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その子はだあれ?

【これは、2012年に高校演劇部の上演用に書いた演劇台本です】

   
   〈登場人物〉

    山下園子
    藤原ななえ
    矢野佳織
    谷内志保
    尾崎武志
    橋本良太

      中央に葬儀の祭壇。壇上に園子の遺影。菊の花など。
      祭壇のそばに回り灯籠。
      祭壇の前にイスが六脚ハの字形に並んでいる。
      哀しげな音楽。
      中央にサス。
      尾崎が歩いて来て、サスに入る。
      合掌。一礼。

尾崎   山下さん。あなたとこうしてお別れをしなければならないということが、僕は今でも信じられません。こうして、お別れの言葉を述べているこの時間が、悪い夢であってほしい、嘘であってほしい、と願わないわけにはいきません。‥‥でも、でもこれは現実なのですね。とても悔しいけれど‥‥。
‥‥目を閉じると、今も、あなたの元気な笑顔が目に浮かびます。ちょっと男まさりで、よく叱られりたたかれたりしたけど、それは実は不器用な照れ隠しで、ほんとはとっても優しい恥ずかしがり屋さんだったことを、僕は知っています。
‥‥文化祭でロミオとジュリエットをやりましたね。「ロミオよ、ロミオ。どうしてあなたがロミオなの?」と初めはひどく不満そうだったあなたが、本番では、本当に涙を流して演じていたことを、僕は知っています。あのことも、このことも、今となっては、もう二度と戻ってこない思い出なのですね。
青春は二度と戻ってこない。青春時代が夢なんて、後からほのぼの思うものです。そして、青春時代の真ん中は道に迷っているばかりだということを、僕は知っています。
‥‥名残りは尽きませんが、もうお別れです。
最後にこの言葉を捧げて僕の弔辞とします。
ふるさとは遠きにありて思うもの。そして悲しく歌うもの。室生犀星。

      尾崎、一礼。去る。
      志保がふらつきながら出てくる。
      合掌。一礼。

志保   ‥‥山下さん。‥‥園ちゃん、園ちゃん、どうして死んでしまったの? 嘘でしょ?嘘だと言ってよ!(泣く)‥‥私、信じないからね。きっとどこかに隠れているんでしょ?「冗談だよ!」って、いつもみたいに舌出して出てくるんでしょ? ねえ、もったいつけないで、早く出てきてよ! 私、知ってるんだから。ねえ、お願い! ねぇ!(と泣き崩れる)
園ちゃんがいない学校なんて‥‥私生きていけないよ。一人でどっか行っちゃうなんてずるいよ。‥‥もう、あんたなんか大っ嫌い! ‥‥ウソ。大好きだよ。‥‥園ちゃん‥‥帰ってきてよ‥‥。お願いだから‥‥。(泣き崩れる)

      しばらく泣き崩れる志保。
      橋本がやってきて、志保を連れて去る。
      ななえと佳織が出てくる。
      合掌。一礼。

佳織   入学式。私たちは、少しの不安と大きな期待を胸に校門をくぐりました。満開の桜の花が咲いていたのを覚えています。式が終わってから、初めてのホームルーム。担任の先生の言葉をうわの空で聞いていました。その教室にあなたがいたのです。
ななえ  最初の遠足は飯盒炊飯でした。男の子と女の子が、まだ何となく打ち解けない微妙な空気の中で、あなただけが、気楽に男の子に話しかけたり、一緒に遊んでいたのを覚えています。そんなあなたが、私にはちょっとまぶしくて、うらやましかったです。
佳織   初めてのクラブのコンクールは正直言って悲惨でした。何もわからないまま、あっという間に時間が流れて、気づいたらもう本番という感じでした。大事なシーンで大事なセリフを忘れてしまい、楽屋で泣いていた私に、「気にすることないよ」と肩をたたいて慰めてくれたのはあなたでした。
ななえ  文化祭の一年生の出し物は合唱でした。みんなが緊張して蚊の鳴くような声しか出せない中で、全員の声の倍ぐらいの大声で歌っていたのがあなたでした。ちょっと調子っぱずれで、客席から笑い声も聞こえたけれど、あなたはそんなことは少しも気にせずに最後まで歌いきりました。あの「園ちゃんオンステージ」も、今となっては、忘れられない思い出です。
佳織   そうして、私たちは二年生になりました。まだ全然頼りない自分たちが先輩になるということがとても不思議な気持ちがしました。

      園子が飛び込んで来る。

園子   やめてよ!
全員   !
園子   何なのよ?これ!

      園子、祭壇の遺影を取り上げる。

園子   これは何なの?

      園子、祭壇の菊の花を投げる。

園子   これは何なの?

      園子、献花台の菊の花をはたき落とす。

園子   これは何なのよ!
佳織   あの‥‥まだ、二年生になったばかりなんだけど‥‥。
園子   え?
佳織   だから、まだ私たちの話が終わってないし…。
園子   そういうことじゃないでしょ!
ななえ・佳織   ‥‥‥。
橋本   ‥‥あのう。
園子   何よ?
橋本   オレ、まだしゃべってないんだけど…。
園子   え?
橋本   オレ、一応生徒会長だし‥‥。
園子   ‥‥。だから?
橋本   生徒代表として弔辞を‥‥。
園子   ‥‥。だからね‥‥そういうことじゃないでしょ!
全員   ‥‥‥。

