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若者たち

【これは、劇団「かんから館」が、2016年5月に上演した演劇の台本です】

とある老人ホームに、20歳の新人ヘルパーの女性がやって来る。こともあろうに、1人の老人がその女性に一目惚れしてしまう。同居の女性老人達は興味本位で応援団を結成するのだが‥‥。かなりドタバタなコメディ作品。

  〈登場人物〉

   須藤賢作(老人)
   片山栄二(老人)
   木山英子(老人)
   神谷和代(老人)
   田中美和(介護士)
   高村光太郎(介護士)
   島瑞穂(介護士)
   川崎雅之(所長)

【注】全員若い俳優が演じます。老人っぽい演技はしません。老人っぽい衣装も着ません。

    ある老人介護施設。
    二人の男(須藤と片山)がイスに座って雑談している。

須藤   なんだかんだ言ってもね、やっぱり、結局、つまるところ、要するに、バストなんだよね。
片山   バスト?
須藤   そう、バスト。おっぱい、おちち、乳房。やっぱり、女は畢竟バストなんだよ。
片山   そうかなあ?
須藤   当然だろ? それも、やっぱり巨乳がいいよね。巨乳、ボインちゃん。Fカップ、Gカップ、Eカップ、Hカップ、ああ、想像するだけでワクワクするよねぇ。綾瀬はるかなんかのボインを眺めてたりすると、もうね、劣情を喚起せしむるって言うか、むしろ荘厳な気分にさえなったりさえする。
片山   イマドキ、ボインちゃんなんて言わないだろ? それに、キミは綾瀬はるかのを実際に見たこととかないだろ?
須藤   当たり前だろ。写真だよ、写真。水着写真のあの下に隠されたものを想像力をたくましくしてだね‥‥
片山   かなあ? オレ、でかすぎるのはあんまり好きじゃないなあ。
須藤   え? どうして?
片山   どうしてって、なんか牛みたいじゃん。
須藤   牛? なんだよ、それ?
片山   ほら、北海道のホルスタインなんかの乳しぼりの風景? ああいうのと完全にダブっちゃってさ、なんかそのワクワクとかできない。
須藤   人間と牛は違うだろ?
片山   似たようなもんだよ。乳房だけ見てたら。それも、FとかGなんかになったら、それこそホルスタインそっくりだよ。
須藤   え? 欲情とかしないわけ?
片山   しないしない。むしろ萎える。
須藤   それって、おっぱいのでかさの話じゃなくって、単にあっちの方の問題じゃないの?
片山   失敬なことを言うな。オレはまだまだ、全然現役だよ。
須藤   マジで?
片山   マジマジ。大マジだよ。
須藤   無理してかっこつけなくてもいいよ?
片山   つけてない!
須藤   へぇー。‥‥まあ、そういうことにしておいてやるよ。武士の情けだ。
片山   何が武士の情けだ?
須藤   じゃさ、巨乳が嫌いだとすると、ひょっとして貧乳とかが好みなわけ?
片山   だから、オレはバストで女を見たりしないから。
須藤   何フェミニストぶってかっこつけてるの?
片山   だから、つけてないって!
須藤   じゃさ、どういう女がお好みなわけよ? 具体的にさ?
片山   それはさ‥‥ケースバイケースだよ。
須藤   だから、例えば、女優とかタレントで言うと?
片山   最近の女優は知らんからなあ。
須藤   最近じゃなくてもいいからさ。
片山   うーん。例えば‥‥
須藤   例えば?
片山   例えば‥‥吉永小百合。
須藤   ほお。‥‥栄ちゃん、サユリストだったの?
片山   原節子。
須藤   これはえらく懐かしいのが出てきたな。‥‥そっか、往年の清純派路線ってわけね。
片山   まあ、そういう感じかな。
須藤   それはそれは。‥‥そう言えば、原節子死んじゃったね。
片山   うん、死んじゃった。
須藤   いくつだったっけ?
片山   九十いくつかだよ。確か。
須藤   そっか。九十超えてたか。
片山   うん。
須藤   ほんとに時の経つのは早いもんだ。オレたちもトシをとるわけだ。
片山   そうだな。
須藤   昭和は遠くなりにけりだな。
片山   そうだな。
須藤   なんまんだぶ。なんまんだぶ。
片山   なんまんだぶ。なんまんだぶ。

    二人、手を合わせる。
    木山と神谷と田中が入って来る。木山は車椅子に乗っている。田中が押している。

木山   あんたたち、朝から何やってんのよ?
神谷   ほんま、げんくそ悪いじいさんらやわ。
須藤   うるさいな、ばばあ。
木山   また、誰か友達でも死んだの?
須藤   ばあさんには関係ない。
神谷   関係ないことはないやろ? 朝から念仏なんかされたら、こっちも気色悪いやんか。
片山   原さんの追悼やってるの。
木山   原さん? 誰それ?
片山   原節子さん。
木山   何よ。原さんなんて言うから、知り合いかって思うじゃないの?
神谷   そう言えば亡くならはったんやねぇ。ニュースでやってたな。
木山   いくつだっけ?
神谷   もう九十ぐらい?
片山   九十は超えてる。
木山   だからいくつなのよ?
片山   九十いくつか。
神谷   九十も九十いくつかも変わらんやん。
片山   違う。
神谷   何が違うん?
須藤   お前らと原節子は全然違うってことだ。
神谷   何言うてんの? ややこしいこと言わんといて。
木山   そうよ。このじいさん、だいぶぼけてんじゃないの?
須藤   何だと?
田中   まあまあ、朝からケンカしないでよ。
木山   だって、このじじいが。
須藤   このばばあが。
田中   はいはい。とりあえずストップね。それで、えーと、何もめてるんだっけ?
神谷   原節子のトシ。
田中   じゃあ、調べてあげるわ。ちょっと待ってて。

    田中、スマホを取り出す。

田中   Hey Siri。
神谷   何で英語でしゃべってんの?
田中   いいから。‥‥原‥‥ええっと、誰だっけ?
須藤   原節子。
田中   原節子の年齢を教えて。
神谷   誰にしゃべってんの?
田中   いいから。
神谷   なあ、美和ちゃん、誰にしゃべってんの?
田中   だから、ちょっと黙ってて。

    スマホがうまく反応しない。

田中   もう、ゴチャゴチャ言うから。‥‥Hey Siri。
神谷   だから、何で英語?
田中   原節子の年齢を教えて。

    スマホが答える。

田中   九十五歳だって。
神谷   うわ、こいつしゃべりよるんや。気色わるー。
木山   ほんとほんと。
須藤   そんなのも知らないの? CMでやってんじゃん。もう、これだから年寄りは。
木山   あんただって年寄りじゃん。
須藤   こちとらトシはとっても、頭は二十代。お前らとはここが違うんだよ。
木山   何言ってんのよ。このボケじじいが。
神谷   ほんまやわ。このもうろくじじい。
須藤   何だと?
田中   だから、朝っぱらからケンカしないでよ。もう、人がせっかく調べてあげたのに。‥‥だから、九十五歳よ。わかった?
木山   ‥‥‥。
須藤   ‥‥‥。

