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ぴーちくぱっちわーく

【これは、劇団「かんから館」が、2010年2月に上演した演劇の台本です】


    〈登場人物〉

     女1 女2 女3 女4 女5



【1】 バレンタイン心中


      どこかの公園か喫茶店。

ひかり   恐いよねぇ。
のぞみ   ほんとにねぇ。
こだま   いつか起こるって思ってたけど‥‥。
ひかり   え? そんなの思ってたの?
こだま   うん。
ひかり   どうして?
こだま   ほら、最近いろんな事件が起こってるじゃん。信じらんないような事件。
ひかり   うん。
こだま   それで、誰でもよかったとか言ってるじゃん‥‥。
ひかり   うん。
こだま   だから。
ひかり   そっか。
のぞみ   そっかなあ。誰でもよかったのかなあ?
ひかり   え? それ、どういうこと?
のぞみ   誰かを狙ってたんじゃない?
こだま   それはないわよ。注射器で入れたんだから。
のぞみ   まだ、そうとは決まってないらしいわよ。‥‥案外、お菓子屋の店員がやったような気がするのよね、私。
ひかり   え? 毒を入れて作ったの?
のぞみ   うん。
ひかり   何のために?
のぞみ   だから、誰かを殺すためによ。
ひかり   誰を?
のぞみ   だから‥‥気に入らない客とかよ。
こだま   あら、それはおかしいわよ。
のぞみ   どうしてよ。
こだま   バレンタインチョコレートって、女の子が男の子にプレゼントするもんでしょ?
ひかり   うん。
こだま   だから、チョコレートを買うのは、女の客でしょ?
ひかり   うん。
こだま   だったら、その客は、そのチョコを食べないじゃん。誰かにあげるんだからさ。
ひかり   あ、そっか。
のぞみ   そうとも限らないよ。マイチョコだってあるじゃん。
ひかり   え? マイチョコって何?
のぞみ   え? 知らないの? 自分へのご褒美として買うチョコよ。
ひかり   何、それ? そんなの意味あるの?
のぞみ   最近多いんだよ。ふだん食べられないような思いっきり高級なチョコレートを、一年に一度、自分にプレゼントするの。
ひかり   ふーん。変なの。
のぞみ   全然変なことないよ。私、毎年、一番高いチョコレートは、マイチョコだもん。
ひかり   へぇ。
こだま   それはね、ホントの恋をしたことのない人のやることよ。
のぞみ   何よ、それ?
こだま   ホントの恋をしていたら、一番大切なチョコは、当然その人にあげるものよ。マイチョコなんて、ホントの恋を知らない、恋に恋をしているお子様達がゲーム感覚でやるもんよ。
のぞみ   ‥‥あなた、ケンカ売ってるの?
こだま   違うわよ。一般論を言ってるだけよ。まあ、事実は事実だけどね。
のぞみ   ちょっと、あんたね‥‥。
こだま   あれ? ひょっとして図星なわけ? 恋に恋をしてるお子様ゲームってのが?
のぞみ   あのねぇ‥‥。
ひかり   まあまあ、二人ともケンカしないでよ。

      しばしの沈黙。

ひかり   ‥‥あのさ‥‥テレビで言ってたけど、被害者の人は、女の子にもらったんじゃないらしいよ。友達にもらったんだって。
こだま   何、それ? 最近は、そういう習慣があるの?
のぞみ   それって、何? ホモチョコ?
ひかり   よくわかんないけど‥‥。
こだま   ああ、あれだよ、お下がりチョコ。‥‥ほら、一人でいっぱいもらうやつっているじゃん。だから、そういうやつがさ、一つももらえないやつに恵んでやるの。
のぞみ   えー、いくら何でも、そんなのもらう? その男、プライドってないわけ?
ひかり   それで毒が入ってたら、ほんとに泣きっ面にハチよね。
のぞみ   だよねぇ。
こだま   そうそう、うちのクラスにもいたよ。インフルエンザか何かで休んでてさ、昼休み前にフラっと現れて、袋一杯チョコレートを集めて帰ってった。
ひかり   え、マジ?
こだま   うん、マジな話。
のぞみ   最低なやつだねぇ。‥‥そんな男にチョコやるやつも、やるやつだよ。いくらイケメンでもさあ。
ひかり   ほんとほんと。
のぞみ   それで、そいつから、お下がりを恵んでもらうわけ?
ひかり   ありえない。
こだま   ねぇ、ねぇ、ひょっとして、そのイケメンを恨んでる女が毒入りチョコを渡したって可能性はない?
のぞみ   「お前、調子に乗ってんじゃねぇよ!」って?
こだま   そうそう。
ひかり   叶わぬ恋の屈折した愛の表現か‥‥。
のぞみ   おっ、あんた難しいこと言うね。
ひかり   でしょ。へへへ。
こだま   でも、それが結局お下がりになっちゃって‥‥。
三人   哀れよねー。
のぞみ   ‥‥でもさ、こうも考えられない? そのイケメンが、実はその友達ってのを憎んでて、お下がりのふりして毒入りチョコレートを‥‥。
こだま   考えすぎよー。
のぞみ   ‥‥かなあ。完全犯罪になると思うんだけどなあ。
ひかり   ミステリーの読み過ぎよ。
のぞみ   ‥‥かなあ。
こだま   ‥‥でもさ、まあ、毒入りは犯罪だけどさ、ヤな男に、ピンポイント攻撃には使えるわね。
ひかり   ヤな男って?
こだま   ほら‥‥例えば、うっとうしい同僚とか、上司とか。‥‥例えば下剤入りのチョコとかさあ。「あ、あの、どうぞ、手作りですけど‥‥」って。
のぞみ   それはありかもね。バレンタインチョコなら、ちょっと文句は言えないもんね。
こだま   「父さん、会社の若い子に手作りチョコもらっちゃったんだ」って、家族に自慢したりして。
のぞみ   それで、夜中にピーゴロゴロ。

      三人、笑う。

ひかり   でも、それだったら、下剤よりも正露丸よ。下痢より便秘の方がつらいわよ。色も似てるし、お味もビターだし。
のぞみ   おっ、お主、案外言うねぇ。
ひかり   でしょ。へへへ。
のぞみ   激辛チョコとかどうかな? ハバネロチョコとか? 反応がおもしろいじゃん?
こだま   それって、リスクが大きすぎない?
のぞみ   「今、こーゆーのが流行ってるんですよー」って、ブリっ子して言っちゃえば平気よ。
こだま   ‥‥かなあ?
のぞみ   そこは「私の情熱の味でーす」って、開き直っちゃうの!
ひかり   あっ、それいいかも。

      三人、笑う。

こだま   だったらさ、案外、例の毒入りチョコもさ、しゃれだったんじゃないの? 「私、あなたと一緒に地獄の底までついて行きまーす!」って。
のぞみ   いくらなんでも、それきついよ。
ひかり   それじゃ、まるでバレンタイン心中ね。
こだま   あ、それ、ミステリードラマのタイトルにいいんじゃない? ミステリーファンののぞみさんどう?
のぞみ   うーん‥‥まあ、ありかな。
こだま   合格ですってよ。ひかりさん。
ひかり   それは、それは、光栄の至りでごじゃります。

      三人、笑う。

こだま   だったらさあ、こういうのはどうかな? 時間差攻撃。
ひかり   え? 時間差攻撃?
のぞみ   それ、どういうの?
こだま   あのね、劣化ウランってあるじゃない。あれの粉末をさ、チョコレートに練り込んでさ、それを毎年毎年プレゼントするわけ。
ひかり   すると、どうなんの?
こだま   五年とか、十年とかしたら、じわりじわりと効果が出てきて、白血病とか、ガンとかになっちゃうのよ。
ひかり   それは、すごい。
のぞみ   でも、そんな持久戦をやって、何になるのよ?
こだま   そんなの、いいじゃない。面白ければ。
のぞみ   ま、そだね。

