テイクアウト・トリップ vol.2
文・撮影/長尾謙一
海外撮影/市川路美
料理/横田渉
(素材のちから第41号より)
海外のソウルフードをテイクアウトメニューに
もしかしたら、海外のソウルフードからテイクアウトメニューのヒントがつかめるかもしれない。身のまわりを探すより、海外に行けない今だから、いっそのこと発想を海外に飛ばそう。
「素材のちから」海外取材10年の足跡をたどる、誌上の旅企画。
再び世界を食べに出かけてみる
この誌上旅企画は、「どうせ今、海外旅行へ行けないのなら、世代や性別を超えて広く大衆に親しまれている、その国のソウルフードをつくって食べてみよう。そしていっそのこと、これをパッケージに詰めてみればテイクアウトメニューのヒントになるかもしれない。」ということで前号はじめたが、たくさんの方々から「おもしろかった!」の声をいただき強い手ごたえを感じた。感謝したい。
それにしても、「こんなソウルフードがあるなんて知らなかった。」と多くの方々から声をかけられたが、世界のソウルフードは日本ではあまり知られていないだけに大きな可能性を持っているということなのだ。それならば、もう一度旅に出てその底力を見つけよう。
なるほど、〝ボルシチ〟はウクライナのソウルフードだったのか
最初に訪れるのはウクライナ。ウクライナの郷土料理は〝ボルシチ〟だ。「あれ、ボルシチはロシア料理じゃないの?」と思われた方もいると思うが、〝ボルシチ〟はウクライナ発祥の料理なのだ。
【ウクライナ】 ボルシチ
ウクライナとロシアは昔から仲が悪く、今も国境付近で紛争が続く。2014年に国際的にウクライナの領土とされていたクリミア半島をロシアが併合してからはさらにこじれ、ほとんど憎しみに近い感情を持っているという。
だからウクライナの人達は〝ボルシチ〟が世界中でロシア料理と思われていることが悔しくてならないのだ。
〝ボルシチ〟のおいしさを語る話がある。世界には三大スープというのがあって、一つは中国の〝フカヒレ〟、2つ目は南仏の〝ブイヤベース〟、3つ目がタイの〝トムヤムクン〟なのだが、〝ボルシチ〟がおいしすぎて3つに絞り切れず、〝世界三大スープ〟は〝4つ〟あるという話もあるそうな。
何と言っても真っ赤に燃えるような赤い色が印象的だ。使われるビーツは、一見赤カブのように見えるがほうれん草の仲間だそうだ。栄養価が抜群でアンチエイジングの効果もあり日本でも注目されている野菜だ。
食べてみると、とてもすっきりとしていてナチュラルな味だ。サワークリームのクリーミーさと酸味が加わるとさらにおいしい。なるほど、〝ボルシチ〟はウクライナのソウルフードだったのか。
【ハンガリー】 パプリカーシュチルケ
パプリカパウダーがハンガリーでつくられたものだとは知らなかった
さて、次に訪れるのはハンガリーだ。ハンガリーといえば〝グヤーシュ〟という肉と野菜を煮込んだスープ料理が有名だ。しかし、ハンガリー人に好きな食べ物は何かと聞くと、たいていの人が〝パプリカーシュチルケ〟と答えるそうだ。〝パプリカーシュチルケ〟とは何か? それは鶏肉のパプリカ煮込みのことだった。
昔々ハンガリーの主要民族だったマジャール人は遊牧民だったそう。だから、庭やキャンプ場で特大の鍋を使って野外で料理をするのが大好きなのだそうだ。〝パプリカーシュチルケ〟も〝グヤーシュ〟もこうした流れを汲む料理なのだ。
この料理の決め手は、パプリカパウダーとサワークリーム。パプリカはハンガリー語で、パプリカパウダーはハンガリー人によってつくられたと聞く。なるほど、ハンガリー料理にパプリカがたくさん使われるはずだ。ほのかに甘酸っぱく苦みのあるパプリカ独特の風味と鶏の旨み、そしてサワークリームのバランスがとてもいい。