    高村が入って来る。

高村   はいはい、皆さん、散歩の時間ですよー。
神谷   えー、散歩?
高村   今日は良いお天気だから、楽しく散歩できますよ。
神谷   あたしはええわ。
高村   え、どうして?
神谷   なんか、さっきから頭が痛いねん。
高村   散歩に行ったら、頭痛も治りますよ。
神谷   それに、なんか、さっきからお腹が痛くて、膝も痛むねん。
田中   あら? 神谷さん、さっきまですっごく元気だったじゃない?
神谷   急に痛くなってきてん。
田中   ふーん。
木山   いつも思うんだけど、車椅子で散歩なんかして意味あるの?
高村   そりゃありますよ。気分転換にもなるし。今日はお天気がいいから気持ちいいですよ。
木山   そうかなあ?
高村   そうですよ。
須藤   高村さん、こいつら、いつもの仮病だよ。こんなやつらほっといて、さっさと行こう。
片山   そうだ、そうだ。運動するとメシもうまい。
高村   はい、そうですよ。さあ、木山さんも、神谷さんも行きましょう。
神谷   やっぱりあたしはええわ。なんかしんどなってきたし。
木山   私も和代ちゃんが心配だから、ここで待ってるわ。
高村   そんなこと言わないで。さあ、行きますよ。
須藤   もう、先に行くよ。わがままばばあは置いて行こう。
片山   そうだ、そうだ。

    須藤と片山、出口に立っている。

高村   ちょっと待ってて下さいよ。ほらほらほら、待たせちゃ悪いから、行きましょう。
木山   だから、私たちは残ってるから、じじいたちと行ってよ。
高村   だから、そういうわけにも‥‥。
田中   高村君、おじいちゃんたちと先に行っておいて。この人たちは私が連れて行くから。
高村   え、そうっすか? でも‥‥。
田中   いいから、行って。
高村   あ、はい。

    高村、出口に行く。

高村   じゃ、そういうことらしいですから、先に行きましょう。
須藤   お、そうこなくっちゃ。だいたいこんなばばあと散歩に行っても気分転換にもならん。
片山   そうだ、そうだ。
木山   何だって?
高村   ほらほら、行きますよ。

    男三人去る。

(須藤と片山の声)♪歩こう歩こう わたしは元気 歩くの大好き どんどん行こう。

木山   何が、歩こう歩こうだ。
神谷   ほんま、あのくそじじい、むかつくわ。
木山   どっかで転んで骨でも折ればいいのよ。
神谷   ほんまほんま。骨だけちごて頭でも打ってあの世まで散歩に行ったらええねん。
木山   あ、それもありかもね。
神谷   でしょう?
木山・神谷   アハハハハハハ。
田中   ほら、そんな悪口を言う元気があるんだったら、さっさと散歩に行く。
神谷   あ、今度は腰が‥‥アイタタタタ。
木山   私も頭痛が痛くなって来た。
田中   もう‥‥。(小声で)このくそババアが。
木山・神谷 え? 何か言った?
田中   い、いえ、別に何も。
木山・神谷   あ、そう。

    木山・神谷と田中にらみ合う。

    音楽。
    暗転。

    木山と神谷と田中が話している。

木山   美魔女とかいるじゃない? あれってホントだと思う?
神谷   あんなん、整形に決まってるやん。
田中   いや、そうでもないみたいよ。
木山   ほんと?
田中   私の同級生とかでも、すっごく若く見える人とかいるから。
神谷   あっそうか。美和ちゃんとか、美魔女世代なんや。
田中   そうそう、美魔女世代よ。
神谷   何いばってんの。トシだけの話やん。その世代がみんな美魔女っていうのんとちゃうし。むしろ、めったにいいひんから美魔女やし。
田中   うるさいわね。
木山   整形じゃなかったら、化粧品? ドモホルンリンクルとか?
田中   まあ、それもあるんだろうけど、やっぱり食事管理とか、ジムとか行ったりして、体全体で整えてるみたいよ。
神谷   そういうの、ずーっと、毎日やってんの?
田中   うん、そうみたい。
神谷   あかんわ。そういうの、続かへんタイプやし。
田中   え、神谷さん、今から美魔女になるつもりだったの?
神谷   あかんの?
田中   いや、さすがにそのトシで美魔女っていないでしょ?
木山   もし仮になれたりしたとしてもよ、それはただの魔女よ。
神谷   うるさいなー。
木山・田中  ははははは。

    高村が入って来る。

高村   あ、田中さん、いいですか?
田中   何?
高村   所長さんが、みんなを集めてくれって。
田中   所長さんが? 何なの?
高村   さあ? ボク、玄関から入ったら呼び止められたんで。詳しく聞いてないんで。
田中   ふーん。じゃ、高村君、おじいちゃんたちを呼んできて。
高村   あ、はい。

    高村、呼びに行く。

高村   須藤さん、片山さん、ちょっと来て下さーい。
神谷   何やろね?
田中   さあ?
木山   何か衝撃の発表会見だったりして。所長が結婚するとか。
田中   まさか。

    須藤、片山やって来る。

須藤   何なんだよ? いいとこだったのに。
高村   だから、ボクもわかんないんですよ。
木山   いいとこって、何なのよ?
須藤   将棋だよ。将棋。
木山   ああ、ヘボ将棋ね。
須藤   ヘボは余計だ。
片山   まあ、もう勝負はついてるけどな。
須藤   いやいや、これから劇的に形勢が逆転するの。
片山   それはないない。
須藤   あるって。

    川崎が出て来る。

川崎   やあやあ、みなさんお集まりですかな?
神谷   所長さん、いったい何なん?
木山   もしかして婚約発表? ヒューヒュー。
川崎   え?
神谷   それを言うんやったら離婚発表やろ?
須藤   今いいとこなんだから、さっさとやってよね。
川崎   え? いいとこ?
木山   所長さん、無視無視。ヘボ将棋の話だから。
須藤   だから、ヘボは余計だって。
木山   事実じゃないの?
須藤   うるさいんだよ、くそばばあ。
田中   もう、そんなにみんなでゴチャゴチャ言ってたら、所長さん、しゃべれないじゃないの。静粛に!