      三人、笑う。

      暗転。


【2】二〇一二年のクリスマス


      精神科医院の診察室。
      女医と患者が対話している。

患者   先生、私、死にたいんです。
医者   ‥‥ほう。
患者   本当に死にたいんです。
医者   ‥‥ほう。
患者   ほんとのほんとに死にたいんです。
医者   ‥‥ほう。
患者   先生は、死にたい死にたいなんて言ってるやつに限って死ぬやつはいないなんて思ってるんでしょう?
医者   いや‥‥。死にたいと言う人はよく死にますよ。
患者   だったら‥‥。
医者   ‥‥だったら?
患者   どうして死にたいのかとか、死んじゃダメだとか言ってくれないんですか?
医者   いや‥‥結局、死ぬ人は死にますからねぇ。医者が止められるものじゃありません。
患者   じゃ、先生は、私に死ねとおっしゃってるんですか?
医者   そうは言いません。
患者   だったら‥‥。
医者   ‥‥だったら?
患者   死にたい理由ぐらい聞いてくれたっていいじゃないですか!
医者   ああ‥‥。どうして死にたいんですか?
患者   今日が何の日かわかってますか?
医者   何の日? ‥‥さあ? ‥‥何の日なんですか?
患者   今日は十二月二十四日です。
医者   そうですね、十二月二十四日です。(と、カルテに書き込む)
患者   まだわかりませんか? 十二月二十四日ですよ。
医者   そうです。十二月二十四日です。(と、カルテに書き込む)
患者   クリスマス・イブです。
医者   そうですね、クリスマス・イブです。‥‥クリスマス・イブ、と。(カルテに書き込む)
患者   二〇一二年のクリスマス・イブです。
医者   そうです。二〇一二年のクリスマス・イブです。(カルテに書き込む)
患者   この日の意味を、先生はおわかりですか?
医者   え? ‥‥だから、クリスマス・イブでしょう? キリストさんのお誕生日‥‥。いや、イブだから、その前の日か。
患者   違います!
医者   え? ‥‥クリスマス・イブじゃないんですか? ‥‥あなた、もしかして、創価学会とか天理教の信者の方ですか?
患者   そういうことを言ってるんじゃありません! 
医者   ‥‥そうですか。‥‥まあ、職業柄、プライバシーに触れることもありますが、お気に障ったら遠慮なくおっしゃって下さい。‥‥まあ、とにかく興奮しないで。気を楽にしてくださいね。
患者   ‥‥はあ。
医者   それで何でしたっけ? ‥‥そうそう、クリスマス・イブじゃないんでしたね。
患者   いや、クリスマス・イブです。
医者   ああ‥‥そうですか。
患者   でも、ただのクリスマス・イブじゃないんです。
医者   ‥‥ほう。
患者   二〇一二年のクリスマス・イブなんです。
医者   ああ‥‥それは、さっきもうかがいましたが‥‥。
患者   このクリスマス・イブは、あってはならないんです。
医者   ‥‥ほう。
患者   どうして「ほう」なんですか? そこは「どうして?」でしょ?
医者   ああ‥‥これは失礼。‥‥それで、どうしてなんですか?
患者   二〇一二年だからです。
医者   ああ‥‥。それも、さっきうかがったような気がするんですが‥‥。
患者   だから、二〇一二年の十二月二十四日はないんです。
医者   ‥‥ほう。
患者   また「ほう」ですか?
医者   いや、これは口癖なもので、気にしないで下さい。‥‥それで?
患者   世界は、二〇一二年の十二月二十二日に終わってるはずなんです。
医者   ‥‥ほう。十二月二十二日に終わってる、と。(カルテに書き込む)
患者   先生は、マヤの予言をご存じないんですか?
医者   マヤ‥‥って、マヤ文明のマヤですか?
患者   そうです。マヤ文明のマヤです。
医者   それが、何か予言をしているんですか?
患者   先生は、テレビを見てないんですか?
医者   いやあ、なかなか忙しくて、見てるヒマがないんですよ。時々ニュースを見るくらいで。
患者   今月に入ってから、テレビはマヤの予言の特集ばっかりですよ。
医者   さあ‥‥。NHKのニュースではやってませんでしたから。
患者   まあ、NHKではねぇ‥‥。
医者   それで、それはどんな予言なんですか?
患者   マヤ文明には、マヤ暦というすごいこよみがあるんです。そこでは、過去の大事件や戦争なんかを全て予言しているんです。
医者   ‥‥ほう。
患者   そのこよみが、二〇一二年の十二月二十二日で終わっているんです。
医者   ‥‥ほう。
患者   だから、その日に世界が終わるんです。
医者   ‥‥ほう。

      しばしの沈黙。

医者   でも、今日は、十二月の二十四日ですよね。
患者   そうです。
医者   世界は終わってませんよね。
患者   そうなんです。だから困るんです。
医者   ‥‥ほう。困る、と。(カルテに書き込む)
患者   だから、死にたいんです。
医者   ‥‥ほう。‥‥やっと、そこに戻って来ましたね。
患者   私、ずっとずっと死にたかったんです。でも、がんばって生きてきました。それで、今年の十二月二十二日に世界が終わるんだから、その日まで生きていようと思ってたんです。世界と一緒に滅びようと思ってたんです。それなのに‥‥。
医者   ‥‥ほう。
患者   十一月になったら、いつものようにクリスマスセールが始まるし、街にはクリスマスツリーとかイルミネーションとか‥‥。それを見てて思ってたんです。今年のクリスマスなんか来ないんだよ。ツリーもイルミネーションもクリスマスソングもクリスマスディナーも楽しそうなカップルも、みんなみんな滅びちゃうんだぞって。それを思うと楽しかったんです。みんながアワを食って、無茶苦茶になって、パニックになるのが見たかったんです。幸せそうなやつらみんなに、ざまあみろって叫びたかったんです。‥‥その思いだけで、生きてきたんです。(患者、泣く)
医者   ‥‥ほう。

      しばしの沈黙。

患者   ‥‥それなのに、それなのに、まるで何もなかったように、カップルたちが楽しそうに街を歩いてるんです。クリスマスソングが街中に流れているんです。‥‥私、どうしたらいいんでしょう?
医者   ‥‥ほう。

      看護婦が入ってくる。

看護婦   先生、お電話です。

      医者、電話を受け取る。

医者   ちょっと失礼しますね。
ああ‥‥もしもし、代わりました。‥‥あら、ヒロシ、仕事中に電話しないでって言ってるでしょ? ‥‥クリスマス・イブ? そんなのわかってるわよ。でもね、ここの患者とかそーゆーの関係ないから。ほら、彼氏とか彼女とかいないさえない連中だからさあ、そんなのおかまいなしなわけよ。‥‥え、家族? そんなのとっくに見放してるでしょ? だから、口を開けば寂しいだの、つらいのだの、死にたいだの、そーゆーのばっかなわけ。ほんと、そんなのばっか相手にしてるとこっちがユーウツになっちゃうわ。死にたかったら、さっさと死ねばいいのにねぇ‥‥。アハハハハ、ほんとほんと。‥‥うん‥‥うん‥‥。ごめんごめん、早じまいして出るつもりだったのに、なんかややこしいのが来ちゃってさあ‥‥。うん、適当に切り上げて、すぐ行くから。‥‥うん‥‥うん‥‥。ええっと、何ていうお店だったっけ? ああそうそう「箱船」ね。‥‥じゃあ、悪いけど、ちょっと待っててくれる? 終わったら、電話するから。‥‥うん‥‥うん‥‥。じゃあね。

      医者、電話を切る。

医者   どうもお待たせしました。
患者   ‥‥彼氏からですか?
医者   ま、そういうことはいいから‥‥。お話続けましょう。
患者   ‥‥「箱船」って、「ノアの箱船」の「箱船」ですか?
医者   あら、聞いてたの? 電話の盗み聞きはよくないですよ。‥‥さあ、何の話でしたっけ? ‥‥そうそう、世界が終わるんでしたね。
患者   ‥‥‥。
医者   ‥‥どうしたんですか? 世界が終わるんでしょ?
患者   ‥‥そうです。世界が終わるんです。(ニヤリと笑う)

      患者、ナイフを取り出す。

医者   あ‥‥あなた!
患者   メリークリスマス!

      患者、ナイフを振りかざす。
      暗転。

医者の声   キャー!


【3】卒業旅行


      和風旅館の一室。
      五人の女が荷物を持ってぞろぞろと入ってくる。

博子   ああ、あったかい。生き返るわー。
由佳里  ほんと、ほんと、もう、足の感覚なくなってるもん。

      由佳里、座り込んで、足をさすっている。

小百合  もう春なのに、なんでこんなに寒いの?
真弓   二月は、まだ春じゃないよ。
小百合  もう、三月じゃん。
由美   山の中だから、まだ冬なんですよ。
由佳里  なんでバス停からこんなに歩かなきゃならないわけ?
真弓   田舎だから、仕方ないわよ。
由佳里  送迎バスも来ないし。
真弓   故障してるんだから、仕方ないじゃん。
博子   それにしても、ここ、狭いわねぇ。ここで五人で寝るわけ?
真弓   ま、布団敷き詰めたら、何とかなるんじゃない?
小百合  まるで修学旅行ね。
真弓   ま、学生時代最後だから、そういうのもいいんじゃない?
由美   枕投げとかするんですか?
小百合  もう、子供はこれだからいやねぇ。
由美   子供じゃないよ。たとえばの話。たとえば。
真弓   たまにはそういうのもいいんじゃない?
由美   でしょう?
由佳里  とにかく、温泉入ろうよ。温泉。
博子   ここ、スキーとかできないの?
小百合  タクシーで1時間ほど行ったら、ちっちゃなスキー場があるらしいよ。
博子   それじゃ、明日行こうよ。
真弓   えー、せっかくここまで来たんだから、のんびりしようよ。スキーツアーじゃないんだからさ。
博子   だって。
小百合  タクシー代も相当かかるし、田舎のスキー場じゃ、レンタルもあるかどうかわかんないよ。
博子   えー。
真弓   却下。
博子   えー。
真弓   安くて、ひなびた温泉宿に行こうって話だったじゃん。
博子   ‥‥‥。
真弓   スキーは、また、彼氏とでも行きなさいよ。
博子   えー。もう、シーズンが終わっちゃうよ。
真弓   ということで、スキーはなし。みんな、それでいいでしょ?

      全員、黙っている。

真弓   異議なしね。それじゃ、決定。
博子   えー。
由佳里  そうと決まったら、温泉に行こうよ。温泉。
小百合  そうね。‥‥どこだっけ?
由佳里  一階のつきあたり。露天風呂もあるらしいよ。
小百合  じゃあ、雪見酒としゃれこむかな?
真弓   あんたも好きねぇ。

      由美が、小百合を見ている。

小百合  あんたはダメよ。高校生なんだから。
由美   えー。
由佳里  今日ぐらいいいんじゃない?
小百合  ダメダメ、うちはそういうのにうるさいんだから。
由美   ‥‥‥。
小百合  どうしても飲みたかったら、雪見ジュースか雪見コーラにしなさい。
由美   えー。
由佳里  さあ、温泉だ。温泉だ。
真弓   全員一遍に入れるの?
由佳里  まあ、五人ぐらい、何とかなるっしょ。‥‥さあ、みんな準備して。

      全員、準備をする。

由佳里   さあ、しゅっぱーつ!

