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カスミルのとしょかん(稲垣足穂「一千一秒物語」)

 皆様こんにちは。カスミルのとしょかんへようこそ。
 ここでは、隔週で私のおすすめの本や作品をご紹介したり、時にはこっそり雑筆を残したりしていきます。忙しない日常の事は少しだけ忘れて、どうぞごゆっくりお楽しみくださいね。

 今回は稲垣足穂『一千一秒物語』より表題作「一千一秒物語」をご紹介致します。

 以下引用は新潮社から出ている稲垣足穂『一千一秒物語』を参照し、引用ページ数のみ丸括弧で記載します。詳しい書誌情報等は最後にまとめて載せています。

○概要と見所

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さあ皆さん どうぞこちらへ! いろんなタバコが取り揃えてあります どれからなりとおためし下さい(8頁)

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 『千夜一夜物語』を想起するタイトル。どのような話かと表紙を開いてびっくり。

夜景画の黄いろい窓からもれるギターを聞いていると 時計のネジがとける音がして 向うからキネオラマの大きなお月様が昇り出した(8頁)


冒頭から不思議ですね。絵に描かれた窓からギターの音が聞こえるらしい。時計のネジがとける音?「キネオラマ」は「パノラマに色光線を用いて景色を変化させて見せる装置(広辞苑)」ですが、どうやら月はそのキネオラマのようで。ん?どういうこと??
 これこそが所謂「ナンセンス小説」です。
 日常生活においては、よく意味が重視されますよね。その発言、どういう意味?その行動にはどんな意味がある?何をしようにも意味が付き纏って窮屈です。でもね。作品の中くらい、意味がなくたって良いじゃない!そうしてできたのがナンセンス小説というジャンルです。
 あまり長々と説明するよりも、実際に見て頂いた方が早いかもしれません。少し本文を引用しますね。

投石事件
「今晩もぶら下っていやがる」
石を投げつけるとカチン!
「あ痛 待て!──」
 お月様は地に飛び降りて追っかけてきた ぼくは逃げた 垣を越え 花畠を横切り小川をとび 一生懸命に逃げた 踏切をいま抜けようとする前をヒューと急行列車がうなりを立てて通った まごまごしているうちに うしろからグッとつかまえられた お月様はぼくの頭を電信柱の根本でガンといわした 気がつくと 畑の上に白い靄がうろついていた 遠くではシグナルの赤い目が泣いていた ぼくは立ち上るなり頭の上を見て げんこを示したが お月様は知らんかおをしていた 家へ帰るとからだじゅうが痛み出して 熱が出た
 朝になって街が桃色になった時 いい空気を吸おうと思って外へ出ると 四辻のむこうから 見覚えのある人が歩いてきた
「ごきぶんはどうですか 昨夜は失敬いたしました」
 とかれが云った
 たれか知らと考えながら家へ帰ってくると テーブルの上に薄荷水が一びんのっていた(10頁)

如何でしょうか。どういうこと???ってなりませんか?それで良いんです、何せナンセンス小説なんですもの。意味は追求せずに、ひたすら雰囲気を楽しめば良いのではないかと思っています。
 「一千一秒物語」は、上記のような短い話をいくつも寄せ集めたような形式を取っています。そうですね、他にも私が好きなのはこちら。

月とシガレット
 ある晩 ムーヴィから帰りに石を投げた
 その石が煙突の上で唄をうたっていたお月様に当った お月様の端がかけてしまった お月様は赤くなって怒った
「さあ元にかえせ!」
「どうもすみません」
「すまないよ」
「後生ですから」
「いや元にかえせ」
 お月様は許しそうになかった けれどもとうとう巻タバコ一本でかんにんして貰った(13 頁)

投げた石で月が欠けた、というこの発想!ユーモアを感じますね。それにしても、体が欠けたというのに煙草一本で許しちゃうお月様。なんとなく可愛らしいような心持ちがします。

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 「一千一秒物語」には、これらの他にも月を描いたお話が多く見られます。あとは星を描いたお話も。

星を食べた話
 ある晩露台に白ッぽいものが落ちていた 口へ入れると 冷たくてカルシュームみたいな味がした
 何だろうと考えていると だしぬけに街上へ突き落された とたん 口の中から星のようなものがとび出して 尾をひいて屋根のむこうへ見えなくなってしまった
 自分が敷石の上に起きた時 黄いろい窓が月下にカラカラとあざ笑っていた(26頁)

このよく分からなさ、なんとなぁく夢みたいではありませんか?この手の小説を読む時は小難しい事は考えず、ただこの夢のような感覚や情景を楽しめばいいと思うのです。そんな夢みたいなお話が他にもたくさん。ね、素敵でしょ?

ではグッドナイト! お寝みなさい 今晩のあなたの夢はきっといつもとは違うでしょう(61頁)

作品はこの一節によって締めくくられます。なんだか眠れない日の処方箋みたいな作品ですね。読むタイプの睡眠導入剤。眠れない晩のお供に、是非如何でしょうか。

 今回の「一千一秒物語」のご紹介はここまで。少しでも興味を持って頂けましたら幸いです。

 それではまた二週間後にお会いしましょう。

「生きてるって素敵でしょ?」
素敵な夢を見る為には生きていなくちゃならないものね。

◯書誌情報

稲垣足穂『一千一秒物語』(金星堂、1923年1月)初出、未見。
稲垣足穂「一千一秒物語」(『一千一秒物語』、新潮社、2004年1月20日)参照。

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