    全員、黙る。

川崎   えー、みなさん、お忙しい中、お集まりいただいたのは他でもありません。ちょっと皆さんにお知らせしたいニュースがあるのです。
木山   おっ、やっぱり婚約発表? ヒューヒュー。
田中   だから、静粛にって!
川崎   では、紹介します! 島瑞穂さんです! 島さん、どうぞ。‥‥あれ? ちょっと待っててください。

    川崎、島を呼びに行く。
    しばらくして、川崎と島が出て来る。

川崎   えー、失礼しました。改めてご紹介致します。島瑞穂さんです!
島    えー、島と申します。よろしくお願いします。
木山   えー、その子が所長の婚約者なの?
神谷   めっちゃ若いやん! 犯罪やで! 隠し子とちゃうん?
川崎   何言ってるの? 研修生だって言ったでしょ?
木山   え? 言ってない。言ってない。
神谷   聞いてへん。聞いてへん。
須藤   初耳だぞ!
片山   そうだ、そうだ。
川崎   え? あれ? 言ってなかったっけ? 田中さん。
田中   言ってません。
川崎   あ、そっか? 言ってない? 言ってないのね? ごめんなさいねぇ。これまた失礼致しました。
須藤   ごめんで済んだら警察はいらない。
片山   そうだ、そうだ。
川崎   困ったな。じゃあ、どうしようかな? もう一回やり直そうか? 島さん、悪いけど、一度あっちに戻って、もう一回出て来てもらえる?
島    はあ?
田中   所長さん。そういうのはもういいですから。
川崎   ああ、そだね。じゃ、じゃあ、紹介しまーす。新人ヘルパーの島瑞穂さんです。とりあえず、三ヶ月間は見習いの研修生ってことで来てもらいます。はい、島さん。
島    え?
川崎   ご挨拶。
島    あ、はい。研修生の島瑞穂です。よろしくお願いします。
川崎   はい。‥‥あ、拍手!

    全員、拍手。

神谷   ねぇねぇ、いくつ?
島    え? ああ、ハタチです。
神谷   うわ、ピチピチギャルやん!
木山   ってことは、平成生まれ?
島    あ、はい。
須藤   すっげー。もはや人類とは思えない。
川崎   はいはい。勝手に質問しない。今から、私が紹介しますから。‥‥えーと、こちらが木山英子さん。
木山   木山です。よろしくね。
島    よろしくお願いします。
川崎   神谷和代さん。
神谷   よろぴくー。
島    よろしくお願いします。
川崎   それから、須藤賢作さん。
須藤   す、須藤賢作と申します。よろしくお願い致します。
島    よろしくお願いします。
川崎   片山英二さん。
片山   よろしくです。
島    よろしくお願いします。
川崎   それで、こちらがスタッフの田中美和さん。
田中   田中です。わからないことがあったら、何でも聞いてね。
島    あ、はい。よろしくお願いします。
川崎   で、彼が一番の若手で、高村光太郎君。
高村   高村です。よろしくお願いします。
島    よろしくお願いします。
川崎   ということで、結構癖が強い個性的なメンバーですが、まあ、そんなに悪い人もいないので、気楽に楽しくやって下さい。
島    あ、はい。
木山   癖が強いって、誰が?
神谷   それって、もちろんじじいのことやんね。
片山   何だって?
川崎   あー、はいはい。皆さんも、決していじめたりはなさらないように。
神谷   誰がそんなことするかいな。私ら心優しき乙女やさかいにな。
木山   ほんに、ほんに。
片山   心優しき乙女? ここにそんなのいたっけなあ?
神谷   え? じいさん、何か言うた?
片山   いえいえ、何も言ってませんよ。‥‥ほら、こういうばあさんたちだから、くれぐれも気をつけた方がいいよ。
島    あ、はあ。
木山   どすけべなセクハラじじいばっかりだから、ほんと気をつけた方がいいよ。
神谷   何かあったらすぐに言いな。私らが守ってあげるさかい。
島    ああ、はあ。
片山   言わせておけば、ほんと口の減らないばばあだぜ。‥‥ほら、須藤ちゃんからもガツーンと言ってやって。
須藤   ‥‥‥。
片山   ほら、一発ギャフンと言わせてやってよ。
須藤   え?‥‥ああ‥‥そ、そうだな。‥‥とにかく、みんなで仲良くやりましょう。
片山   え? ‥‥須藤ちゃん、何言ってんの?
神谷   何か悪いもんでも食ったんとちゃう?
川崎   ほらほら、須藤さんの言う通りですよ。悪口ばっかり言ってないで、みんなで仲良くやりましょう。
島    はい。いろいろ不慣れでご迷惑をおかけするかもしれませんが、一生懸命がんばりますので、よろしくお願いします。
全員   よろしくお願いします。(拍手)
田中   じゃあ、ご挨拶も終わったことだし、業務内容について詳しく説明するわ。事務室に行きましょう。
島    あ、はい。よろしくお願いします。
田中   じゃあ、高村君、こっちの方、お願いね。
高村   あ、はい。

    田中、島、川崎去る。

木山   結構清楚な感じの子よね。
神谷   ほんまほんま。イマドキには珍しい。
木山   擦れてないって言うか、素朴な感じって言うか。
神谷   ほんまほんま。ええ子みたいやね。
片山   それが、ここの実態を知った日にどうなって行くかが見物だね。
木山   ここの実態って何よ?
片山   そんなのわかりきってるじゃん。ババタリアン地獄。
神谷   何言うてんのん。それを言うならジジタリアンやろ!
片山   そんな言葉はありませーん。
神谷   それやったら、ババタリアンかてないやん。
片山   それは、オバタリアンの発展系でーす。
木山   オバタリアンなんて、もう死語よ。死語。
片山   何若者ぶってるの? 老人に死語も五語もありましぇーん。
神谷   わ、しょーもなー。
片山   ほらほら、須藤ちゃん、ガツーンと言ってやって。ガツンと。
須藤   ‥‥‥。
片山   ほら、須藤ちゃん!
須藤   え? ‥‥ああ。
片山   え? どうしちゃったのよ? マジで調子悪いの?
須藤   え? ‥‥いや。
神谷   ほんまに何か拾て食ったんちゃう?
片山   犬じゃあるまいし。
木山   クソジジイがおとなしいと張り合いがないわねぇ。何か調子狂っちゃう。
神谷   ほんまほんま。
木山   ああ、そうだ。高村君。
高村   え? 何ですか?
木山   あなた、どうなの?
高村   え? どうなのって?
木山   決まってんじゃん。さっきの子よ。ええっと‥‥
神谷   島さん! 島瑞穂さん!
木山   そうそう、島さんよ。‥‥あの子とかどうなの?
高村   どうって?
木山   タイプじゃないの?
神谷   そやそや、タイプちゃうん?
高村   え、そんなこと急に言われても‥‥。まだ、会ったばかりだし。
木山   いやいや、恋に時間なんか必要ない!
神谷   そやそや。ひと目会ったその日から、
木山   恋の花咲くこともある。‥‥そこんとこ、どうなの?
神谷   どうなん?
高村   そんな、どうなのって言われても‥‥。いや、だから、ほんと、僕、彼女のこと、何も知りませんから。
木山   じゃあ、知らなかったら知りたいとか思わないの?
神谷   そやそや、お近づきになりたいとか思わへんの? 仲良くなりたいとか思わへんの? 
高村   そ、そりゃ、仲良くなりたいとは思いますよ。同僚になるんですから。
木山   そんなこと言って誤魔化さない!
神谷   そやそや。誤魔化すな!
高村   だから、誤魔化してなんかいませんよ。何言ってるんですか?
木山   何だったら、おねえさんがお世話してあげてもよくってよ。
片山   誰がおねえさんなの? どさくさに何言ってんの?
神谷   じじいは黙っとれ。‥‥据え膳食わぬは男の恥って言うやん。この際や、行っとけ、行っとけ。
片山   何が据え膳なの? 何がこの際なの?
神谷   だから、じじいは黙っとれって言うてるやろ!
片山   ほんとヒマに飽かせて何言い出すやら。高村君、こんな耄碌ばばあの言うことなんか相手にしちゃダメだよ。
神谷   うるさい! あんたこそ耄碌じじいやろ!
片山   ほらほら、こんな勝手なこと言わせてていいんですか? ここは須藤ちゃん、真打ちの登場だよ。クソババアたちに一発ガツーンとお灸を据えてやってよ。
須藤   ‥‥‥。
片山   だから、須藤ちゃん!
須藤   え? ‥‥ああ。
片山   須藤ちゃん、ほんとどうしたの? 大丈夫?
須藤   ‥‥あ、あのな、栄ちゃん‥‥。
片山   え、何?
須藤   この世の中に‥‥一目惚れって‥‥ほんとにあるんだな。
片山   え? ‥‥え?
木山   どういうこと?
須藤   だから‥‥一目惚れ。
神谷   だから、その一目惚れが何なん?
須藤   ‥‥‥。
木山   え? ‥‥まさか?
神谷   まさかって何なん?
片山   だから、あれだよ。ひょっとして、まさか、さっきの子?

