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有名人の死亡報道後の自殺予防について考えてみた

 有名人の死亡報道は、ファンのみならず幅広い視聴者に衝撃を与えます。とりわけ懸念されているのが、報道された自殺に影響されて生じる自殺の連鎖(群発自殺・ウェルテル効果)です。
 国内の研究では、どのような有名人の死やどのような報道がその後の自殺者数の変化に影響したのか、ということは検討されていますが、有名人の死後の自殺予防の実践についてはほとんど検討されていない現状があります。そのため、自殺報道があれば、適切な報道をするようにメディアに呼び掛け(参照:メディア関係者の方へ)、視聴者にはメディアから離れてもらうようにすること、くらいしかできていません。このようなメディアの視点にとどまる限り、有名人の死後の自殺予防はメディアに任せるだけになってしまいます。
 そこで、レビュー研究のときに読んだ論文から得られた知見を参考に、有名人の死後の自殺予防、すなわち広義のポストベンション(自殺が起きた後に、次に起きる自殺を防ぐことを目的とした支援や遺された人に対するケア等)として、私たちができることを考えてみました。

☞有名人の訃報に自分がまさに影響を受けていると感じている方は、こちらの記事をご覧ください。

☞自殺の報道(テレビや新聞報道)に関する研究について知りたい方は、こちらの論文をお勧めします。

坂本真士・影山隆之(2005)報道が自殺行動に及ぼす影響:その展望と考察. こころの健康, 20, 62-72.

末木新(2011)メディア報道・利用が自殺に与える影響の概観と展望――日本におけるデータを用いて実施された研究を対象に――. 東京大学大学院教育学研究科臨床心理学コース紀要, 34, 108-115.

オンライン編

死亡報道をシェアしない

 有名人の自殺が報道された後には、亡くなった人がとった方法と同じ方法による自殺企図が増加することが分かっています(野中,2015;Kim et al., 2013など)。その一因に、自殺の方法が詳細に分かる不適切な報道があります。また、自殺の動機などが仮に憶測であっても詳しく書いてある場合、同じような境遇にある人の同一化を促して、自殺を誘引しやすくなります。
 そのため、亡くなった人が有名人である場合に限らず、自殺報道をSNSでシェアしたり、他の人のタイムラインに流れることになる行為は控え、不適切な報道に加担しないように注意しましょう。

相談機関の情報は積極的にシェアする

 アメリカの俳優・コメディアンのロビン・ウィリアムズの死後は、電話相談の件数が増加しました(Taylor, 2014)。これは、多くの人が報道に影響を受けて不安定になった可能性や、元々自殺のリスクのあった人が相談機関の存在に気づいた可能性などが考えられます。このように、有名人の訃報後は相談ニーズも高まることが推測されます。
 したがって、支援が必要な人に情報が届きやすくなるように、各相談機関は有名人の死亡報道後に改めて積極的な啓発・広報を行うと良いと思います。そしてユーザーは自殺報道ではなく相談機関の情報をシェアしていくことが重要と考えられます。

憶測や周囲に対する意見の表明を控える

 有名人の家族・親族、生前に親しかった有名人や共演者、一緒に働いているマネージャーや制作会社の人々など、有名人と直接関わりのあった人たちが受ける影響は計り知れません。彼らはポストベンションの対象として最も中心に来る人たちです。そのような人々も目に入る可能性のあるSNSで、例えば「何故気づかなかったのか?」「何故防げなかったのか?」といった疑問を呈することは、たとえ今後自殺予防を発展させようとする動機からくる素朴な疑問であっても、関わりのあった人々を追い詰める危険性があります。自殺は複雑な要因で起こるため、事実が明らかになっても遺書があっても、周囲が納得のいく原因を特定することは難しいです。 
    そのためSNSにおいては、亡くなった人の置かれていた環境や動機に関する憶測、周囲の対応に関する問いかけ・意見は控えた方が良いと思います。

専門家がメンタルヘルスに関する情報を提供する

 有名人の死亡報道後には、その有名人や死因に関連する情報の検索数が増加します。これは、視聴者が有名人の喪失に対処しようとする一つの行動という見方(Schaefer & Moos, 1998)や、死因に関連した不安を持つ人がその不安に対処しようとしているという見方(Myrick et al., 2014)ができます。
 そのため、自殺報道の後はメンタルヘルスに関する情報を専門家が積極的に提供していくことが望ましいと思います。自殺は特に、検索すると自殺方法などの有害情報にもアクセスしやすいので、これを打ち消すくらいの適切な情報(リラクゼーションの方法、抑うつのサイン、グリーフワーク等)を、マスメディアに任せずに発信していく必要があると考えられます。(但し、専門家の肩書でSNSで情報発信することは影響力を考えると慎重を要し、各職能団体によって方針が異なるかと思いますのでご確認ください)
     シェアするなら公的機関の発信している情報サイトがおすすめです。

