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空が空色

 【これは、1996年に高校演劇部の上演用に書いた演劇台本です】

平凡な家庭の女子高生の兄が、ある日自殺した。理由は分からないままだったが、どうやら兄は、女子高生の友人と交際していたらしく、妊娠させていたという事実も分かってくる。当初は混乱していた彼女だったが、その友人と語り合う中で、兄の死を乗り越え、成長して行く。


     〈キャスト〉

       サチコ(女子高生)
       ミキ(女子高生)
       タケシ(サチコの兄)
       ノリコ(女子高生)
       母
       アユミ(女子高生)
       緒方(家庭教師)


   ある朝。
   とある家庭のダイニングキッチン。
   女子高生サチコが、かけ込んでくる。

サチコ  いやあ、もう!
母    おはよう。

   サチコ、バタバタと何かを探している。

母    サチコ、おはようは?
サチコ  それどころじゃないの。これの、もう片方知らない?(と、おさげ髪の、髪飾りのついてない方を見せる)
母    知らないわよ。おはようは?
サチコ  きのう寝る前に、確かに洗面所の棚の上に置いといたのに。
母    おはようぐらい言いなさい。
サチコ  (投げやりに)おはよう。ねぇ、知らない? 洗面所に置いといたのよ。お母さん、洗濯機に入れたりしてない?
     ‥‥‥ミゾに落っこっちゃったのかなぁ。
母    見といてあげるから、ほら、早く、ごはん食べないと。

   サチコ、朝食を食べ始める。

サチコ  いただきます。‥‥‥あ、カバンの中! ‥‥でもないか。もう、最近、物忘れがひどいんだから‥‥‥。
母    何よ、年寄りみたいに。
サチコ  ねぇ、今日のお弁当、何?
母    こんなの。(と見せる)
サチコ  えー、また味付けイワシ!?
母    こないだは、おいしいって言ってたじゃない。
サチコ  今日はイワシの気分じゃないの。
母    イワシの気分て何よ。わがまま言ってんじゃないの。‥‥‥イワシはね、カルシウムが豊富なのよ。そうやって朝っぱらからカリカリするのは、カルシウムが足りないんじゃない?
サチコ  ‥‥‥お母さん、寝坊したでしょ。
母    何でよ。
サチコ  わかるわよ。寝坊したら缶詰、缶詰だったら、寝坊。ニッスイの味付けイワシの法則!
母    うるさいわね。あんただって寝坊するじゃない。
サチコ  あーあ、愛情弁当食べたーい。
母    もう、そんなこと言うんなら、お弁当作らないわよ。
サチコ  お父さんいないからって、すっかりくつろいじゃって。
母    ‥‥‥今日は、やけにつっかかるわね。何かあったの?
サチコ  そうだ、お父さん、土曜日どうするって? 帰ってくるって?
母    え?
サチコ  お父さん。
母    ああ、何かね、会議が入っちゃったんだって。
サチコ  ふーん、先週もじゃなかった?
母    3月だからね。
サチコ  3月だから?
母    ほら、年度末って、決算とか、人事異動とか、いろいろあるじゃない。
サチコ  もしかして、お父さんも転勤?
母    無理よ。まだ一年だから。
サチコ  ‥‥‥サラリーマンは大変ねぇ。
母    そう、お父さんも大変、お母さんだって大変。こんなにがんばっても、わがままな娘が、ちっともわかってくれないんだから。
サチコ  私だって大変なのよ。
母    何が大変なのよ。
サチコ  大人にはわからない。あーあ、もう、ゴムどこいっちゃったんだろ。
母    ちゃんと整理しないからでしょ。そうそう、帰ったら、部屋そうじしなさいよ。むちゃくちゃじゃない。机の上とか山積みだし。いったいどこで勉強するの?
サチコ  あー! お母さん、また勝手に入ったの! やめててって言ったでしょ!
母    洗濯物持って行っただけよ。
サチコ  そう言って、いつも適当に入ってきて、適当に片づけちゃうんだから。
母    だって、足の踏み場もないじゃない。
サチコ  だからって、勝手にそうじすることないじゃない。どこに何置いたとか、どこにどれしまったかとか、わかんなくなっちゃうのよ。
母    へー、あんなのでわかるの?
サチコ  お母さんには、わからなくても、私にはわかるのよ。
母    器用なのねぇ。
サチコ  ごまかさないでよ。だいたいプライバシーの侵害じゃない。
母    そんな大げさなもんじゃないでしょ。
     さぁ、つまんないこと言ってないで、さっさと食べた。
サチコ  つまんないことじゃないわよ。

   兄(タケシ)が二階から降りてくる。
   パジャマ姿。

タケシ  おはよ。
母    あ、おはよう。
サチコ  お兄ちゃん、お母さん、また私の部屋に勝手に入ったのよ。
母    タケシ、上に何かはおってきたら? まだ寒いんだから。
タケシ  平気だよ。
サチコ  ねえ、お母さん、このごろしょっちゅう入ってんだよ。ひどいと思わない?
タケシ  ああ。コーヒーちょうだい。
母    ごはんは?
タケシ  あとで。
サチコ  ねぇ、聞いてる?
母    フレッシュ入れる?
タケシ  いい。
サチコ  ねえってば。
タケシ  聞いてるよ。
母    あんたが散らかしっぱなしにしてるからじゃない。
サチコ  だって。
母    だってじゃないの。
サチコ  こないだだって数学のプリント捨てたじゃない。
母    あれは、あやまったでしょ。
サチコ  あやまったからって、あの宿題、結局、提出できなかったんだから。
母    だいたい、そんな大事なものをほっとくからいけないんでしょ。
サチコ  自分の部屋の中よ。勝手でしょ。
母    勝手じゃないでしょ。あんたの部屋だって、ウチの中なんだから。ウチの中にゴミ箱みたいな部屋があったら、恥ずかしいじゃない。
サチコ  そんなの関係ないわよ。見せ物じゃないんだから。
母    関係あるわよ。
サチコ  ないわよ。
母    あります。
サチコ  ない。
タケシ  たしかにサチコの部屋はきたない。
サチコ  何よ、お兄ちゃんまで。‥‥お兄ちゃんも私の部屋に入ったの?
タケシ  入ってないよ。入らなくても、十分きたないよ。
サチコ  ‥‥そりゃ、きれいじゃないけどさ。でも、私にはちょうどいいのよ。すわったままで、何でも手が届くし。だから、きたない方がいいの。
母    いいわけないでしょ。はい、コーヒー。(コーヒーを置く)
タケシ  うん。
母    やっぱり、何かはおってきたら?
タケシ  いいよ。
母    風邪ひいちゃうでしょ。ホラ。
タケシ  いいって。また寝るんだから。
サチコ  いいわねぇ。大学生は気楽で。
タケシ  何とでも言え。悔しかったら大学生になってみな。
サチコ  何よ!
タケシ  ほらほら、高校生、遅刻するぞ。
サチコ  むかつく! こいつ!
母    ‥‥きのう、何時まで起きてたの?
タケシ  んー、四時半かな。
母    昼と夜とひっくり返ってるじゃない。何してるの?
タケシ  何だっていいだろ。
サチコ  そうよ、何してんのよ?
タケシ  うるさいな、お前には関係ないだろ。ゼミのレジュメ。
サチコ  何それ?
タケシ  だから、お前には関係ないんだよ。あれ、サチコ、こっちの取れてるんじゃないか? だっせー。
サチコ  もう! 取れてるんじゃなくて、見つからないの! お兄ちゃん、知らない?
タケシ  さあ。
サチコ  もう、どこいっちゃったんだろ。
タケシ  そっちも取っちゃえば。
サチコ  そうじゃなくて。
タケシ  だいたい、ガキくさいぜ。そういうの。
サチコ  もう、わかってないんだから、乙女心が。ねぇ、お母さん。
母    取っちゃえば?
サチコ もう!
母    ほら、もう行かないと。
サチコ  わ、もうこんな時間。‥‥‥ごちそうさま。