      園子、遺影を掲げて。

園子   だから、これは何なのかって聞いてるの? わかる?
全員   ‥‥‥。
園子   お葬式ごっこ?
全員   ‥‥‥。
園子   何で黙ってんのよ! 誰か答えなさいよ! ‥‥橋本!
橋本   ‥‥。はあ、まあ。
園子   はあ、まあ、じゃないわよ! お葬式ごっこなの? そうじゃないの?
橋本   ‥‥はあ、まあ、強いて言えばそういう感じかな?
園子   強いてもへったくれもない! これはどう見てもお葬式ごっこなんだよ! ‥‥どうしてお葬式ごっこなの? しかも、どうして私のお葬式なの?
全員   ‥‥‥。
園子   ねえねえ、私、いじめられっ子だったっけ? いつの間にいじめられっ子になっちゃったわけ?
全員   ‥‥‥。
園子   黙ってちゃわかんないでしょ? ちゃんと答えてよ。はい、佳織さん!
佳織   ‥‥いや、別にいじめというわけじゃないんだけど‥‥。
園子   いじめじゃない? じゃあ、何なのよ? はい、ななえちゃん答えて!
ななえ  えーと、特に理由はないんだけど‥‥。何か面白いことないかなぁって‥‥。
園子   ふーん。面白かったら何やっても良いわけですか? いじめるターゲットは誰でもいいわけですか? ‥‥そうやってね、現代のいじめの構造はどんどん悪質化、陰湿化して行ってんのよ。わかってんの?
橋本   いじめの構造って‥‥そんな大袈裟に言わなくても‥‥。
園子   そういう軽い気持ちが、いじめの悲劇を生んでるの! いじめてる側は軽い遊びのつもりでも、いじめられてる側にとっては逃げ場の無い地獄なのよ! そこんとこあんたたちわかってんの!
全員   ‥‥‥。
園子   もう、高校生にもなって、こんなくだらない遊びなんかして‥‥。ほんとに冗談じゃないわよ!
尾崎   ‥‥冗談じゃないよ。
園子   え?
尾崎   それに、誰でもよかったわけじゃないし‥‥。
園子   え? ‥‥それ、どういう意味?
尾崎   自分の胸に聞いてみたら?

      尾崎、祭壇を片付けはじめる。
      他の者も片付けを手伝う。

園子   ‥‥‥。ねえ、ねえ、それどういう意味よ? 自分の胸に聞けって? すっごく気になるじゃん。
尾崎   そのままの意味。もう忘れちゃったの?
園子   え、何を?
尾崎   ‥‥‥。

      立ちつくす園子と尾崎。


      全員がイスに座っている。

橋本   おい、二人共つっ立ってないで、さっさと座れよ。

      園子と尾崎もイスに座る。

橋本   これで、全員だよな?
佳織   うん。
橋本   まあ、一応、全員無事だったわけだ。
志保   まあ、そうね。
佳織   無事かどうかなんて、まだわかんないよ。一応ここに逃げて来たってことだけなんだし‥‥。
橋本   まあ、確かに、それはそうだな。
園子   橋本君、どうしてこんな場所を知ってたの?
橋本   まあ、それは一応生徒会長ということで‥‥。
尾崎   生徒会長なら、どうなんだよ?
橋本   まあ、そこのところは、いわば魚心あれば水心、蛇の道はヘビということで‥‥。
尾崎   何だよ、それ? 全然わからんぞ。
橋本   だから‥‥、つまりだねぇ‥‥。
ななえ  あのう。
尾崎   何だよ?
ななえ  どうして、うちの部員だけなの?
尾崎   え?
佳織   そんなの、当たり前じゃない。お盆だからよ。
ななえ  え? お盆だから?
佳織   あんた知らないの? お盆は部活禁止なのよ。
ななえ  部活禁止‥‥。そうなんだー。
志保   なっちゃんは相変わらず天然ねぇ。
ななえ  違うもん! ななえ、天然じゃないもん!
志保   じゃあ、若年性認知症?
ななえ  違うってば!
園子   まあまあ、そんなのどうでもいいからさ。‥‥いったいどうなってるのかな?
橋本   それは、オレにもわからない。
園子   わからないのに、ここに逃げて来たわけ?
橋本   まあ、部室にいるよりはいいだろうと思ってさ‥‥。
園子   それは、そうかもしれないけど‥‥。
橋本   だろ?
佳織   ねぇ、ほんとにここは大丈夫なの?
橋本   一応、そう聞いてるけど‥‥。
佳織   一応聞いてるって、頼りないのね。
橋本   そんなこと言ったって、オレだって詳しく知ってるわけじゃないし‥‥。

      志保が、部屋の壁や天井を眺めている。

志保   それにしても、この部屋、かなり古いわねぇ。あっちこっちにシミとかヒビとかあるし‥‥。
園子   すっごくカビ臭いし‥‥。
佳織   ねぇ、ほんとに大丈夫なの?
橋本   だから、詳しくは知らないって!
ななえ  あーっ!
全員   え?

      全員、ななえを見る。

ななえ  思い出した!
尾崎   ‥‥何をだよ?
ななえ  あのね。うちの学校って創立何年か知ってる?
志保   何、いきなりクイズ?
ななえ  いいから、何年?
佳織   そうねぇ、五十年ぐらいじゃないの?
ななえ  ブー。
志保   六十年!
ななえ  ブー。
橋本   七十八年!
ななえ  ピンポン!
尾崎   お前、そんなのよく知ってるなあ。
橋本   まあ、一応生徒会長だしな‥‥。そう言えば、生徒部の先生が創立八十周年の記念事業の話をしてたんだよ。
尾崎   へぇ。
志保   え、まさか、なっちゃん思い出したって、それ?
ななえ  ううん。
志保   じゃあ、何?
ななえ  だから、それだけ古い学校だから、うちのおばあちゃんもここの卒業生なの。
志保   へぇ。
ななえ  それでね、そのおばあちゃんから聞いたんだけど、戦争の時、このあたりも空襲があったんだって。
志保   へぇ。
ななえ  その時、町の人たちは、みんなこの学校に逃げて来たんだって。
志保   へぇ。
ななえ  それでね、そういう時のために、学校に地下室が作ってあって‥‥。
佳織   防空壕?
ななえ  そうそう、それそれ。
佳織   ふーん。
ななえ  それで、みんなそこに入ろうとしたけど、入りきれなくて、外で一杯一杯死んだんだって。
園子   ふーん。それで?
ななえ  え?
園子   だから、それでどうなのよ?
ななえ  だから‥‥それだけ。
園子   何よ、それー!
志保   やっぱりなっちゃんは天然だよね。
ななえ  違うってば!
女たち   アハハハハ‥‥。
尾崎   ‥‥いや、待てよ。
志保   何よ? 急に深刻な顔して。
尾崎   ひょっとしたら、その防空壕ってのは‥‥。
志保   ‥‥え?
佳織   まさか‥‥。
園子   そんな‥‥。
尾崎   ‥‥いや、その可能性は大だな。

      全員、沈黙。
      しばしの間。

志保   ‥‥入れて下さい。入れて下さい。
佳織   ‥‥熱いよお。熱いよお。
園子   もう! 悪い冗談はやめてよ!
志保   だって、今はお盆だし‥‥。
佳織   夏って言えば、戦争とオ・バ・ケ‥‥。うらめしやー。
園子   だからもう!

      ガタン! とドアの開くような音。

女たち   ! キャー!