      みんな、ぞろぞろと部屋を出て行く。
      博子が立ち止まっている。

真弓   どうしたの? 行かないの?
博子   ‥‥‥。
真弓   今から、スキーに行く?
博子   ‥‥行かないけど。
真弓   じゃ、先に行ってるよ。
博子   ‥‥はい、はい。

      真弓に続いて、博子も去る。

      暗転。

      全員くつろいでいる。

由佳里  あー、いいお湯だったし、お腹もふくれたし。余は満足じゃ。
小百合  でも、山菜とキノコばっかり。
由佳里  そら、山だもん。うまかったじゃん。
由美   お姉ちゃん、好き嫌いが多いんですよ。家でも、これはイヤ、あれはイヤって、いっぱい残すんですよ。
小百合  うるさい。由美は黙ってなさい。
真弓   あははは、姉が妹に怒られてる。まるで逆よねぇ。
由美   ほんと、わがままで、世話が焼けるんです。
小百合  うるさい。せっかく連れてきてやったのに。
博子   ほんと、高校生と大学生の卒業旅行を一緒にやるって、珍しいよねぇ。
由佳里  珍しいどころじゃなくて、まずないんじゃない?
博子   そうねぇ。
由佳里  由美ちゃんの学校は、クラスの友達で卒業旅行行かないの?
由美   行きますよ。でも、ディズニーランドとか、そういうところばっかりで、私、好きじゃないんです。なんか、子供っぽくて。
由佳里  それで、ひなびた温泉旅行を選んだわけ? えらく渋い高校生だねぇ。
由美   そうでもないですけど‥‥。
小百合  この子、変なのよ。マンガとかもほとんど読まないし、テレビもニュースしか見ないし。
由美   そんなことないよ。
真弓   由美ちゃんは、大人なんだ。お姉ちゃんとは正反対ね。
小百合  それ、どういう意味?
真弓   それで、由美ちゃんは、どんな本が好きなの?
由美   いろいろ読みますけど、主に小説ですね。
真弓   どんな小説?
由美   太宰治とか村上春樹とか‥‥。
由佳里  わあ、しぶーい。‥‥それじゃ、ディズニーランドは行きたくないよねぇ。
博子   それじゃ、クラスの子とは話題が合わないでしょ?
由美   いや、一応合わせてますよ。
博子   マンガとかアニメとかラノベの話とかも?
由美   まあ、一応。
由佳里  すごいねぇ、このトシで、自分の趣味と付き合いとを使い分けてるんだ。
由美   ‥‥‥。
真弓   その辺も、お姉ちゃんとは正反対ね。
小百合  もう! ‥‥こんなんだったら連れてくるんじゃなかったわ。
博子   だったら、文学部ね。
由美   いえ。
博子   え‥‥じゃ、何?
由美   人間科学部です。
博子   人間科学部? それ、何をやるの?
由美   民族学とか、宗教学を勉強したいんです。
博子   ふーん。‥‥やっぱり変わってるね、この子。
由美   そうですか?
真弓   その辺も、お姉ちゃんとは正反対ね。お姉ちゃんは四年間、バイト学部アルコール学科だったもんね。
小百合  もう、やめてよ。‥‥あのね、そういうのって、一番むかくつのよ。‥‥ほら、よく言うじゃない? 子育てで、一番悪いのは、兄弟を比較することだって。
真弓   あいにく、私、子供を生んだことも、育てたこともないから、わかんない。それに私も一人っ子だし。
博子   私も。
由佳里  私も。
小百合  由佳里は、お兄ちゃんがいるじゃない!
由佳里  十二歳も離れてるから、比較の対象にはならないわよ。
小百合  ‥‥くそう。
全員   アハハハハハ‥‥。

      間。

小百合  もう、酒だ、酒だ。‥‥誰か、お酒持って来てよ。
由佳里  あなた飲み過ぎよ。お風呂でも、ご飯の時もいっぱい飲んでたじゃない?
小百合  ええい、うるさい、うるさい。これを飲まずにいられるかってんだ。
博子   下の廊下の自販機に、ビールがあったよ。
由佳里  博子!
小百合  よし! 飲み直しだ。

      小百合、立ち上がって、歩いて行く。

由佳里  あんた、ふらついてんじゃない?
小百合  ふらついてない! シラフよ、シラフ。
真弓   じゃあ、私のも買って来て。
博子   私も。
由佳里  私は、ジュースでいいわ。オレンジジュース。
小百合  もう! どいつもこいつも!

      小百合、去る。

由佳里  あなたは飲まないの?
由美   え? ああ。
由佳里  ジュースでも飲みなさいよ。たぶん、一人じゃ持てないから。
由美   はい。

      由美、去る。

博子   ほんと、似てない兄弟だねぇ。
真弓   兄弟ってのは、ああいう凸凹なのが、バランスが取れて案外いいのよ。
博子   そうなの?
真弓   まあ、そうらしいよ。
博子   ふーん。
由佳里  私、ジュース飲む前に、もうひと風呂浴びてこようかな?
真弓   あなた、ほんとに好きねぇ。
由佳里  だって、温泉に入りに来たんでしょ?
真弓   まあ、そうだけど。

      由佳里、タオルを持って立ち上がる。

      携帯電話の音。

由佳里  誰?
真弓   さあ?
博子   小百合の電話よ。

      電話、鳴り続ける。

博子   どうする?
由佳里  ほっといたら? また、かけ直すでしょ。

      しばらくして、電話が切れる。

由佳里  じゃ、行くわ。‥‥お風呂、お風呂。

      違う携帯電話の音。

博子   まただ。
由佳里  聞いたことのない音ね。
真弓   由美ちゃんのじゃない?
博子   たぶん、そうだわ。

      しばらくして、電話が切れる。

      小百合と由美、戻ってくる。

小百合  さあ、さあ、飲み直しだよん。
由佳里  あんたたち、電話鳴ってたわよ。
小百合  あんたたち?
由佳里  小百合と由美ちゃん。
小百合・由美  え?

      二人、携帯を確かめる。

由美   あ、圭子おばさんだ。
小百合  あ、ほんとだ。
由美   うちで何かあったのかな?
小百合  さあ?
由美   お姉ちゃん、電話してよ。
小百合  え? 私?
由美   そりゃ、そうでしょ?
小百合  ‥‥うん。

      小百合、電話をかける。

小百合  あ、もしもし、おばさん? 小百合ですけど‥‥。‥‥‥え、交通事故! ‥‥うん‥‥うん‥‥。
由美   ねぇ、事故って、何なの?
小百合  うん‥‥。あのね、お父さんとお母さんが交通事故だって‥‥。
由美   ちょっと、代わって。あの、もしもし、由美です。お姉ちゃん、お酒飲んでるから‥‥。‥‥‥はい‥‥‥はい‥‥‥。それで、生きてるんですか? ‥‥‥はい‥‥‥はい‥‥‥。病院は? ちょっとメモするもの貸して下さい。
由佳里  ああ‥‥こんなんでいい?

      由佳里、紙とペンを渡す。

由美   第一赤十字病院ですね。電話番号は? ‥‥はい‥‥‥はい‥‥‥はい。じゃあ、今から、タクシーで行きます。四時間ぐらいかかると思いますが‥‥。はい、よろしくお願いします。何かあったら、私の携帯に電話して下さい。それじゃ。

      電話を切る。

由美   父と母の自動車が交通事故に遭ったみたいです。正面衝突らしいです。父は骨折したぐらいなのですが、母が意識不明で。そういうことで、今から、病院に行きます。ご迷惑をおかけしてすみません。
小百合  タクシーって、そんなにお金はないよ。
由美   そんなの、あっちで何とかなるわよ。さあ、すぐに準備して。私、フロントでタクシー呼んでくるから。

      由美、去る。

小百合  ‥‥‥。どうしよう。
真弓   どうしようもこうしようもないでしょ。さあ、さっさと服を着替えて。
小百合  ‥‥ああ、そうね。

      小百合、もたもたと服を着替え出す。

      全員、沈黙。

      由美が戻ってくる。

由美   タクシー、すぐ来るって。さあ、行くわよ。
小百合  ああ‥‥うん。
由美   せっかくの旅行なのに、どうもすみません。
真弓   そんなの気にしなくていいから。
由美   じゃ、行こう、お姉ちゃん。
小百合  じゃあ、みなさん。‥‥‥あ、ビール。
由美   そんなのどうでもいいでしょ! さあ!