行動編

有名人のこれまでと死因を区別して考える

 「故人を悪く言わない」という文化的な規範と相まって、有名人は死後に美化して語られやすい傾向があります(Allison et al., 2009)。さらに、亡くなったことで今までになく世間に注目される有名人もいます。この現象は自殺の文脈においては「自殺したことで注目された」、「自殺の美化」等と受け止められ、自殺の連鎖を引き起こす可能性があります(Callahan, 1996)。
 一方で、アメリカのミュージシャン、カート・コバーンの死後は、偉大な音楽家としての彼と、薬物乱用や自殺などの行為が区別して家族やマスメディアに扱われたようで、結果として地域の自殺者数の増加にはつながりませんでした(Jobes et al., 1996)。
 したがって、有名人への肯定的な評価はその死がもたらしたものではない、ということを知った上で報道に接すること、あるいは自分自身でそう考えておくことができると、自殺の美化の影響が生じにくくなるのではないかと思います。

身近な人と自殺予防について話し合う

 有名人の訃報はパブリック・グリーフ(公的悲嘆)をもたらします(A'Court, 2014)。とりわけ、自殺によって遺された人は事故死、急性死、病死で遺された人と比較しても情緒的な反応が強く(宮林・安田,2008)、有名人の自殺は数多くの人に強い悲しみをもたらすと考えられます。このような強い情緒反応は、自殺予防やメンタルヘルスについて誰かと話し合ったり、メンタルヘルスに関する情報を他者と共有したりする行動につながることがあります(Cohen & Hoffner, 2016;Barone. 2019)。
 自殺予防は専門家だけで行うものではなく、国民全員が正しい知識を持つ必要があります。また、ゲートキーパーとして身近な人の危機を防いだり、自分自身のメンタルヘルスを健やかに保ったりすることも、自殺予防につながります。そのため、有名人の訃報によって悲しみを感じ、自殺の問題について考えた方は、ぜひ自分や周囲の自殺の問題や、それに対して自分たちができることを身近な人と議論してもらいたいと思います。

影響が生じやすい人に対するゲートキーパーの役割を果たす

 熱狂的なファンは、生活の質やアイデンティティが有名人と強く関連していることから、その死に影響を受けやすいことは想像しやすいと思います。また、有名人の自殺報道後にその有名人と同性・同世代の自殺者が増加したことが示されており(Cheng et al., 2007;Yip et al., 2006)、亡くなった有名人と同性・同世代の人は、有名人の訃報に影響を受けやすいとされます。そのため、亡くなった有名人と同性・同世代の親しい人が身近にいる場合は、積極的に声をかけ、連絡をとり、話を聴いてみてください。
    もしもその人が死にたい気持ちを持っていたり、自殺を考えていることが分かったら、ゲートキーパーとして次の役割を果たしましょう。ここでは簡潔に紹介するので、詳細は厚労省の解説ページをご覧ください。
①声を掛ける
‥心配していることを伝える
②話を聴く‥共感的に聴く、批判しない
③専門家につなぐ‥相談機関や医療機関を調べるのを手伝う、一緒に行く
④見守る‥専門家につないだ後も定期的に連絡をとる

報道された自殺の方法・場所の対策を一時的にでも強化する

 これは一人一人というよりも、職場などの組織で実行できるかもしれません。有名人の自殺報道は、同一の方法による自殺企図を増加させるため、物理的な対策が可能な自殺方法については、報道後一定期間でも対策を強化することが有効と考えられます。例えば、飛び降り自殺が報道された後には、過去に自殺が起きたことのある高所の見回りを強化する、屋上に続く扉に鍵を掛けるといった対策を呼びかけ、実行してもらうことが有効かもしれません。
 場所についても同様です。100年くらい前に、とある火山で起きた自殺が扇動的に報道され、同じ場所で自殺が連鎖したことがあります。このように場所に注目が集まった場合は、その場の見回りを強化すること、必要に応じて立ち入り禁止といった対策をとることも重要に思います。
 Ueda et al. (2014)の研究では、有名人の自殺報道によって自殺者数に影響が生じたのは約10日間であったことが示されています。そのため、はじめの報道から少なくとも約2週間このような対策ができれば、ウェルテル効果に対応できる可能性があります。