   サチコ、二階へかけ上がる。
   タケシ、コーヒーを飲みながらテレビを見ている。

   母、サチコの食器を片づけている。

母    この頃、忙しいの?
タケシ  まあね。
母    ちゃんと寝ないと。
タケシ  ‥‥‥。
母    学校、ちゃんと行ってる?
タケシ  うん。
母    昼まで寝てるじゃない。
タケシ  昼から学校なの。高校とは違うんだよ。
母    そう。
タケシ  ‥‥‥。

   サチコ、駆け下りてくる。

母    あ、そうそう。これ、あんたのでしょ。

   母、エプロンのポケットから手紙を出す。

サチコ  あ、それ。
母    取ってきたんじゃないわよ。階段に落ちてたの。
サチコ  (手紙を取って)中、見た?
母    ‥‥見てない。
サチコ  ほんと?
母    見られると、困るの?
サチコ  じゃ、ないけど。人の手紙、ふつう見る?
母    だから、見てないって。
タケシ  おっ、サチコ、ラブレターもらったのか?
サチコ  そんなんじゃないわよ。

   サチコ、カバンに弁当をつめこむ。

タケシ  生意気。
サチコ  だから、そんなんじゃないって。
母    あんまり急ぐとあぶないわよ。
サチコ  ‥‥‥。
母    ローソンの前の信号こわれてるから。
サチコ  うん、わかってる。行ってきます!

   サチコ、出て行く。

タケシ  ‥‥男の手紙?
母    ‥‥そうみたい。
タケシ  なんだ、やっぱり、見てるんだ。
母 表だけよ。
タケシ  ふーん。‥‥春だねえ。
母    何言ってんのよ。

   テレビを見るタケシ。
   後かたづけをする母。


   とある女子高の教室。

ミキ   卵白でしょ。お砂糖でしょ。コーンスターチでしょ。小麦粉でしょ。チョコレートでしょ。
サチコ  えー? チョコレート?
ミキ   トッピング!
サチコ  ああ、なるほど。
ミキ   でね、カラースプレーとか。
サチコ  え、スプレーって‥‥シュシューってやんの?
ミキ   違う違う、パラパラって。
サチコ  ああ、そっか。
ノリコ  ねぇ、ねぇ、それ、何の話?
ミキ   マシュマロ。ホワイトデーの。
ノリコ  マシュマロ、作るの?
ミキ   ううん、もらうの。
サチコ  え?
ノリコ  だって卵白とかお砂糖とか。
ミキ   リョウヘイ君が作ってくれるって。だからミキ、こないだの日曜日、リョウヘイ君ちで作り方教えたんだ。
ノリコ  えー、冗談。
サチコ  えー、そうだったの?
ミキ   うん、そうだよ。
ノリコ  へぇ、ほんとにマシュマロ贈る人っているのね。
ミキ   え、どうして?
ノリコ  なんかヤじゃない? おあつらえ向きって言うかサ、お菓子屋さんのワナにひっかかってるみたいでサ。
ミキ   えー、ノリコちゃん、もらったことないのぉ?
ノリコ  ない!
サチコ  そんなに自信たっぷりに言わなくても‥‥。え、ひょっとしてノリコ‥‥。
ノリコ  キャンディならもらったよ。
サチコ  なーんだ。
ノリコ  あと、ワインとか‥‥。
サチコ  え、それ問題ありじゃない?
ノリコ  いいじゃん、ワインぐらい。
サチコ  ‥‥まあね。
ミキ   えー。やっぱり、ホワイトデーは、マシュマロだよ。
サチコ  そっかなー。あんなのそんなに食べらんないよ。
ノリコ  そーそー、あれ、見かけはかわいいけど、ずーと口の中に入れてたら気持ち悪くなっちゃうよ。
サチコ  そしたら、バレンタインデーに、チョコレートばっかあげるの、けっこう残酷だったりして。
ノリコ  それは、言えてる。
サチコ  「こんな甘ったるいもんばっか食えっかよ!」って思ってたりしてね。
ノリコ  でも、もらえたら何だっていいんじゃない?
サチコ  それは、そうよね。
ノリコ  でも、マシュマロは、ちょっとねぇ。
ミキ   でもさ、棒につんってさしてね、シュシュって焼くとね、中がどろーってなっておいしいよ。
サチコ  何それ?
ミキ   ベイクド・マシュマロ!
ノリコ  もう! 勝手に言ってなさい!

   携帯が鳴る。

全員   あ。

   みんな、いっせいに自分のカバンをのぞく。

ミキ   わ、当ったりー。ミキのだ。‥‥もしもし、ミキちゃんです。‥‥‥うん‥‥‥うん、そうだよ。‥‥え? 来るの? いつ? ‥‥‥え、もう、来てんの? うっそー! マジ? どこ? ‥‥え、校門とこ? ‥‥‥‥そっかぁ。どーしようかなぁ? ‥‥‥‥うん、じゃ行くよ。‥‥うん、すぐ、すぐ。‥‥待っててね。じゃね、バイバイ。
他の人々  ‥‥‥。
サチコ  リョウヘイクン?
ミキ   うん。
ノリコ  ねぇ、そのマシュマロ君、どこで見つけたの?
ミキ   ううん、見つけたんじゃないよ。ミキが電話したらね、リョウヘイ君が取ったんだよ。
ノリコ  取った?
ミキ   リョウヘイ君、取るのすっごく早いの。
ノリコ  え?
ミキ   朝からなんだろ? ミキ、ちょっと行ってくるね。

   ミキ、教室から出て行く。

サチコ  取るの早いって‥‥ひょっとして、
ノリコ  まさか。
サチコ  でも、人は見かけによらないって言うし。
ノリコ  でもねえ‥‥。

   再び携帯の音。

サチコ・ノリコ  あ。

   二人が動く間もなくアユミが駆け込んできて、カバンから携帯を取り出す。

アユミ  もしもし。あ、パパ、何? ‥‥‥うん、わかってるって。‥‥‥それで? ‥‥‥もう、そんなんいちいち電話せんでもメールで送ってぇな。‥‥‥‥え? 何? アドレス言うてへんかった? ‥‥そやった? ‥‥‥そやったら、ほな、こっちから送るわ。いっぺん切って。‥‥うん、ほな、バイバイ。
サチコ・ノリコ  ‥‥‥。