      二人、バタバタと去って行く。

      しばしの沈黙。

博子   ‥‥ほんとに、似てない兄弟だね。
由佳里  ‥‥そうね。

      しばしの間。

博子   ‥‥ビール、どうしよっか?
真弓   ‥‥飲みたかったら、飲んだら?
博子   ‥‥そだね。

      沈黙。

      暗転。


【4】ひなまつり


      「大学祝典序曲」。

      四人の女が座っている。

ゆうこ  今日は、ひな祭りということで、一年に一度の女の子の日です。
そこで、うら若き女の子、あるいはかつてうら若かりし女の子OGの皆様方にお集まりいただき、女の子いかにあるべきか、女の子いかに生きるべきか、について、忌憚のないご意見を語っていただきたくこのシンポジウムを開催することになりました。
それでは、パネラーの皆様方に、まず、自己紹介を兼ねて一言ずつご意見をいただきたいと思います。
紹介が遅れましたが、わたくし、本日の司会進行をつとめさせていただく四方憂子と申します。
それでは、藤野さんからお願いします。
ややこ  藤野やや子です。よろしく。えーと、ぶっちゃけ本題に入らせてもらうんですけどー、やっぱ女の子の人生って言ったら、ぶっちゃけ男なんですよねー。で、私、今、婚活真っ最中で、合コンとか、パーティとか、お見合いとか、いっぱいやってるんだけど、ぶっちゃけいい男がいないんですよねー。まあ、これが一番の問題ですよねー。
あゆみ  そうですかー? あゆみ、別にそんなに男なんかに興味ないんですけどー。
ゆうこ  あの、発言の前に、お名前を‥‥
あゆみ  わあー、あゆみ、いきなりしくっちゃったー。いや、これでも超緊張しちゃってるんですよー。でも、いつもそんな感じがしないって言われてて、なんかすっごい落ち着いてる感じがするって‥‥なんかすっごい損な性格だなーって思ってるんですよねー。ほんと、今も、マジで何しゃべろうかなって、すっごい足が震えてたりして‥‥。
ゆうこ  あの、だから、まずお名前を‥‥。
あゆみ  キャー、あゆみ、またしくっちゃったー。ダブルしくりだー。わあ、はずいよー。あのね、何だっけ? そうそう、奥無田歩って言いますー。よろしくね。
ゆうこ  それでは、山岸さん、おねがいします。
ゆき   山岸ゆきと申します。かつて平塚らいちょう先生はおっしゃいました。「元始女性は太陽であった 」と。その太陽たる女性がですね、あたかも男性の隷属物であるかのように、未だに男性や結婚に人生を左右されております。平塚らいちょう先生は、こうもおっしゃっておられます。「今、女性は月である。他に依って生き、他の光によって輝く、病人のような蒼白い顔の月である」と。このらいちょう先生のご明察からはるか百年の歳月を経て、事態は遅々として改善されていないではありませんか! のみならず、この二十一世紀に至って、かえって後退の様相すら見せておるのであります! 昨今の女性のいわく、「婚活」、「負け犬」、おお、何たる時代錯誤、アナクロニズムでありましょうか! 何たるゆゆしき、かつ嘆かわしき状況でありましょうか!
会場にお集まりのみなさん! 今こそ、太陽たる我々女性が、自覚と主体性を持って、自ら輝き、自らの二本の足で立ち上がるべきなのであります!

      ゆき、立ち上がる。
      そのまま直立不動。
      しばしの間。

ゆうこ  あ、あの、山岸さん。
ゆき   はあ?
ゆうこ  どうぞ、お座り下さい。
ゆき   あ‥‥あ、はい。

      ゆき、座る。

ややこ  あの、その太陽だか、火星だか、土星だか知んないんですけどー、ぶっちゃけ、何言ってんだか、わかんないんすよねー。何? 婚活とか負け犬がどうかしたんっすか?
あゆみ  あゆみもよくわかんないですー。でも、雷鳥って言うのは知ってるよー。高い山に住んでて、色が白く変わる鳥でしょ? それから、あゆみ、のらくろも知ってるよー。黒い犬のマンガでしょ? 昔々の。
ゆうこ  あの、山岸さん、もう少し、みなさんにわかりやすくお話ししていただけませんでしょうか?
ゆき   もう、あなたたちのような軽佻浮薄なスノッブがいるから、女性が蔑視されてしまうのです。シモーヌ・ド・ボーボワールは言っています。「人は女に生まれるのではない、女としてつくられるのだ」。あなたたちは、まさに男達にあつらえられた女の典型ですね。単なる愛玩動物としてね。
‥‥まあ、あなたたちにこんな話をしても無駄でしょうね。豚に真珠ですよね。どうせ「第二の性」も読んだことがないでしょうから。
ややこ  馬鹿にしないでよ。性ぐらいわかってるわよ。あんたみたいな堅物にセックスのお説教なんかされたくないわ。セックスはね、あんたみたいに頭でするものじゃないの。考えるな! 感じろ! ってね。
あゆみ  でも、あゆみ、セックスもあんまり興味ないわ。それより、豚というのはやめて下さい。いくらなんでもそんなに太ってないですよー。
ゆき   何馬鹿なこと言ってるんです? もう、セックスとドラッグとファッションとアニメとフィギュアにしか興味を持てない頭に、すっかり洗脳されてしまっているのですね。おかわいそうに。
ゆうこ  あの、山岸さん。お言葉ですが、アニメとフィギュアをセックスとかドラッグと一緒になさるのはいかがなものかと。それには、わたくしは納得ができません。あまりに乱暴すぎる議論だと思います。今や、日本のアニメやフィギュアは、世界に誇るべきアートなんですよ。
ややこ  オタクは黙ってなさいよ。本物の恋やセックスっていうのはね、二次元のバッタもんとは全然違うのよ。本物を知ったら、マンガやアニメの疑似恋愛なんてクソみたいなもんよ。悔しかったら、三次元の男に惚れてみなさい。
ゆうこ  クソみたいって何ですか! あなたに何がわかるんですか!
ややこ  うっせーな! 腐女子は、黙って、その辺の便所の隅っこで適当に腐ってな!
ゆうこ  キー! 腐女子のどこが悪いのよ! あんたみたいな色キチガイよりよっぽどまともよ!
ややこ  色キチガイって何よ! ふん、まともに男と付き合ったこともないくせに、わかったようなこと言うんじゃねぇよ!
あゆみ  何か知らないけどね、あゆみはね、あゆみよ!
ゆき   あゆみ、あゆみって、あなたいつまで子供なのよ! 自分のことを名前でしか言えないの! そんなのだから、いつまでたっても男に馬鹿にされるのよ!
あゆみ  あゆみは、あゆみだから、あゆみなのよ!
ややこ  うるせー! 今、そんなどーでもいいこと言ってんじゃねーんだよ!
ゆうこ  そうよ! 関ヶ原天下分け目の合戦なのよ!
ややこ  やるのか! この野郎!
ゆき   そうよ! 自由は奪い取るものよ!
あゆみ  あゆみは、あゆみよ!

      全員、立ち上がり、ファイティングポーズ。

      暗転。

      激しい戦闘音。

      ホイッスルの音。

      明かりがつく。

      女が四人座っている。

ゆうこ  (息が荒れている)本日は、本当に貴重なお話の数々、ありがとうございました。現代の女の子がいかにあるべきか、いかに生きるべきか、皆様にもご参考になりましたでしょうか? パネラーの皆さん、どうもお疲れ様でした。
パネラー  お疲れ様でした。(息が荒れている)
ゆうこ   それでは、みなさん、また来年。さようなら。
パネラー  さようなら。

      全員、肩で息をしている。

      「大学祝典序曲」。

      暗転。


【5】御前会議


      フィメール王国の閣議室。
      明石の君が座っている。
      桐壺が入ってくる。

桐壺  おはようさんどす。
明石  おはようさんどす。
桐壺  この頃、えろぬくうなってきましたなあ。‥‥もう、春どすなあ。‥‥今朝、起きたら、庭でうぐいすさんが鳴いてはりましたえ。
明石  そうどすか? うちは冷え性やさかいに、朝夕はまだまだ辛おすわ。
桐壺  そうどすか。それはお気の毒に。‥‥でも、その割には、明石さん、いつもえろう早う来たはるやあらしまへんの?
明石  朝は寒うて、目ぇが早よ覚めてしまいますねん。
桐壺  それは、難儀どすなあ。
明石  はい。難儀どす。そやから、冬場はいつも睡眠不足どすわ。昼間もねむとてねむとて。
桐壺  そら、難儀でっしゃろ?
明石  はい。難儀で難儀で。

      紫の上が入ってくる。

紫の上  おはようさんどす。
桐壺・明石  おはようさんどす。
紫の上  この頃、えろぬくうなってきましたなあ。‥‥もう、春どすなあ。
桐壺  それが、明石さん、冷え性で、朝は寒さで目ぇが覚めてしまわはるんやて。
紫の上  え、そうなんどすか?
明石   ええ、そうなんどす。
紫の上  そら、難儀どすなあ。
明石   はい。難儀どす。
紫の上  それやったら、養命酒飲まはったらええわ。うちのおたあさまも飲んだはりますけど、具合よろしいみたいどすえ。
明石   昔、ちょっと飲んでましたけど、うちにはあんまり効きませんどしたわ。
紫の上  どのくらい?
明石   半年ほどどすかいな?
紫の上  そら、あきませんわ。ああゆうのんは、二、三年は飲まんと効いてきませんのどすえ。
明石   へぇ、そうなんどすか?
紫の上  そうどす。
桐壺   命の母Aちゅうのんはどうなんどす?
紫の上  あれは更年期障害の薬どっしゃろ? 明石さんには、まだ早おっしゃろ?

