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#09 そうだ、やっぱり宇宙で歯は抜けないよ(後編)

Introduction


「むし歯」というのは皆さんもなじみの深い言葉なのではないかとおもいます。

では「むし歯」ってなんでしょう?

漢字で書くと「虫歯」ですが、別に歯の中に虫が住み着いてしまうわけではありません。

口の中には、数多くの細菌が住んでいます。


その細菌たちは、いくら歯みがきしまくろうと、イソジンでうがいしようとも絶滅はしません。(数は減りますが)

そしてすぐに増殖を繰り返しまた一定数まで増えてしまいます。

その中のひとつにミュータンス菌というやつがいます。

いわゆる虫歯菌というやつです。

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(https://www.mmm.co.jp/hc/dental/consumer/dental_prophylaxis/begining/index.html より)

砂糖の含まれた食物を摂取すると、その中に含まれるショ糖を原料にしてミュータンス菌は酵素を産生し、粘着性の多糖体(ムタン、グルカン)というものをつくります。

このグルカンが形成されると、歯の表面で他の細菌とともに塊を形成します。

これがプラーク(歯垢)と呼ばれ虫歯が発症および進行する最大の原因となります。

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(http://www.dentalpark.net/shi_mazu_genin.html より)

歯の表面に付着した歯垢(プラーク)は、酸を作り出します。

その酸が、歯の成分であるカルシウムやリンを溶かして歯をもろく、スカスカにしてしまいます。

これが、「むし歯」と呼ばれる状況です。

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(https://clinica.lion.co.jp/oralcare/mushiba.htm より)


食べ物に含まれている糖質(特にショ糖)は、ミュータンス菌が酸を作る材料に使われます。

間食が多い人や、キャンディーやドリンクなど甘いものをよく摂る習慣のある人は、歯の表面が酸にさらされる時間が長いため、むし歯になりやすくなります。

近年では、プラークはバイオフィルムとも呼ばれ、このバイオフィルム形成は細菌が生き残るために備えた能力で、様々な病原性を発揮することが明らかとなりました。


スペースむし歯

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実は宇宙では、むし歯の発生率が上がるという報告があります。

先ほど説明したように、むし歯というのは、むし歯を引き起こす細菌による感染症のひとつです。

どうして宇宙でむし歯が増えてしまうのでしょうか。

海外の論文ですが、ミュータンス菌の病原性とバイオフィルム形成について研究されているものがありました。

この研究では、

通常の重力下で繁殖させたミュータンス菌と、
超伝導磁石を使用して微小重力をシミュレートした環境下でミュータンス菌

を準備して、病原性とバイオフィルム形成についての比較研究を行っています。

結果は、
微小重力シミュレート下で繁殖させたミュータンス菌の方が強い耐酸性を示し、かつより薄く、高密度なバイオフィルムを形成することがわかりました。

つまり、微小重力下でむし歯菌はグレードアップするということです。

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また、アメリカの火星砂漠研究基地で行われた火星アナログミッションの実験では、実際にヒトの口の中のミュータンス菌の細菌数を調べています。

この実験期間は2週間でしたが、ミッション終了後、調べられた人の口の中の細菌数は、基準値と比較して大幅に増加していました。

また、唾液の中に検出される数種類の免疫グロブリン(IgA、IgM、IgG)の値を、1週間および2週間後というタイミングで測定したところ、すべての免疫グロブリンが基準値と比較して低い値を示したことがわかりました。

したがって、この研究では、微小重力下では口の中の免疫レベルが損なわれる、と結論付けています。

唾液力


唾液というのは実はすごいパワーを秘めています。

ミュータンス菌の出す酸によって、歯のエナメル質からミネラルが溶け出してしまいますが、唾液が唾液中に含まれるリン酸やカルシウムなどのミネラル成分を補給してくれることで、エナメル質は健康な状態に戻ります。

これを

「再石灰化」

といい、歯がむし歯になるのを防いでくれるのです。

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(https://www.suga-dent.com/blog/saisekkaika/ より)

眠っている間は唾液が出にくくなるのでむし歯になりやすい、というのはこの原理です。

そして微小重力下においては、唾液腺の筋肉の活動が低下するため唾液が出る量が低下することが分かっています。

そして重力という概念がなくなるため、口の中を唾液が巡りにくくなります。

地上では、重力により唾液が上から下へ流れるため、上の歯よりも下の歯の方が唾液の効果を受けやすくむし歯になりにくいのですが、微小重力下では関係なくなります。


ARONJを予防するためには?

