子どもの虐待の定義
子どもの虐待とは、子どもを保護し、子どもの健康や発育のために適切なケアをすべき立場である両親/養育者/家族/監護者などが、子どもを傷つけ人権を侵害することです。
ところで、文部科学省によると“児童”とは6歳以上12歳未満の小学生を示す言葉であり、「児童福祉法」では“子ども”とは18歳未満であるところ、本稿では法律、文献引用、固有名詞以外では“児童”と“子ども”を区別せず、“子ども”として統一します。
英語で子どもの虐待を表す(child abuse)は、子ども(child)を逸脱(ab)+使用(use)するもの(東京大学出版会,1997)[i]であり、子どもの乱用と訳することが出来ます。
子どもを乱用するということは、以下の行為のことだと定義づけられます。
日本では、2000年に「児童虐待防止等に関する法律」(以下、虐待防止法)が制定され、同法2条において、虐待とは、保護者(=親権を行う者、未成年後見人その他の者で、児童を現に監護するもの)がその監護する児童(18歳未満)について行う行為であり、身体的虐待、性的虐待、ネグレクト、心理的虐待の4つに分け定義されているところです。
本稿では法的な観点を主軸とするところ、ひとまず法的な定義についてお示しし、さらに補足を加えていきます。
身体的虐待とは?
身体的虐待とは、児童の身体に外傷が生じ、または生じるおそれのある暴行を加えること(1項)であり、具体的には以下のようになります。
身体的虐待は体罰やしつけと混同されやすく、子どもの虐待死の事例においても、
しかし、しつけの本質とは、子どもの自己調整能力の涵養を目的として親などの養育者が子どもに提供する援助であり、暴力を用いる必要性そのものがありません。
また、子どもの自立/自律を促すものがしつけであり、子どもの内的コントロールを促すことがあったとしても、体罰などによる親の外的コントロールとしての体罰としつけはむしろ対極の行為だと言えます。
また身体的虐待は、乳幼児揺さぶられ症候群や平手打ちのように客観的な外傷を伴わないケースもあるが、傷やあざなど身体的な外傷をともなうケースもあり、さらに他の虐待と比較し、暴力によって子どもを死に至らしめる可能性が高い行為でもあるのです。
2.性的虐待とは?
児童にわいせつな行為をすること又は児童をしてわいせつな行為をさせること(2項)で、以下のような内容になります。
性的虐待は極めて私的な「性」の領域に侵入し、子どもを支配する行為です。子どもへの影響が大きいこともさることながら、加害者の「支配欲求」への執着、認知の歪みなど加害者が深刻な問題を抱えている行為でもあります。
3.ネグレクトとは?
児童の心身の正常な発達を妨げるような著しい減食又は長時間の放置、保護者以外の同居人による前二号又は次号に掲げる行為と同様の行為の放置その他の保護者としての監護を著しく怠ること(3項)であり、具体的には以下のようになります。
ネグレクトは育児放棄とも表記され、子どもが必要とするケアや監護を行わない行為です。身体的/性的/心理的虐待は作為(=何かを行う事)によって行われる虐待であるが、ネグレクトは逆に不作為(=何かをしないこと)による虐待であり、アメリカやイギリスでは虐待とネグレクトを別物として定義しています。
4. 心理的虐待とは?
児童に対する著しい暴言又は著しく拒絶的な対応、児童が同居する家庭における配偶者に対する暴力(配偶者(婚姻の届出をしていないが、事実上婚姻関係と同様の事情にある者を含む。)の身体に対する不法な攻撃であって生命又は身体に危害を及ぼすもの及びこれに準ずる心身に有害な影響を及ぼす言動をいう。第十六条において同じ。)その他の児童に著しい心理的外傷を与える言動を行うこと(4項)であり、具体的には以下のように示されています。
心理的虐待は、本来親自身がコントロールすべき嫌悪感情や否定感情、責任を子どもに背負わせ、子どもをコントロールする行為であるといえます。また身体的虐待におけるしつけ、性的虐待の認知の歪み、ネグレクトの責任の放棄とは異なり、子どもに対して明確に傷つける意図/コントロールする明確な意図をもって行われる虐待でもあるのです。
5. マルトリートメントという考え方
①身体的虐待②性的虐待③ネグレクト④心理的虐待は児童虐待防止法に明記されている虐待の類型であるが、さらに毒物/薬物の接種などにより子どもをわざと病気にさせる「代理ミュンヒハウゼン症候群」や、養育者による激しい揺さぶりによって脳器質障害を起こす「乳児ゆさぶられ症候群」、家族/親族の介護やケアを担う「ヤングケアラー」、
「100点を取らなければ家に入れない」「この学校に行かなければいけない」といった教育虐待、「〇〇をしなければお金は出さない」などの経済的虐待、親の信仰する宗教や教祖を崇拝しなければ生きていけない状況に陥らせる宗教2世3世問題など、子どもへのコントロールや不適切な扱いが徐々に明らかになっています。
また、虐待は単一で起きるものではなく、複数の虐待が同時に起こっているもので、子ども達は多くの場面で自分を肯定する機会を奪われ、親の顔色を窺い、延いては人生を奪われてきています。
そこで苛烈で残酷な印象を与えがちな「虐待」よりも広義の意味を持つ言葉として、マルトリートメントという言葉がとくに医学/社会学分野で広がっています。
マルトリートメントは、「待遇」「扱い」という意味の名詞である(treatment)に「悪」「不全」「異常」という意味の接頭辞である(mal)が付いた言葉で、ほぼ虐待と同義であるが、子どもの健全な成長や発達を阻害するすべての養育を含む言葉として使われています。
国際的にも2016年のWHO(西太平洋地域事務所)の報告書から、マルトリートメント(WHO,2016)という言葉が使われるようになりました。
虐待とマルトリートメントはほぼ同義ではあるが、生命にかかわる虐待(=チャイルド・アビューズ)よりも広く、かつネグレクトや心理的虐待に含まれるような日常的な子どもへの不適切な取り扱いです。
「虐待」を用いると「意図的に傷つけようとはしていない」「暴力はふるっていない」「外傷は負わせていない」と加害を軽んじることに繋がってしまう場合があるため、近年不適切な関わりの総称としてマルトリートメントが用いられることが増えています。
6.まとめ
子どもの虐待とは、加害親の動機に関係なく、子ども自身/子どもとの関係を利用して、加害者自身の責任の押しつけ/放棄によって、子どもの健康と安全、発達や自立を阻害する行為だということが出来ます。
つまり虐待かどうかをどのように判断するかについては、「親/養育者/監護者の加害する意図の有無にかかわらず、子どもの健康や安心、安全な環境が危機的状況にあるかどうか」という視点から、事象を捉えるものです。
■参考文献
東京大学出版(2017)『英米法辞典 第六刷』142頁
厚生労働省「児童虐待の定義と現状」https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kodomo/kodomo_kosodate/dv/about.html
WHOのHPより https://www.who.int/news-room/fact-sheets/detail/child-maltreatment#:~:text=Child%20maltreatment%20is%20the%20abuse%20and%20neglect%20that,occurs%20to%20children%20under%2018%20years%20of%20age.
伊藤芳朗 (2000) 『知らずに子どもを傷つける親たち : チャイルド・マルトリートメントの恐怖』 河出書房新社
厚生労働省「子ども虐待対応の手引き」https://www.mhlw.go.jp/bunya/kodomo/dv12/00.html
Brammer,A. (2020)『Social Work Law 5th edition』 Harlow : Pearson
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?