      女たち走り回る。

尾崎   おい、落ち着け! 落ち着けってば!
志保   そ、そう言う尾崎君だって震えてるじゃない?
尾崎   ふ、震えてなんかいないよ!
志保   震えてるよ!
尾崎   うるさい! これは貧乏ゆすりだ!

      ガタン! と再びドアの開くような音。

尾崎   うわあー!

      尾崎、一人で走り回る。
      女たち、それを冷たい目で見る。

      尾崎、バツが悪そうに咳払いをする。

尾崎   オホン。‥‥そもそもだな、この二十一世紀、科学文明の時代にお化けなんか存在しないのであってな‥‥。

      女たち、冷たい目で見る。

尾崎   ‥‥ああ、そうだ。こんな地下室でボーッとしてても退屈だから、景気づけに歌でも歌おうよ。
志保   ‥‥何歌うのよ?
尾崎   もちろん、おばけのQ太郎!

      全員笑う。

尾崎   いくよ! せーの、Q、Q、Q
全員   おばけのQ ボクはおばけのQ太郎
     頭のてっぺんに毛が三本 毛が三本
     だけどもボクは飛べるんだー
     八キロ 十キロ 五十キロ ひと休みひと休み
     空から下りたら犬がいた
     ワンワン! あら恐い キャー!
     ボクは犬には弱いんだ 弱いんだ

全員   アハハハハ‥‥。

      ドカーン!(大きな爆発音)

      電灯がチカチカと点滅して、やがて消える。
      暗転。

全員   キャー!

      しばし、闇の中、沈黙が続く。

ななえ  ‥‥ねえ‥‥。

      沈黙。

ななえ  ねえ‥‥。ねえ、聞こえてるの?
志保   なっちゃん、どうしたの?
ななえ  ‥‥いるんだったら、返事してよ。
志保   大丈夫?
ななえ  ‥‥うん‥‥たぶん‥‥。
尾崎   懐中電灯は?
佳織   これじゃ、わかんないよ。
園子   ドア、開けたら?
橋本   ダメだ! ドアは開けるな!
全員   ‥‥‥。
志保   もう、あなた何様なのよ!
橋本   違う!
志保   何が違うのよ!
佳織   いいから、開けようよ。
橋本   やめろ! 死ぬぞ!
全員   え?
園子   橋本君‥‥、それ、どういうこと?
橋本   ‥‥とにかく、ドアは絶対に開けるな。電気はもうすぐつく。自家発電があるんだ。
園子   ドアを開けたら、どうして死ぬのよ?
橋本   ‥‥‥。
園子   橋本君! 答えてよ!
志保   いったい、何が起きたの!
ななえ  イヤー!

      突然、電灯がつく。

志保   ついた‥‥。
全員     ‥‥‥。
園子   ‥‥説明してよ。
橋本   ‥‥‥。
園子   何が起こったのか、知ってるんでしょ!
橋本   ‥‥はっきりとはわからないけど‥‥たぶん、
園子   たぶん?
橋本   原子炉建屋が爆発したんだ。
全員   え‥‥。
橋本   ‥‥いいか、落ち着いて聞いてくれよ。
全員   ‥‥‥。
橋本   ‥‥以前、生徒会室で、夜遅くまで仕事をしていた時、生徒部の先生から聞いたんだ。
全員   ‥‥‥。
橋本   ‥‥その時の話では、うちの学校には地下シェルターがあるって。
佳織     地下シェルター?
橋本   核戦争に備えて作られた核シェルターなんだ。
全員   え?
橋本   一九五〇年代から六〇年代に、米ソの冷戦が激化して、核戦争の危機が叫ばれていたことは聞いたことがあるだろう?
ななえ  ベイソって何?
佳織   アメリカとソ連。
ななえ  ソレン?
佳織   今のロシア。
ななえ  ああ、そうなんだー。
橋本   ‥‥その時代にこの学校いた校長が、学校に残っていた昔の防空壕跡を核シェルターに改造したんだって話なんだ。
全員   ‥‥‥。
橋本   あくまで、ウワサだけどね‥‥。
志保   ‥‥じゃあ、じゃあ、ここがその‥‥。
佳織   核シェルター?
橋本   ‥‥どうやら、ウワサは事実だったらしいな。
全員   ‥‥‥。
園子   じゃ、じゃあ、外は放射能で一杯ってこと?
橋本   ‥‥わからない。
園子   違うの?
橋本   それもわからない。
園子   はっきりしてよ!
橋本   だから、わからないんだよ!

      しばしの間。

橋本   ‥‥ただ、わかっているのは、少なくともここにいる限りは安全だろうってこと。
全員   ‥‥‥。
志保   いったい何が起こったの?
橋本   ‥‥‥。
佳織   ねぇ、黙ってないで答えてよ!
橋本   ‥‥原発が何らかのトラブルを起こした。しかもかなり致命的なトラブル。それ以上はわからない。
園子   原因は何なの? 誰かがミスをしたの? 機械が故障したの?
橋本   ‥‥その可能性はある。
尾崎   どこかの国のテロじゃないのか?
橋本   ‥‥その可能性もある。
佳織   ミサイルか何かで攻撃されたの?
橋本   ‥‥その可能性も否定はできない。
全員   ‥‥‥。
志保   ねぇねぇ、早いうちに遠くに逃げちゃった方が安全じゃないの? 福島の時は、みんな逃げて助かったじゃないの。
橋本   ‥‥確かに、その考えも一理ある。しかし‥‥。
志保   しかし、何なの?
橋本   ここの原発は福島とは違うんだ。福島の原発は軽水炉型だった。しかし、ここはプルサーマルだ。
佳織   どう違うのよ?
橋本   オレも詳しいことは知らない。ただわかってるのは、燃料にプルトニウムを使っているってこと。
全員   ‥‥プルトニウム。
橋本   みんなも知ってると思うけど、プルトニウムは、地球上最悪の毒物だ。
全員   ‥‥地球上最悪。
橋本   ああ‥‥だから、今外へ出るのは余りにもリスクが大きい。
全員   ‥‥‥。
園子   それじゃ、どのくらい?
橋本   え?
園子   どのくらいここにいなくちゃいけないの?
橋本   ‥‥‥。
尾崎   水とか食糧とかはあるのかな?
橋本   ‥‥‥。
佳織   なんか倉庫みたいなのがあったんじゃないかな?
尾崎   え? ‥‥じゃ、オレ見てくるよ。

      尾崎、走って去る。
      しばしの沈黙。

志保   ‥‥もう!

