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インドのチーター

2022年9月17日、インドで絶滅した「チーター」を再びインドの地に復活させるべく、アフリカのナミビアから8頭(メス5頭、オス3頭)のチーターが5000マイル(8000キロ)の距離を二日かけて飛行機で運ばれてきました。チーターは奇しくもこの日に72回目の誕生日を迎えたModi首相自らの手で、Madhya Pradesh州の Kuno National Park (KNP)にて、檻から放たれました。とはいってもチーターは最初の2-3ヶ月は6キロ四方の囲いの中で慣らされ、そのあと5000平方キロのKNPの野生に放たれる予定です。来月にはさらに、南アフリカから12頭のチーターがやってくる予定です。このチータープロジェクトは、国営石油会社であるインディアン・オイルがスポンサーになっており4年で5億ルピーを拠出していますが、インド政府はさらに資金を集め、最終的にはチーターを約40頭まで増やしたいと考えています。

チーターという猫

インドのチーター(正確にはかつてインドで生息していたチーター)は世界に5種いるチーターの1種に相当し、Asiatic cheetah (Acinonyx jubatus venaticus)と言います。

インドで絶滅したAsiatic cheetahは現在はイランで亜種の生息が確認されており、その数は50頭にも満たないと言われています。Asiatic cheetahはアフリカのAfrican cheetah4種よりは小柄でスリムで、動きも速いと言われています。

つまりはこのチーターの「復活」は、インドのAsiatic cheetahではなくてアフリカのAfrican cheetahをインドに定着させること、といえます。どこかで見た構図ですよね、そうです、現在日本で生息数を回復させてきた「トキ」です。トキも中国から連れてこられましたから、日本人には何の問題もなく理解できる話かもしれません。

なお蛇足ながら、チーターはアフリカの動物とのイメージを強く持ちますが、「チーター」の語源はサンスクリット語で「斑点のあるもの」を意味する「chitraka」です。アフリカの動物をインドの言葉で表現しているのです。

もひとつ蛇足ながら、チーター1頭の生息に必要な面積は100平方キロメートル(38平方マイル)と広いのですが、他の猫科の猛獣はこの100平方キロメートルの広さの土地であればより多く生息できます。たとえば、

  • トラならば6~11頭、

  • ライオンならば10~40頭、です。 

インドとチーター

チーターはその昔インドにも生息していて、インド中央部の新石器時代の洞窟の壁にも描かれており、ヴェーダやプラーナといった古代の書物にも登場します。またムガル帝国では飼いならしたチーターを王室の狩猟に同行させましたし、チーター大好きのアクバル大帝はチーターと共に描かれた肖像画も残しています。一説にアクバル大帝は生涯に9,000頭のチーターを飼いならしたと言われています。その後チーターの生息可能地は縮小し(餌となる生き物の乱獲と減少)、毛皮を目当てにした密猟などを原因に減り続け、19世紀初頭には250頭、1952年には公式に絶滅が宣言されました。絶滅宣言後は、1970年代半ばまで、中央部やデカン地方で散発的な目撃情報が報告されてはいましたが、インドで野生のチーターが最後に目撃されたのは、1948年、チャッティスガル州コリヤ地区のサルの森(Sal forests of Koriya District)で3頭のチーターが射殺されたときだそうです。

チータープロジェクト(Project Cheetah)

インドのチーター復活のプロジェクトは1970年代から議論されてきました。イランとの間で、イランにはイランで絶滅したがインドに残るアジアライオンを贈り、イランからはインドで絶滅したがイランに残るアジアチーターを贈ってもらい、相互で交換しようという考えがありましたが、1979年のイラン革命で頓挫しました。

今回のアフリカチーター受け入れに向けた動きは、1973年以来の野生のトラの個体数回復と管理に成功して自信をつけていた、2009年(当時はManmohan Singh首相)に遡ります。中産階級の間で自然保護に対する意識が高まってきたこと、荒々しい開発政策から人の目を反らせること、これらを考慮したときに選挙で利益を得ると期待されたのが、文化的アイデンティティに根ざしカリスマ性もある「チーター」でした。ところがこの環境森林省の「政治的な」アフリカチーター受け入れの決定に対し2013年に最高裁は野生保護法に反する行為として停止命令を下しました。グジャラトで個体数の増加に進展が見られないアジアライオンをまずKNPに移してライオンの復活をまずやれ、それが野生保護法の精神だとしたのです。

2014年にModi首相が誕生すると、アジアライオンの移住は全く進まないのに、アフリカからのチーター移住プロジェクトが再始動します。速さ、正確さ、衝動を特徴とするチーターは、積極的な進歩と具体的な開発行動を提唱するナショナリズム政党のModi首相にとって、古き良きヒンドゥの過去を美化・理想化する傾向とも相性良く結びつき、格好の政治的な象徴(シンボル)になったのです。また、アフリカからチーターを迎えることは、インドは倫理的、生態的、経済的な観点でも、失われた自然遺産を復活させる技術力と資金力を持った国だという格好の対外アピールにも役立ちます。2020年には最高裁も「慎重に管理された条件下でのチーターの実験的導入」を認めました。

モディ首相の言葉を額面通りに受け止めれば、チーターの復活は「環境と野生動物の保護に向けた我々の『努力』、サバンナの生態系の回復」という、ありがちな美しい話になります。しかしチーターの供給元であるアフリカは成功の前例のないプロジェクトに二の足を踏みました。これを受けてインド側は、KNP周辺の住人の立ち退き、地域の飼い犬へのワクチン接種(犬ジステンパーウイルスなどの病気で、グジャラートのアジアライオンは死に続けている)、KPNでのチータの餌になりそうな生き物の繁殖といった「努力」を進めました。

そしてついに2022年8月にアクションプランが公表され、ナミビアからチーターが輸送されてきたわけですが、当初はインド独立75周年の8月15日がお披露目の予定日とされていました。それが予定叶わず一ヶ月ずれたため、Modiさんの誕生日の9月17日にお披露目の日が設定された、というのも極めて政治的な匂いしかしません。

とはいえチーターに罪はないので、ぜひインドの地でしっかり、「🎵 1日一歩、3日で三歩、三歩進んで二歩下がる 🎶」の心意気で、末長く生息していただきたいものです。

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