      六条が入ってくる。

六条   何やの何やの、更年期障害とか、辛気くさい話して。
紫の上  あ、おはようさんどす。‥‥聞いたはりましたん?
六条   はい、おはようさん。‥‥聞いてましたえ。どなたか更年期障害になったはんの?
桐壺   明石さんが冷え性で、寒さで目ぇが早よ覚めはるんらしいんどすわ。
六条   そら、難儀やねぇ。
明石   はい。難儀どす。
紫の上  それで養命酒を飲まはったらと‥‥。
六条   養命酒? そんな辛気くさいもんあかへんよ。体質改善やったら、何と言うてもノニジュースやわ。
桐壺   あ、また出ましたで。六条さんのノニジュースの話。
六条   何言うてんの。あれはほんまに効くんやで。漢方薬みたいなんと違ごて、免疫力から改善するんやから。風邪でも、自律神経にも、うつ病でも、癌でも、何でもござれやて。
紫の上  そやけど、こう言うたら悪おすけど、あれ、いろいろ怪しいうわさがありますやん?
六条   紫さん、何言うてんの? あれは、マスコミの陰謀やて。そんなんにだまされたらあかんわ。うちは毎日飲むようになって、もう全然病気知らずやで。
紫の上  でも、あれ、ものごっつ変な味どすやん。
六条   何言うてんの。良薬口に苦しやて。慣れたらどうってことあらしません。
桐壺   あれ、紫さんも飲まはったん?
紫の上  はい、六条さんに試供品をもろて。
桐壺   うちも飲め飲めって。
六条   明石さんも、飲んでみてみよし。後で試供品を持って来てあげるさかい。
明石   あ‥‥はあ。‥‥それはおおきに。
六条   あ。

      六条、上手を見る。

六条   女王陛下のおなーりー。

      全員起立。
      女王がしずしずと入ってきて、座る。

女王   みなさん。おはようさん。
全員   おはようさんどす。
女王   どうぞ、座っておくれやす。

      全員、着席。

六条   それでは、御前会議を始めます。桐壺さん、今日の議題を言うておくれやす。
桐壺   今日も、例の開国要求の問題どす。
明石   また、あれどすか?
紫の上  ほんまに、いつまで経ってもこればっかりどすなあ。
六条   ほんに、しつこおすなあ。
明石   ほんに。
紫の上  ほんに。
六条   何か、進展でもありましたんやろか?
桐壺   いいえ、特に。
紫の上  このまま、ずうっと無視しといたらええんのんとちゃいますの?
桐壺   そういうわけにもいかへんのどすわ。国民達の間に、少しずつ動揺が起きてきとるんどすわ。
明石   もう、めんどくさいさかいに、あっちの言う通りにしたったらええんとちゃいますのん?
桐壺   え。‥‥それは、もしかして、開国してしまうっちゅうことどっしゃろか?
明石   ええ。あきませんやろか?
紫の上  あくもあかへんも‥‥。明石さん、血迷うたらあきまへんえ。事の重大さがわかったはりますか?
明石   ええ、まあ。
紫の上  よろしいか? これは、国体にかかわる問題どすえ。扱いをしくじったら、国の根幹を揺るがすことになるんどすえ。そこんとこ、わかったはります?
明石   ええ、まあ。
紫の上  いいや、明石さん、あんた、ちゃんとわかったはるようには思えませんわ。失礼どすけど、わがフィメール王国の国是を、ここでちゃんと言うてみておくれやす。
明石   紫さん、それはあんまりどっしゃろ? そんなん、小学生でも知ってますえ。うちを馬鹿にしてはるのんどすか?
紫の上  ええから、言うてみておくれやす。
明石   「女性の、女性による、女性のための政治」。‥‥これで満足どすか?
紫の上  それがわかってて、どの口で開国なんて言えますのんや?しかも、相手は、よりによってホモサピエンス国どすえ。明石さん、そこんとこ、わかったはんの?
明石   そんなん、紫さんに言われんでもわかってます。相手がホモの国やから、開国してもええんとちゃうかって言うてるんどす。
桐壺   ホモとちごて、ホモサピエンスどすえ。
明石   どっちかて同じどっしゃろ?
女王   六条。その国は、おかまさんの国なんか?
六条   は、陛下。‥‥え、まあ、世間では、もっぱらそういううわさどす。
女王   ほなら、うっとこの反対やな。
六条   へ、陛下、滅多なことを言わはってはあきません。
明石   いいや、陛下の言わはる通りどす。うっとこの国と正反対やから、開国してもええんとちゃうかと言うてるんどす。
桐壺   お言葉どすけど、単純に正反対というのんとはちゃうんやないかと‥‥。
明石   そうどっしゃろか? うっとこは女ばっかしの国、あちらさんは男ばっかしの国、正反対やないですか?
桐壺   それはあんまり乱暴な物言いどすえ。わがフィメール王朝四〇〇年の歴史を冒涜してます。そんなこと言わはったら、うっとこの国を苦労して作り上げはったた先人さんが泣かはりますえ。
紫の上  そうどす。そうどす。単に、女ばっかしの国と男ばっかしの国やなんて、そんなええかげんな違いやおへんで。六条さん、ちょっとこの明石さんに、も一遍我がフィメール王朝の成り立ちを初めからきっちし教えてあげてくれはらしませんやろか?
六条   うっとこの成り立ちどすか?
紫の上  ええ、そうどす。成り立ちどす。
明石   そんなん、今更教えてもらわへんでも、あんじょうわかってます。
紫の上  いいや、わかったらへん。きっちしわかったはったら、さっきみたいなむちゃくちゃな物言いができるはずがあらしません。
六条   そうどすなあ。何から話したらよろしおすかいな?
昔々のお話どすけど、今を去ること四〇〇年ぐらい前の世の中は、どこもかしこもいくさばっかりやったはって、そらえろう殺伐としたもんやったそうどす。それで、うっとこの国を作らはった初代の女王さんが、まだ藤壺さんと呼ばれてはった頃に、「なんでこんな世の中なんやろ? みんな仲良うしはったらええのに」と心を痛めてはったそうどす。それで、その藤壺さんが気づかはったんは、「男さんは生まれつき血の気が多て、いさかいが好きやから、いっそのこと、おなごばっかしで暮らしたら、気安う過ごせるんとちゃうやろか?」ちゅうことやったんどす。それで、仲良しのおなご衆たちと天の岩戸というとこに入らはって、細々と暮らすようにならはったそうどす。そしたら、そのうわさを聞きつけた女の人らが、「うちらもよせて」「うちらもよせて」と集まってきやはって、いつの間にか、ものごっつぎょうさんのおなご衆が一緒に暮らすようにならはったんやそうどす。それで、その村ちゅうか、町ちゅうか、そこだけは、いさかいもいくさものうて、それはそれは気安いところになったんやそうどす。そやから、その後もぎょうさんぎょうさん人が集まって、しまいにとうとう国になったんどす。で、国になったさかいに、藤壺さんに女王になってもらおうちゅう話になって、とうとうフィメール王国ができたんどす。
それで、おなごばっかしでみんなで楽しゅう暮らしてはったんどすけど、ねきの国とかが、フィメールの土地とか、女とかを狙って、ちょっかいをかけてくるようになってきたさかいに、女王さんが、「永世平和中立国宣言」をしはって、よその国との出入りをみんな断ち切ってしまはったんどすわ。そのおかげで、この四〇〇年の間、これっちゅういさかいものうて、みんなあんじょう暮らして来れたんどす。
まあ、おおざっぱに言うたら、こんなもんどすかいな。
紫の上  明石さん。わからはりましたか? うっとこの国が、よそさんと、特に男さんとつきあわんようにしてきたんは、深い深いわけがありますんどすえ。昨日、今日の思いつきとは違うんどす。
明石   そやから、そんなんはようようわかってます。その上で、そやから、男さんと違ておかまさんやったらええんとちゃうかと言うてるんどす。ほんまに、わからん人どすな。
紫の上  おかまさんかて男さんに違いはあらしませんやん?
明石   いいや、違います。おかまさんはおかまさんにしか興味があらしませんのどすえ。おなごに手ぇ出したりしやはりません。そやから、うちらには何の支障もあらしませんのや。
紫の上  ほんまにそうどすやろか?
明石   ほんまにそうどす。そやから、おかまさんの国と仲良うしても、フィメール王朝は何ともあらしません。さっさと開国したらええのんどす。
桐壺   あの、明石さん。お言葉どすけど、どうもそれがそういう風でもあらしませんのどすわ。
明石   桐壺さん。それは、どういうことどす?
桐壺   うっとこはホモサピエンス国の開国の要求をずうっと無視し続けてきましやろ? そしたら、あちらさんはしびれを切らしてしもたらしゅうて、これ以上返事をせえへんのやったら、うちにもうちのやり方があるって、きつう言うてきたはりますのんや。
明石   うちのやり方って、どんなやり方なんどす?
桐壺   明石さんは、シャイニーズっちゅうのんは知ったはりますか?
明石   何言うたはりますのん? そのくらい知ってます。お稚児さんやら若い衆の歌舞伎もんの人らどっしゃろ?
桐壺   そうどす。あのシャイニーズをぎょうさん送り込んで来はって、国境のとこらへんで盛大にコンサートをやるっちゅうてはりますのんやわ。
明石   それはほんまどすか?
桐壺   ほんまどす。外交ルートで正式に通告してきはったんどす。
明石   六条さん。それは確かなことどすか?
六条   そうどす。桐壺さんの言うたはる通りどす。
紫の上  そら、えらい難儀なことどすな。
桐壺   ほんに、難儀なことどす。
紫の上  ほれ、明石さん。おかまさんやて相手を甘う見てたら、えらいことになりますのやで。うっとこの若い人にも、密かにシャイニーズのファンがようけおりますのんやで。
桐壺   若い人だけとちゃいますえ。年増の人でも、パラボナアンテナとか立てて、衛星テレビで見てる人もようけいはるらしいどっせ。
紫の上  こら、えらいことどすなあ。
桐壺   ほんに、えらいことどす。
女王   六条。そのコンサートには、スモップとか嵐山とかカツーンとか関シャニエイトとかシャイニーズジュニアとかも来はるんか?
六条   はあ、総出で来はるそうどすから‥‥。シブカマ隊とかヒカルノゲンジとかも出はるそうどす。
女王   うちは、そんな古いのんは知らんわ。
六条   はあ。それはすんませんどした。
女王   六条。うちも、そのコンサート、見に行ったらあかんやろか?
六条   滅相もあらしません。女王さん御自らお出ましになどならはったら、それこそあっちの思うつぼどすえ。
女王   そやけど、三宮君とかも来やはるんやろ?
六条   女王様、なんでそんなに詳しゅうていやはるんどすか?
女王   そんなん、ええやろ? うちの勝手やんか。
六条   はあ‥‥すんません。
女王   うち、三宮君に会いたいわ。サインもろて、握手してもらえへんやろか?
六条   女王様、おたわむれを。
女王   たわむれやない。うちは三宮君に会いたいんや。
六条   女王様、何を言うたはるんどすか?
女王   どうしても三宮君に会いたいんや。六条、一生のお願いや。
六条   女王陛下! お立場をわきまえておくれやす!
女王   ‥‥六条。そんないけず言わんでもええやんか。‥‥もうええわ。あんたにはもう頼まへん。うちにもうちの考えがあります。
六条   ‥‥陛下。
女王   三宮君に会わしてくれへんのやったら、うち、もう女王なんかやめる。
六条   ‥‥陛下。
桐壺   陛下。
紫の上  陛下。
明石   陛下。
女王   ‥‥これは、たわむれでも、ご乱心でもあらへんで。うちは本気やさかいな。うちは、もう決めたんや。うちは女王やめて、三宮君と結婚するんや。
六条   陛下!
桐壺   陛下!
紫の上  陛下!
明石   陛下!
女王   ‥‥ほなら、シャイニーズ見に行ってもええんやな?
全員   ‥‥‥。
女王   決まりや。これは御聖断やさかいな。
全員   ‥‥‥。
女王   みんな、よろしいな?
全員   ‥‥‥。
女王   ほな、これで、今日の会議は終わりにしよか? ほなら、みなさん、おつかれさん。
全員   ‥‥‥。おつかれさんどした。

