資格
サッカー観るのが大好きな割に戦術論は全く分からないので、普段はX(旧Twitter)で試合の感想やあつ森で描いたイラストをポストしてるだけだったが、横浜FCと歩いてきた道のりを振り返りながら珍しく真面目に考えたことをまとめてnoteで書いてみることにした。
あくまでサッカーど素人サポの自分の解釈なので実情は違うかもしれません。広いココロでお読み頂けると幸いですm( _ _ )m。
自分が永年応援してきた横浜FCは、ここ数年J1とJ2の間を行ったり来たりを繰り返してきた。
いわゆるエレベータークラブと見られていることだろう。
このアップダウンに辟易してる人もいるだろうが自分はちょっと違う。
少しずつ前進しているのが見えるからだ。
応援歴だけはまあまあ長い自分が見てきた横浜FCの歴史をひもといてみる。
今から20年くらい前。横浜FCはJ2でパッとしないシーズンを送っていた。
自前の練習拠点を持たず、市内のグラウンドを転々とする日々。
選手達は練習後に100円シャワーで汗を流していた。
確かユニの胸スポンサーがなかなか決まらない年もあった。
横浜FCは何も持っていなかった。失われたフリューゲルスの魂を除いて。
雑草軍団を地で行く横浜FCの存在を偶然知った自分は、見物客もまばらな練習を覗きに行くようになった。プロのサッカー選手と気軽に触れ合えてしまうのが当時は驚きだった。気が付いたら横浜FCのファン(まだサポではなかったかな)になっていた。
2005年夏のある日、うだつの上らない横浜FCに突如として追い風が吹く。
あの日本サッカー界の伝説"キングカズ"FW三浦知良、まさかの電撃加入Σ( ̄。 ̄ノ)ノ
あのカズが加わったことで世間的な認知度が上がり、横浜FCの置かれた環境が変わり始めたのは周知のとおりだ。
2006年。シドニーFCへの期限付き移籍から復帰したカズ、覚悟を決めたFW城彰ニ、新進気鋭のMF内田智也(現横浜FC CRO)、若き守護神GK菅野孝憲、伝説のFWアレモン(故人)らが躍動。
ハマナチオと呼ばれた堅守(15試合無敗、770分連続無失点!)とアレモンの驚異的な決定力(所属半年24試合18ゴール!!)を武器にチームは快進撃を続け、なんとJ2優勝を果たす。
めちゃんこ嬉しかった(● ˃̶͈̀ロ˂̶͈́)੭ꠥ⁾⁾
今にして思えばあの日、自分もファンからサポに昇格したんだと思う。
だが、唐突な夢の成就は新たな絶望への序曲にすぎなかった。
翌2007年。念願のJ1に初挑戦したものの全く歯が立たずに降格する。
J2優勝時の主力だった城が引退し、アレモンやMFルイス・アウグストを引き留めることができなかった他、メンバーが大幅に入れ替わった。補強の目玉だったFW久保竜彦やMF奥大介はコンディション不良が続き、新外国籍選手が悉くフィットせず夏で総入れ替え。昇格に導いた高木琢也監督の解任など混迷を極めた。
その根底にあったのはJ1を戦ううえでのクラブとしての基礎体力の無さだった。
4勝4分26敗 勝ち点16 得失点差-47
圧倒的ビリ。まさに木っ端微塵Σ(゚д゚lll)
うっちーと菅野を引き抜かれ、悲嘆に暮れたシーズンオフ。
それから再びJ1の舞台に辿り着くまで13年もの年月を要することになる。
そう、かつての横浜FCはエレベーターに乗ることすら出来なかったのだ。
その頃に比べれば横浜FCは格段に進歩した。
それはトップチームのスカッドだけの話ではない。
西谷にトレセンを構えることが出来たし、三ツ沢の様子も変わった。
オーロラビジョンがついた(*゚▽゚*)
観客に女性やキッズが増えた(当社調べ)。
スタグルは充実し、売店にはよりどりみどりのグッズが並び、ユニフォームはサッカーファンなら誰でも知ってるPUMAになった(hummelやsoccer junkyも好きだったけどね)。