      全員、志保を見る。

志保   誰が、こんなところに原発なんか作ったのよ!
全員   ‥‥‥。

      長い沈黙。

      音楽。
      暗転。


      各自が勝手に立ったり、座ったり、寝転んだりしている。
      雑然と本などが散らばってる。

      寝転んでマンガを読んでいた志保が、マンガ本を投げる。

志保   あーあ、もう他の本ないの?
全員   ‥‥‥。
志保   もう、全部十回以上読んじゃったよ。あれも、これも、それも。(本を指さす)
佳織   そんなこと言ったって、仕方ないじゃん。
志保   ストーリーも、セリフも、全部完璧に暗記しちゃったよ。‥‥何なら言ってみようか?
園子   いいよ。‥‥芝居のセリフもそのくらい完璧に暗記してくれたらよかったのにねぇ。
志保   うっさいなー! ‥‥こうなるとわかってたら、部室の本、全部カバンに詰めて来たらよかったあ。
佳織   そんな余裕なんかなかったじゃん。
志保   あーあ。
ななえ  ‥‥せめてテレビがあったらねぇ。
志保   そうそう、どうしてテレビの一台もないんだよ!
佳織   テレビどころか、ラジオもないよ。
志保   もう、テレビでもラジオでもいいから、誰か持って来てよ! ヒマすぎて死んじゃうよー!
尾崎   ヒマはともかくとして、外の情報が何も入って来ないのは困るよな。
橋本   そうだな。
尾崎   情報手段が全くないなんて、避難施設として致命的な欠陥じゃないのか?
橋本   そんなの知るかよ。オレの責任じゃないだろ?
尾崎   それはそうだけど‥‥。
園子   携帯がつながらないのが一番困るわね。どこの機種も圏外だし‥‥。
志保   そうそう、どうして携帯つながんないのよー!
橋本   だから何度も言ってるだろ? 核シェルターだから、きっと壁に鉛かなんか入ってんだよ。
尾崎   基地局自体がやられちゃった可能性もあるしな。

      しばしの間。

ななえ  ‥‥ママ、パパ。
全員   え?
ななえ  ‥‥どうしてるかな? 無事でいるのかな?
全員   ‥‥‥。
ななえ  ママ、パパ、マリンちゃん。ええーん。(泣く)
尾崎   マリンちゃんって?
園子   ネコ。
尾崎   ‥‥ああ。
志保   ‥‥そもそもさあ、橋本君、あんたが悪いのよ!
橋本   え? 何? オレ?
志保   そうよ! 何でお盆で登校禁止なのに、わざわざ学校にもぐり込んだりしたわけ?
橋本   まあ‥‥それはだねぇ‥‥。
志保   それは? 何よ?
橋本   諸君の普段の活動態度を見ていてだねぇ‥‥。
志保   活動態度がどうなのよ?
橋本   やむにやまれぬ思いがだねぇ‥‥。
尾崎   おい、もったいつけずに、さっさと言えよ。
橋本   だから、要するに‥‥お前らはなっとらん!
全員   はあ?
橋本   だからだよ、例えば、諸君は、練習時間になってもきちんと集合したためしがないだろ?
志保   だいたいは集合してるわよ。まあ、五分から十分ぐらいの誤差ははあるけど‥‥。
橋本   そういうのは誤差とは言わないの! それから、欠席者が多すぎる。
佳織   連絡してたら別にいいじゃないの。それに、体調不良は仕方ないでしょ?
橋本   それにしても多すぎだよ。体調管理も部員の仕事だよ。この夏休み、全員そろったのはいったい何日だ?
佳織   何日って言われても‥‥。
志保   それでも半分以上はそろってるわよ。
橋本   半分? そんなのでちゃんとした練習ができると思ってるのか?
佳織   でも、一応代役立ててやってるわけだし‥‥。
橋本   オレはちゃんとした練習って言ってるの!
志保・佳織   ‥‥‥。
橋本   それに、問題は休憩時間だ。この時とばかりに、ケータイいじったり、ゲームをしたり、マンガ読んだり‥‥。
志保   休憩時間なんだから、何やっててもいいでしょ?
佳織   私もそう思う。
橋本   ちがーう! 休憩時間というのは、心身共にリラックスさせて、次の練習へのモチベーションを高めるべき貴重な時間なのだ! それを、君たちはダラダラダラダラ‥‥。
志保   何よ? あんた、黙って聞いてたら、好き勝手言ってくれるじゃないの? うちのクラブはねぇ、そこいらのひたすら練習するしか能のない熱血運動部じゃないのよ!
橋本   なんだと‥‥。
園子   志保ちゃん、それはちょっと言い過ぎよ!
志保   言い過ぎなんかじゃないわよ!
園子   いいや、言い過ぎよ。橋本君は、その熱血運動部の退部組なんだから‥‥。
橋本   うっ。
園子   いや、退部組じゃなくって、なれの果てって言うか‥‥。
橋本   ううっ‥‥。
園子   いや、違う、違うのよ、橋本君。
橋本   ‥‥‥。(落ち込んでいる)
志保   ‥‥何部だったの?
園子   卓球部。
志保   何? 卓球部! ‥‥あの、超マイナーで、万年部員不足で、去年とうとう廃部になったっていう、あの卓球部!
橋本   ううううっ‥‥。(立ち直れない)
園子   志保ちゃん、そんなこと言ったら失礼よ。その卓球部を復活させるために彼は生徒会長に立候補したんだから。
志保   あーはっはっはっは‥‥それじゃ何? あなたは運動部のオチコボレじゃなくって、クラブ自体がオチコボレちゃったんじゃないの? それで、その恨みを演劇部で晴らそうってか? ホント、笑っちゃうよねー。
橋本   ‥‥く、くっそう‥‥。
尾崎   おいおい、こんな状況の中で仲間割れしてる場合じゃないだろ?
園子   そうよ。そうよ。
尾崎   はい、志保ちゃん。橋本君に謝って。
志保   いや!
尾崎   もう! 子供みたいなこと言ってないで。‥‥はい、ゴメンナサイ。
志保   ‥‥‥。
尾崎   なんだよ? ほら、ひと言だけ言えばいいんだよ。
志保   ‥‥‥。私、悪くないもん。
尾崎   困ったなあ‥‥。わかったよ。じゃ、謝らなくてもいいから、仲直りしよう。仲直り。それならいいだろ?
志保   ‥‥‥。
尾崎   橋本‥‥頼むよ。
橋本   ‥‥わかったよ。
尾崎   じゃ‥‥仲直りの握手。