      女王、鼻歌まじりにスキップしながら退出。
      全員、重苦しい沈黙。

六条   ああ‥‥フィメール王朝四〇〇年の歴史が‥‥。
桐壺   恐るべし、シャイニーズ‥‥。
紫の上  くわばら、くわばら。
全員   くわばら、くわばら。くわばら、くわばら。くわばら‥‥。

      暗転。


【6】ハンプティ・ダンプティ


      女が絵本を開いて座っている。
      子供に絵本を読み聞かせる様子。

女  ハンプティ・ダンプティ へいにすわった
ハンプティ・ダンプティ ころがりおちた
おうさまのおうまをみんな あつめても
おうさまのけらいをみんな あつめても
ハンプティを もとにはもどせない

Humpty Dumpty sat on a wall.
Humpty Dumpty had a great fall.
All the king's horses and all the king's men
couldn't put Humpty together again.

昔々、まだ恐竜たちがいた頃のお話。恐竜たちは、朝から夜までわがもの顔で歩き回ったり、走り回ったりしていました。
ドスドス、ドスドス、ガオー、ガオー、と恐竜たちが走ったり、うなったりするたびに、小さなねずみたちはチョロチョロ、チョロチョロ、小さな小鳥たちは、パタパタ、パタパタ、と右へ左へと落ち着くひまもなく逃げ回って暮らしていました。
「おらおら、そこの小せいの。オレ様のまわりをウロウロすんじゃねぇよ。ふみつぶすぞ。」
ドスドス、ドスドス。チョロチョロ、チョロチョロ。
ドスドス、ドスドス。パタパタ、パタパタ。
「ほらほら、そこの小せいの。あたいはおなかが減ってんのよ。食べちゃうわよ。」
ガオー、ガオー。パクパク、ムシャムシャ。
ガオー、ガオー。パクパク、ムシャムシャ。
「もう、こんなのいくつ食べてもおなかの足しになんないわねぇ。」
ねずみはいっぱい食べられました。小鳥もいっぱい食べられました。
ねずみは思いました。
「ああ、神様、ぼくたちは、どうして一生逃げ回らなければならないのでしょうか?」
小鳥も思いました。
「ああ、神様、わたしたちは、食べられるために生まれてきたのですか?」
ねずみの神様が言いました。
「そのためにお前たちには早い足があるのだよ。恐竜にふみつぶされないように、右足が落ちてきたら左足の方へ、左足が落ちてきたら右足の方へ、その足を使って逃げなさい。」
「そんなの、落ちてくる雨粒を一つ一つよけながら走ったら濡れないという理屈とおんなじじゃないですか?」
「その通りじゃ。一つ一つよけたら濡れもせんだろうし、踏まれもせんだろう。」
「おい、神様。適当なウソこくでねぇよ!」
「しらんしらん。そんなに踏まれるのがイヤだったら、神様に祈ることじゃ。」
「あんたがその神様だろが!」
「しらんしらん。わしは忙しいんじゃ。」
ねずみの神様は、ねずみとおんなじでやっぱり弱虫でした。
小鳥の神様も言いました。
「そのためにあなたたちには羽があるのですよ。恐竜が近づいてきたら、飛んで逃げるのです。」
「でも、私たちは鳥目だから夜は空を飛べません。恐竜たちは、寝ている私たちを食べるのです。」
「それじゃ、私にはわからないから、おばあさまに相談してあげるわ。」
「よろしくお願いします。」
小鳥の神様は、おばあさまの所へ行きました。
「チュンチュンチュン。おばあさま、おばあさま、お願いがあります。」
「コッコ、コッコ。何だい?何だい?」
小鳥の神様のおばあさまは、ニワトリの神様でした。
「話はわかったが、なにぶんワシは飛べんでのう。朝に鳴くのと卵を産むくらいしかとりえがないのじゃ。じゃが、かわいい孫の頼みとあっては、なんもせんわけにもいくまいいて。とりあえず、思いっきり大きな卵でも産んでやろう。」
「チュンチュンチュン。ありがとうございます。おばあさま。」
それで、おばあさまはがんばって、とびきり大きな卵を産みました。その大きな大きな卵は、ドスーンと大きな大きな音をたてて空から落ちました。
すると、もうもうとけむりがたちのぼり、暑い暑い夏の青空はみるみる暗くなりました。空はどんよりとかき曇り、雨が降り、みぞれが降り、やがて雪が降って、あたりは一面の銀世界。
「うううー。寒い。寒い。」
「うううー。寒いわ。寒いわ。」
恐竜たちは、みんな冷え性で、寒さがとっても苦手だったのです。その上、体が大きいので、穴に入ることもできず、木陰に隠れることもできず、バタバタと倒れていきました。
雪は千日の間、降り続け、そしてようやく春になりました。
恐竜たちのいない平和な春になりました。
「チュンチュンチュン。うれしいな。うれしいな。」
小鳥たちは、喜んで、青い空を飛び回りました。

それから、お日様が何百万回も昇っては沈み、昇っては沈んで、気の遠くなるような月日がたちました。
小鳥はいつまでたっても小鳥のままでしたが、ねずみはどんどん生まれ変わりました。
ねずみの子供のその孫のそのひ孫のそのそのひひ孫のそのそのひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひ孫はイタチになりました。そして、そのイタチの子供のその孫のそのひ孫のそのそのひひ孫のそのそのひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひ孫は犬になりました。そして、その犬の子供のその孫のそのひ孫のそのそのひひ孫のそのそのひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひ孫はサルになりました。そして、そのサルの子供のその孫のそのひ孫のそのそのひひ孫のそのそのひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひ孫はとうとうヒトになりました。
ヒトは、ねずみの子孫でしたから、やっぱり弱虫でした。でも、ヒトは手と言葉を持っていたので、どんどん強くなりました。そして、どんどん増えていきました。
ヒトは弱虫なくせに、どうしたものかいくさが好きでした。だから、そのはじめはじめのの頃から、悪口を言い合ったり、けんかをし合ったり、殺し合いをしあってばかりいました。
ドンドコ、バコバコ。ドンドコ、バコバコ。
ヒトは毎日毎日いくさをしました。
ドキューン、ドキューン。ドカーン、ドカーン。
いくさはどんどん大きくなっていきました。
その上、ヒトは何でも殺して食べました。もちろん小鳥も食べました。大きな鳥は丸焼きに、小さな小鳥はピン焼きにして食べました。食べて食べて食べまくりました。
そこで、小鳥は思いました。
「ああ、神様、わたしたちは、あの野蛮なヒトたちにピン焼きにされるために生まれてきたのですか?」
小鳥の神様は言いました。
「そのためにあなたたちには羽があるのですよ。ヒトにつかまりそうになったら、飛んで逃げるのです。」
「でも、ヒトは鉄砲で撃つのです。鉄砲の弾はどんな鳥よりも早く飛ぶのです。」
「それじゃ、私にはわからないから、おばあさまに相談してあげるわ。」
「よろしくお願いします。」
小鳥の神様は、おばあさまの所へ行きました。
「チュンチュンチュン。おばあさま、おばあさま、お願いがあります。」
「コッコ、コッコ。何だい?何だい?」
小鳥の神様は、ヒトの乱暴さをおばあさまに言いました。。
「話はわかったが、なにぶんワシはもうトシでのう。この頃では早起きして鳴くこともできんようになったし、卵もめったに産めんのじゃ。じゃが、かわいい孫の頼みとあっては、なんもせんわけにもいくまいいて。とりあえず、最後の力をふりしぼってやろう。」
「チュンチュンチュン。ありがとうございます。おばあさま。」
それで、おばあさまは最後の力をふりしぼって、もうとびきりの大きな卵を産みました。その大きな大きな大きな卵は、ドッスーンと大きな大きな大きな音をたてて空から落ちました。
すると、もうもうとけむりがたちのぼり、寒い十二月の空はあっという間に真っ暗になりました。
クリスマスも近いというので、七面鳥を丸焼きにしようとしていたヒトたちは、おおあわてで、逃げ回りました。どこのうちのテレビも画期的な色になり、あたりはもう氷の世界。
そして、とうとう野蛮なヒトたちは一人残らず死に絶えてしまったのでした。
そして、何日も何ヶ月も何年もたって、ようやく春が帰ってきました。ヒトたちのいない平和な春になりました。
「チュンチュンチュン。うれしいな。うれしいな。」
小鳥たちは、喜んで、青い空を飛び回りました。いつまでもどこまでも自由に飛び回り続けました。
めでたし。めでたし。