    須藤、ためらいながらうなずく。

片山   えええー。
神谷   だから、何がえええーなん?
片山   あんたにぶいな。だから、須藤ちゃんが、あれなんだよ。さっきの女の子に。
神谷   島さん? 島瑞穂さん?
片山   そう、それだよ。島瑞穂さん!
神谷   いややわあ。このおじいちゃん、何言うたはんの? ほんまにぼけてしもたはるんやろか?
木山   か、和代ちゃん。ひょっとして、これ、ぼけじゃないかも。
神谷   英子ちゃんまで何言うたはるん? そんなんあるわけないやないの。
木山   私もそう思いたいのは山々だけど‥‥。
神谷   みんな、ほんま冗談が好きやねえ。そら、あたしら確かにヒマでヒマで退屈やけど、もうちょっとおもろい冗談言うてよ。
木山   いや、だから和代ちゃん、これは冗談じゃなくって‥‥。

    しばしの間。

神谷   いやいやいやいや! そんなんありえへんって!
木山   和代ちゃん、私も同じ気持ちだよ。
神谷   それはないって! ありえへんって! いくら恋愛に年の差は関係ないって言うても、六十歳やで、六十歳! そんなん、オーマイガッやわ! 神さんが笑ろてお茶沸かすて!
木山   私もそう思う。異議なし。賛成。
片山   須藤ちゃん、申し訳ないけど、オレもこの件に関してはばあさんたちと同意見だよ。
須藤   ‥‥‥。
片山   ねぇ、須藤ちゃん。お願いだから、うるせーこのやろーとか言ってくれよ。オレのこと殴っていいからさあ。
須藤   ‥‥‥。
片山   須藤ちゃん。頼むから冗談だよって言ってくれよ。な、な、そうなんだろ? 冗談なんだろ?
須藤   ‥‥‥。
片山   おい、何か言えよ! ウンでもスンでもいいからさあ。
須藤   ‥‥栄ちゃん。
片山   な、何だ?
須藤   胸のあたりがさ、キューンとするんだよ。
片山   え?
須藤   何か、苦しくってさ、切なくってさ、ほら、ドラマとかでよくあるじゃんか。切ない片思いでメシも食えないとか。あれってドラマだからそうなんだって思ってたんだけど、そうじゃなかったんだな。
片山   な、何言ってんだよ。らしくもないぜ。
須藤   栄ちゃん。‥‥オレ、どうなっちまったんだろ? このまま死んじまうのかな?
片山   そんなわけないだろ! 弱気になるなよ!
須藤   栄ちゃん。オレ、マジで苦しいんだよ。切ないんだよ。こんなの初めてだよ。
片山   須藤ちゃん‥‥。
須藤   栄ちゃん、助けてくれよ。
片山   須藤ちゃん!
神谷   はあー、お医者様でも草津の湯でも、ドッコイショ、恋の病は、こーりゃー治りゃせぬよ、チョイナチョイナ。
全員   えらいやっちゃ、えらいやっちゃ、ヨイヨイヨイヨイ。えらいやっちゃ、えらいやっちゃ、ヨイヨイヨイヨイ。