2人のヴァルキュリア(ミタモニちゃん、まほちゃん)はおじさんの自分には眩しすぎて直視できない(//∇//)けど、横浜FCが誇る勝利の女神だ。
フリ丸の周りはいつも黒山の人だかり。横浜ではミッキーとかピカチュウ並みの人気がある(当社調べ)。
以前の三ツ沢といえば、いかついお兄さんばっかりのイメージ。
スタグルなんて概念は無かったし、グッズなんかタオマフぐらい。
フリ丸が宇宙から来た時は嬉しかったけど、181cmある自分よりもデカくて「ゆるキャラ」には程遠かったよなー( ̄▽ ̄;)
肝心のピッチでは数年前からMF斉藤光毅、 MF松尾佑介、MF中山克広、MF齋藤功佑などリーグでも注目される若い力が出てくるようになった(自前の下部組織出身者も増えてきた)。
MF中村俊輔、MF松井大輔、GK南雄太、DF伊野波雅彦、DFカルフィン・ヨンアピンら百戦錬磨のベテランと融合した2019年の後半は磐石の強さを見せ、悲願だった2度目のJ1昇格を果たす。
また夢が叶った、横浜FCの未来は明るい。
そう思っていた。
だが13年ぶりに訪れたJ1という日本最高峰の山は、想像以上に危険な場所であることを自分は忘れていた。
2020年はコロナ禍による降格なしの特別レギュレーションのもとで15位になったが、J1昇格に多大な貢献をしたFWイバ、MF佐藤謙介、MFレアンドロ・ドミンゲスらが退団し、サポに大きな衝撃を与えた。
翌2021年。横浜FCはJ1での実績豊富なFW渡邉千真、FW伊藤翔を前線に加え更なる飛躍を期していた…。
だが、J1は本来の姿を取り戻しトップリーグの厳しさを否応なしに思い出させられることになる。
前年から下平隆宏監督のもとポゼッションサッカーを志向していたが、開幕戦の札幌のハイプレスを警戒してロングボール主体の作戦を取ったが完全に裏目に出た。大事な開幕戦を1-5で完敗。その後も敗戦が続き、下平監督が解任される。
生え抜きと言える早川知伸ユース監督をトップチーム監督に昇格させ、夏にFWサウロ・ミネイロ、GKスベンド・ブローダーゼン、DFガブリエウら5名の外国籍選手を緊急補強。極端なポゼッションサッカーに見切りをつけた。
松尾、シーズン途中から主将になったMF瀬古樹の2枚看板の奮闘もあったが状況の打破につながらず。
6勝9分23敗 勝ち点27 得失点差-45の最下位で2度目のJ2降格となり、大好きだった松尾と瀬古を移籍で失うことになった。
2022年。札幌の四方田修平HCを新監督に迎え、FW小川航基、MF長谷川竜也、FW山下諒也、DF中村拓海らを獲得。外国籍選手がほぼ残留(一方でレンタルではあるがカズがクラブから離れた)。
ミシャ式の攻撃サッカーを取り入れてJ2開幕10戦を8勝2分とこれ以上ない好発進を切った。
このままJ2を圧倒し、1年でのJ1昇格だ(≧∇≦)と誰しもが思っていただろう。
だがそこは魔境と言われるJ2。簡単には行かせてくれない。
横浜FC対策が進むと開幕当初の勢いは失われた。
ミシャ式の攻撃サッカーに取り組んだのはヨモさんが来たこの年から。
付け焼き刃とも言える。年季が入っていないのだ。
練度、強度に問題を抱えたままだったが、航基と長谷川のホットラインのクオリティで勝ち点を積み上げ、1年でのJ1昇格を果たすことができた。
Jクラブにとってトップカテゴリーに居るということは何よりも大事な事だ。しかも2023シーズンは降格枠が「1」と初のJ1自力残留が目標の横浜FCにとって千載一遇のチャンスと言えた。
だからこそクラブはこの”三度目の正直”で考えたはずだ。
このままで今度こそJ1残留が果たせるのか?と。
航基の決定力の陰に隠れ、横浜FCのサッカーは練度と強度に問題を抱えたままだし、J1で実績があり尚且つ力を維持してる選手はそう簡単には来てくれない。