   アユミ、カバンから「カラーザウルス」を取り出して、手際よくモバイル通信する。

アユミ  よっしゃ、オッケー。
サチコ・ノリコ  ‥‥‥。

   アユミ、ようやく二人の視線に気づく。

アユミ  あ、そうだ、いい機会だからみんなに紹介しておこう。今度神戸の方から転校してきた佐々木アユミさんだ。
佐々木です。芦屋市から引っ越してきました。よろしくお願いします。
はい、みんな仲良くしてあげて下さい。そうだな、席は‥‥、田中、お前の隣がいいな。佐々木さん。
はい。(サチコの隣にすわる)よろしくね。
もしかしてさー、芦屋っつーと、すげーブルジョワなんじゃない?
えー、まぁ、ちょっと。
へぇ、すっげーじゃん。
サチコ  あの。
アユミ  え?
サチコ  あなた、誰?
アユミ  あんた、耳悪いん? そやから、佐々木アユミやて言うてるやん。芦屋からリハウスして来てん。よろしく。
サチコ  ああ‥‥そう。
ノリコ  ‥‥‥。
アユミ  阪神大震災あったやろ? あん時、うちは、山の手の方やし、別に大したことなかったんやけど、パパの会社、三宮やったから、ビル、ヒビいってしもて。それで、建て直したんやけど、ああいうのけっこう時間かかるやん。こりゃ仕事にならんちゅうて、そん時に、こっちの支店に営業を移したわけや。そしたら、こっちの店の方が順調で、あっちは、震災の後遺症やらバブルの影響でいまいちやし、思い切って、この春から本店もこっちに移すことになってん。それで、芦屋の家の方もうまいこと買い手がついたし、処分して引っ越して来てん。
サチコ  ‥‥‥へぇー。
ノリコ  ちょっと。
サチコ  え?

   ノリコ、サチコを教室の隅に引っ張って行く。

ノリコ  誰?
サチコ  転校生って‥‥。
ノリコ  ほんとに? ‥‥何か、新手の宣伝か何かじゃない?
サチコ  宣伝って?
ノリコ  生徒のふりして、学校入って来てさ。
サチコ  ポケットティッシュ?
ノリコ  宗教じゃなさそうね。
サチコ  でも、制服着てるし‥‥。
ノリコ  そんなの、手に入るじゃない。
サチコ  じゃ、何?
ノリコ  ザウルス持ってるし。
アユミ  何、ごちゃごちゃ言うてんの? あんたら、なんかシケシケやな。フツー女子高生ちゅうたら、もっと元気にパッパラパーに女子高生しとるもんちゃうん?
ノリコ  何よ、パッパラパーって。
アユミ  パパんとこでバイトしてる子は、みんなパッパラパッパラしとるで。あんたらも、やってみいひん? エレガントサロン・ラブリーって言うねん。全国チェーンやで。
ノリコ  何、それ?
サチコ  ‥‥もしかして、フーゾクのお店?
アユミ  あほ言いないな。きちんとしたテレホンクラブや。
ノリコ  テレクラって、フーゾクじゃない。
アユミ  ちゃう!
サチコ  あなたのお父さん、テレクラの社長さん?
アユミ  ちゃう! エグゼクティブ・マネージャーちゅうねん。
ノリコ  あのさ、どーでもいいんだけどさぁ‥‥。

   ミキが帰ってくる。

サチコ  あ、お帰り。何だって?
ミキ   うん、リョウヘイ君、ドライブ行こうって。
サチコ  え、今から?
ノリコ  もう授業始まるわよ。
ミキ   うん、だからミキ、今日は帰る。
サチコ  あなたねえ‥‥。
ノリコ  ミキちゃん。
ミキ   え、何?
ノリコ  エレガントサロン・ラブリーってお店知ってる?
ミキ   え?
ノリコ  テレホンクラブ。
ミキ   何、それ?
ノリコ  いや、知らないんなら、いいの。(サチコに)ほら。
ミキ   メモリーハウスなら知ってるよ。
ノリコ  え?
ミキ   リョウヘイ君、メモリーハウスなんだ。会費がちょっと高いけど、つながりやすいって言ってたよ。プレゼントもくれるし。
全員   ‥‥‥。
ミキ   それじゃ、リョウヘイ君、待ってるから。バイバイ。
サチコ・ノリコ  ‥‥‥。

   ミキ、去る。

ノリコ  ‥‥マジ?
サチコ  ‥‥ほんとに、人って見かけによらないもんよねえ。
ノリコ  まさか、ミキがねえ‥‥。
サチコ  ほんとにねぇ‥‥。
アユミ  あんたら、ひょっとして、あれやな。
ノリコ  ‥‥何よ。
アユミ  テレクラに電話したことないやろ。
ノリコ  ‥‥‥。だったら何なのよ。
アユミ  いや、別にテレクラはどうでもええねん。ほら、この頃、テレビでも雑誌でも、女子高生や女子大生の実態みたいなん、喜んで派手にあつこうてるやん。で、ほんまの女子高生にしてみたら、当然ギャップとかあるし、あんなんオーバーでウソや、と思てるんやろうけど、その一方で、ひょっとしたら自分だけ時代の流れに取り残されてんのとちゃうやろか、とひそかに思たりして、ミエ張るちゅうか、一応わかったような顔したがるわけやな。
ノリコ  いったい、何が言いたいわけ?
サチコ  あなた、テレビのコメンテーター?
アユミ  まあ、人の話は最後まで聞きよし。それでや。そないになったら、もう、へたにほんまのとこなんか誰にも聞けへん。「あなた、ジョシコーセーしてる?」「えー? もしかして、あなた、してないの?」なんてことになったら大恥や。それで、もう、お互い疑心暗鬼、相手の出方の探り合いや。そやさかい、さっきの子みたいに、あっけらかんとテレクラしとんのがおったりすると、表面上は、「へー、あの子テレクラしてんじゃん」とか言うてても、内心では、けっこうバリバリの大パニック! ‥‥ちゃう?
全員   ‥‥‥。
アユミ  ええの。ええの。気にせんでもよろし。そんなん、なんぼでもあるねん。前のがっこでもあったわ。ピッチ持ってへんのに、教室でピロピロ鳴りだしたら、一応カバンとかゴソゴソしよんねん。で、よう見たら、そいつ、カバンの中で、一生懸命筆箱握りしめとんねん。
全員   (ドキッ!)‥‥‥。
アユミ  ‥‥‥。どないしたん? 何か、悪いこと言うた?
サチコ  ‥‥ほら、何だっけ?
ノリコ  ええと、そうだ、ホワイトデーの話だったよね?
アユミ  え?
サチコ  そうそう、やっぱり、ホワイトデーは、マシュマロよね。
アユミ  何や、それ?