    全員、踊り出す。
    音楽(「東京音頭」)。
    暗転。

    木山と神谷と田中が話している。

神谷   ほんま、えらいことになったなあ。びっくりぽんやで。
木山   ほんとにねぇ。
神谷   あのじいさん、そろそろボケが入り始めたんやろか?
木山   いや、そうでもないんじゃない?
神谷   え? なんで?
木山   いや、何となく。
神谷   そやけど、あんなのありえる? あんなじいさんがハタチの女の子に一目惚れするとか。
木山   まあ、普通に考えたらそうだけど、‥‥でも、それが案外あり得たりして。
神谷   えええー。何言うてんの? 年の差、六十やで。六十。こんだけ離れてたら、もう、これは犯罪って言うより、犯罪をとっくに超えまくって、何ちゅうか、もうわけわかめやわ。
木山   まあ、それはそうなんだけど‥‥。
神谷   そやから、ボケとしか考えられへんやん。もはや正気の沙汰ではありません。
木山   それがさ、和代ちゃん。
神谷   何?
木山   男って言うか、ひょっとして男でなくてもそうなのかもしれないけど、そういうのってあるのかもしれないって思うのよ。
神谷   え? 何言うてんの?
木山   あれからね、いろいろ考えてみたのよ。それで思ったんだけどね、ほら、最近年の差婚って流行ってるじゃない? 十歳とか二十歳とか‥‥、加藤茶なんか四十五歳だっけ?
神谷   それはそうやけど、さすがに六十歳はないんちゃう?
木山   確かに、それはそうかもしれないんだけど、とにかく、あれだけ年の差があって、それでも恋愛感情とか抱けるものなのかなって思っちゃったわけよ。自分の娘とか孫みたいな女の子に。
神谷   そんなんわからんわ。一種のロリコンみたいなもんとちゃうん?
木山   うん、そうかもしれない。そういう面は否定しないんだけどね、でも、よくよく自分のことを考えてみると、全くわからないわけでもないって言うか‥‥。
神谷   えええー。英子ちゃん、ロリコンなん? いや、女はロリコンとは言わへんか。何ちゅうのかいな?
木山   いやいや、そういうことじゃなくってさ‥‥。あのさ、ちょっと変なこと聞くけど、和代ちゃん、あなた、自分が今何歳だと思う?
神谷   いややわー、レディーにトシ聞くなんて失礼ですわよん。
田中   いやいや、レディーって、そんな良いもんじゃないでしょ?
神谷   うるさいな!
木山   いや、違うのよ。私が聞いてるのは実際の年齢じゃなくってさ、まあ、実際は七十歳や八十歳だったとしても、自分の実感っていうか、感覚的に、自分が七十や八十だって思える?
神谷   え? 何が言いたいの? 話が見えへんのやけど。
木山   何て言うか、騙されたとか思わない?
神谷   騙された?
木山   私は思うんだよねー。騙されたって言うか、こんなはずじゃなかったって。いつのまにおばあさんになっちゃってたんだろって。
神谷   え?
木山   そりゃね、さすがにこないだまで女学生だったとか、ハタチのピチピチギャルだったとかは言わないけどさ、それでもおばあさんってのも違うだろって。そう思うのよね。
神谷   ああ、そう言われたらそうかな。
木山   ほら、そういうのは田中さんぐらいでもあるんじゃない?ねえ、田中さん、あなた、自分がおばさんだってことをどう思う?
田中   え? おばさん? 失敬だわ。‥‥って、まあ、それは冗談だけど、‥‥そうねぇ、そう言われてみれば、自分がおばさんっていうのは、ちょっと違和感があるって言うか、受け入れたくないって言うか、ちょっとピンと来ないって言うか‥‥。
木山   でしょ?
田中   ああ‥‥うん。
木山   ほら、私たちだって、そうだったんじゃない? 例えば十代の学生だった時、三十歳ぐらいの先生のことどう思ってた?
神谷   そんなん昔過ぎて覚えてへんわ。
木山   いやいや、そんなことないでしょ? 覚えてるはずよ。
田中   十代って、高校生の時?
木山   まあ、そのぐらい。
田中   三十歳ねぇ まあ、そりゃ、おじさん‥‥よねぇ。
神谷   まあ‥‥そう言えばそやったような気もするかな。
木山   それが自分が三十歳になった時、自分のことどう思ってた?
神谷   ピチピチギャル!
田中   いやいや、それはないない。
木山   おばさんとか思ってた?
田中   まあ、冗談でそんなことを言ったりはしてたけど、実際のところ、まあ、ピチピチはないにしても、でも、おばさんとかは全然思わなかったよねぇ。まだまだ十分若いつもりだったし。
木山   でしょ? まあ、周りからおばさんだとかおばあさんだとか言われるし、鏡見たら、実際シワが増えてきたり、白髪が増えてきたりしてるもんだから、「まあそんなものなのかなあ」ってだんだんと受け入れるようになっては来るんだけど、周りの見方と自分の実感とか意識とかには相当ズレがあるって思わない?
田中   うん。それはそうかも。
神谷   まあ、確かにそうかもしれへんねぇ。
木山   だからさ、まあ、私の実感としてはねぇ、意識としての年齢っていうのは、三十代ぐらいで止まってるような気がするのよねぇ。
田中   え? 三十代? あははは、いくら何でもそれは言い過ぎじゃない?
木山   まあ、そう思うのは、田中さん、あんたがまだまだ若いからよ。あなたもそのうちおばあさんになっちゃうから。そうしたら分かるわ。
田中   かなあ。‥‥あんまり分かりたくないけど。
神谷   そしたら、あんたもばばあ仲間やな。まあ、おばあちゃん同士、仲良くひなたぼっこして、お茶でも飲みまひょ。
田中   やだあ。‥‥って言うか、その時は、もうあなたは死んでるでしょ?
神谷   うわ。それがヘルパーの言うことかいな。老人虐待やわ。所長さんに言うとかんとあかんわ。
田中   何言ってんのよ。それだけ憎まれ口が言えたら、まだまだ当分死なないわよ。
神谷   ほんま口の悪いヘルパーやな。ほんま、思いやりの心ってもんがないわ。
田中   ほんと口の減らないばあさんだ。

    間。

木山   ほら、よくあるじゃない? 六十代ぐらいの男の人が、電車やバスの中で席を譲られて怒り出すとか、そんなニュース。
神谷   ああ、あるある。
木山   そりゃ、みっともないって言ったら、みっともない話なんだけどさ、でも、わかんなくもないのよねぇ。六十代って言ったらさ、自分が老人のカテゴリーに入っちゃうことに一番敏感っていうか、抵抗感のある年齢じゃない?
神谷   ああ、それはわかるわ。
田中   え、そうなの? 六十代って十分老人じゃない?
木山   だから、あなたも六十代になったら分かるから。
田中   え、そうかなあ。
神谷   何言うてんの。若者ぶってからに。そんなもん、四十代も六十代ももう一緒やて。
田中   いやいや、一緒じゃないない。
神谷   そういうのを、ほれ、何とかって言うやん。ほれ。
田中   何よ?
神谷   ほれ、あれやん。ほれ。ええーっと、ほれ。
田中   だから何なのよ?
神谷   ええーっと、ほれ。何か言うてよ。思い出すさかいに。
田中   あれぇ、神谷さん、ぼけちゃったのかなあ?
神谷   うるさい!
田中   四捨五入?
神谷   ちゃう!
田中   悪あがき?
神谷   ちゃう!
田中   わかった! 目くそ鼻くそを笑う!
神谷   ピンポン! それや! 目くそ鼻くそ!
田中   うーん。当たっても全然うれしくない。自分のことを目くそとか‥‥。
神谷   あー、すっきりした。
田中   あー、すっきりしなーい。
神谷   勝った!
田中   私が当てたのよ!
神谷   あー、そーですかー。
田中   もう!