      橋本、手を出すが、志保はなかなか手を出さない。
      しかし、みんなの目にうながされて、しぶしぶの握手。
      全員拍手。

尾崎   よーし、これで仲直りだ。
 ‥‥狭い空間に長い間閉じ込められて、みんなストレスがたまってるんだよ。‥‥何か気分転換するいい方法はないかなあ? ‥‥‥そうだ、大きな声を出そう!
園子   また歌を歌うの? おばけのQ太郎?
尾崎   歌わないよ。‥‥そうだ。せっかく演劇部が集まってるんだから、発声練習をやろう。
園子   発声練習? ここで?
尾崎   そう、発声練習。‥‥ほら、みんな声を出して!
     あー、あー、あー。

      やがて、それぞれに声を出し始める。
      しばらくの間、発声練習。

尾崎   はい、やめ! ‥‥次は、あめんぼをやろう。せーの、
全員   あめんぼあかいなあいうえお
     うきもにこえびもおよいでる
     かきのきくりのきかきくけこ
     きつつきこつこつかれけやき
     ささげにすをかけさしすせそ
     そのうをあさせでさしました
     たちましょらっぱでたちつてと
     とてとてたったととびたった
     なめくじのろのろなにぬねの
     なんどにぬめってなにねばる
     はとぽっぽほろほろはひふへほ
     ひなたのおへやにゃふえをふく
     まいまいねじまきまみむめも
     うめのみおちてもみもしまい
     やきぐりゆでぐりやいゆえよ
     やまだにひのつくよいのいえ
     らいちょうさむかろらりるれろ
     れんげがさいたらるりのとり
     わいわいわっしょいわゐうゑを
     うえきやいどがえおまつりだ

      しばしの間。

尾崎   よーし、せっかく声を出したんだから、ちょっと練習しよっか?
佳織   練習って、劇の?
尾崎   それ以外、何をやるんだよ?
ななえ  何の練習をするの?
尾崎   そうだなあ‥‥こないだのコンクールの芝居。まだ覚えてるだろ?
佳織   そりゃ、一応。
尾崎   よし! あそこやろう、あそこ。孫とおばあちゃんのシーン。‥‥よし、イスを適当に並べて、セットの代わりにしよう。はい、イス動かして!

      全員、イスを動かし始める。

尾崎   じゃあ、おばあちゃんはこっちで、孫はこっちね。‥‥準備はいいかな?
志保   オッケー。
園子   私もいいよ。
尾崎   それじゃ。よーい、はいっ!(手をたたく)

尾崎・橋本   桜の樹の下には屍体が埋まっている! これは信じていいことなんだよ。何故って、桜の花があんなにも見事に咲くなんて信じられないことじゃないか。俺はあの美しさが信じられないので、この二三日不安だった。しかしいま、やっとわかるときが来た。桜の樹の下には屍体が埋まっている。これは信じていいことだ。
全員   ああ、桜の樹の下には屍体が埋まっている!

      間。

      志保と園子にサス。

志保   ねぇ、おばあちゃん。おばあちゃんは大きくなったら何になりたいの?
園子   ひとみちゃん。おばあちゃんは、もう十分大きいから、もう大きくはならないんだよ。
志保   うそだよ。おばあちゃん、ちっちゃいよ。
園子   おばあちゃんはね、昔は大きかったんだよ。それが、もうトシだから、だんだん小さくなっちゃったんだよ。
志保   それじゃ、おばあちゃんは、どんどん小さくなって赤ちゃんになっちゃうの?
園子   そうだねぇ。赤ちゃんになれたらいいねぇ。
志保   え? おばあちゃん、赤ちゃんになりたいの?
園子   そうだねぇ。ひとみちゃんの赤ちゃんになりたいねぇ。そうして、ひとみちゃんにおっぱいもらって、一日中笑っていたいねぇ。
志保   やだ、おばあちゃんたら。

      二人、笑う。

園子   おばあちゃんはね、こうしてひとみちゃんといられるだけでいいんだよ。お日様がポカポカとあたたかいお部屋の中で、ひとみちゃんとずうっと一緒にいられたら、それだけでいいんだよ。
志保   それじゃ、ひとみもずうっとおばあちゃんと一緒にいる。
園子   でも、ひとみちゃんは、学校へ行かなきゃならないだろ?
学校でお勉強したり、お友達と遊んだり、やがて大人になって、結婚して、子供を産んで‥‥。
志保   ううん。もう、ひとみ、学校には行かない。友達とも遊ばない。大人にもならないし、結婚もしない。ずっとずっとおばあちゃんと一緒にいる。
園子   ありがとう。そう言ってくれるだけで、おばあちゃん、うれしいよ。
志保   言ってるだけじゃないよ。ほんとに、ずっとずっとおばあちゃんと一緒にいるんだもん。
園子   でもね、ひとみちゃん。そういうわけにもいかないんだよ。もう少ししたらね、おばあちゃんは遠くに行かなきゃならないんだよ。
志保   え、おばあちゃん、どこに行っちゃうの?
園子   ずっとずっと遠いところだよ。
志保   それじゃ、ひとみも一緒に行く。
園子   だめだめ。ひとみちゃんは、まだまだやらなきゃならないことがいっぱいあるからね。うーんとお勉強して、いっぱい友達と遊んで、きれいなお嬢さんになって、きれいなお嫁さんになって、かわいい赤ちゃんを産まなくちゃ。
志保   いやいや。ひとみ、ずっとずっとおばあちゃんと一緒がいいんだもん。
園子   ひとみちゃん。人というのはね、どんなに好きでも、いつか別れなければならない時が来るの。そして、また、好きな人と出会うのよ。出会っては別れて、別れては出会って。そうやって大人になっていくものなの。わかるかな?
志保   ひとみ、わかんないよ。ひとみ、大人になんかならない。ずっと今のままがいいの。おばあちゃんと一緒がいいの。
園子   おやおや、困った子だねぇ。‥‥ずっとずっと先になって、もうおばあちゃんもいなくなって、ひとみちゃんもお母さんになって、その時まで今日のことを覚えておいてくれるかい? その時に、ひとみちゃんの子供に、今日のお話をしてくれるかい? おばあちゃんのことを話してくれるかい? それだけで、おばあちゃんは満足だよ。
志保   うん。約束する。だから、おばあちゃん、ずっとずっと一緒にいてよね。
園子   はいはい。おばあちゃんはあの世に行っても、ずっとずっとひとみちゃんのそばにいて、ひとみちゃんの幸せを願っているよ。
志保   ねぇ、おばあちゃん、あの世ってどこにあるの?
園子   あの世はねぇ、ずっとずっと遠いところ。そして、すぐそばにあるところ。
志保   おばあちゃんは、そこに行っちゃうの?
園子   そうだねぇ。お迎えが来たらねぇ。
志保   ひとみ、お迎えが来ないようにドアを閉めて、見張っててあげる。だから、行っちゃだめだよ。
園子   はいはい、ありがとう。
志保   ほんとにほんとだからね。おばあちゃんとひとみは、ずっとずっと一緒だからね。
園子   はいはい、ありがとう。