   始業のチャイム。


   タケシが小声で電話をかけている。

タケシ  だから、それは、大丈夫だから。お前は余計なこと考えなくていいんだよ。‥‥‥うん、え?‥‥‥違うって。そうじゃないよ。俺が言ってんのはさ‥‥‥ああ‥‥‥ああ。‥‥‥そんなことないって。‥‥‥
サチコ  ただいま。
タケシ  あ、‥‥‥それじゃ、とにかく行くから。え? そう、帰ってきた。‥‥‥ああ、‥‥‥それじゃ。切るよ。(電話を切る)
おかえり。今帰ったのか?
サチコ  うん。‥‥‥電話? 誰?
タケシ  ああ、友達。
サチコ  ふーん、あやしいなぁ。‥‥‥ひょっとして、彼女?
タケシ  バカ、そんなんじゃないよ。‥‥‥それより、今日来るんだろ? 緒方。
サチコ  えー! 今日だった?
タケシ  そうだよ。今日、木曜だろ。
サチコ  うわ、どうしよう。
タケシ  何?
サチコ  部屋が。
タケシ  え?
サチコ  あんなんじゃ通せない。
タケシ  どうして?
サチコ  部屋ん中、グチャグチャだし。
タケシ  別にいいじゃない。家庭教師なんだから。
サチコ  でも‥‥‥。
タケシ  ‥‥‥そうか、そうなのか。
サチコ  何よ。
タケシ  サチコは、緒方にあれなんだな。
サチコ  違うわよ!
タケシ  そうだったのか。何なら俺から言ってやろうか?
サチコ  やめてよ!
タケシ  何、むきになってんだよ。ますます、決定的だな。
サチコ  お兄ちゃん、変なこと言ったら、殺すわよ。

   母が入ってくる。

母    サチコ帰ってたの? あんたたち、何けんかしてるのよ。
サチコ  ただいま。
母    もうすぐごはんだから。着替えてらっしゃい。
サチコ  私、ちょっと、部屋のそうじするから。
母    何よ、急に。ごはんの後でいいじゃない。
サチコ  ごはん食べてたら、緒方さん来ちゃうから。
母    だから、言ったでしょ。普段からちゃんとしておかないからよ。
サチコ  だって‥‥‥。
タケシ  母さん。
母    え。
タケシ  俺、晩ごはんいらないから。
母    え、また出かけるの?
タケシ  うん、ちょっと。
母    この頃、毎晩じゃない。どこ行ってるの?
タケシ  どこでもいいだろ。
母    よくないわよ。‥‥‥そんなにヒマがあるんだったら、ナオミの勉強も、あんたがみてくれたらいいのに。
サチコ  何で、私が出てくるのよ。‥‥‥じゃ、私、上がるから。

   サチコ、去る。

タケシ  別にヒマなんかじゃないよ。いろいろあるんだよ。‥‥それに英語はダメだって言ってるだろ。だから緒方に頼んだんじゃないか。
母    緒方君がどうこうじゃなくて、とにかく、この頃、生活乱れすぎよ。昼起きて、夜遅く帰って、いくら大学生だからって、ひどすぎるんじゃない?
タケシ  うるさいな。わかったよ。とにかく、今日は出るから。
母    また、遅いの?
タケシ  わかんない。
母    タケシ。

   チャイムの音。

母    あら。はーい。

   母、玄関に出る。
   ややあって、緒方が入ってくる。

緒方   こんばんわ。
タケシ  おう。‥‥‥今日は、えらく早いな。
緒方   ああ、そうなんだけど、お前と話して時間つぶそうかと思ってさ。‥‥‥(母に)あ、これからお食事ですか? すいませんね。こいつの部屋で待ってますから。
タケシ  悪い。今から出るんだよ。
緒方   え、そうなの? コンパ?
タケシ  じゃないけど。ちょっとね。
緒方   ああ‥‥‥。そっか。電話すりゃよかったな。
タケシ  すまん。
母    このごろ毎晩なんですよ。
タケシ  うるさいな。関係ないだろ。
母    緒方さん、お食事は?
緒方   ああ、食べてきました。
母    そう。‥‥‥サチコ、今そうじしてるんですよ。サチコ、緒方さんいらっしゃったわよ。‥‥‥いいから上がって下さい。
緒方   いいんですか?
タケシ  いいって、いいって。自業自得だ。それじゃ、俺行くから。
緒方   ああ。
母    あんまり遅くなっちゃだめよ。‥‥‥サチコ!


   サチコの部屋。
   一生懸命片づけているサチコ。

緒方   こんばんわ。
サチコ  キャー!
緒方   きゃあって。
サチコ  どうして今日はこんなに早いんですか? まだ、全然片づいてないのに。
緒方   いや、兄貴と話があってさ。
サチコ  お兄ちゃん、まだいました?
緒方   うん。でも、今出てった。
サチコ  ‥‥何か言ってました?
緒方   え?
サチコ  お兄ちゃん、私のこと。
緒方   いや、別に。
サチコ  ‥‥そうですか。
緒方   何かあったの?
サチコ  いや‥‥なら、いいんです。
緒方   あいつ、この頃、毎晩出るんだって?
サチコ うん、そうみたい。
緒方   どこ行ってんだろ?
サチコ  緒方さんも知らないの?
緒方   そりゃ、そうだよ。いつでも一緒ってわけじゃないからさ。
サチコ  ふーん。‥‥彼女のとこだったりして。
緒方   えっ?
サチコ  彼女‥‥いるんでしょ? お兄ちゃん。
緒方   ああ‥‥みたいだね。
サチコ  えー、やっぱりいるの! ねぇ、どんな人、どんな人なんですか?
緒方   いや‥‥‥よくは知らないんだ。
サチコ  なーんだ。
緒方   気になる?
サチコ  そりゃ。‥‥‥さっきの電話の人かな?
緒方   電話?
サチコ  私が帰った時、女の人に電話してたみたいなの。
緒方   へぇ。
サチコ  なんか、ヒソヒソしゃべってたし。私が帰ったら、すぐ切っちゃったし。なんか怪しい感じ。
緒方   そうか。‥‥‥さ、始めようか。
サチコ  えー、もう?
緒方   試験すぐじゃない。やらなきゃ赤点取るぞ。
サチコ  だって。
緒方   ほら。

   サチコ、教科書、ノートを取り出す。

緒方   試験、どこからだっけ?
サチコ  えーと、レッスン18。
緒方   じゃ、レッスン18開けて。
サチコ  ‥‥‥ねえ。
緒方   ん?
サチコ  緒方さん、マシュマロあげるの?
緒方   え?
サチコ  ホワイトデー。
緒方   ‥‥こら。
サチコ  いいでしょ。緒方さん、早く来すぎたんだから。
緒方   ‥‥しょうがないやつだなぁ。‥‥あげないよ。もらってないもん。
サチコ  え、うっそー。
緒方   ほんと。
サチコ  私、あげたでしょ。
緒方   そりゃ、そういうのはもらったけどさ。
サチコ  そーゆーのって、どういう意味ですか?
緒方   ごめん。訂正。じゃ、サッちゃんにマシュマロあげるよ。
サチコ  何、それ。‥‥いいけど。‥‥ほんとにもらってないんですか?
緒方   ほんとにほんと。
サチコ  へー、そうなんだ。
緒方   学校で、そんな話ばっかりしてるんだろ? 勉強そっちのけで。
サチコ  失礼ね。そんなことない‥‥こともないかな。
緒方   女子高生って、けっこう派手に遊んでるんじゃない? 外車の彼氏とか、おじさまとかいてさ。
サチコ  それは偏見! 週刊誌の読みすぎ。‥‥‥そういう子もいないことはないけど、ほんの少し。ほとんどはフツーの女の子ですよ。
緒方   でも、サッちゃんも、彼氏いるんだろ?
サチコ  彼氏っていうか‥‥‥。
緒方   だったらマシュマロもらうんだ。
サチコ  ‥‥‥そーゆーのはもらうけど。
緒方   何それ?
サチコ  緒方さんのチョコレートと同じ。
緒方   もう。
サチコ  へへ。
緒方   ‥‥さっきの兄貴の話だけどさ。
サチコ  え?
緒方   あいつ、今つきあってる子、高校生なんだ。
サチコ  えっ? ほんと?
緒方   うん。話で聞いただけだけど‥‥‥。
サチコ  どこの高校生?
緒方   それが、‥‥はっきり言わないから、よくはわからないんだけど‥‥。
サチコ  うん。
緒方   兄貴には言うなよ。
サチコ  うん。言わない。
緒方   ‥‥どうも、サッちゃんの学校みたいなんだ。
サチコ  えーっ!
緒方   ひょっとしたら、違ってるかもしれないけどさ。‥‥そういう子知らない?
サチコ  ‥‥‥。ほんとなんですか?
緒方   ああ、‥‥たぶん。
サチコ  ‥‥‥。
緒方   心当たりも‥‥‥?
サチコ  全然。
緒方   そっか。
サチコ  ‥‥‥。
緒方   ‥‥‥。ごめん。つまんない話しちゃったね。
サチコ  別に。
緒方   ‥‥‥。勉強しよっか?
サチコ  うん。
緒方   レッスン18は‥‥‥、分詞構文、やったっけ?
サチコ  ええっと、‥‥‥一応。
緒方   じゃ、この問題解いてみて。