    間。

木山   もう、そういう風に一々ボケとか突っ込みとか入れなくていいから。漫才じゃないんだから。
神谷   あははは。これまた失礼致しました。
木山   もう、ほんと、何の話してたかわかんなくなるじゃない。
神谷   えーとね、目くそ鼻くその話。
木山   違うって。
田中   老人のカテゴリー?
木山   いや、そのもうちょっと前よ。‥‥ああ、思い出した。実年齢と意識のズレの話。
神谷   え? そんな話してたっけ?
木山   そうよ。あなた、ほんとちょっとぼけかけてるんじゃない?
神谷   何よ。失敬な。英子ちゃんまでそんなこと言うの?
木山   ごめんごめん。冗談よ。
神谷   もう。
田中   それで、何の話?
木山   ええっとね、‥‥そうだ。ほら、例えばデート商法っていうのがあるじゃない? ああいうのにさ、私の友達でひっかかった人がいたのよね。確か呉服屋さんで、若いイケメンのお兄ちゃんが専属で付くのよ。それで「これがお似合いですよ」とか「これなんかどうですか」とか言われて、調子に乗って次々に買っちゃうわけよ。ローンなんかも組まされて。それから展示会にも車で連れて行かれて。まあ、これって、たぶん、本人からするとドライブデートみたいな気分なのよね。
田中   え? そのお友達って、いくつ?
木山   八十過ぎかな?
田中   デート商法って、若い大学生とかがターゲットじゃないの? 田舎から出て来たおぼこい男子大学生に、きれいなおねえさんが声かけるみたいな。
木山   まあ、そうなんだけど、老人相手のもあるのよ。まあ、普通に考えたら、若いお兄ちゃんとおばあちゃんの組み合わせなんかあり得ないじゃない? でも、さっき言ったみたいに、当人には老人としての自覚とか意識が薄いもんだから、これがまんまと成立しちゃうわけ。
田中   えー、何か信じらんない。その若いお兄ちゃんって、いくつぐらいなわけ?
木山   たぶん、二十代。
田中   えー、ますます信じらんない。
神谷   あー、それは分かるかも。私も、おばさんのヘルパーより高村君みたいな若いヘルパーに世話してもらう方がうれしいもん。
田中   それ、どういう意味?
神谷   さあ?
田中   おばさんのヘルパーって誰よ?
神谷   さあ?
田中   ああ、ああ、わかりました。わかりました。それじゃ、神谷さんは、おばさんのヘルパーじゃなくって、高村君に専属でやってもらいましょ。
神谷   あ、そんなんできんの? それはうれしいわあ。
田中   ほんま、このクソババアが‥‥。
神谷   え? 何か言うた?
田中   いえ、何も言ってませんのことよ。
神谷   あら、そう? 最近、わたくし、ちょっと耳が遠くてねぇ。おーっほほほほ。
田中   おーっほほほほ。
木山   もう、だからさあ!
神谷・田中   ごめんなさい。
木山   もう。‥‥だからね、今度の須藤さんのことも、案外ぼけじゃないかもって思うのよ。
田中   え? じゃ、本気ってこと?
木山   そうそう。
田中   ほー。老いらくの恋ですか‥‥。
木山   そうそう。
田中   全く人生不可解ですなあ。事実は小説より奇なりってか。
神谷   何よ、それ?
田中   あなたには分からなくってもいいですから。
神谷   あ、また馬鹿にしてるやろ? ほんま、このおばさん、感じ悪いわあ。ちょっと難しい言葉知ってるからって、ひけらかさんといて。
田中   まあ、常識よ。常識。
神谷   むかつくわあ、こいつ。
田中   だから、高村君専属がいいんでしょ?
神谷   ああ、ほんま、マジでそうしてもらうわ。所長さんに言うてくる。
田中   どうぞ、どうぞ。
木山   だからさあ! ‥‥ちょっと二人に提案があるんだけど。
神谷   え、何?
田中   提案って?
木山   あのさ、私たちで応援しない?
神谷   え、何?
田中   応援って?
木山   決まってるじゃない。須藤さんの、その老いらくの恋を応援するのよ。
神谷   えー。
田中   それは、ちょっと‥‥。
木山   いいじゃん。おもしろいじゃん。
田中   おもしろいって‥‥。
神谷   いや、それはなんぼなんでも無理やわ。いくら応援したって、うまく行くとは思えへん。
木山   別にうまく行かなくたっていいのよ。
神谷   え?
田中   それ、どういう意味?
木山   だからさあ、私たちヒマじゃない? 退屈じゃない? 狭い老人ホームに押し込められて、毎日毎日、ご飯食べて、世間話と愚痴言って、体操したり、散歩に行くぐらいで、何の変化も刺激もないこんな生活に飽き飽きしたとか思わない?
神谷   まあ、そう言われれば、そうやけど。でも、それが老人ホームってもんやないの?
木山   私はイヤなのよね。こんな生活。こんな消化ゲームみたいな毎日の連続で、いたずらにトシをとって死ぬのを待つばかりみたいなのは。
空しいって思わないわけ? せっかくこの世に生を受けて生まれて来たんだよ。一度きりの人生なんだよ。最後まで光り輝いて生きていたいじゃない? せめて死ぬまで「ああ、私は生きてるぞ」って思っていたいじゃない? 感じていたいじゃない? ねぇ、そう思わない?
神谷   英子ちゃん。あんた若いねー。何か、まぶしいわ。
田中   あの‥‥木山さん。‥‥あなた、自分のトシ分かってます?
木山   そんなのわかってるわよ。でもね、さっきも言った通り、気持ちは三十代で止まってるわけよ。
田中   はあ‥‥そうなんですか。
木山   そうなの。‥‥だから、これは、そんな金太郎飴みたいな退屈な生活に風穴をあけるビッグチャンスだと思うわけよ。
神谷   これって?
木山   だから、須藤さんの老いらくの恋。
神谷   ああ、そこに戻って来るわけ?
木山   そう。
 ‥‥恋。‥‥ああ、言葉を口にするだけで、ドキドキするじゃない? ワクワクするじゃない? こんなときめき、ほんと何十年ぶりかしら? たとえそれが他人の恋であったとしても、このきらめきに私は須藤さんに感謝したいわ。だから、このドキドキを、このときめきを、このきらめきを彼に独り占めさせるって手はないと思うの。私たちも一緒に共有しましょうよ。いや、共有するべきよ。
神谷   あの‥‥英子ちゃん、大丈夫?
田中   お熱、測りましょうか?
木山   もう! 何でわかんないかなー? だからさ、みんなでこのコイバナを楽しみましょうよ。思いっきり盛り上げてさ、ビッグなイベントにしちゃいましょうよ。
田中   イベントって‥‥。
神谷   ひょっとして、それって、須藤さんをダシにして、もてあそぶってことにならへん?
木山   いいのよ。いいのよ。そんなこと気にしなくても。私たちが楽しけりゃ、それでいいのよ。
神谷   うわ。英子ちゃんって、すました顔して、案外えげつないこと言うんやねー。
木山   踊るアホウに見るアホウ、同じアホなら踊らなゃソンソンよ。
田中   ほんと、女って、いくつになっても恐ろしい生き物よねぇ。
木山   え? 何か言った?
田中   いや、別に。
木山   あ、そう。
木山・田中   おーっほほほほほ。

