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テイクアウト・トリップ

文・撮影/長尾謙一 
海外撮影/市川路美 
料理/横田渉 

(素材のちから第40号より)

海外のソウルフードをテイクアウトメニューに

どうせ今、海外旅行へ行けないなら、世代や性別を超えて広く大衆に親しまれている、その国のソウルフードをつくって食べてみよう。いっそのこと、これをパッケージに詰めれば、テイクアウトメニューのヒントになるかもしれない。

ソウルフードをテイクアウトして、
世界の旅に出かけるとしよう。

「素材のちから」は10年で30か国以上の国を取材した

「素材のちから」は2010年の発行以来、後半部の〝食の心を刺激する街〟の海外取材で、訪れた国々の日常的な食の情報をお届けしてきた。決して特別な料理ではなく生活に密着したソウルフードがほとんどで、つまり日本で言えばみそ汁やおにぎり、ラーメンのようなものだ。

さすがに10年の積み重ねというものは大きく、ヨーロッパをはじめ南米、エジプトやオーストラリアなど、ちょっと数えてみるだけで30か国以上のソウルフードをご紹介してきたことになる。

随分たくさんの国をまわったものだと感心するが、今回のような緊急事態宣言がなければ振り返ることもなかったかもしれない。

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そこで、今回はかつてご紹介した料理の中から5つの料理をつくって食べてみることにしたが、せっかくつくるのなら、外食でニーズの高いテイクアウトスタイルにしてみたい。

「素材のちから」2017年の冬号では、コーカサス地方にある3つの国の一つ、ジョージアの料理〝シュクメルリ〟をご紹介した。この料理は鶏肉を牛乳と大量のニンニクで煮込んだものなのだが、このところ日本でも外食チェーン店のメニューとしてヒットし、カップ麺にもなった。ソウルフードのポテンシャルは高い。

さて、そろそろ海外のソウルフードをテイクアウトして世界の旅に出かけるとしよう。

【フィンランド】 カレリアパイ

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カレリアパイ
小麦粉とライ麦でつくった茶色の生地でミルク粥を包みオーブンで焼き上げ、熱いうちに溶かしバターを入れた牛乳にくぐらせる。バターをトッピングすることが多く、茹で卵やハム、チーズ、野菜をのせて、がっつり食べることも多い。

〝カレリアパイ〟は日本で言えばおにぎりのようなものらしい

まず、最初に訪れる国はフィンランドだ。〝カレリアパイ〟をテイクアウトする。フィンランド人は、朝ご飯に、小腹がすいた時に、おやつに、夕飯にと毎日必ず〝カレリアパイ〟を食べるのだそう。この形がおもしろい。一口食べてみるが、このミルク粥には馴染みがない。現地のレシピでつくってみると、かなり素朴な味になり、「外国に来た!」という旅の感じがいきなり盛り上がってくる。

〝カレリアパイ〟は日本で言えばおにぎりのようなものらしいが、梅も鮭も具材は何も入れない塩結びのような感じだ。やはりトッピングが欲しい。お粥の水分が染み込んでやわらかくなった生地と、やさしいミルク風味のお粥という未体験の食感を楽しみながら次の国へ向かおう。

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適度な大きさ、適度な密度、適度な都会さのフィンランドの首都ヘルシンキ

【スペイン】 エル・カチョポ

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エル・カチョポ
塩、胡椒した牛肉をトンカチで叩いて薄くのばして広げ、豚の生ハム、とろけるチーズをのせる。これをもう一枚のばして広げた牛肉でサンドし、まわりを押えて中身が出ないように整え、小麦粉をまぶし、溶き卵を絡め、パン粉をまぶして揚げ焼きする。

大きいことにこそ価値がある

次にやって来たのがスペインの北部、大西洋側に位置するアストゥリアス州。この地に住む人々が愛してやまないのが〝エル・カチョポ〟だ。フランスのコルドンブルーに似ているが、ここではそれを指摘するのはやめよう。物凄い勢いで反論され、フランス料理の真似などしないと強く否定されるらしい。

その特徴は、この大きさにある。アストゥリアス地方の人たちは、何でもかんでも大きければ素晴らしいという認識があるという。仕上がりはフライパンほどの大きさになるそうだ。揚げた時に縮まないように牛肉の筋を切り、そのあとはとにかく叩いて肉を広げる。薄すぎても中の具材が出てきてしまうし、厚いと火が通りにくく、もぞもぞした食感になっておいしくない。絶妙な肉の厚さが重要らしい。

つくってみるとなかなか難しい。きっと牛肉はもっと薄く大きく広げるのだろう。写真のメニューは大きな〝エル・カチョポ〟を食べやすく切ってサフランライスと一緒にパッケージに入れたものだ。
さて、食べながらWebで観光案内を見てみよう。

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アストゥリアス州都オビエド 街のシンボルである大聖堂

【ポルトガル】 豚とアサリのアレンテージョ風

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豚とアサリのアレンテージョ風
一口大の角切りにした豚肉にニンニク、パプリカペースト、塩、胡椒をもみ込み、白ワイン、ローリエでマリネする。じゃがいもを豚肉と同じ大きさに切って揚げる。マリネした豚肉を炒め、漬け汁を加えて煮込む。砂抜きしたアサリを加え、貝殻が開いたら火を止め、揚げたじゃがいもを加える。

海の幸と山の幸を一つの料理にすることはヨーロッパでは珍しい感覚

ポルトガル・アレンテージョ地方の料理の特色は、シンプルで創造性があることだそうだ。アサリと豚肉を組み合わせたこの料理、ヨーロッパの普通の感覚ではまったく想像もできない料理らしい。海の幸と山の幸を一つの料理にすることは日本やアジアでは普通の感覚だが、ヨーロッパでは意表を突かれるほど珍しい感覚なのだそうだ。

