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「研究者の限りない愛を感じる~『愛なき世界 』~」

『愛なき世界 』三浦 しをん 著 (中央公論新社)
 
東京の本郷にある小さな洋食屋の味に惚れ込み、弟子入りを遂げた藤丸は、時折昼時に店にやってくるあるグループの会話をつい耳にした。
ちんぷんかんぷんの内容ながら、よくよく聞いてみるとどうやら近くのT大の研究者たちのようだった。
 
彼らのことになぜだか興味が湧いてきた藤丸は、昼食の出前もできることを会計時に伝える。
 
そして日にちをたいしてあけずに受けた電話注文で、T大の松田研究室へと配達に来た藤丸は、最初に出会った研究室の本村という女性のことが気になり、そのうち恋してしまう。
 
しかし、この植物の研究一筋の本村はあっさりと藤丸の告白を断ってしまうのだった。
 
それでも出前の配達をしていくうちに、この研究室の他の面々とも仲良くなる藤丸。
植物研究の面白さを彼らから聞いていくうち、次第にさまざまな植物やなされている研究にも興味が湧いてくるようになる。
 
この研究室でなにかあれば、素人の彼でも出来うることを協力するようになる。
 
そんな中、本村の研究に危機が訪れる。
まさかの初歩的ミスを犯したかもしれないと告白する本村。
しかし思い悩んだ末メンバーや教授に打ち明けることで、なんとか立ち直る。
 
それから他のメンバーの植物研究や、松田教授の過去などいろんなエピソードが絡んできて、最高学府T大の理系の研究室という一見敷居が高そうで近寄りがたいものが、実はとても楽しくて(テーマや研究自体は難しいけど)身近なものなんだと思わせてくれる。
 
植物という、“愛”などという抽象的な事象とは真逆の対象物に、それこそ愛情を持って接している研究員たちの地道な基礎研究によって世の中の何かがうまくいったり、人間にとって生きやすくなったり便利になったりと、いつの間にか気づかないうちに何かしら影響を与えているのだろう。
 
一見「それって誰かの役に立つの?」とすぐに結果を求めがちな非研究者たちは、未来を何もわかっていないのだ。
 
 
植物が繁殖していくなかでは“愛”は存在しないが、その周囲を取り巻く諸々は、愛が溢れているようだ。そんな物語だった。



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