    須藤と片山がやって来る。

神谷   お、噂をすれば‥‥。
片山   やあやあ、ババタリアンとオバタリアンが結集して、何か悪事の相談ですかな?
神谷   そやねん。ちょうどあんたらの噂をしてたところやねん。
片山   え? 何の噂? ひょっとして、オレと須藤ちゃんとどっちがかっこいいかとか?
神谷   まあ‥‥その辺の話ちゅうことにしとこか?
片山   え? 何だよ。気持ち悪いな。何か、すごい悪口とか言ってたんじゃねぇか?
神谷   まあ、そういうのもあったかな?
片山   おいおい、穏やかじゃないねぇ。そうやって誤魔化すところを見ると、ほんと相当に怪しい話をしてたんじゃないか?隠さないでさっさと白状しろよ。
神谷   へへへー。
田中   ところで、須藤さん。もう調子は大丈夫なの?
須藤   ああ、まあまあ。たぶん。
田中   何か、まだイマイチみたいねぇ。
須藤   いや、ほんと大丈夫だよ。ほら、この通り。(と、体操のようなしぐさ)
田中   そう? それだったらいいけど。
片山   何かね、例の話をしなければ調子はいいみたい。
神谷   例の話って?
片山   だから、例の話は、例の話だよ。
神谷   ああ、島瑞穂。
片山   おい、それ、わざと言ってるだろ! ほんとデリカシーのないヤツだな。それ、マジで洒落になんないんだから。
神谷   いや、別にー。
片山   ほんと、それだけはやめて。マジで頼むから。
神谷   ふーん。
片山   お願い。
神谷   でも、もう心配はいらんみたいやよ。
片山   え? どういうこと?
神谷   だから、あたしらで応援団を作ることになってん。
片山   え? 応援団?
神谷   そう、応援団。須藤賢作応援団。英子ちゃんがリーダーやねん。
須藤   え?
片山   え?
木山   ま、そういうことでよろしくね。
片山   えー、それって何なの?
神谷   そやから、あれやん。須藤賢作君の恋を応援する会みたいなやつ?
田中   だったら、「老いらくの恋を守る会」とかがいいんじゃない?
神谷   あ、それ、ええかも。
田中   でしょ?
木山   ま、そういうことでよろしくね。
片山   えー、何なの、それ? そんなのいつできたの?
木山・神谷・田中  今!
神谷   できたてほやほややねん。
片山   あー、お前らの良からぬ相談って、ひょっとしてそれか?
神谷   ピンポン、ピンポン、ピンポン。
片山   だから、そういうのはやめてよ。ほら、須藤ちゃん落ち込んでるじゃん。

    全員、須藤を見る。
    うなだれている須藤。

神谷   えー、何で?
片山   だから、こう見えて、須藤ちゃんはナイーブなんだから。大人をからかっちゃいけないよ。
神谷   からかってへんて!
田中   そうそう。
片山   そりゃね、あんたたちから見たら、変だと思うかもしれない。最初はオレだってそう思ったよ。でも、話を聞いてみたらさ、こいつマジなんだよ。真剣なんだよ。
木山   そんなのわかってるって。
神谷   そうそう。
田中   そうそう。
片山   ‥‥ほんとに?
木山・神谷・田中  うん。
片山   ほんとのほんと?
木山・神谷・田中  うん。
片山   ‥‥こう言ってますけどぉ。(と、須藤を見る)
須藤   ‥‥‥。
片山   ほらあ。
木山   須藤さん。元気出してよ。あなたはね、私たちの希望の星なのよ。
須藤   え。
神谷   そやで。あんたのその少年のような熱い情熱が、あたしらのぼけかけてた、もとい、眠りかけてた目を覚ましてくれたんやで。
須藤   え。
田中   そうよ。もう、何もためらうことはありません。何も恐れることはありません。あなたは、あなたの選んだ道をまっすぐに歩いて行けばいいのです。
須藤   え。
木山   ♪涙など見せない強気なあなたを そんなに悲しませた人は誰なの?
田中   ちょっと、ちょっと。それ失恋ソングだから。
木山   あ、そっか。すんませーん。
須藤・片山  ‥‥‥。
木山・神谷・田中  ‥‥‥。
片山   あなたたち。やっぱりからかってますよね?
木山・神谷・田中  からかってません!
片山   ‥‥ほんとに?
木山・神谷・田中  はい!
片山   ‥‥こう言ってますけどぉ。(と、須藤を見る)
須藤   ‥‥‥。
片山   なーんか、信用ならねぇんだよなあ。
神谷   私の目を見て!
片山   え?
神谷   これがウソをついてる目に見える?

   片山、神谷とにらめっこ。

片山   ‥‥あんた、笑ってない?
神谷   笑ってません!
片山   ‥‥ほんとかなあ?
神谷   笑ってません!
片山   うーん。
神谷   私を信じて!
片山   ‥‥こう言ってますけどぉ。(と、須藤を見る)
須藤   ‥‥‥。じゃ、じゃあ、何をしてくれるの?
須藤以外  あ。
須藤   応援してくれるって、どうやって応援してくれるの?
須藤以外  おー。
神谷   そ、それはねぇ‥‥はい、英子ちゃん。
木山   ‥‥そうねぇ‥‥まずは、情勢分析かな?
須藤   情勢分析?
木山   そう。敵を知り己を知らば百戦危うからずって言うでしょ?
須藤   ああ。
木山   だから、まず、あなたの気持ちから伺いましょうか?
須藤   え。
木山   あなたはどうして、彼女、島瑞穂さんを好きになったのか?
須藤   え。‥‥そんなこと言われても‥‥。
木山   理由はないの? 一目惚れだから?
須藤   ま、まあ、そうかな?
木山   でもね、一目惚れって言っても、たぶん理由はあるのよね。自分で気づいていないだけで。
須藤   そう‥‥かな?
木山   たとえば、好みのタイプだったとか?
須藤   うーん。
片山   それはないんじゃないかな? 須藤ちゃんは巨乳好みだから。
須藤   おい、栄ちゃん、変なこと言うなよ。
片山   だって、言ってたじゃん。なんだかんだ言っても女は結局バストなんだって。
須藤   だから、おい。
木山   ふーん、巨乳好みねぇ。どう思う?
神谷   巨乳ねぇ‥‥。
田中   巨乳か‥‥。
須藤   だから、ほら、そんなことを真面目に考えたりしないでよ! こっちが恥ずかしくなるじゃんか!
神谷   島瑞穂と巨乳‥‥。
田中   島瑞穂と巨乳‥‥。
須藤   だから、やめてよ。そーいうのはやめてって!

    島が出て来る。

島    みなさーん、そろそろ食事の時間ですよー。用意して下さいねー。
須藤   あ。

    全員、島を見る。

神谷   島瑞穂と‥‥。
田中   島瑞穂と‥‥。
島    え? え? どうしたんですか?
須藤   いやいやいやいや、何でもないですよー!
神谷   島瑞穂と‥‥。
田中   島瑞穂と‥‥。
島    え? え? 私がどうかしたんですか?
須藤   いやいやいやいや。さあ、みなさん、今日も楽しくご飯を食べましょう!
島    え? え?

