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《スペイン情報》 カディス地方でマグロ三昧

スペイン初、マグロに特化したレストラン 

文・撮影/市川路美 

スペインとマグロの関係 

スペイン南部に位置するアンダルシア地方のカディス県は、マグロ漁業で有名な土地です。カディス県とマグロの歴史はとても古く、紀元前800年頃にはフェニキア人がカディス県沖でマグロを捕り始めていたとされています。

スペインでは何種類かのマグロが食されていますが、最高級とされるのが大西洋クロマグロ。日本ではホンマグロと呼ばれる体長3メートル、重さ500キロに達する大型のマグロです。大西洋クロマグロは、通常は水温の低い大西洋北部の海を回遊していますが、3月になると産卵の為に水温の高い地中海へと大移動します。その移動距離は4000キロメートルにも及び、この間クロマグロは何も食べず、ただただ産卵の地を目指します。

カディス県はヨーロッパ大陸最南端にあり、大西洋クロマグロがジブラルタル海峡の強い海流を利用して、地中海へと雪崩れ込む入り口に位置します。数百から数千のグループを形成し、毎年同じ時期にやって来る巨大なクロマグロの群れ。これに目を付けたフェニキア人が、カディス県沖でマグロ漁業を営むようになったのです。

縄文時代からマグロを食べ続けている日本人には及びませんが、スペイン人もまたマグロと古い付き合いのある人種です。それなのにスペインの人達は、マグロをあまり食べません。バラエティ豊かな魚介類が豊富に捕れる国だからでしょうか。

マグロ漁業の盛んなカディス県を除けば、マグロは殆ど使われる事のない食材です。その為かつてはカディス県沖で獲れるマグロの80%近くが日本へ輸出されていたのだそう。

近年は世界的な日本食ブームによって、マグロの需要が一気に増えました。スペイン国内でもマグロを沢山消費するようになったので、現在ではマグロの60%を国内で消費し、40%を海外に輸出しています。

近年の日本食ブームで、マグロを食べるようになったスペイン人。それでも殆どのスペイン人は、寿司や刺身でしかマグロを食べません。マグロを使ったメニューがあるレストランは、日本食レストランか寿司がメニューにあるレストランに限られています。カディス県を訪れて一番驚いたのは、どのレストランにも豊富な、寿司以外のマグロ料理がある事でした。

マグロ専門のレストラン

カディス県ではどのレストランでも美味しいマグロ料理を楽しむ事が出来ます。その中でも世界的な名声を誇るのが、スペインで初めてマグロ料理に特化して作られたレストラン、アトゥナンテです。ミシュランガイドをはじめ世界中のガイドブックで紹介されているレストランなので、国内外から多くの観光客が訪れます。

レストラン・アトゥナンテ

メニューのほぼ全てがマグロ料理だったので、お通しで出されたマグロのパテをつまみながら、何を食べていいのか迷いました。

濃厚なマグロの味がするパテ

最終的にはウェイターさんにおまかせで、アトゥナンテで一番人気のある料理を選んでもらいました。

◇マグロとリンゴ餡のパリパリ包み焼き

パリッとした皮とマグロ餡の対比が楽しい

マグロのすり身とリンゴを餡にして、薄いパスタの皮で包んでオーブンで焼いた料理です。マグロを使っていますがヨーロッパ的な料理なので親しみがあり、ボリュームも抜群なので大人気なのだそう。このレストランを訪れる、殆ど全ての人が注文する定番メニューです。マグロとリンゴの他にもナッツやハーブが入ります。

濃厚なマグロ餡

結構まったりとした餡で、パリパリした皮との相性が抜群でした。

◇中トロの刺身、ユズシャーベット添え

スペイン風の刺身

マグロを使った生食系の料理と言えば、酢やレモンで締めるマリネが多かったのですが、近年の日本食ブーム以降は寿司が主流となりました。最近は刺身を提供するレストランも多くなっていて、スペイン語でもSASHIMIで定着しています。アトゥナンテのレストランでも、刺身はとても人気のあるメニュー。

かなり日本を意識したメニューですが、醤油では食べません。刺身の上にユズシャーベット、ピリ辛クレソン、ワサビクリームソースまたは唐辛子クリームソースをのせて食べます。マグロの刺身とさっぱりしたユズの風味がよくマッチして、ピリ辛のクレソンとクリームソースも絶妙なアクセントとなって大変美味しい一品でした。

◇大トロのソテー、オレンジとココナッツとカルダモンソース添え

スペイン流の大トロ料理

大トロなだけに刺身で食べたかったのですが、スペインでは大トロをどのように料理するのか興味があったので泣く泣く諦めました。大トロなだけに諦めきれず、たまたま通りかかったシェフに刺身にして食べたらさぞかし美味しいのではないかと尋ねてみました。

大トロは刺身にすると脂っこさが際立つので、ソテーにして柑橘系のソースと組み合わせるのが一番美味しいとの事でした。スペイン人に限らず、欧米の人達は脂身を嫌います。肉でも脂身のある部位より赤身の牛肉を好む傾向にあるので、マグロも大トロより赤身の方がよく食べられているのだそう。

◇マグロのクーラン・オ・ショコラ

新感覚の組み合わせ

驚いたことに、アトゥナンテではデザートにもマグロを使います。最近スペインで大流行中のフランスのお菓子、クーラン・オ・ショコラ。クーランとはフランス語で「流れる」を意味し、カットすると生地の中から温かいチョコレートが溶岩のように流れ出るのが特徴です。アトゥナンテでは、その流れ出る濃厚なチョコレートの中に細かく刻んだマグロを入れています。マグロは少し塩味が効いていて、それが何とも良いアクセントとなっています。マグロの食感も不思議なハーモニーを奏でていて大変美味。もしマグロが入っていなかったら、クドさを感じていたお菓子かもしれません。チョコとマグロの組み合わせも、意外とマッチしていて大満足の味でした。レストランで一番人気のマグロを使ったデザートです。

リゾート型5つ星ホテルの楽しみ方

アトゥナンテはラグジュアリーホテルである、ロイヤル・ハイダウェイ・サンクティ・ペトリホテルの中にあるレストランです。美しい砂浜のビーチで有名なカディス県の海岸沿いには、大型のリゾート型ホテルが立ち並びます。ロイヤル・ハイダウェイ・サンクティ・ペトリは、その中でも一番人気のあるホテル。アミューズメント施設を詰め込んだ、195の全室がスイートの5つ星ホテルです。

敷地内には35000㎡ある庭園、5つの屋外プール、屋内プール、スペイン南部最大規模のスパ施設を有します。庭園のゲートから徒歩5分でビーチに直結しているのも魅力の一つ。街の中心から離れた場所にあるホテルなので、ハイシーズンでもプライベートビーチのように人が少ないのもポイントが高いです。

ホテル直結のビーチ
ガーデン
屋外プール
レストラン前のプール

ホテルに滞在する人達は、ビーチとプールを行ったり来たりするだけで、ホテルから一歩も外に出ないで過ごします。ヨーロッパのバカンス客は長期で滞在する人が多いので、ホテル内に籠って過ごしていても飽きないよう、色々な設備が整えられているのです。

食に関してもしかり。異なるタイプのレストランが5つ入っていて、アトゥナンテもその内の一つ。ホテルの宿泊客だけでなく、多くの観光客がマグロ三昧を楽しむ為にやってくる、スペイン初のマグロに特化したレストランです。


(2021年12月28日発行「素材のちから」第43号掲載記事)

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