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井の中の蛙の物語

むかしむかし、あるところに、一匹の蛙がおりました。
深い深い井戸の中、20の仲間と先生と暮らしていました。彼女は、大変な自信家でした。
絵を描くこと、文章を書くこと、お勉強すること、運動すること、少しがんばれば、20の中で一番を取ることは困難を極めるようなことではありませんでした。それだから彼女はいつも少しがんばって、周囲から讃えられ、幾度となく繰り返されるそれに、陶酔し、快楽を覚えていたのです。

あくる日、蛙が井戸の外へゆくチャンスが巡ってきました。
蛙は、自信家とはいえ初めての海。これまでにないほど入念な荷造り。
アタマにぴりぴりとしたものを、緊張とも興奮ともつかない独特な感覚を帯びたまま、蛙は堂々と井戸の外へ飛び出してゆきました。

けれども海は、想像もつかないような蛙たち、(正確には想像上のいきものでしかなかった蛙たち?)でごった返しておりました。オーケストラの一員で…スポーツで食べていくつもりで…芸能活動やってるんだけど…トリリンガルで…耳に飛び込んでくる肩書ときらびやかな様相と、蛙はネオン街に飛び込んできたような心持ちなのでした。そこに蛙の居場所は無かったのです。

足もとおぼつかないままに、あちこちに目移りしては飲み込まれそうになる。一抹の、憧れ。ああ、すごいなあ。こんな風になれたなら。
しかし、蛙は無理をしていると気づかぬまま、ネオン街を突き進んでいました。自意識など、自信など、気づけば持っていたものはほとんど剥ぎとられ、入り口に置き去りになっていました。裸体のままネオンサインの光に打たれ、蛙は知らぬ間に火傷を負ってゆきました。嫌悪感。

蛙はもやもやしたものを抱えて、井戸の中へ還ってきました。夢でも見ていたのでしょうか。あの海は、ネオン街でした。足元おぼつかず、飲み込まれそうになりながら。一抹の憧れと、そして嫌悪感を抱きました。それ以外なにも覚えていませんでした。確かに何か新しい発見があったはず。新しい視点に気づけたはず。しかし…それは一体何だっただろう。蛙にとっては、覚せい剤のように脳に一時的な、それはそれは強い刺激を与えるもので、後に衝撃への依存心の他何も残しやしなかったのです。

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海へ飛び込む前の自信家の蛙は、いなくなっていました。ただ、得体のしれない憧れと嫌悪感からただただ逃げたくて、蛙は再び例の快楽に身を委ねる日々を始めたのでした。でも、あのころのような純粋で蛙自身を肯定するものではありません。ずっとずっと投げやりな、それこそ溺れるという言葉が似合うような、そんな身の委ね方でした。

これから先、どうしようかしら。気づけば井戸から出ていかなければならない日が近づいていました。私は何になりたいのだろう。私には何ができるのだろう。私は何ができないのだろう。

—井戸の中の仲間たち。気の置けない仲間たち。6年間もずっと一緒に住んできたのだから、おおよそのことはわかり合っていました。誰がどのような過去をもち、どれくらいの努力をし、どのような挫折を味わってきたか、喜びを感じてきたか。過程、を知っていたのです。私たちはいつだって、過程をみて互いを励ましたり叱ったりしました。それだから、今、蛙は井戸の外でどの場所になら受け入れてもらえるのか、どのような事柄でなら価値を感じてもらえるのか、分からなかったのです。
あの海を、ネオン街を、ぼんやりと思い出しながら、蛙は蛙自身を見失ったまま再び海へ出ていくことを想像し恐ろしくなるのでした。

蛙は本格的に井戸を出る前に、自分自身のことをもう少し知らねばならないと思いました。自分が何ができて何ができないか、海に住む蛙たちに尋ねようと思いました。もう、剥ぎとられるようなものなどない蛙は、緊張も興奮もほとんどないままに、確実に蛙が怯んでしまうようなネオン街に、再び飛びこみました。

飛び込んでみて、尋ねてみて、おおよそわかりました。しかし、
何より大きな気づきは、蛙のこれまでの歩みとそれに伴う思考の特異性でした。井戸の中の課題。井戸の中からの海の見え方、井戸の中の蛙の人生選択、海と井戸の中の情報格差、出会いの格差、価値観の違い。これまで蛙にとってコンプレックスであったものは、海では誰も知りえない、蛙にしか語れないものだと悟ったのでした。