【チェコ】 スピーチコバー
チェコ人のおふくろの味は〝スピーチコバー〟
チェコ共和国の首都プラハは、中世がそのまま凍結したような美しい街だ。1984年のアメリカ映画「アマデウス」は舞台はウイーンだがロケのほとんどがプラハで撮影され、その他にも「ミッション・インポッシブル」、日本では「のだめカンタービレ」などたくさんの作品が撮られた。中世の香り溢れるお伽話の世界そのままの街プラハは、世界中の人々が押し寄せる一大観光地なのだ。
この国を代表する料理は〝スピーチコバー〟。これはチェコの人達がこよなく愛するおふくろの味。牛モモ肉にコトコト煮込んだホワイトシチューをたっぷりとかけ、仕上げにサワークリームとレモン、クランベリーのジャムを添える。
メニュー撮影の時はサワークリームを添え忘れているが、チェコの肉料理の仕上げによく使われる。
ビーフジャーキーのような燻香を感じるのは牛肉の塊に挟んだベーコンの仕業だろうか?
とろりとやさしい味わいにサワークリームとレモンの酸味がさわやかで、ジャムの甘酸っぱさがアクセントになっている。
【スペイン】 アロス・コン・アビチュエラ
飽食の時代になろうともスペイン人は豆を食べ続ける
続いて訪れるのはスペイン・ムルシア地方、スペイン南東部にある人口40万人ほどのスペイン第7位の都市だ。ここでお袋の味〝アロス・コン・アビチュエラ〟を楽しませてもらおう。
かつてスペインが新大陸を発見すると、ヨーロッパにはスペインを通して新たな豆がもたらされたが、それがアビチュエラ(白いんげん豆)だ。
スペインはこれまで、幾度となく豆に助けられてきた。水不足で大飢饉になった時も、戦争や内戦で国が衰退した時も、栄養価が高く、長期間保存のきく豆があったからこそ生きのびることができた。豆は常にスペインとともにあり、飽食の時代になろうともスペイン人は豆を食べ続けるのだ。
〝アロス・コン・アビチュエラ〟は、長時間かけてもどしたアビチュエラ(白いんげん豆)を時間をかけてじっくりと煮込み、これにムルシア地方の肥沃な農地で育つおいしい野菜をコンフィして加え、さらに米を加え煮込む。
この気が遠くなるような長い調理の時間が、お袋のやさしい心を豆に染み込ませる。
【アメリカ(ハワイ州)】 ロコモコ
〝ロコモコ〟は小さなレストランの日系人オーナーによって考え出された
ハワイにはたくさんの魅力があるだろうが、何と言っても日本語が通じやすい環境はとても安心できる。しかし、その基盤をつくったのは何世代にも及ぶ日系の人達の忍耐とたゆまぬ努力なのだ。その大部分の人達は1870年代に労働者としてハワイに移住してきた。慣れない土地でやっと地位を得たと思いきや、太平洋戦争によって迫害を受ける。アメリカと日本の板挟みになった日系の人達、その苦労を私たちは決して忘れることなくハワイを楽しまなくてはならない。
ハワイを代表するソウルフードが〝ロコモコ〟だ。〝ロコモコ〟は1949年にハワイ島で生まれた。お腹を空かせた高校生が小さなレストランの日系人オーナーに頼んでつくってもらった。ステーキに比べて安価なハンバーグ、腹持ちがするようにご飯をたっぷり、最後の一粒までおいしいようにグレイビーソースをかけ、さらに目玉焼きをプラス、発想は日本の丼だ。
外国のメニューながら〝ロコモコ〟に何か親しみやすさを感じたのは、きっとこうした物語があったからだ。
(2021年6月30日発行「素材のちから」第41号掲載記事)
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