それで君の声はどこにあるんだ?

『それで君の声はどこにあるんだ? ─黒人神学から学んだこと』榎本空

以前よりTwitterで見ていて、真っ黒の表紙と問いかけてくるタイトルにどうしてかとんでもなく惹かれて購入。最初の方は少しずつ読んでいたが、学生運動のターンに入って現役大学生の私は熱が入り、そこから読み終わるまでは速かった。思ったことを備忘録的に記録しておこうと思う。

・榎本さん、同志社らしい。親近感。同志社に行くということは彼はもうキリストに興味があったのかな?というかやっぱり、何事もアカデミアに熱心で、なんとなく無理してなんとかしようという人間を見つめると嬉しい。最高。

・神学についての知識が全くないので、霊歌や霊性についてもあまりついていけないが、それはそれとして読み進める。全体の解釈が部分の解釈を助け、部分の解釈が全体の解釈を助けるのだから。なんとなくのニュアンスは掴める。

・自分の無知を大いに恥じる。キング牧師は聞いたことがあったし、オバマ大統領のスピーチなんかも和訳して読んだりしていたけど、あくまで非当事者だからこんなに無頓着でいれたんだなと改めて自覚する。マルコムXも初耳だったし、コーンやウェストといった人間、有名な神学者、大学校、何もかも知らなかった。そして、その色々にイエス・キリストの影があるのにも驚いた。

・ブラック・ライブズ・マターについても、白人警察官に無差別に黒人が殺害されているというのはなんとなく知っていた。ので、なんとなく賛同していた。しかし、それがどれくらいの期間、どれくらい連続してどれくらい無情なものであるかを初めて知った。暴動が起きて当然、と誰かに表現されるのも頷ける。暴動が起きて当然の中で、歌やダンス、音楽という文化が作られてきたという事実になんとも胸打たれる。有名なあの歌やあの曲も、黒人霊歌であったことを調べて知る。私は世界のことをちょっとも知らない。恥いるばかり。
-暴動が起きて当然というと思い出すのは、水俣病について書かれた石牟礼道子の『苦界浄土』である。一方的に虐げられ、言及すればとぼけられ、人生を奪われ。暴動の荒っぽさを見るとどうしても「怒り」を感じてしまうが、それらの根底にあるのは深い「悲しみ」「絶望」である。第三者にできることとは一体なんなのだろうか。少なくとも傍観や中立ではなく、自分自身の意見を持ち、自分自身の意思でどちらに立つか考えていくべきか。

・金曜日にイエスは磔にかけられ、日曜日に復活する。土曜日は、深い絶望の一日である。この辺りの話に、以前大学で受けた宗教学の講義の話を思い出していた。その先生は問題意識の倫理について本を書いていて、その本を教科書に講義を受けていたが、何事も現状に絶望することから始まると述べていたのを覚えている。何事も現状に絶望しないと問題意識は生まれず、問題意識が生まれて初めて現状を変えようという意思が生まれる。
磔刑が埋葬さえ許さないものであるということは初めて知ったし、などと言っていくとほとんどが初めて知ることばかりでなんとも言えないのだが。

・宗教というものは、神はどのように存在してどのように恩恵をもたらすのか。黒人のイエス、アジア人のイエス、それらのイエスを思い描く営みとはどういうことなのか。それは神が存在しているのではなく我々の中に神を見つけることなのか。自分自身を愛することが、全てへの抵抗。なんと優しく、綺麗な言葉だろう。神という絶対的な他者、絶対的な上位存在。それらを位置付けることに意味があるのか。宗教学の講義では、絶対的な他者、常に私を見つめる私ではない存在が自分にたち良心を芽生えさせたり分別を持った人間にさせるというレポートを書いた。しかし、私なんかはやはり所詮は一つの宗教も信仰せず、楽しいイベントごとだけ吸い取った日本人である。そんな独りよがりな考察よりも、本書でたびたび出てくる誰かの「アーメン」の一言の方が雄弁に、私に宗教とその神について教えてくれるような気がする。

・学生運動の熱狂は凄まじい。リベラルの学校であるから、アメリカの全てがこうとは言えないのだろうけど、それにしたってどこか羨ましい。私のいる学科では、理系というのももちろんあるのだろうが、ロシアのウクライナ侵攻に対して反対の意思を明確に示す行動を起こそうとしたのは中国人留学生ただ一人だった。動かしてやる、そのためにまず私たちが動くのだと言わんばかりの本書の学生運動は実を結んでも結ばなくても、やはり意味があったと言いたい。努力は無駄にはならないとお互いに言い合っていよう。市場原理の時間と、正義の時間は進みが違うのだ。

・「FIND YOUR VOICE」
黒人神学についての話であったが、全編通して筆者の教授への愛情の話でもあると感じるとともに、筆者の気づきが疎い日本人の私をうまくリードしてくれて、読み終わる頃には私も教授たちが大好きになっている。黒人大統領がいるのだし、みたいな軽い気持ちと、軽い気持ちからくる無知や単純な思考や、じゃあ自分には何ができるのか?と考えてしまうところも、説教臭くなく、ただ淡々と筆者の回答例を見せてもらえる。
読み終えた時に、じゃあ私の声はどこにあるんだろうか、と考えざるを得ないし、考えるべきなのだと思う。筆者のように沖縄での経験もないし、海外留学もしていない。立場としては戦争を仕掛け植民地支配をおこなった国に生まれた人間。女という属性に生まれたが、私は受験で不当に点を落とされることもなく、うまくいっている。これか。
これがたまたま私がうまくいった例で、たまたま生き残って理系に進めた私なのだろうか。
以前に祖母から戦時中の話を聞いた時も、たまたま祖母が生き残って私がここにいるのだろうか。どこに私の声はあるのだろうか。

まず、デモやらパレードやら学生運動やら、何かに一度参加してみようと思う。私の声は私が見つけなければ。

読めてよかった。皆にも読んでほしいな。


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