蛙にしかない課題意識—
ネオン街で蛙が打ちのめされたことや、井戸での生活のもやもやの原因は、
「井の中の蛙は、海に住む蛙に比べて人生選択の幅が狭い」
ことでしょう。といいますのも、多くの蛙というのは、周囲の環境すなわち同じ井戸の仲間や家族、家系、これまでの経験の中から自分自身の将来の可能性について考えてきます。それ以外の選択肢は、知らないもしくは実感が湧かないというところで消えていってしまう傾向があると思うのです。この現状はすなわち、井戸の中と海の出会いや経験の数がそのまま人生選択の幅を決めかねないことを示します。

それならば、海に住む蛙たちを井戸に呼んでみようかとなるわけです。気鋭のアントレプレナーだとか、超高学歴商社マンだとか、名だたるアーティスト、エンジニアだとか。
しかし、それはまあ現実的ではありませんね。
蛙の住む井戸ひとつならどうにかなるかもしれませんけれど、この世界に深い井戸はごまんとあるわけです。ましてや、異世界からのお客様がいらっしゃるのは見慣れた景色にネオンサインが急に現れるということですから。そのような異常事態に、コジンはどのような反応を示すのでしょうか。ある者は、あまりの刺激に嫌悪感を持つでしょう。蛙のように。ある者は、全く自分と関係のないものとして処理してしまうでしょう。もちろん感じ方捉え方に多様性があるのは当然なのですが、旅人を招待するという何とも一筋縄ではいかないものの効果が、著しく見込めないというのはいかがなものか、となるわけです。

出会うだけでは意味がないということは、蛙自身が一番よくわかっていました。
あるものに出会ったとき、生きざまに反映させられるか否かは、当事者意識を持てるか否か。
出会いや経験というものを、どれだけ当事者意識をもって向き合い、批評し、飲み込み、蓄え、時に吐き出せるか。その選択を自分の軸の中でできるかが、きっと自ら人生選択の幅を広げることなのだろうと思います。

井戸の中の出会いの格差を是正するよりもなによりも、経験や知識にいかにして当事者意識を持って向き合うか、いかにして人生選択の幅を広げていくかをサポートすることに注力しよう。蛙はそう決めました。

井戸の中であっても、ごくまれにいます。日ごろの授業やら、ふと手に取った本やら、画面の向こうの世界やら、時空を超えた、言ってしまえば虚構かもしれぬ情報に「当事者意識」を持って即時的に批評できる蛙が。浮足立つことなく、ネオンサインに目移りせずに。

彼らのような思考法を持てたなら、きっと井戸の中に居ようとも人生選択は広げられるし、数少ない出会いの中からでも生き方の幅を広げることはできると思うのです。しかし、いきなり実感の湧かない世界のことに当事者意識を持てと言われても難しいわけです。いくつかのステップを踏む必要があると思うのです。

多くの蛙がその思考法を身に着けるのに必要なことは、批評する機会を得ること、そして蛙自身が批評できるだけの軸を持っていること。批評を繰り返していくこと。それが、当事者意識の持ちやすい、井戸の中から徐々に広がっていくことだと思います。

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蛙に身近な方々のアイデンティティだとか、葛藤だとか、失敗、成功だとか、自分自身を物語れる場を作れたなら。
蛙はそれを聞いて、ああ、この町にもこんな人たちがいたのか、同じ職業にもいろいろな思いやアイデンティティが介在しているのだと感じてくれたなら。
そしてひいては、肩書にとらわれず、コジンの人生選択について目を向けられるようになれたなら。
いつかはきっとネオンサインの先にあるものを、落ち着いて覗けるようになるようになれたなら。
情報や経験や出会いといった刺激物を受け止めるのに要する時間はひとりひとり異なるのだから、蓄えた物語を安心して持ち寄ることのできるような、ひとりひとりのリズム、時間の中で、経験や出会いと向き合えるようなそんなものを創り出せたなら…

そんなぼんやりとした、でも確かな意思に沿って蛙は次の井戸を決めました。
井戸の中で、自身を物語れる蛙をいかにして増やしてゆくか。学生蛙がいかにして当事者意識をもつのか。彼らをつなぐにはどうしたらよいのか。当事者意識を持ってから、自己確立にはどのように移行してゆくのか、どうしてそこに個人差が生まれるのか。その点に関して、海と深い井戸の中といった環境の違いはどのように関わり合っていくのか…これらをロジカルに研究できる場所です。

その傍ら、物語れる大人蛙を増やし、語れる場をつくることに関してはアルバイト先で。
当事者意識をもった学生蛙を育てる、に関しては学外のキャリア教育団体や、大学内の学生団体で。
それぞれ実践の場を持たせていただいております。

さて、住む井戸を変えてから、約半年が経ちました。
ようやく蛙は蛙自身の目指すものに関して、学ぶ場と実践の場を整えることができました。目指しているものがあるとはいえ、至って帰納的に。これから先の紆余曲折を、蛙自身も楽しみにしていることでしょう。

—つづく


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