこっちこい。さあ目こすってねえでこれ見ろ!
子:どれ?いやー、これかい?
父:どうだ、上手いだろ?
子:なーんだ、ダンサー募集としてあらあ。

以上で文字起こしは終わりとなる。ダンサー募集がオチ(サゲという)となっているが、これは昭和初期におけるモダンな感じだったのだろうか。時代を感じる。

ではまた。

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