イントロが長くなってしまいました。

前回まで二回に渡り、骨吸収抑制剤、つまり骨粗鬆症の治療薬が原因である、顎骨壊死、ARONJについてお話してきました。

ARONJは感染が引き金となって発症・増悪します。

したがって口の中の衛生状態をキレイに保つこと、感染対策を徹底することが重要です。

地上にいる場合は、

 普段から口腔内の衛生状況に気をつける。
 かかりつけの歯科医師を持ち、定期的な歯科クリーニングを欠かさないようにする。

などの対策が取れます。

では宇宙ではどうでしょうか。


今までお話してきた通り、微小重力下ではどうやら口腔内の状況はあまり芳しくなさそうです。


 口腔内免疫レベルが低下
 唾液分泌量が低下
 歯ブラシがうまくできない可能性

などの原因で口腔内の細菌がアップグレードしてしまうのでした。

ここに今までのARONJの話が絡みます。

 どうやら宇宙ではARONJの原因となるBP製剤の服用が必須
 BP製剤などの服用があると口腔内へのダメージや抜歯によりARONJが引き起こされる可能性がある
 ARONJは感染によって発生率up
 つまり宇宙ではARONJが引き起こされる確率が地上に比べかなり高い

というロジックです。

宇宙に行って、歯が痛くなったらその場で抜歯、、、

危ないですよね?

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結局なにか


今まで全9回にわたって、宇宙での歯科医療の現状をちょっと深くまで突っ込んで書いてきました。

宇宙へのロングミッションや宇宙での移住を考えた時、宇宙での歯科医療の提供環境の整備は必須です。

歯科医師の立場から見て、現在は整備されているとは程遠い状態です。

むし歯があると宇宙飛行士になれない時代は終わりました。

それは宇宙滞在時間がこれまでとは飛躍的に伸びたからです。

予防だけに頼ってはもはや対応できない時代になってきているのです。

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(https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000044.000022590.html より)


このnoteを書くにあたり宇宙と歯科について書かれている論文を20本ほど読みましたが、全てが海外の論文でした。

論文の絶対数が医療の世界のテーマにしては比べ物にならないほど少ないです。

いかに未開拓な領域かがわかります。

宇宙開発のスピードに宇宙の医療の開発の追従は必ず必要です。

現在、歯科医師の立場からできる宇宙開発を考えて、いろいろプロジェクトを始めています。

その第一弾がこのnoteでした。

今まではどちらかというと情報発信がメインなnoteでしたが、これからはもっと広げたテーマで書いていく予定です。

乞うご期待!


References
1 B. Rai and J. Kaur, “Periodontal status, salivary immunoglobulin, and microbial counts after short exposure to an isolated environment”, J Oral Sci, 55, pp.139-43, 2013.

2 B. Rai, J. Kaur and B.H. Foing, “Evaluation by an Aeronautic Dentist on the Adverse Effects of a Six-Week Period of Microgravity on the Oral Cavity”, Int J Dent, 2011, pp.1-5, 2011.

3 B. Rai and J.Kaur, “Space and Aeronautical Dentistry”, Peepee Publishers, 2012.

4 X. Cheng, X. Xu, J. Chen, X. Zhou, L. Cheng, M. Li, J. Li, R. Wang, W. Jia and Y. Li, “Effects of simulated microgravity on Streptococcus mutans physiology and biofilm structure”, FEMS Microbiol Lett, 359, pp.94-101, 2014.


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