      女、絵本を閉じる。

女  ハンプティ・ダンプティ へいにすわった
ハンプティ・ダンプティ ころがりおちた
おうさまのおうまをみんな あつめても
おうさまのけらいをみんな あつめても
ハンプティを もとにはもどせない

      暗転。


【7】送る言葉


      女五人が立っている。

女1   送辞。

      BGM「仰げば尊し」。

女2  桜のつぼみもようやくふくらみ始め、長かった冬も終わりを告げ、新しい春の息吹を感じる今日の良き日。先輩のみなさんたちをお見送りする時がやってきました。
全員  みなさん、ご卒業、おめでとうございます。
女3  今、皆さんの胸の内には、楽しかったこと、苦しかったこと、笑ったこと、泣いたこと、がんばったこと、悔しかったこと、うれしかったこと、悲しかったこと、ここで過ごし、体験した様々な思い出が、走馬燈のように去来していると思います。
女4  歳月人を待たず、と昔の人は言いましたが、本当に時間の経つのは早いものです。楽しい時間は本当に矢のようにあっという間に過ぎ去り、辛く苦しい時間でさえ、過ぎてしまえば、懐かしくさえ思えるから不思議です。
女5  そうして、赤ん坊は子供になり、子供は青年になり、青年は大人になり、大人は老人になり、老人はやがて天に召されてゆくのです。この自然の摂理に誰も逆らうことはできません。今日の日のみなさんは、三年前のみなさんではありません。いえ、今のみなさんは、昨日のみなさんでさえないのです。
全員  みなさん、ご卒業、おめでとうございます。
女1  「大人になんかなりたくない」と思っていた若者も、やがて大人になり、やがて人の親となります。そうして、昔の自分を忘れて「今時の若い者は」などと憎まれ口をきくようになるのです。その子供たちも「頼まれて生まれてきたんじゃない」などと言って親を悲しませながら、やがては子供を産む大人になるのです。
女2・3 人は繰り返し、ただ繰り返し、ただひたすらに繰り返すだけです。過ちを繰り返し、成功を繰り返し、後悔を繰り返し、喜びを繰り返し、悲しみを繰り返し‥‥。
女4・5 私たちは、何から卒業するのでしょうか? 何度卒業するのでしょうか? 生まれ、生き、悩み、もだえ、そして死んでゆく‥‥。遠い遠い昔から続く、その何千回、何万回、何百万回、何億回の果てしのない記憶の繰り返しの果てに、私たちは何を見つけてきたのでしょうか? 何を見つけるのでしょうか?
全員  私たちは何のために生まれるのですか? 何のために生きるのですか? 何のために死ぬのですか? どこから来て、どこへ行くのですか?
女1・2 春は、別れと出会いの季節です。去って行く人があり、またやってくる人がある。後ろ髪を引かれるような別れがあり、そして、ドキドキするような出会いがあるのです。
女3・4 春はうれしい季節です。鳥たちが鳴き、花たちが咲き誇ります。でも、春は切ない季節です。ひとりぼっちで青い空を見ていると吸い込まれそうになります。
女5  この春の切なさはどこから来るのでしょうか? きっと遠くへ旅立っていく人たちの、心残りの香りなのかもしれません。決して戻ることのない過ぎ去った記憶たちの、うっすらとした残り香のせいなのかもしれません。
女1・3 桜の樹の下には屍体が埋まっている!
女2・4 これは信じていいことなんだよ。何故って、桜の花があんなにも見事に咲くなんて信じられないことじゃないか。
女1  俺はあの美しさが信じられないので、この二三日不安だった。
女5  しかしいま、やっとわかるときが来た。
全員  桜の樹の下には屍体が埋まっている。これは信じていいことだ。

      間。

女4  願わくは花の下にて春死なん
女2  そのきさらぎの望月の頃
全員  願わくは花の下にて春死なん そのきさらぎの望月の頃

      間。

女1  ‥‥もうすぐ満開だね。
女3  うん。
女1  きれいね。
女3  きれい。

      二人、桜を見上げている。

女3  知ってたの?
女1  え?
女3  私たちのこと。
女1  ううん‥‥。うちの生徒らしいのは知ってたけど、あなただってことは。
女3  そう。
女1  言わなかったから。
女3  え?
女1  あんまりさ、話さないんだよね。そういうこと。
女3  ‥‥‥。
女1  学校で何してるかとか、つきあってる人がいるかとか、そういうのあんまり話さないのよ、お互いに。男と女の兄弟ってさ。
女3  そう。
女1  だから、毎日おんなじ家に住んでるんだけど、全然他人みたいだったりして。いったいどんな人なのかもよくわかんなかったりして。
女3  そんなものかな。
女1  きっと、あなたの方がよく知ってるよ。お兄ちゃんのこと。
女3  そんなことないでしょ。
女1  そうだよ、きっと。だって、何にもわからなかったもん。何考えてるのか、何悩んでるのか。なんかあるんだろうなぐらいしか。
女3  ‥‥‥。
女1  ‥‥‥。
女3  ほんとは、話さないでいようって思ってたんだけど。
女1  え?
女3  私たちのこと。
女1  ‥‥‥。
女3  だって、話さなかったら、そのまま誰にもわからないままじゃない? そしたら、初めからなかったみたいに、きれいに消えちゃうんじゃないかって思ったの。その方がいいんじゃないかって。
女1  ‥‥‥。
女3  だから、ほんとは来ない方がよかったのかもしれない。
女1  そうかな。
女3  でも、来ちゃった。
女1  ‥‥‥。
女3  でも、それって結局、私の都合なんだよね。話すのも、話さないのも。こんなこと今さら話しても、かえってあなたを困らせるだけかもしれないのにね。
女1  そんなことないよ。
女3  ごめん。
女1  何で? ‥‥‥話してもらってよかったって思ってるよ。
女3  ‥‥‥。
女1  そりゃ、私もつらいけど、あなたの方が、何倍もつらいはずよ。
女3  違う。卑怯なのよ。
女1  え?
女3  私は、ほんとに卑怯なの。強がっててもさ、これから全部自分一人でかかえていかなきゃならないんだろうなって思うと、それが重たくて、苦しくって。たぶん、そっちの方が大切なのよね。ほんとは、あの人のことなんて、全然悲しんでないのかもしれない。ただ、この重みを早く誰かにあずけて、楽になりたいって、そう思ってるだけなのよ。‥‥‥最低ね。
女1  そんなに自分を責めないで。私があなたなら、たぶん同じだと思う。同じように思ったと思う。
女3  ‥‥‥。
女1  それに、あなたが話してくれなかったら、私たち、永久にわかんないままじゃない? 兄弟なのにさ。‥‥それって悲しすぎるよ。‥‥だから、感謝してる。うそじゃないよ。
女3  ‥‥‥ありがとう。
女1  ‥‥‥。

      桜の花びらが舞う。見つめる二人。

女1  どうしてきれいなんだろ。
女3  ‥‥‥。
女1  こんなに咲いても結局散っちゃうんだよね。
女3  ‥‥‥。
女1  桜は散るから美しいって、うそよ。散るのがきれいだなんて、なんか違うよ。おかしいよ。
女3  そうよね。
女1  でも、きれい。‥‥‥くやしいけど。
女3  ‥‥‥。
女3  ‥‥あのさ。
女1  え?
女3  私、学年末テストの後、ずっと休んでたでしょ?
女1  うん。
女3  終業式の日にね、病院に行ったの。
女1  え、病院?
女3  そう。
女1  病院って‥‥。
女3  そう。
女1  そうなの‥‥。
女3  うん。
女1  ‥‥‥。もう、いいの?
女3  大丈夫。
女1  ‥‥‥。
女3  ごめん。こんなこと言ったら、それこそよけいに困らせるのはわかってる。でも、あなただけには知っておいてほしいって、急にそう思ったの。‥‥ほんとにごめん。
女1  いいよ。
女3  やっぱり、私、変なんだ。
女1  ‥‥‥。
女3  ほんとに悲しくないのかもしれない。
女1  お兄ちゃん? 赤ちゃん?
女3  うん、どっちも。‥‥‥ごめん。
女1  いいよ。別に。
女3  悲しいっていうより、ちょっとさみしいって感じかな。よくわかんないけど。
女1  ‥‥‥さみしい‥‥か。
女3  春って‥‥さみしい。

      間。

女2  この盃を受けてくれ
女4  どうぞなみなみ注がせておくれ
女5  花に嵐のたとえもあるぞ
女1  さよならだけが人生だ
全員  花に嵐のたとえもあるぞ さよならだけが人生だ