      間。

志保   それから一年後、私がうっかり眠っている間にお迎えが来てしまいました。おばあちゃんは、私の知らないどこか遠くへ行ってしまいました。あんなに約束していたのに。あんなに約束していたのに。私は、一晩中泣き続けました。
そんな私も、やがて大人になり、人並みに結婚しました。そして子供が生まれ、その子供も大人になりました。そして、この春、初孫が生まれます。
おばあちゃん。見てますか? 私もおばあちゃんになるんですよ。
橋本   人は人生を繰り返す。
尾崎   人生を繰り返し、ただひたすらに繰り返す人生。
志保・園子   この道はいつか来た道。そして誰もが通る道。
佳織・ななえ  遠い遠い昔から続く、この何千回、何万回、何百万回、何億回の果てしのない記憶の繰り返しの果てに、私たちは何を見つけてきたのでしょうか? 何を見つけるのでしょうか?
全員   私たちは何のために生まれるのですか? 何のために生きるのですか? 何のために死ぬのですか? どこから来て、どこへ行くのですか?

      全員、空を見上げる。

志保   あ。雪。‥‥季節はずれのなごりの雪です。去りゆく人を惜しんで降る雪。
園子   いいえ、あれは桜。散りゆく桜の花びらです。新しい旅立ちを見送る別れの桜。
佳織・ななえ  願わくは花の下にて春死なん そのきさらぎの望月の頃
尾崎・橋本   花に嵐のたとえもあるぞ さよならだけが人生だ。
全員   さよならだけが人生だ。

      音楽。

      暗転。


      深夜。
      全員が雑魚寝をしている。
      しばしの沈黙。

園子   ‥‥ねえ、武志。
尾崎   ‥‥‥。
園子   ‥‥武志、寝ちゃったの?
尾崎   ‥‥いや‥‥起きてるよ。
園子   ‥‥そう。
尾崎   何だい?
園子   いや‥‥まだ起きてるかなあって。
尾崎   ‥‥眠れないの?
園子   ‥‥まあ‥‥うん。
尾崎   そっか。
園子   ‥‥うん。

      しばしの間。

尾崎   ‥‥そっち行こうか?
園子   ‥‥うん。

      尾崎、園子の隣に座る。

尾崎   ‥‥何か考えてたの?
園子   ‥‥うん‥‥まあ。
尾崎   何考えてたの?
園子   まあ‥‥いろいろ。
尾崎   例えば、何?
園子   うーん‥‥そうねぇ‥‥私たちどうなっちゃうんだろうか‥‥とか。
尾崎   ああ。
園子   外はどうなってるのかなあ‥‥とか。
尾崎   ああ。

      しばしの沈黙。

園子   ねぇ、あれからもう何日も経つじゃない? どうして誰も助けに来てくれないのかな?
尾崎   ああ‥‥そうだな。
園子   ねぇ、どうしてだと思う?
尾崎   ‥‥さあ‥‥どうしてだろ?
園子   みんな全滅しちゃったの?
尾崎   ‥‥うーん。
園子   それとも、もしかしたら、私たちのこと、誰も気づいてないんじゃない?
尾崎   ‥‥それも‥‥あるかもな。
園子   あるかもな、じゃなくって‥‥もしそうだったら、私たち永久にここにいなくちゃならないんだよ!
尾崎   永久は、オーバーだろ?
園子   オーバーじゃないわよ。だいたい、この部屋の存在自体、私たちも知らなかったんだから。‥‥だったら、誰も探しに来るわけないよ。
尾崎   うーん‥‥そうだな。
園子   ‥‥そうだなばっかりなのね。
尾崎   ‥‥‥。

      しばしの間。

園子   ‥‥あのさ、昔、部活の本読みで、「ヌチドタカラ」ってやったでしょ?
尾崎   「ヌチドタカラ」?
園子   ほら、沖縄戦の話。最後に女の子たちが白旗を振るやつ。
尾崎   ‥‥ああ‥‥やったな。思い出した。
園子   あの劇ね、実は元の話があるのよ。
尾崎   元の話?
園子   そう。‥‥あれってね、実話をモデルにしてるの。知ってた?
尾崎   え? ‥‥ううん、知らない。
園子   「白旗の少女」っていう有名な写真があるの。アメリカ軍が撮った写真なんだけどね。沖縄戦の戦場で、ちっちゃな女の子が一人でボロボロの白旗を振っているの。そういう写真。
尾崎   ふーん。
園子   それがさ、その女の子が戦後も実は生き延びていて、写真のことは知ってたんだけど、「あれは私です」って、なかなか名乗れなかったのよね。
尾崎   へぇ。
園子   それがさ、かなりトシ取ってから、やっぱり沖縄戦の事実を語るべきだと思って、とうとう名乗り出たのよ。
尾崎   へぇ。
園子   それでわかったんだけど、その女の子は、家族ともバラバラになって、ひとりぼっちでさまよってたの。そして、ある防空壕に逃げ込んだら。そこには、弱り切った老夫婦がいたの。‥‥それで、その老夫婦にお世話になって、何日も何日も、防空壕の中で暮らすの。
尾崎   ‥‥‥。
園子   そんなある日、防空壕に向かって、アメリカ軍が日本語で放送をするの。「もうしばらくしたら、防空壕をみんな火炎放射器で焼くから、その前に出てきなさい」って。
尾崎   へぇ。
園子   でも、女の子たちは、出て行かないの。
尾崎   え? どうして? 火炎放射器で焼かれるんだろう?
園子   うん、そうなんだけど、その頃の日本人は「生きて虜囚の辱めを受けず」って言われてたのよね。
尾崎   それ、どういう意味。
園子   敵の捕虜になるくらいなら死になさいって、そんな感じ。
尾崎   無茶苦茶だなあ。
園子   まあ、戦争中だからね。
尾崎   まあ、そうだな。
園子   それに、それだけじゃなくって、アメリカ軍はうそつきだから、助けるなんて言ってても信じるなって言われてたのよね。
尾崎   ふーん。
園子   それで、その女の子も、おじいさん、おばあさんと一緒に死ぬって言ったのよ。
尾崎   ‥‥‥。
園子   そしたら、おじいさんが言ったのよね。「人間にとって命こそが宝だ。生きていればきっといいこともあるんだ。だから、どんなことがあっても生きなさい」ってね。そうして、自分のふんどしをビリビリと破いて、白旗を作ったの。
尾崎   それで、女の子がその旗を振ったのか?
園子   そうなの。防空壕から出て行って、初めはこっそりと旗を掲げたの。そしたら、近くのアメリカ兵が、銃を構えたの。それで、今度は女の子は必死になって笑顔を作って、白旗を大きく振ったの。
尾崎   へぇ。
園子   それで女の子たちは助かったの。‥‥で、女の子が銃だと思ったのは、実はカメラだったんだけどね。それで、その写真が発表されて、世界的に有名になったのよ。
尾崎   ふーん。