   サチコ、問題を解き始める。


   暗闇。

ミキ(声) いやー! こっちに来ないで!

   明かりがつくと、机の上にミキが立ちつくしている。
   それを離れて見守るサチコ。

ミキ  こっちに来たら、刺すからね。刺して、死んじゃうから。

   ナイフをかまえるミキ。

サチコ  待って! 話を聞いて。
ミキ   イヤ!
サチコ  話し合いましょう。
ミキ   話すことなんか、何もない。
サチコ  死んでどうするの? あなたには未来があるじゃない。
ミキ   未来? 笑わせないでよ。
サチコ  お願いだから落ち着いて。
ミキ   もう、私に未来なんてないのよ。
サチコ  ミキ。
ミキ   だって、そうでしょう‥‥‥。
サチコ  ‥‥‥。卑怯よ。あなた。
ミキ   え?
サチコ  赤ちゃんは? お腹の赤ちゃんはどうなるのよ。
ミキ   ‥‥‥。
サチコ  殺すつもり?
ミキ   だけど。
サチコ  もう、あなた一人の体じゃないのよ。
ミキ   だけど。
サチコ  だから、ね、お願いだから落ち着いて。
ミキ   だけど‥‥‥、だけど産んでどうなるの?
サチコ  え。
ミキ   そうでしょう? 父親も分からない子よ。それに私は高校生。生まれてきて、この子にどんな未来があるって言うの‥‥‥。
サチコ  それは。
ミキ   ほら、答えられないじゃない。
サチコ  違う。そうじゃなくって。
ミキ   何が違うのよ? 何がそうじゃないのよ!
サチコ  お願いだから、話を聞いて。
ミキ   もう、なぐさめなんかいらないわ!
サチコ  なぐさめじゃない。あなたの気持ちは分かるわ。
ミキ   うそよ。分かるわけない!
サチコ  ミキ!
ミキ   きらい。みんなきらい。
サチコ  やめて!
ミキ   大っきらいよ!

   ミキ、胸を刺して、倒れる。

サチコ  ミキーっ!
アユミ  はい、カット。

   そこは教室。

アユミ  くっさー。何なん、これ?
ミキ   えー、そっかなー?
アユミ  大げさちゅうか、古くさいちゅうか‥‥。だいたい今時、女子高生が妊娠しただけで死ぬ? フツー。
ミキ   えー、そっかなー。死なない?
アユミ  死なん、死なん。そんなんでいちいち死んでたら、女子高生、今頃みんな全滅や。
サチコ  ‥‥ちょっと、それはないんじゃない?
アユミ  とにもかくにも、こんなんあかんわ。ボツや。
ミキ   えー、ミキちゃん徹夜して書いたのにぃ‥‥。
     えーん。(泣く)
アユミ  あ、ああ‥‥そやったん?
ミキ   えーん。
サチコ  あーあ、泣かした。
アユミ  「あーあ」とちゃうやろ。なんとかしてぇな。
サチコ  なんとかって‥‥どうしたらいいのよ?
アユミ  そやな‥‥まあ、台本のことは後にして、とりあえず、キャスト変更しよか。
サチコ  変更って?
アユミ  だいたい、あんたの演技がくさいんや。あんた、クビ。
サチコ  そんな、むちゃくちゃな。
アユミ  うるさい。ノリコにチェンジ!
サチコ  残念でしたぁ。ノリちゃんはおとといからお休みですぅ。
アユミ  ああ、そやった‥‥。もう、なんで肝心な時に休むねん!
サチコ  そんなの知らないわよ。‥‥じゃ、あなたがやったら?
アユミ  あかんて! 演出家は舞台の外から客観的に目を光らせてなあかんのや。
サチコ  じゃあ、どうすんのよ?
アユミ  しゃあない。もう、あきらめてレポート発表にしよ。
サチコ  そんなの、今さら無理よ。
アユミ  だいたい、なんでこれが「青年期の心と体について」の研究発表なん?
サチコ  だから、その青年期の心と体をわかりやすくしたんじゃない。パフォーマンスよ、パフォーマンス。テーマにあってたら、何だっていいのよ。

   ミキ、いきなり倒れる。
   そこにサチコが駆け寄る。

サチコ  大丈夫ですか! 大丈夫ですか! あ、意識がない! 誰か来て!

   サチコ、アユミに目配せ。

アユミ  ?
サチコ  誰か来て!

   サチコ手招き。
   アユミ、仕方なく駆け寄る。

サチコ  (小声で)どうしたんですか?
アユミ  え?
サチコ  (小声で)あなたが言うのよ。「どうしたんですか?」
アユミ  ああ‥‥ドーシタンデスカ。
サチコ  実は、今、交通事故がありまして。‥‥「え、事故?」
アユミ  エ、ジコ。
サチコ  心臓マッサージをお願いします。‥‥「ハイ」
アユミ  ハイ‥‥って、マジでやんの?
サチコ  私は人工呼吸をしますから。
アユミ  ‥‥‥。
サチコ  ほら、やって! 死んじゃうじゃない!

   仕方なく心臓マッサージ(のようなこと)をするアユミ。
   気合いを入れて人工呼吸をするサチコ。

ミキ   ううん‥‥。あれ、ここどこですか?
サチコ  あ! 意識が戻った。やったわ! やったのよ!

