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蛙さん、綴る。

蛙さんは、描くことが好きです。書くことも好きです。
正確には、書かないと頭にとどめておけなくて、書かざるを得ない日々を超えて、好きになったといったほうが良いかもしれません。

井戸の中の蛙にとって、
慣れない、早すぎる時の流れ。いとおしい、せっかくの言葉たちが飲み込む前に次々と現れては消えてゆく。確かに何か新しい発見があったはず。新しい視点に気づいたはず。それでも—

蛙にとっては、覚せい剤のように脳に一時的な、それはそれは強い刺激を与えるもので、後に衝撃への依存心の他、何も残しやしなかったのです。

持ち帰りたかった。井戸の中に持ち帰って、ゆっくり、じっくり、蛙は蛙のスピードで。飲み込んだり、かみ砕いたり、混ぜ合わせたり、吐き出したり、しばらく寝かせてからまた食べてみたり。

情報や経験や出会いといった刺激物を受け止めるのに要する時間はひとりひとり異なると思うのです。いとおしい出会いを、最大限大切にするために、一度自分が安心できるテリトリーに持ち帰るということは非常に大切だと思うのです。

刺激物が、刺激物なのは、彼らのいる世界の時の流れが体に合わないからだと思うのです。時が、化けさせるのです。大きさを変えるのです。重みを変えるのです。

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自分の時が流れる場所まで連れてゆきましょう。

手をつないでくれるでしょう。
しっとり、そばに座っていてくれるでしょう。
並んでくれるでしょう。
蓄えられたそれを、時にくっつけたり、食べたり、吐き出したりすることが
ほんの少し、らくになるでしょう。

そういった意味で、デジタルな言葉でもなく、ファストインフォメーションでもなく、ごくごくアナログな—言葉と言葉の繋がり、臨場感が綴られたもの。時を超えて思い出せるような、空間を持ち帰ることができるようなものが生み出せたなら—

井戸の中にいるという自覚がなかったあのころ、
ひたすらにかいていた

おとぎの国の世界
ミミズのしらべ
冬空によく映える氷柱
満ち引きと出会い
圧倒的なエネルギイ
彼が、彼女が、きっと嫌がること、きっと涙すること、きっと顔ほころぶこと
わたしの、秘めごと、

一見散乱したものが、点と点が、結びついてゆきます。
気づけば蛙の生活の一部となっていた、描くこと、書くこと。

もはやそれなしでは生きてゆけない、「かく」という行為が、「持ち帰る」をお手伝いできるかもしれない。

蛙が今の井戸に移ったころ、何気なく書いていた倫理や古典のノートの中身が、グラフィックレコーディングのそれと似ていることを知りました。これを機に、ロジカルにグラレコと向き合うことにしました。他にも、本をまとめたり、誰かの人生の物語をえがき出したりすることに挑戦しはじめました。

ちょうど声にしたいと思った、ある日、
かくことではじめてお金をいただきました。
こういう形で価値を感じていただけたことが嬉しかったのです。背中を押していただいた気がしました。

皆さまの創り出す時間や空間、言葉たちを綴ります。
より多くの蛙たちが、深く向き合えるよう、お手伝いいたします。
ご依頼、お待ちしております。


蛙さん、綴ります。

綴り方のイロイロは、またお会いした時に…


【蛙さんとは】https://note.com/soyosoyomoon/n/nf91a60c590ed


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