今回考えた自殺予防対策のまとめ

<オンライン編>
(1)自殺報道をSNSでシェアしない
(2)各相談機関が有名人の死亡報道後に改めて積極的な啓発・広報を行う
(3)相談機関の情報は積極的にシェアする
(4)亡くなった人の置かれていた環境や動機に関する憶測、周囲の対応に関する問いかけ・意見は控える
(5)専門家がメンタルヘルスに関する情報を積極的に提供する
<行動編>
(1)有名人への肯定的な評価は、その死がもたらしたものではないことを念頭に置く
(2)自分や周囲の自殺の問題、それに対して自分たちができることを身近な人と話し合ってみる
(3)有名人と同じ性・近い年代で様子が心配な人、その有名人の熱狂的なファンに対して、ゲートキーパーの役割を果たす
(4)報道された自殺の方法や、自殺の場所に対してできる防止策を一時的にでも強化する


引用文献

1.野中昭彦 (2015).著名人の自殺後に見られる後追い自殺―時代の推移による変化―. 流通科学研究, 14, 105-115.
2.Kim, J.H., Park, E.C., Nam, J.M., Park, S., Cho, J., Kim, S.J., Choi, J.W., & Cho, E. (2013). The Werther effect of two celebrity suicides: An entertainer and a politician. PLOS ONE, 8, e84876.
3.Taylor, M. (2014). Calls to suicide hotlines spike after Robin
Williams’ death. AlJazeera America.

4.Schaefer, J. A., & Moos, R. H. (1998). The context for posttraumatic growth: Life crises, individual and social resources, and coping. In R. G. Tedeschi, C. L. Park, & L. G. Calhoun (Eds.), Posttraumatic growth: Positive changes in the aftermath of crisis (pp. 99–125). Mahwah, NJ: Lawrence Erlbaum Associates.
5.Myrick, J.G., Noar, S.M., Willoughby, J.F., & Brown, J. (2014). Public Reaction to the Death of Steve Jobs: Implications for Cancer Communication. Journal of Health Communication, 19(11), 1278-1295.
6.Allison, S.T., Eylon, D., Beggan, J.K., & Bachelder, J. (2009). The demise of leadership: positivity and negativity biases in evaluations of dead leaders. The Leadership Quarterly, 20, 115-129.
7.Callahan J. Negative effects of a school suicide postvention program--a case example. Crisis. 1996;17(3):108-15. doi: 10.1027/0227-5910.17.3.108. 
8.Jobes, D.A., Berman, A.L., O'Carroll, P.W., Eastgard, S., Knickmeyer, S. (1996). The Kurt Cobain suicide crisis: perspectives from research, public health, and the news media. Suicide & Life-Threatening Behavior, 26, 260-264.
9.A’Court, M. (2014). Public grief shines light on mourning process.
10.宮林幸江・安田仁 (2008). 死因の相違が遺族の健康・抑うつ・悲嘆反応に及ぼす影響. 日本公衆衛生雑誌, 3, 139-146.
11.Cohen, E.L., & Hoffner, C. (2016). Finding meaning in a celebrity's death: The relationship between parasocial attachment, grief, and sharing educational health information related to Robin Williams on social network sites. Computers in Human Behavior, 65, 643-650.
12.Barone, J. (2019). Making sense of celebrity suicide: Quantitive analysis of high-engagement tweets following the suicide of Anthony Bourdain. Eron Journal of Undergraduate Research in Communications, 10, 15-26.
13.Cheng, A.T.A., Hawton, K., Lee, C.T.C., & Chen, T.H.H. (2007). The influence of media reporting of the suicide of a celebrity on suicide rates: A population-based study. International Journal of Epidemiology, 36, 1229-1234.
14.Yip, P.S.F., Fu, K.W., Yang, K.C.T., Ip, B.Y.T., Chan, C.L.W., Chen, E.Y.H., Lee, D.T.S., Law, F.Y.W., & Hawton, K. (2006). The effects of celebrity suicide on suicide rates in Hong Kong. Journal of Affective Disorders 93, 245-252.
15.Ueda, M., Mori, K., Matsubayashi, T. (2014). The effects of media reports of suicides by well-known figures between 1989 and 2010 in Japan. International Journal of Epidemiology, 43, 623-629.

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