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「過去の悲劇は他人事ではない。思考を停止させないで。~『ヒットラーのむすめ』~」【YA⑳】

『ヒットラーのむすめ』 ジャッキー・フレンチ 作 さくまゆみこ 訳 (鈴木出版)
                                                                                                 2015.7.29読了

これは…いったいどういうことなのでしょうか?
タイトルどおり、ヒットラーに本当に娘がいたのでしょうか!?
いえ、フィクションなのでしょうか?
 
そういうことはどうでもいいことであって、もしかしたら本当にいたのかもしれない…と、子どもたちに思わせることが大事なのでしょう。
そのほうが、この物語で作者が言いたいことが、より真実味をもって子どもたちに伝わるのかもしれません。
 

ところはオーストラリアのちょっと田舎町。
学校へ行く毎日のスクールバスを待つ間の、近所の子どもたちによるおはなしゲームがことの発端です。
 
年長らしいアンナが、そのおはなしを進行する担当です。
まだ小さいトレーシーは純粋におはなしをいつも楽しんでいます。
ベンは、話が戦争のことと知ると、表面的なことだけで勝手に盛り上がり、とちゅうで話の腰を折ってしまいます。
主人公マークは、はじめアンナの話をいぶかしながら聞いていましたが、次第にのめり込んでいくようになります。
 
そのおはなしでは、あのヒットラーの娘らしい女の子が主役です。
彼女はハイジと言って、顔におおきなあざがあり、片方の足が少し短いようです。
それであまり外には出られず、ましてやヒットラーの娘だということも公表されません。
まるで隠されるように暮らしているのです。
 
ハイジは、父親が忙しくてあまり会ってくれないのを寂しがりますが、時々会ってくれる日は嬉しくて仕方がありません。
しかし彼女は父親がかなり偉い人なのだろうということはわかっても、どういうことをしているのかまでは、全く知らされていないのです。
 
そしてドイツでの戦局は次第に悪化し、ハイジと家庭教師のゲルバー先生は田舎へ避難することになりました。
そこで、世話をしてくれるけど何も詳しいことを知らされていない農家の女性が、なにげにドイツとヒットラーの実情をハイジに教えてくれるのですが…。

 このおはなしでのヒットラーの娘という、いるかいないか定かでない情報よりも、主人公マークの注目した点は
「もしも自分の父親がヒットラーなら?」
「もしも父親が悪いことをしていると知った時、自分はどうすればいいのだろう?」
ということで、この物語をまるで自分のことのようにとても真剣に考えます。
 
 
実際この本を読んだ子どもたちも、マークと同じように感じ、考え、身近な人達と話し合ってほしいと、きっと作者は願っているのでしょう。
この本に登場するマークのまわりの大人たちは、はたしてマークほど真剣に身近なこととして考えたのでしょうか?
 
為政者のやっていることが悪いこととわかっていても、大多数の意見に押され、自分の意見を言えず、何も考えずにきた大人がいかに大勢いることか。
 
過去の悲劇は、そういう無関心やダメなものをダメと言えない空気が起こしてきたものなのでしょう。
たったひとりの権力者だけに罪があるのか、彼の言い分に賛同した国民にも多少の罪があるのではないでしょうか。
 
現在も同じようなことが世界中でいまだに起きています。
時の権力者には間違っていることをしているとわかっていても、「NO」と言えない雰囲気を自分たちで作っているのではないでしょうか。

この混沌とした世界に生きる夏に、77年前に思いを馳せて現在の状況と重ね合わせてみるのもいいかもしれません。


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