   アユミの手を強く握りしめるサチコ。

アユミ  あの‥‥これ、何なん?
サチコ・ミキ  心肺蘇生法!
ミキ   二学期はこれで「5」をもらったのよねぇ。
サチコ  私たち、保健だけはまかせてって感じ。‥‥だから、プライドがあるのよ。
アユミ  いったい、どういう学校やねん、ここは。来る学校まちごうたかな。
ミキ   はー、しんどかった。ほんとにキスするかと思っちゃった。
サチコ  ミキちゃん、相変わらず死んだ人の役うまいね。
ミキ   えー、そうかな?
サチコ  ほんとに死んでるみたい。
ミキ   ほんと? ミキうれしい。
アユミ  それにしても、あんたら、あれやな。
サチコ  え?
アユミ  自殺とか、交通事故とか、死ぬのん好きやなぁ。
ミキ   そっかー、そういえばそうだね。
アユミ  知っとう? 「死」にあこがれるとか、「死」をもてあそぶとか、そういうのんが、それこそ青年期の特質ちゅうんやで。まだ、現実ようわかっとらんさかいに、むやみに死ぬんを美化したり、特別視したりするわけや。ようあるパターンや。
ミキ   あ、そーなのか。
サチコ  あなた、じいさんみたいなこと言うわね。
アユミ  たとえば、自殺かて、そんな美しいもんでも、特別なもんでもないで。さて、ここで問題です。一年間で自殺する人は、何人ぐらいいるでしょう?
ミキ   百人。
アユミ  ぶー。
サチコ  千人。
アユミ  ぶ、ぶー。
ミキ   一億人!
アユミ  あほ、なんぼなんでもそんなに死ぬかいな。もう、夢がない人やな。
サチコ  どんな夢なのよ。
アユミ  正解。三万人。交通事故が一万人やから、その倍やね。毎日、毎日、八十人ぐらいバッタバッタと死んでるわけや。
ミキ   へー、すっごーい。
サチコ  それ、ほんと?
アユミ  インデアン、うそつかない。
ミキ   ねえ、アユミちゃんて、ほんとはいくつなの?
アユミ  失敬な。正真正銘、花も恥じらうセブンチーンや。
サチコ  ‥‥‥でもさ、それって馬鹿らしいよねぇ。
ミキ   え?
サチコ  だってさ、たとえば、毎日信号機守って生活してるわけでしょ。それなのに、死ぬ時は死ぬんだって思ってさ。
ミキ   何、それ?
サチコ  めんどくさいなぁって。
アユミ  おねえちゃん、あかん。
サチコ  え?
アユミ  そないして、死ぬのにあこがれてしまうねん。おっちゃんが悪かった。死んだらあかん。みんな忘れ。
サチコ  何よ。別に私死なないわよ。‥‥‥あ、そうだ。全然関係ないんだけどさ、うちの学校で大学生とつきあってる人って知ってる?
ミキ   うちの学年で?
サチコ  学校で。
アユミ  けっこういるんちゃう?
サチコ  そっか。
ミキ   えー、サッちゃん、大学生とつきあってんの?
サチコ  そうじゃないわよ。
ミキ   ミキは、前、大学教授とつきあってたよ。
サチコ  だから、そういう話じゃないって。
アユミ  悩みがあるんやったら、何でもおっちゃんに言うてや。悪いようにはせんさかい。
サチコ  だから‥‥‥もう!


   夜。タケシの部屋。
   タケシは机で何か描いている。
   そこへ、サチコがやってくる。

サチコ  今、いい?
タケシ  ああ。
サチコ  夜になると、けっこう冷えるね。もうすぐ四月なのに。
タケシ  ああ、そうだな。
サチコ  でも、公園のところの桜、つぼみになってたよ。少し咲きかけのもあったし。
タケシ  そうか。
サチコ  やっぱり春だねえ。
タケシ  うん。
サチコ  勉強してたの?
タケシ  いや、別に。
サチコ  何書いてるの? あれ、マンガ?
タケシ  何でもないよ。(隠そうとする)
サチコ  (取り上げて)何、これ? 雪ダルマ?
タケシ  ‥‥ダルマ。
サチコ  うそぉ、これが?
タケシ  これから色つけんの。
サチコ  あれ、これハガキなんだ。こんなの誰に出すの?
タケシ  うるさいな。誰でもいいだろ。春中見舞いだ。
サチコ  何、それ?
タケシ  暑中見舞いの代わり。
サチコ  変なの。‥‥それに、このダルマぶっ倒れてるよ。
タケシ  そこがミソなの。七転び八起きで、がんばれよってね。
サチコ  へえ‥‥まだ浪人してる人いるの?
タケシ  ああ。‥‥もういいだろ。返せよ。(ハガキを取り返す)
サチコ  ‥‥二浪? え、もう三浪か? 大変だねぇ。
タケシ  ‥‥何か用か?
サチコ  ‥‥‥。
タケシ  何だよ?
サチコ  用事っていうか‥‥。
タケシ  何だよ。言えよ。
サチコ  ‥‥うん。‥‥‥ちょっと聞いていい?
タケシ  何だ?
サチコ  お兄ちゃん、つきあってる人いる?
タケシ  何だよ。突然。
サチコ  いる?
タケシ  ‥‥‥。
サチコ  いるんだ。
タケシ  ‥‥‥いたら、何なんだよ?
サチコ  別に。‥‥‥私の知ってる人?
タケシ  誰でもいいだろ。
サチコ  そうだけど‥‥。
タケシ  そうだけど、何だよ。
サチコ  別に‥‥。
タケシ  用事、それだけか?
サチコ  んー。
タケシ  何だよ。はっきり言えよ。
サチコ  あのさ、お兄ちゃん知ってる? 交通事故より自殺の方が多いんだって。年間死亡者。
タケシ  え?
サチコ  交通事故で死ぬ人は一万人なんだけど、自殺は二万人なんだって。驚いちゃうよね。
タケシ  ふーん、そうか。それで?
サチコ  私、それ聞いてさ、なんかなーって思っちゃってさ。
タケシ  なんかなーって?
サチコ  めんどくさいなーって、思っちゃって。
タケシ  何が?
サチコ  だって、そうじゃない。そういう話聞くと、何か、がんばって生きるのってめんどくさくなっちゃうじゃない。毎日何してんだろうとか思うし。
タケシ  もしかして、お前、自殺するの?
サチコ  しないけど‥‥、そう思わない?
タケシ  ふーん、そう。
サチコ  そうって‥‥‥冷たいの。

母(声) サチコー。

サチコ  信号が青に変わるまでじっと待ってるのに。
タケシ  うん?

母(声) サチコー。電話よ。

タケシ  おい、電話だって。
サチコ  うん。
タケシ  行けよ。
サチコ  うん。‥‥‥お兄ちゃん。
タケシ  何?
サチコ  くつ下。
タケシ  くつ下?
サチコ  穴あいてるよ。
タケシ  あ、ほんとだ。

   サチコ出て行く。
   ダイニング。母が受話器を持っている。

サチコ  ごめん。誰?
母    渡辺さん。
サチコ  渡辺君?
     もしもし‥‥‥いや、別に、いいよ。‥‥‥うん。‥‥‥うん。‥‥‥うん、読んだ。‥‥‥うん。‥‥‥大丈夫だって。気にしてないから。‥‥‥‥‥‥だから、前言ったじゃない。あのまんまだよ。‥‥‥うん、そう。‥‥‥うん。‥‥‥‥‥‥だから? ‥‥‥いいけど。‥‥‥いつ? 来週の日曜? ‥‥‥そうね。それでいいよ。‥‥‥うん、じゃあ、どうしよう? ‥‥‥2時? うん、わかった。‥‥‥じゃあね。
母    日曜日、出かけるの?
サチコ  うん、お昼から。
母    あんまり遅くなっちゃだめよ。
サチコ  ならないと思うけど。どうして?
母    お兄ちゃん、誕生日でしょ。
サチコ  ああ、そっか。‥‥‥いくつになるんだっけ?
母    二十一。
サチコ  ふーん。
母    デパートに買い物に行くんだけど、それじゃ、あなた来れないわね。
サチコ  え?
母    新しい服ほしいって言ってたでしょ。ロングスカートとか。
サチコ  うん。
母    また今度にしようか?
サチコ  ‥‥別に、日曜行かなくてもいいんだけど。
母    え? 約束したんでしょ。
サチコ  そうだけど‥‥‥。
母    何よ。‥‥じゃあ、行く?
サチコ  ‥‥ううん、やっぱりいい。
母    変な子ね。
サチコ  どこにも行きたくない。
母    え?