      しばしの間。

園子   ‥‥これって、似てると思わない?
尾崎   え? 何に?
園子   今の私たちに。
尾崎   ‥‥そうかなあ?
園子   そうよ。似てるわよ。
尾崎   だって、今は戦争中じゃないぜ。それに、誰かに攻撃されてるわけでもないし‥‥。
園子   いや、そうじゃなくて。‥‥このまま死んじゃうか、生き残るかっていうところがよ。
尾崎   だから、すぐに死ぬことはないさ。待ってれば助けが来るかもしれない。
園子   来るかもしれない、でしょ? ‥‥もしかしたら、来ないかもしれない。
尾崎   園子、お前、どうも昔からマイナス思考のところがあるんだよな。悪い癖だぜ。
園子   そっかなー。これは現実的な話だと思うんだけど‥‥。
尾崎   じゃ、どうなの? 誰かが白旗持ってここから出て行くの? ‥‥そんなことしたって、外には誰もいないかもしれないぜ。放射能で死んじゃうかもしれないぜ。
園子   ‥‥それは、そうだけど。
尾崎   第一、誰が、そんな役目をするの? ‥‥オレはいやだよ。リスクが大きすぎる。
園子   ‥‥そんなこと言ったって。

      しばらく気まずい沈黙。

園子   じゃあ‥‥じゃあ、私が行くよ。
尾崎   園子!
園子   私が出て行って、「助けて下さい」って言う。
尾崎   だから、思いつきでそんなこと言うもんじゃない!
園子   思いつきじゃないもん!
尾崎   オレがいやだって言ったから怒ってんの? それじゃ、謝るよ。謝るから‥‥。
園子   ‥‥じゃあ、武志も一緒に行く?
尾崎   それとこれとは‥‥。おい、頼むから、もうちょっと冷静に考えろよ。
園子   私は冷静だよ。
尾崎   ちっとも冷静じゃないよ。もっといろいろと助かる方法があるだろう?
園子   例えば、何があるのよ?
尾崎   例えば‥‥って、そんなの急に言われても思いつかないよ。
園子   ほーら、やっぱり。
尾崎   園子! そうやってすぐ意地を張るのも、お前の悪い癖だぞ。
園子   意地なんか張ってませーん。
尾崎   張ってる。
園子   張ってませーん。
尾崎   園子!
ななえ  ‥‥うん? どうかしたの?

      ななえが目を覚ます。

尾崎   いや、何でもない。何でもないから。
ななえ  そう? ‥‥ああ、二人でお話し中なの? ‥‥邪魔してごめんなさい。
園子   ‥‥いや、そんなんじゃないから。
ななえ  それじゃ、どうぞごゆっくりー。

      ななえ、寝る。

尾崎・園子   ‥‥‥。

      しばしの間。

尾崎   ‥‥それじゃ、俺たちも寝るか?
園子   ‥‥そうね。

      二人、元の場所に戻って寝る。

尾崎   ‥‥だけどさ。
園子   何?
尾崎   早まったことはすんなよな。
園子   ‥‥‥。
尾崎   ‥‥おい、聞いてんの?
園子   ‥‥聞いてるよ。
尾崎   ‥‥わかった?
園子   ‥‥うん。
尾崎   ‥‥そうか。
園子   ‥‥‥。

      しばしの間。

      音楽。

      暗転。


      全員が、バラバラと立っている。

橋本   何言ってんだよ!
佳織   そうよ、ばかげてるわ!
園子   でも、そうするしかないのよ!
志保   園ちゃん、ちょっと落ち着いて。
園子   私は落ち着いてるわよ。
ななえ  ‥‥そんなに急いで結論を出さなくても‥‥。
園子   急いでなんかいないわ。もう、待ったなしなのよ。
橋本   どうしてそんなことが言える?
園子   だって、あれから何日経ったと思う? 誰も助けになんか来やしないじゃないの?
橋本   それはそうだけど‥‥。
園子   食糧や水だって無限にあるわけじゃないわ。それを考えたら、今やらなくちゃいけないのよ。
志保   でも、外に出るなんて危険すぎるわ。
佳織   そうよ。何かもっといい方法があるはずよ。
園子   じゃあ、どんな方法があるのよ?
佳織   ‥‥それは。
園子   ‥‥ほら。
ななえ  でもねぇ‥‥。
園子   でも、何なのよ?
ななえ  ‥‥‥。
志保   ねぇ、尾崎君からも何か言ってあげてよ!
尾崎   え? オレ?
志保   うん。
尾崎   ‥‥そうだな‥‥オレもみんなの言う通りだと思うよ。
園子   みんなの言う通りって、何よ?
尾崎   ‥‥だから、もっとじっくり考えてだな‥‥。
園子   考えたら、解決するの? いいアイデアが出るの?
尾崎   え?
園子   考えるんだったら、今考えてよ! 今アイデアが出せるでしょ?
全員   ‥‥‥。

      長い気まずい沈黙。

橋本   ‥‥じゃ、じゃあさ、仮に、仮にだよ、誰かが外に出て救助を求めるとしよう。‥‥それで、誰が行くんだよ?
全員   ‥‥‥。
橋本   ほら。‥‥そんなの誰も決められないぜ。究極のロシアンルーレットじゃないか。
全員   ‥‥‥。
園子   ‥‥私が行くわ。
全員   え。
園子   それと‥‥。