テイクアウトメニューとしてパッケージに〝豚とアサリのアレンテージョ風〟をご飯と一緒に盛り込み、煮汁をかけ、仕上げにはパクチーとレモンを添えた。パクチーはコリアンダー、香草とも呼ばれ、東南アジアでよく使われるイメージがあるが、実は世界でもっとも使われているハーブなのだ。

おいしさは言うに及ばず、シンプルなのに奥深い。ニンニクの風味によってさらに濃厚感を増したアサリと豚肉の風味を、パクチーとレモンがすっきりとキレのあるメニューに仕立てている。カリッと揚がったポテトも、汁が染みておいしい。もう一杯、おかわりができそうだ。

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アレンテージョ地方のエヴォラは街全体が世界遺産

【オランダ】 スタンポット

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スタンポット
じゃがいもの皮をむき適当な大きさに切って少し炒め、じゃがいもがかぶるくらいの水を入れて蓋をし、フォークで刺せるくらいまでやわらかく茹でる。じゃがいもを潰し好みのやわらかい葉野菜を千切りにして混ぜ、炒めたベーコンと塩、胡椒、ナツメグで味を調える。

「食べるために生きる」と「生きるために食べる」の違い

同じヨーロッパでも、カトリックの文化圏は美食を好み、プロテスタントの文化圏は美食を好まない。フランス人やスペイン人のような美食の国のラテン人が「食べるために生きる」なら、プロテスタントのオランダ人は「生きるために食べる」人種。だからオランダ人の食生活はとても質素で、芋や豆を使った料理が多いそうだ。

ソウルフードは〝スタンポット〟。やはりじゃがいもが登場する。つくり方は茹でたじゃがいもを潰し、炒めたベーコンと葉野菜の千切りを混ぜるという質実剛健なシンプルさだ。〝スタンポット〟は要するにポテトサラダなのだが、日本のポテトサラダと大きく違う点はマヨネーズを使わないこと。バンズに挟んで食べてみると、そのシンプルなテイストには結構、新鮮な驚きを感じる。

ドイツにとっての自動車のような強い自国産業がないオランダが力を入れるのが、分業されたハイテク農業だと聞いたことがある。オランダで食べるじゃがいもは、きっとシンプルにおいしいに違いない。

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オランダには今も千基を超える風車が残る

【スロバキア】 ハルシュキ

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ハルシュキ
じゃがいもをすりおろして、全卵、小麦粉、塩を加えよく混ぜる。生地は硬すぎず、やわらかすぎず。これを小さなスプーンですくってお湯に落として茹でる。茹で上がったら水分を切り、温かいうちにチーズと混ぜ、さらにカリカリに炒めたベーコンと玉ねぎを加えてざっくりと混ぜる。

他国からの政治的な影響を受けてもソウルフードは育った

1964年の東京オリンピックで、日本人に最も愛され名花と呼ばれたのが女子体操選手、チェコスロバキアのベラ・チャスラフスカだった。そんなこともあって、私はチェコスロバキアの名前は知っていたが、スロバキアという国名には馴染みがなかった。1993年にチェコとスロバキアに分離された。

ソビエト連邦時代の影が未だ色濃く残る東欧の国で、工業国なのか農業国なのか、観光の目玉は何か、その形が見えにくい。政治的に他国の影響を大きく受けてきたスロバキアに、ソウルフードと呼ばれる料理が育つ環境があったのだろうか。

そんな厳しかった歴史の背景を持ちながらも、やはりソウルフードは育っていた。〝ハルシュキ〟である。じゃがいもをすりつぶして小麦粉と捏ねて茹で固めるダンプリングは、イタリアのニョッキに似ている。じゃがいもの団子のようで、もちもちしていておいしい。〝ブリンザ〟と呼ばれるスロバキアを代表する羊の乳を使ったフレッシュチーズの独特な香りと酸味が味を決める。

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まさに社会主義圏な雰囲気の街並み

ありのままの今を、食を通して知る

さて、私の自己満足的な企画にお付き合いいただいたことにお礼を申し上げたい。「素材のちから」の海外取材がもう10年続いていることはすでにお話しした。スペインに住む女性スタッフによって取材が進められている。

10数年前にこの企画をはじめるにあたって私がリクエストしたことがある。「たとえフランスで取材しようとも美食情報はいらない。それよりもフランスのレストランから出るごみの情報が知りたい。」そうリクエストした。着飾った情報ではなく、ありのままが知りたいと伝えたかったのだ。

彼女はその意図を十分すぎるくらい理解してくれた。たとえば移動にはなるべくお金を使わず1人でヒッチハイクする。もちろんできる国とできない国があるが、それでも今の時代にヒッチハイクができるのかと驚いてしまう。そして、こうしたヒッチハイクから、その国の人たちの素直な言葉を情報として手に入れる。

また、地元の家庭料理を取材する際にはスーパーの掲示板に、「私は日本人の女性です。この地域の○○のつくり方を教えていただけませんか?」と自分の電話番号も書き込んで貼っておく。そうすると、なんと電話がくるのだそうだ。家にお邪魔して取材させていただき、そのまま宿泊させてもらったこともあると聞いた。

彼女の無茶ぶりは聞くたびにハラハラするが、確実に食を通して世界の二面性を私に見せてくれる。

最後に、もしここが劇場ならば、彼女の勇気と行動力、そして感情のこもったソウルフルな取材にスタンディングオベーションを送りたい。ブラボー!

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(2021年3月31日発行「素材のちから」第40号掲載記事)

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