   タケシ、二階から下りてくる。

タケシ  ちょっと出てくる。
母    こんな時間にどこ行くの?
タケシ  散歩。
母    散歩? もう遅いから明日にすれば?
タケシ  いいだろ、別に。
母    夜中にうろついてたら、あやしまれるわよ。
タケシ  うるさいな。花見だよ、夜桜。
母    花見って、まだ咲いてないでしょ。
タケシ  じゃあ、つぼみ見。
母    何よ、それ。
タケシ  公園、つぼみになってんだろ?
サチコ  ‥‥うん。
母    今晩、風強いから、冷えるわよ。
タケシ  いい。‥‥花に嵐のたとえもあるさ。
母    何言ってんの。何かはおって行きなさい。
タケシ  いい。すぐ帰ってくるから。

   タケシ、出て行く。

母    もう、勝手なんだから。さ、洗い物しなくちゃね。
サチコ  くつ下。
母    どうしたの?
サチコ  なんでもない。


   朝の公園。桜が咲いている。
   制服姿のサチコとノリコ。

サチコ  ‥‥もうすぐ満開だね。
ノリコ  うん。
サチコ  きれいね。
ノリコ  きれい。

   二人、桜を見上げている。

ノリコ  知ってたの?
サチコ  え?
ノリコ  私たちのこと。
サチコ  ううん‥‥。うちの生徒らしいのは知ってたけど、ノリコだってことは。
ノリコ  そう。
サチコ  言わなかったから。
ノリコ  え?
サチコ  あんまりさ、話さないんだよね。そういうこと。
ノリコ  ‥‥‥。
サチコ  学校で何してるかとか、つきあってる人がいるかとか、そういうのあんまり話さないのよ、お互いに。男と女の兄弟ってさ。
ノリコ  そう。
サチコ  だから、毎日おんなじ家に住んでるんだけど、全然他人みたいだったりして。いったいどんな人なのかもよくわかんなかったりして。
ノリコ  そんなものかな。
サチコ  きっと、ノリコの方がよく知ってるよ。お兄ちゃんのこと。
ノリコ  そんなことないでしょ。
サチコ  そうだよ、きっと。だって、何にもわからなかったもん。何考えてるのか、何悩んでるのか。なんかあるんだろうなぐらいしか。
ノリコ  ‥‥‥。
サチコ  ‥‥‥。
ノリコ  ほんとは、話さないでいようって思ってたんだけど。
サチコ  え?
ノリコ  私たちのこと。
サチコ  ‥‥‥。
ノリコ  だって、話さなかったら、そのまま誰にもわからないままじゃない? そしたら、初めからなかったみたいに、きれいに消えちゃうんじゃないかって思ったの。その方がいいんじゃないかって。
サチコ  ‥‥‥。
ノリコ  だから、ほんとは来ない方がよかったのかもしれない。
サチコ  そうかな。
ノリコ  でも、来ちゃった。
サチコ  ‥‥‥。
ノリコ  でも、それって結局、私の都合なんだよね。話すのも、話さないのも。こんなこと今さら話しても、かえってサチコを困らせるだけかもしれないのにね。
サチコ  そんなことないよ。
ノリコ  ごめん。
サチコ  何で? ‥‥話してもらってよかったって思ってるよ。
ノリコ  ‥‥‥。
サチコ  そりゃ、私もつらいけど、ノリコの方が、何倍もつらいはずよ。
ノリコ  違う。卑怯なのよ。
サチコ  え?
ノリコ  私は、ほんとに卑怯なの。強がっててもさ、これから全部自分一人でかかえていかなきゃならないんだろうなって思うと、それが重たくて、苦しくって。たぶん、そっちの方が大切なのよね。ほんとは、あの人のことなんて、全然悲しんでないのかもしれない。ただ、この重みを早く誰かにあずけて、楽になりたいって、そう思ってるだけなのよ。‥‥最低ね。
サチコ  そんなに自分を責めないで。私があなたなら、たぶん同じだと思う。同じように思ったと思う。
ノリコ  ‥‥‥。
サチコ  それに、ノリコが話してくれなかったら、私たち、永久にわかんないままじゃない? 兄弟なのにさ。‥それって悲しすぎるよ。‥‥だから、感謝してる。うそじゃないよ。
ノリコ  ‥‥ありがとう。
サチコ  ‥‥‥。

   桜の花びらが舞う。見つめる二人。

サチコ  どうしてきれいなんだろ。
ノリコ  ‥‥‥。
サチコ  こんなに咲いても結局散っちゃうんだよね。
ノリコ  ‥‥‥。
サチコ  桜は散るから美しいって、うそよ。散るのがきれいだなんて、なんか違うよ。おかしいよ。
ノリコ  そうよね。
サチコ  でも、きれい。‥‥くやしいけど。
ノリコ  ‥‥‥。
サチコ  花に嵐のたとえもあるさ‥‥。
ノリコ さよならだけが人生だ。
サチコ  え?
ノリコ  あの人、好きなんだよね。これ。
サチコ  ‥‥‥。
ノリコ  何かの小説の文句らしいけど‥‥‥よく言ってた。
サチコ  ふーん、そうなのか‥‥‥。
ノリコ  うん。
サチコ  花に嵐のたとえもあるさ。さよならだけが人生だ。‥‥でも、ちょっとキザだね。
ノリコ  そうね。
サチコ  似合わないよ、全然。
ノリコ  うん、似合ってない。
サチコ  ノリコの前だからって、無理してカッコつけてたんじゃない? 案外これしか知らなかったりして。
ノリコ  かもね。
サチコ  ‥‥気が合うね。
ノリコ  ほんとだ。
サチコ  ‥‥‥。
ノリコ  ‥‥あのさ。
サチコ  え?
ノリコ  私、学年末テストの後、ずっと休んでたでしょ?
サチコ  うん。
ノリコ  終業式の日にね、病院に行ったの。
サチコ  え、病院?
ノリコ  そう。
サチコ  病院って‥‥。
ノリコ  そう。
サチコ  そうなの‥‥。
ノリコ  うん。
サチコ  ‥‥‥。もう、いいの?
ノリコ  大丈夫。
サチコ  ‥‥‥。
ノリコ  ごめん。こんなこと言ったら、それこそよけいに困らせるのはわかってる。でも、サチコだけには知っておいてほしいって、急にそう思ったの。‥‥ほんとにごめん。
サチコ  いいよ。
ノリコ  やっぱり、私、変なんだ。
サチコ  ‥‥‥。
ノリコ  ほんとに悲しくないのかもしれない。
サチコ  お兄ちゃん? 子供?
ノリコ  うん、どっちも。‥‥‥ごめん。
サチコ  いいよ。別に。
ノリコ  悲しいっていうより、ちょっとさみしいって感じかな。よくわかんないけど。
サチコ  ‥‥さみしい‥‥か。
ノリコ  春って‥‥さみしい。

