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フランシス・アルバートの男

 この間タバコの話を書いたので——というわけではないけど、今回はお酒の話です。
 僕はどちらかと言えば外に出て飲むことは少なくて、基本的には家でのんびりとお酒を飲む方が好きです。大体は安いワインをソーダで割って飲んだり、しっとりいきたい時にはジンにレモンを絞ってちびちびやったり、という感じ。夏場の暑い時期にはまあビールも飲むし、近所に美味しい日本酒を扱う酒屋があるので、冬場には鍋をしながら日本酒を、ということもある。
 でももちろん全く外に飲みに出ないというわけでもない。人から飲みに誘われれば基本的には断らないし、「もう一軒行きましょうか」ということになれば「じゃあ行きましょうか」ということになって二次会、三次会までも行ってしまう……と書くと「ただどこにいても飲んでるだけじゃん」という気もするな。

 外でお酒を飲む時に、個人的に問題になる——というか僕が少々困るのは、女の方がおられるお店に行った時と、オーセンティックなバーに行った時です。
 前者は自分からはまず行かないんだけど、仕事の元同僚の女性がそういうお店が大好きで、仕事の飲み会の二次会・三次会で一時期よく連れて行かれたりした。僕はお店のスタッフの人に気を遣ってしまう性質なので、常に横にお店の女性——スタッフの方——が座っている状態でお酒を飲むというのは結構落ち着かない。
 後者の場合は、一人でフラッと店に入ってぼんやりと飲んでいる分には何の問題もない。僕は大体そういうバーに入ると、好みの傾向だけ伝えて後はお任せで作ってもらうので、次のオーダーを何にしようかと考えることもない。ほぼ何も考えていない。ぼやっとしているだけである。
 ところが、そこに誰かと一緒に行くとなると少々話が変わってくる。これは大体年下の子と一緒に行くと起きることなんだけど、彼らは「えっと、なにか面白いカクテルとかあります?」というのをバーテンダーではなく僕に聞いてくるのです。もちろん最初のうちはそれとなくバーテンダーさんに話を向けているんだけど、そのうち「次は何を飲むんですか?」と聞いてくるようになる。その顔には「で、あなたはどういうカクテルを頼む人なの?」と書いてある(気がする)。要するに、なんだか妙なプレッシャーを感じてくる。そこでマーティニなんて頼むのも気障ったらしいし。
 そういう時に僕がオーダーするのはフランシス・アルバートです。一度お任せで作ってもらった時に「こんなのはどうですか?」とバーテンダーの方が教えてくれたカクテルなんだけど、ワイルド・ターキーとタンカレーを同量ずつという異様にシンプルなカクテルで、言うまでもなく度数は高い。でも口当たりは甘く柔らかい。結構不思議なカクテルだ。で、オーダーすると多くのバーテンダーの方から「それをオーダーされたのは記憶にある限りでは初めてです」と言われる。それを聞いて、一緒に来た彼らは「ふうむ」と一応の納得をする(ように見える)。
 しかしこのカクテルにも欠点がある。これを頼むと結構な確率でバーテンダーの方に記憶される。半年ぐらい、もっとすごいと一年ぐらい間を空けてお店に行っても「フランシス・アルバートの方ですよね」と言われたりする。そう言われると「あ、その、そうです。その節はすみません」みたいな気持ちになってドギマギする。前の時と違う女性を連れていたりしたら……と考えると冷や汗ものです。

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