女二人のニューギニア

「あなたはピジンはもう自由自在に話せるのね、畑中さん」
「まあな。簡単な言葉やから、あんたもすぐ覚えてしまうよ。英語とフランス語とスペイン語と中国語とドイツ語と知ってたら、すぐ分る」
 それだけの語学の力があれば、なんだって分るだろうと思ったが、まぜっ返すことはできなかった。

女二人のニューギニア 有吉佐和子


有吉佐和子の『女二人のニューギニア』を読んだ。

小説でもなく、エッセイというわけでもない、旅行記というか、とにかく『女二人のニューギニア』。

いや~めちゃくちゃ面白かった。面白くて、買って帰って、風呂の中でも読んで、一瞬で読み終わった。

買った帰り道で雪に降られて、嬉しかったけど布のバッグに入れてたからまあまあヨレヨレになった。のに、風呂の中でも読んだからもうゆわんゆわんに波打っている。こういうのを気にしない雑なタイプである。

有吉佐和子、名前は認識していなかったけど『非色』を書いた方らしい。私は『非色』が気になっていたので、余計読みたい気持ちになった。


話としては、作家の有吉佐和子が文化人類学者の畑中幸子に誘われ、軽い気持ちでニューギニアに行く。パプア・ニューギニアの方が聞き馴染みはあるが、パプア・ニューギニアはパプアとニューギニアが合体している国なので、ニューギニアの方に行ったという感じ。この本が書かれたのは1960年代なので、今とは結構違う。

想定以上にきつい道程に有吉佐和子の身体が悲鳴をあげ、しかし車や飛行機などがこれる場所でもない、連絡の手段も何もない、ので身体が回復するまで畑中幸子の拠点で予定以上に滞在する。

この本の特に面白いところは、畑中幸子の豪快な強さと怒りっぽいのに全然嫌いになれない感じ、に対して有吉佐和子の貧弱で泣き言吐きがちで臆病者で恩に報いようとするいじらしさ。ニューギニアの話も面白いのだが、作品内で筆者も言っているように、畑中幸子という文化人類学者の知見と有吉佐和子の知見は違いがありすぎるし、学者を差し置いてニューギニアについて書けるわけもないので、女二人の生活に注目 in ニューギニアという感じ。

本当に面白いので、あまり多くを言いたくない、し、皆に読んでほしい。

ので、本当にかいつまみで行きたい。


畑中幸子はシシミン族を研究する文化人類学者である。怒りっぽく、怒りっぽいが、日本語でめちゃくちゃ怒鳴っても現地の人には通じない。ので、現地の人たちは怒鳴られても何も気にせず畑中幸子の拠点に居座る。

畑中幸子は怒りっぽいだけでなく、甲斐甲斐しい。相手に分け与える時の気前の良さがすごい。畑中自身の生活はコンビーフの缶とあとは何かしら、という程度なのだが、有吉のために豪華なおかずなどを準備しておいたり、怪我をした現地人の手当をしたり、赤ん坊にミルクをやったりする。怒鳴りながら。

有吉が一人にならないように気遣いをしながら、毎日のように仕事をしている。怒りっぽい人間とだけ聞くとちょっと身構えるが、それ以上の強さと優しさが垣間見えてくる。

さらに、畑中幸子という存在は、統治している政府側の人間と部族をとりもつ人間であり、どちらからも多少重用されている。有吉は畑中を「囮」と言及しており、それもまたわかる。いつ寝首をかかれるか何もわからない状態である。事実、寝首をかかれて死体を川に流された人間の話や、部族同士の争いで30人近く殺した人間が出てくる。それに対して強気で渡り歩く畑中は流石に豪傑である。


ニューギニアでお互いを気遣いながら生きる女二人の話だけでなく、どのような部族がいて、部族同士はどのような関係で、こう言った部族の「発見」とは、部族に文明が受け入れられるとはどういうことか、利権で独立と開発の波がくることとは、といったこともちょっと考えさせられる。基本的に畑中のような人間より有吉のような人間がこの本の読者には多いだろうし、似た感性での感想や気遣いや気まずさ、文句などはやはり楽しく読める。難しく考えることもできるし、確かになと直感で思うこともできる。し、面白い。


全く何も知らない言語に出会った時、どのように昔の人間は習得したのだろうと思うが、こんな感じでやってたのかもと思う場面もある。血を見せて部族の人間が何かを口々に発し、それを書き留める。それが「赤い」なのか「血」なのか「怪我」なのか「痛い」なのかは判別できないが、研究を続けて絞っていくらしい。

どういう厳しい道中をどのように進んで、何を食べて、どのように畑中幸子が強気に出ているか、有吉が弱気だがそれゆえに何を感じているのか、そして女二人のニューギニアがどのように終わったのか、ぜひ読んで確認してほしい。

面白いな~(funnyというよりinteresting)っていうところをいくつか引用して、終わりにする。冒頭の引用もそういう感じである。


 畑中さんは、闊達な笑い声をあげて私の肩を叩き、私はその震動で機体がミシミシといったような気がして、いよいよ蒼くなった。
「あんた、安心してなさい。パイロットは神父さんやからね、落ちれば真っ直ぐ天国へ行けますよ」

女二人のニューギニア 有吉佐和子

 ビナイはニューギニア地区の海岸に近い小さな町で生れたために、幼いころ、日本軍を見たし、その頃覚えた日本語も少し覚えていると言い出した。
(中略)
「オイ、コラ」
「なるほどね、それから?」
今度は大声で。ビナイが叫んだ。
「ヒコーキダッ。ニゲロッ」
畑中さんが苦笑いしながら、私の方を振向いて言った。
「負け戦のときやったんやなあ。この話はやめておこう」

女二人のニューギニア 有吉佐和子

「あなた、怖くなかったの?」
「ライフルが、か? 阿呆らしい」
畑中さんは、机の上のものを片付けながら私を見て笑った。
「私らを殺したら連中は死刑ですよ。他のことで私が死んでも終身刑ぐらいになるのよ。ネイティブかて、そのくらいの分別はありますよ。怖いことなんか、ない」

女二人のニューギニア 有吉佐和子

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