   緒方がやって来る。喪服を着ている。

緒方   あ、サチコちゃん、ここにいたの? もう親戚の人集まってるから、戻らないと。お母さん心配してるよ。
サチコ  ああ、すぐ行きます。
ノリコ  それじゃ。
サチコ  え?
ノリコ  私、帰る。
サチコ  ‥‥そう。
ノリコ  じゃ。
サチコ  それじゃ。‥‥‥ノリコ。
ノリコ  え?
サチコ  学校、おいでよ。
ノリコ  ‥‥‥。うん。

   ノリコ、去る。

緒方   今の?
サチコ  友達。
緒方   ‥‥もしかして。
サチコ  そう。
緒方   ‥‥そうか。
サチコ  緒方さん。
緒方   何?
サチコ  お兄ちゃんの事故、事故じゃないよ。
緒方   え?
サチコ  たぶん。
緒方   ‥‥‥。あの子が言ってたの?
サチコ  ううん、そうじゃなくて‥‥あの子も、はっきりとわかってるわけでもないみたい。‥‥でも、そんな気がするの。きっと、そう。
緒方   ‥‥‥。
サチコ  緒方さん、わかってたんでしょ?
緒方   ‥‥なんとなくはね。
サチコ  そうなんだ。
緒方   ノリコ‥‥か。
サチコ  え?
緒方   実は、‥‥あいつからハガキが来たんだ。
サチコ  ハガキ? いつ?
緒方   届いたのが、おととい。
サチコ  ‥‥‥。
緒方   見る?
サチコ  ‥‥うん。
緒方   (ハガキを取り出して)これなんだけど‥‥。
サチコ  (ハガキを見て)あ。
緒方   え?
サチコ  ‥‥いや、別に。
緒方   ダルマサンガコロンダ‥‥か。
サチコ  ‥‥‥。
緒方   あいつらしいって言えば、あいつらしいけど‥‥。もうちょっと書けよな。わけわかんないじゃない。
サチコ  ‥‥‥。
緒方   ‥‥‥。
サチコ  イショ?
緒方   かな。
サチコ  ‥‥そう。
緒方   ‥‥‥。
サチコ  ダ・ル・マ・サ・ン・ガ・コ・ロ・ン・ダ。‥‥あんまりカッコつけんなよな。
緒方   え?
サチコ  似合ってないよ。全然。
緒方   ‥‥そうかな。
サチコ  そう。
緒方   ‥‥‥。それ、サチコちゃんにあげるよ。
サチコ  え? いいの?
緒方   ああ。‥‥でも、お母さんに言っちゃだめだよ。
サチコ  これ?
緒方   ハガキだけじゃなくてさ。
サチコ  ‥‥うん。‥‥でも、わかってるんじゃないかな。
緒方   ‥‥かも、しれないけどね。
サチコ  ‥‥めんどくさくなったのかな。
緒方   え?
サチコ  お兄ちゃん。
緒方   何が?
サチコ  大人になるのが。
緒方   それ、どういう意味?
サチコ  ‥‥よくわかんない。
緒方   ‥‥‥。さ、戻ろう。お母さん待ってるよ。
サチコ  もうすぐ満開だね。
緒方   ‥‥ああ、そうだね。
サチコ  きれい。
緒方   ‥‥ほんとだ。

   二人、桜を見つめる。
   サチコ、花びらを拾う。

サチコ  変なの。
緒方   何?
サチコ  桜の花びらって、さくら色じゃないのよね。
緒方   え?
サチコ  ほら。(と、見せる)
     ほとんど、真っ白け。
緒方   そうだね。
サチコ  咲いてると、あんなにさくら色なのに。(見上げる)
緒方   バックのせいかな。
サチコ  え?
緒方   背景の空が、青いからさ、それで、相対的にピンクが強調されてるんじゃない?
サチコ  そっか。そういえば、曇りの日は、あんまりさくら色って感じでもないよね。
緒方   そうそう。
サチコ  でも、空は空色。
緒方   え?
サチコ  空は、ほんとに空色だよね。
緒方   ああ、うん。
サチコ  あーあ。
緒方   ‥‥‥。
サチコ  空が空色だ!

   見上げる二人。


   台所。いつものような朝。
   母がエプロンをつけて野菜を切っている。
   サチコがあわててやってくる。

サチコ  おはよう。
母    おはよう。‥‥遅いわね。大丈夫?
サチコ  大丈夫って、起こしてくれればいいじゃない。
母    起こしに行ったら、いつでも自分で起きるって怒るじゃない。
サチコ  それでもこんなに遅かったら、おかしいとか思わないの?
母    ほら、ほら、とにかく朝ごはん食べないと。
サチコ  もう食べてる時間ないよ。
母    じゃあ、ミルクだけでも飲みなさい。
サチコ  いらないって。
母    おなかすくわよ。今、あっためてあげるから。
サチコ  うん。

    母、ミルクを電子レンジに入れる。

サチコ  お父さんは? 寝てるの?
母    ああ、今日から会社出るんだって。八時の新幹線。
サチコ  え? 今日までいるって言ってなかった?
母    何か、急ぎの仕事が入ったらしいのよ。もう初七日も済んだし、迷惑かけるからって。
サチコ  迷惑って‥‥。
母    あんたも、あんまり無理しなくていいのよ。
サチコ  うん。‥‥お母さんも。
母    ‥‥そうね。ありがとう。

   母、ミルクを持ってくる。

母    はい。
サチコ  サンキュ。
母    ‥‥磯田さんって、クラスにいたでしょ?
サチコ  磯田‥‥ああ、ノリコ?
母    また、いっしょなの?
サチコ  ううん、違うクラスになった。
母    元気にしてる?
サチコ  ‥‥うん、まあね。
母    そう。
サチコ  どうして、そんなこと聞くの?
母    どうしてって‥‥‥。
サチコ  お母さんも知ってるんだ。
母    え?
サチコ  私も、知ってるよ。
母    ‥‥‥。そう。
サチコ  いい子だよ。
母    そう。
サチコ  あの子のせいじゃないよ。
母    え?
サチコ  お兄ちゃん死んだの。
母    ‥‥‥。
サチコ  きっとそう。なんとなく、そんな気がするんだ。
母    ‥‥さ、もう行かないと。お母さん、洗濯物干してくるわ。‥‥あ、そうだ、これあったわよ。(と、髪どめを取り出して、サチコに渡す)
サチコ  あ。‥‥どこに?
母    お葬式の時、タンスとか動かしたでしょ。その時出て来たんだって。
サチコ  へー。そうなの。
母    ほら、ほら、もう行かないと。
サチコ  あ、はい。

   母、二階へ上がる。
   サチコ、立ち上がりかけて、髪どめを見つめる。

サチコ  こいつ。どこ行ってたのよ。

   手鏡を取り出し、髪どめをつけて眺める。

サチコ  ガキくさい?

   思い直して、髪をほどく。

サチコ  花に嵐のたとえもあるさ。さよならだけが人生だ‥‥ってか。
     行ってきます。      

   サチコ去る。
   テーブルに残されている髪どめ。
   桜が静かに散る。
   青い空。

                            おしまい。

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