      間。

女5  今の?
女1  友達。
女5  ‥‥‥もしかして。
女1  そう。
女5  ‥‥‥そうか。
女1  あのさ‥‥。
女5  何?
女1  お兄ちゃんの事故、事故じゃないよ。
女5  え?
女1  たぶん。
女5  ‥‥‥。あの子が言ってたの?
女1  ううん、そうじゃなくて‥‥あの子も、はっきりとわかってるわけでもないみたい。‥‥でも、そんな気がするの。きっと、そう。
女5  ‥‥‥。
女1  あなたは、わかってたんでしょ?
女5  ‥‥‥なんとなくはね。
女1  そうなんだ。
女5  実は、‥‥‥お兄さんから手紙が来たんだ。
女1  手紙? いつ?
女5  届いたのが、おととい。(封筒を取り出す)
女1  ‥‥‥。
女5  それがね、どうも、あの子宛の手紙みたいなんだ。
女1  え?
女5  読む?
女1  ‥‥‥。いい。読んで。
女5  僕が? ‥‥そう。
    (手紙を読む)
俺は、自分自身にとって、誰よりもリアリストで、かつ理想主義者だ。自分を徹底的に見下す自分と、何よりも自分を優位に保とうとする自尊心、そして、それを冷ややかに見つめるもう一人の自分。そのどれもが俺であって、俺でない。それ故に、俺は、強く、そしてまた、恐ろしいほど、もろい。
あいつと出会った日から、「こんなことはあってはならない」と思い続けている。いつも一緒にいても苦しいのだ。そこで俺が俺自身に与えた思いつきの都合のいい言い訳。「俺の強さと弱さが、あいつの上に何らかの痕跡を残してしまうことが許せないのだ。」本当は、嫌われたくないだけのくせに。
あいつといると、なぜか安心なのだ。そして、俺はそれに甘え、もたれかかっている。
誰にも出すあてのない手紙。自分の弱さとプライドのためにさみしさを隠してゆく。それを誰にも見せずに。でも、たぶん、それはウソだ。それに気付いて、冷ややかに笑っている俺がいる。その時は、いったい誰に頼って生きていくんだ、ってね。
やっぱり俺は俺で、他の誰にもなれなくて、独りでずっと立ち続けないといけないのだろうけど‥‥‥。
ちょっとだけ、考えることに疲れた。
女1  ‥‥‥。
女5  ‥‥‥。
女1  イショ?
女5  かな。
女1  ‥‥そう。
女5  でも、お母さんに言っちゃだめだよ。
女1  手紙?
女5  手紙だけじゃなくてさ。
女1  うん。‥‥でも、わかってるんじゃないかな。
女5  ‥‥かも、しれないけどね。
女1  ‥‥めんどくさくなったのかな。
女5  え?
女1  お兄ちゃん。
女5  何が?
女1  大人になるのが。
女5  それ、どういう意味?
女1  ‥‥よくわかんない。
女5  ‥‥‥。さ、戻ろう。お母さん待ってるよ。
女1  もうすぐ満開だね。
女5  ‥‥ああ、そうだね。
女1  きれい。
女5  ‥‥ほんとだ。

      二人、桜を見つめる。
      女1、花びらを拾う。

女1  変なの。
女5  何?
女1  桜の花びらって、さくら色じゃないのよね。
女5  え?
女1  ほら。(と、見せる)ほとんど、真っ白け。
女5  そうだね。
女1  咲いてると、あんなにさくら色なのに。(見上げる)
女5  バックのせいかな。
女1  え?
女5  背景の空が、青いからさ、それで、相対的にピンクが強調されてるんじゃない?
女1  そっか。そういえば、曇りの日は、あんまりさくら色って感じでもないよね。
女5  そうそう。
女1  でも、空は空色。
女5  え?
女1  空は、ほんとに空色だよね。
女5  ああ、うん。
女1  あーあ。
女5  ‥‥‥。
女1  空が空色だ!

      見上げる二人。

女2・3・4  桜の樹の下には屍体が埋まっている! これは信じていいことなんだよ。何故って、桜の花があんなにも見事に咲くなんて信じられないことじゃないか。俺はあの美しさが信じられないので、この二三日不安だった。しかしいま、やっとわかるときが来た。桜の樹の下には屍体が埋まっている。これは信じていいことだ。
全員  ああ、桜の樹の下には屍体が埋まっている!

      間。

女2  ねぇ、おばあちゃん。おばあちゃんは大きくなったら何になりたいの?
女4  ひとみちゃん。おばあちゃんは、もう十分大きいから、もう大きくはならないんだよ。
女2  うそだよ。おばあちゃん、ちっちゃいよ。
女4  おばあちゃんはね、昔は大きかったんだよ。それが、もうトシだから、だんだん小さくなっちゃったんだよ。
女2  それじゃ、おばあちゃんは、どんどん小さくなって赤ちゃんになっちゃうの?
女4  そうだねぇ。赤ちゃんになれたらいいねぇ。
女2  え? おばあちゃん、赤ちゃんになりたいの?
女4  そうだねぇ。ひとみちゃんの赤ちゃんになりたいねぇ。そうして、ひとみちゃんにおっぱいもらって、一日中笑っていたいねぇ。
女2  やだ、おばあちゃんたら。

      二人、笑う。

女4  おばあちゃんはね、こうしてひとみちゃんといられるだけでいいんだよ。お日様がポカポカとあたたかいお部屋の中で、ひとみちゃんとずうっと一緒にいられたら、それだけでいいんだよ。
女2  それじゃ、ひとみもずうっとおばあちゃんと一緒にいる。
女4  でも、ひとみちゃんは、学校へ行かなきゃならないだろ? 学校でお勉強したり、お友達と遊んだり、やがて大人になって、結婚して、子供を産んで‥‥。
女2  ううん。もう、ひとみ、学校には行かない。友達とも遊ばない。大人にもならないし、結婚もしない。ずっとずっとおばあちゃんと一緒にいる。
女4  ありがとう。そう言ってくれるだけで、おばあちゃん、うれしいよ。
女2  言ってるだけじゃないよ。ほんとに、ずっとずっとおばあちゃんと一緒にいるんだもん。
女4  でもね、ひとみちゃん。そういうわけにもいかないんだよ。もう少ししたらね、おばあちゃんは遠くに行かなきゃならないんだよ。
女2  え、おばあちゃん、どこに行っちゃうの?
女4  ずっとずっと遠いところだよ。
女2  それじゃ、ひとみも一緒に行く。
女4  だめだめ。ひとみちゃんは、まだまだやらなきゃならないことがいっぱいあるからね。うーんとお勉強して、いっぱい友達と遊んで、きれいなお嬢さんになって、きれいなお嫁さんになって、かわいい赤ちゃんを産まなくちゃ。
女2  いやいや。ひとみ、ずっとずっとおばあちゃんと一緒がいいんだもん。
女4  ひとみちゃん。人というのはね、どんなに好きでも、いつか別れなければならない時が来るの。そして、また、好きな人と出会うのよ。出会っては別れて、別れては出会って。そうやって大人になっていくものなの。わかるかな?
女2  ひとみ、わかんないよ。ひとみ、大人になんかならない。ずっと今のままがいいの。おばあちゃんと一緒がいいの。
女4  おやおや、困った子だねぇ。‥‥ずっとずっと先になって、もうおばあちゃんもいなくなって、ひとみちゃんもお母さんになって、その時まで今日のことを覚えておいてくれるかい? その時に、ひとみちゃんの子供に、今日のお話をしてくれるかい? おばあちゃんのことを話してくれるかい? それだけで、おばあちゃんは満足だよ。
女2  うん。約束する。だから、おばあちゃん、ずっとずっと一緒にいてよね。
女4  はいはい。おばあちゃんはあの世に行っても、ずっとずっとひとみちゃんのそばにいて、ひとみちゃんの幸せを願っているよ。
女2  ねぇ、おばあちゃん、あの世ってどこにあるの?
女4  あの世はねぇ、ずっとずっと遠いところ。そして、すぐそばにあるところ。
女2  おばあちゃんは、そこに行っちゃうの?
女4  そうだねぇ。お迎えが来たらねぇ。
女2  ひとみ、お迎えが来ないようにドアを閉めて、見張っててあげる。だから、行っちゃだめだよ。
女4  はいはい、ありがとう。
女2  ほんとにほんとだからね。おばあちゃんとひとみは、ずっとずっと一緒だからね。
女4  はいはい、ありがとう。

      間。

女2  それから一年後、私がうっかり眠っている間にお迎えが来てしまいました。おばあちゃんは、私の知らないどこか遠くへ行ってしまいました。あんなに約束していたのに。あんなに約束していたのに。私は、一晩中泣き続けました。
そんな私も、やがて大人になり、人並みに結婚しました。そして子供が生まれ、その子供も大人になりました。そして、この春、初孫が生まれます。
おばあちゃん。見てますか? 私もおばあちゃんになるんですよ。
女1  人は人生を繰り返す。
女3  人生を繰り返し、ただひたすらに繰り返す人生。
女5  この道はいつか来た道。そして誰もが通る道。
女2・4  遠い遠い昔から続く、この何千回、何万回、何百万回、何億回の果てしのない記憶の繰り返しの果てに、私たちは何を見つけてきたのでしょうか? 何を見つけるのでしょうか?
全員  私たちは何のために生まれるのですか? 何のために生きるのですか? 何のために死ぬのですか? どこから来て、どこへ行くのですか?

      全員、空を見上げる。

女1  あ。雪。‥‥季節はずれのなごりの雪です。去りゆく人を惜しんで降る雪。
女2  いいえ、あれは桜。散りゆく桜の花びらです。新しい旅立ちを見送る別れの桜。
女3・4・5  願わくは花の下にて春死なん そのきさらぎの望月の頃
女1・2  花に嵐のたとえもあるぞ さよならだけが人生だ。
全員    さよならだけが人生だ。

      間。

全員  ご卒業、おめでとうございます。

      全員、白い傘を広げる。
      降りしきる桜の花びら。

                             おわり

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