新潟のような仕込んできた下地が無い以上、昼田GMは懸念事案(長谷川、ブロのコンディション)に保険を掛けつつ(MF高井和馬やMF小川慶治朗、GK永井堅梧の獲得)、J2で力を見せた「化ける」可能性のある若い選手(MF坂本亘基やMF新井瑞希ら)の覚醒に賭けた。
いや、一か八かの大博打を打つしかなかった。
物議を醸した年頭の編成については個人的にそう思っている。
だがその賭けは開幕2節にして早々に頓挫する。
守備の要であり今季の主将ガブリエウが負傷離脱。
その後チームは大敗を続け公式戦14戦未勝利。2年前と同じような惨状を辿る。
この大博打のキモはガブリエウだったはずだ。強靭なフィジカルを持つDFンドカ・ボニフェイスとのCBコンビがJ1の相手FWを1年間抑えるのが大前提こその潤沢な2列目アタッカー編成。
ガブリエウが離脱した時点で今季の横浜FCの命運は決まっていたのかもしれない(長谷川やブロの不調が続いたのも誤算だっただろう)。
公式戦15試合目の新潟戦でヨモさんはポゼッション4バックを諦め、カウンター5バックに変えた。この試合で今季初勝利をあげた。
5月はリーグ戦で3勝。夏の移籍市場で航基、長谷川、サウロらが移籍。8月に優勝争いをしている神戸とマリノスに快勝したが、残留争いのライバルとの6ポイントマッチをことごとく落としてしまう。
特に9月のホーム柏戦で力負けをしたのがあまりにも痛かった。
自分はこの試合で「J1に居る資格」を証明できると思っていた。
だができなかった…。それだけに落胆した。
試合後にみんなが帰っていくなかでバックスタンドから呆然と誰も居なくなったピッチを見つめていたら、(多分)お話ししたことがあるママさんサポさんに「凹んでるー」と言われ我に帰った。
そりゃね、凹みますよ…囧rz
ママさんのお子さんに「湘南に勝ちゃーいーんだよー!」と言われ励まされる始末(ノД`)
「アア、ソウダネ。ガンバロウ(←棒読み)」
白状するとこの柏戦での敗戦を受けて、心の奥底で今回も落ちる覚悟をした自分が居た。
口では絶対に残る!って言っておきながら情けない話し。
強がることしかできなかったのだ。
そしてその予感はリーグ戦が進むに連れて現実味を帯びていくことになる。
起死回生のラストチャンスだった第33節湘南との直接対決に痛恨の敗戦を喫した横浜FCは、事実上の降格宣告が突きつけられる。
最終節、鹿島に敗れ3度目のJ2降格が決まった。
今度こそ残してみせるという誓いを
海外に行ってしまった仲間との約束を
果たすことが出来なかった…。
自分はチームを勝たせられるサポにはなれなかった。
横浜FCが目指したJ1残留はまたしても達成できなかった。
7勝8分19敗 勝ち点29 得失点差-27
これまでと違い最終節まで粘ったし、得失点差のマイナスが減ったのは(まだ多いけど)進歩と言える。
だが今の横浜FCにはJ1に辿り着く力はあっても、定着する資格はまだないということなのだろう。
過去3度のJ1昇格→J2降格に共通しているのはJ1を戦ううえでのクラブとしての基礎体力の無さだと思う。土台の脆さゆえ選手が定着せず、その度にやり方を変えるしかなくなるという悪循環(もちろんこれをスパッと是正することができるなら何処も苦労はしない訳で…)。
これを打破するには、やり方を変えなくても済む「頑強なる芯」を持つことだ。それは哲学とも言えるかもしれない。
「横浜FCはJ1に居るべきクラブ」と言ってくれる選手もいるが、
正直自分は違和感がある。
俺たちの横浜FCは本当に「J1に居るに値する=資格のあるクラブ」になれているのか?と。
改めて考えてみた。
「J1に定着する資格」とは何なんだろうか?
サッカーど素人なりに考えた条件が以下の2点だ。
①継続性のあるサッカースタイル
2006年:ハマナチオ
2010-11年:ど根性
2017年:イバ大作戦!
2018年:レドミにお任せ!