      園子、尾崎を見つめる。
      全員、園子の視線に気づく。
      しかし、しばらくして尾崎は目をそらす。

園子   ‥‥‥。じゃあ、私一人で行くわ。
佳織   ‥‥園ちゃん。
志保   ほんとにいいの? 外は放射能で一杯かもしれないよ。助けを求める前に死んじゃうかもしれないんだよ。
園子   ‥‥わかってるわ。
ななえ  園ちゃんじゃダメよ。‥‥ほら、こういう時、映画なんかだったら‥‥。

      ななえ、男二人を見る。
      女子全員、男二人を見る。
      しかし、二人ともうつむいてしまう。

ななえ  (小さな声で)いくじなし。
橋本   おいおいおい。何だよ、何だよ、その目は? こういう時は男が行けってか? ‥‥ふん、何だよ、都合のいい時だけ、女は弱者になるんだよな。‥‥わかってるの? 死ぬんだよ? マジで死ぬんだよ? 映画みたいにハッピーエンドが約束されてるわけじゃないんだよ? だからさ、その死の恐怖に男も女もないんだよ! ‥‥ああ、いいさ、いくじなしでも、弱虫でも、何とでも言ってくれ。オレはそんなマッチョなアメリカンヒーローなんかにゃなれないんだよ!
尾崎   ‥‥‥。(後ろを向く)
全員   ‥‥‥。
園子   ‥‥じゃ、決まりね。
全員   え。
園子   それじゃ、私行くから。
ななえ  園ちゃん。
佳織   ちょ、ちょっと待ってよ。
園子   じゃあね。

      園子、出口に向かって歩き出す。

志保   ねぇ、誰か、園ちゃん止めてよ!
橋本   山下、行くんじゃない! 生徒会長としてオレが許さんぞ!
園子   ふふ。都合のいい時だけ生徒会長なのね。
橋本   ‥‥‥。

      園子、走って行く。

全員   園ちゃん!

      ドアが開き、閉じる音。

全員   ‥‥園ちゃん。

      全員うなだれる。
      ひざまづく者もいる。
      長い沈黙。
      やがて、志保が歩き出す。

志保   園ちゃん、あなたが去ってから、私たちはじっと待っていました。あなたが生きて帰って来ることを信じていました。しかし、いつまで待っても、あなたは帰ってきませんでした。誰も助けに来てくれませんでした。それから何日もの時間が過ぎ、やがて、食糧も、水もなくなって行きました。自家発電の燃料も、もう尽きようとしていました。

      佳織が歩き出す。

佳織   四月一日、とうとうアメリカ軍の艦砲射撃が始まりました。私たちは、砲弾の雨の中をかいくぐり、なすすべもなく、ひたすらに逃げ回っていました。女や子供達は、狭い洞窟の中で、昼夜となく続く爆発音に耳をふざぎ、ただ震えているばかりでした。そして、いよいよ敵軍が迫ってきているという切迫した状況の中で、泣き声を消すために赤ん坊は首を絞められ殺されました。そして軍属の人から手投げ弾が配られたのです。

      尾崎が歩き出す。

尾崎   三月十一日、金曜日。昼休みを終え、午後の仕事に取りかかっていた時、突き上げるような激しい揺れが襲いました。家々は崩れ、地面は裂け、あたり一面は、あっという間に廃墟に変貌しました。揺れが一段落した後、人々は急いで家族に連絡しようとしましたが、もう電話もつながらない状態でした。途方に暮れた私たちは、崩れ残った家の屋根の下に身を隠しているほかはありませんでした。しかし、その時、次に迫り来る本当の地獄に気づいている人は、まだほとんどいなかったのです。

      橋本が歩き出す。

橋本   パパ、ママ、お姉ちゃん、ごめんなさい。ボクは先に逝きます。ごめんなさい。ボクは弱虫です。これ以上、今の苦しさに耐えていることはできません。‥‥確かに人間はいつか死んでいくものだけど、こんな形で死んでしまうのは悔しくてなりません。だから、ボクを苦しめたやつらのことは、死んでも忘れません。木島、田中、藤崎、池上、お前たちのことは絶対に許さないから。
死ぬ勇気があるなら生きろって人は言うけど、そんなのは本当の苦しみを知らない人たちです。ボクには一分一秒生きることが地獄なんです。だから、楽になりたいんです。

      ななえが歩き出す。

ななえ  とうとう、おしまいです。電気もつかなくなりました。食べ物も、もうビスケットが数かけら。飲み水もほんの少し。これで最後の晩餐をします。それが終わったら、みんなでお葬式をします。園ちゃんと、私たちみんなのお葬式です。ここにあなたがいないのがとても残念です。どうせ遠くへ行くのなら、みんな一緒に行きたかったな。
園ちゃん、ひとりぼっちはさみしいだろうけど、もうすぐみんなで行きますからね。その時まで、待っててね。

      天井から、全員の遺影が下りてくる。

橋本   人は人生を繰り返す。
尾崎   人生を繰り返し、ただひたすらに繰り返す人生。
志保   この道はいつか来た道。そして誰もが通る道。
佳織・ななえ  遠い遠い昔から続く、この何千回、何万回、何百万回、何億回の果てしのない記憶の繰り返しの果てに、私たちは何を見つけてきたのでしょうか? 何を見つけるのでしょうか?
全員   私たちは何のために生まれるのですか? 何のために生きるのですか? 何のために死ぬのですか? どこから来て、どこへ行くのですか?
佳織・ななえ  願わくは花の下にて春死なん そのきさらぎの望月の頃
尾崎・橋本   花に嵐のたとえもあるぞ さよならだけが人生だ。
全員   さよならだけが人生だ。

      下手花道のドアが開き、園子が出てくる。
      園子、ゆっくりと舞台上に歩いて来る。
      中央に立ち止まり、サス。

園子   私は生き残ってしまいました。たった一人、むしろ一番死に近かったはずの私が生き残ったのは、運命の皮肉という他はありません。
生きのびた私は、生きのびた者の責任として、これからも生きるしかありません。
生きていてもいいことなんかないような気もします。いやなことの方が多いような気もします。でも、私は生きるのです。あがいて、もがいて、のたうちまわって、どんなに苦しくても、つらくても、見苦しくても、いさぎよくなくても、醜くても、卑怯者と呼ばれても、私は‥‥
私は生きのびます。

      しばしの間。

      緞帳下りる。

                              おわり          

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