2019年:快速SHを活かした速攻
2020年:GKから組み立てるポゼッション
2021年:ポゼッション→カウンター
2022年:ミシャ式攻撃サッカー
2023年:ポゼッション→カウンター
(※一部割愛)
これまでのようにやり方をコロコロ変えず、継続して練り上げること。
特定の個の力に頼らないチームとしての戦い方が必要(昔から対戦相手に「横浜FCの個の力に警戒」と言われてきたが、裏を返せば組織としては脅威ではなかったということかも)。
どんなにブン殴られてもびくともしない芯を作る。
ひたすら叩き鍛え、磨きあげる…。刀のように。
目先の勝ち点を拾いながら自分たちのスタイルを確立していくというのは、ものすごく難しいことだとは思う。
だがそれができているクラブがJ1に定着しているような気がする。
クラブはそれに気づいたから5月まで全く勝てなかったヨモさんを途中解任せず(今までの横浜FCだったらとっくにクビだった)、来年も続投させることを決めたのではないかと思いたい。
J1で耐えられる芯の鍛造とJ1昇格の二兎を追わなければならないヨモさん。
降格が決まったカシマで泣いている山根と坂本の肩を抱きしめたヨモさんに「横浜FCはこうなんだ」という礎を是非とも築いてほしい。
②クラブとしての規模&ステータス
三ッ沢の様子は前述したように進歩はしているが、まだまだ他クラブに比べると小ぢんまり感は否めない(個人的には横浜FC独特の手作り感・のほほん感は大好きであり大事にしたい)。
もっと多くの人の声や思いが集まれば絶対に選手の力になる。
三ツ沢のキャパなら毎試合SOLD OUTになるぐらいじゃないと。
観客が増えればスポンサーも増えるかもしれない。
スポンサーが増えれば選手の待遇や設備も良くなるだろう。
地上波応援番組もできるかもしれない。
それらが「横浜FCなら行っても(残っても)いいな」と有力な選手に選んでもらえるクラブになること=ステータスに繋がるはずだ。
「①スタイルの継続性」と「②ステータス」。
この二つが揃っていることがJ1に定着できる「資格」の条件なんだと思う。
しかも厄介なことにこの二つはリンクしている。①が伸び悩めば②も伸びない。逆も然り。
そう考えるとその「資格」取得のハードルは相当に高い…。
客観的に見て今の我が横浜FCにはまだその「資格」が無かったのだ。
本当に「資格」があったのであれば今度こそ残留していただろうし、
そもそも昨シーズン最終盤の三ツ沢で大分と金沢に連敗したけど昇格だ〜|( ̄3 ̄)|、なんて締まりの悪いことになってなかっただろう。
J2という魔境をなんとか潜り抜け、J1という山の登山口に辿り着くのが精一杯だったのだ。
その「資格」は簡単には手に入らない。
何年も、何十年もかかるのかも知れない。
裏技も近道もない。
ただ愚直に練り上げ続けるしかないのだが、悠長にはしてられない。
ジレンマの中での戦いを制して、いつの日か必ず
「横浜FCはJ1に定着する資格があるクラブだ!」
と声高らかに言わせてほしい。
HAMABLUE SESSIONでは厳しい財政状況が伝えられたという。
来年は「2022年の再現を!」などと軽々しく口にはできない(今思えばそれほど2022年は特異なシーズンだった)。
厳しいシーズンになる可能性は大いにあり得る。
この先も「J1行きのエレベーター」に乗れる保証はどこにも無い。
大好きだった選手との別れもあるだろう。
逆にまさかの有名選手の加入もあるかもしれない。
内的にも外的にも常に強いられる変化の中で、
スタイルとステータスをブレることなく練り上げ、再びJ1の扉を開くのか?
繰り返された敗北に心の炎を失い、J2という魔境の迷子に逆戻りするのか?
自分はまたJ1の扉を開きたい。
J1という恐ろしくも美しい世界を知ってしまった以上、もう引き返すことはできない。
一人では開ける事ができない扉だが、
こじ開けることができる仲間たちが揃っていると信じている。
何もなかった横浜FC。
泣いたり笑ったりしながら
少しずつみんなで夢を叶えてきたのを自分は知っている。
ヘコタレそうになったら俺たちの歌を思い出せ。
道なき道をゆけ。止まない雨などない。
不死鳥は必ずまた大空へ舞い上がる。
それを信じる限り、今度こそ夢を叶える資格がある。
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