    音楽。
    暗転。

    高村と島がいる。
    夜中。

高村   さあ、そろそろ終わりにしよっか?
島    あ、はい。
高村   今晩はさ、オレが見回りするから、島さんは帰ってよ。
島    え? でも、今日は私が当番ですから。
高村   まあ、そうなんだけど、なんか、疲れてるみたいだから。こないだから風邪気味なんだろ?
島    そうですけど‥‥大丈夫です。やれますから。
高村   無理しないでいいから。今日は帰って。たまには先輩の厚意に甘えとくもんだぜ。
島    でも‥‥。
高村   じゃあ、こうしよう。今日はオレが見回りをして、その代わり風邪が治ったら借りを返してもらう。‥‥これでいい?
島    まあ‥‥それだったら。
高村   じゃあ、それで決まりね。
島    すみません。
高村   コーヒーでも淹れようか?
島    あ、私が淹れます。
高村   いいって。そこに座ってて。
島    すみません。

    島、座る。
    高村、コーヒーを淹れる。

高村   なんかねぇ、懐かしいよねぇ。
島    え?
高村   オレもさ、新人の時は、なんか恐縮しまくっててさ、すみません、すみませんばっかり言ってたなあって。
島    ‥‥‥。
高村   と言っても、そんなに前の話じゃないんだけどね、何かずいぶん昔のことみたいに思えちゃうんだよなあ。君を見てると。
島    あ、すみません。
高村   ほら、また言った。
島    あ。すみま‥‥
高村   ほら、もう癖になってるぞ。
島    ああ‥‥そうですね。
高村   はははは。
島    はははは。

    高村、コーヒーを持って来る。

高村   はい。
島    あ、すみま‥‥ありがとうございます。
高村   あははは。
島    ははは。
高村   ミルクと砂糖は?
島    あ、お願いします。

    高村、座る。

高村   今でこそ田中さんとかと普通にしゃべってるけどさ、初めの頃はすっごくおっかなかったんだよ。
島    ああ。
高村   あの人、悪い人じゃないんだけど、ほら、言葉がストレートっていうか、利用者の人なんかにもズケズケ言ったりすんじゃん?
島    ああ、そうですね。
高村   あれが最初慣れなくてねぇ、お局さんって、こんな感じなのかって思ってた。
島    え? お局さん?
高村   そんな感じしない?
島    うーん、お局さんっていうか‥‥。
高村   お局さんじゃなかったら、どんな感じ?
島    うーん、大阪のおばちゃんかなあ?
高村   わ。君も案外言うよね。よし、明日田中さんに言ってやろう。
島    えー、やめて下さいよう。冗談ですよ、冗談。
高村   ウソウソ。そんなことしないって。
島    ほんと。マジでお願いします。
高村   大丈夫だって。‥‥そうそう、大阪のおばちゃんって言えば‥‥。
島    神谷さん?
高村   あの人、ほんと、関西弁直らないねぇ。
島    そうですね。
高村   そういえば聞いたことがある。大人になってから東京に来た人は、なかなか方言が抜けないんだって。
島    へぇ、そうなんですか?
高村   うん。そうらしいよ。‥‥特にさ、関西の人って、関西弁にプライド持ってるから、意地で変えないみたいなとこあるじゃん?
島    ああ、そうかな?
高村   東京弁とか気色悪くって使えへん、みたいなね。
島    ああ、そうかも。
高村   まあ、逆に、東京の人間も、地方に言っても方言になじもうとしないらしいんだけど。
島    ああ、そっか。
高村   うん。そうらしい。‥‥その点で言うと、東京人と関西人って、案外似てるのかもしれないよね。コインの表裏みたいに。
島    ああ、なるほど。そうかもしれませんねぇ。

    間。

高村   ところでさ、慣れてきた? 仕事。
島    はあ。まあ、少しずつ。
高村   そっか。
島    はい。
高村   学校とかで習うのと、実際の現場で働くのって、やっぱり何か違うよね?
島    ああ、そうですね。
高村   専門学校だっけ?
島    ええ、そうです。
高村   こういうのって、別に介護の現場だけじゃないんだろうけど‥‥何が違うのかな?
島    ‥‥‥。
高村   やることが違うとか、そういうんじゃなくって‥‥うーん、やっぱり‥‥人かな? ねぇ、そう思わない?
島    人‥‥ですか?
高村   そう人。ほら、やっぱり、学校とかだとさ、仕事内容が中心って言うか、仕事に人がくっついてる感じじゃん。
島    仕事に人がくっつく?
高村   ほら、抽象的って言うか、漠然と「介護士」とか「利用者」とかが存在しているみたいな感じでさ。それが現場だと逆に、人に仕事がくっつくみたいになるんだよね。
島    はあ‥‥。
高村   言ってることわかんない?
島    ああ‥‥ちょっと難しいです。
高村   そっか。‥‥だったら、思いっきりわかりやすく言うとさ、ここには抽象的な「利用者」ってのはいないわけ。オレたちが相手にしてるのは、木山さんであったり、神谷さんであって、具体的な顔があって、具体的な声があって、具体的な人生を抱えた人たちだってこと。これならわかる?
島    ああ‥‥ええ。
高村   だから、仕事の方も‥‥ああ、もうやめよう。こんな話、おもしろくないよね?
島    いや‥‥別にいいですけど。
高村   いやいや、夜中にコーヒー飲みながらする話じゃないよ。ごめん。
島    いや‥‥別に。

    間。

高村   島さんは‥‥えっと、瑞穂ちゃんって呼んでもいいかな?
島    え? ああ、いいですけど。
高村   何かね、名字で呼ぶと、他人行儀っていうか、距離感がある感じがするんだよな。
島    ああ‥‥そうかもしれませんね。
高村   オレのことも光太郎でいいよ。
島    いや、ちょっと‥‥先輩を名前で呼ぶのは‥‥。
高村   いいじゃん。先輩、後輩っていうより、仕事仲間って考えれば‥‥。
島    でも、やっぱり‥‥。
高村   ああ、そう? ‥‥まあ、もうちょっと慣れてきたら、そう呼んで。
島    ああ‥‥はい。
高村   その方がオレもやりやすいから。
島    はい。
高村   で、瑞穂ちゃんはさ、どうしてヘルパーになろうって思ったの?
島    どうして‥‥ですか?
高村   いや‥‥、ほら、最近、正直言って、介護の仕事って、あんまり人気がないじゃん? 仕事がきついとか、給料が安いとか言われててさ。で、どうしてかな? って思ってさ。
島    そうですね。‥‥そんなにはっきりとした理由があるわけじゃないんですけど、ひょっとしたら、おばあちゃん子だったからかな?
高村   ああ、おばあちゃんがいるの?
島    ええ。おととし亡くなっちゃったんですけど。
高村   ああ‥‥そうなの。
島    ええ。
高村   病気?
島    ええ、癌です。
高村   ああ。‥‥いくつだったの?
島    たしか‥‥七十五かな?
高村   若いねえ。
島    え? そうですか?
高村   そうだよ。最近、平均年齢は八十歳超えてるから。
島    ああ。‥‥そういえば、そうですね。
高村   うん。‥‥かわいがってもらったの?
島    それは、ずいぶん。
高村   初孫だったの?
島    いや、兄がいるんですけど、‥‥でも、兄より完全にえこひいきされてました。
高村   えこひいき? そんなの自分で思ってたの?
島    思ってました。だって、子供でもはっきりわかるぐらいだったんですよ。どこかへ連れて行くのも私ばっかりだったし、おいしい物を食べるのも、おもちゃを買ってくれるのも私ばっかりでした。
高村   ふーん。‥‥やっぱり女の子だからかなあ?
島    ですかねぇ? よくわかんないですけど。‥‥それでね、親がおばあちゃんに文句を言ってたんです。
高村   え? 文句?
島    ええ。瑞穂ばっかりかわいがらないでくれって。
高村   へえ。‥‥子供の教育によくないとか?
島    そうです。そうです。
高村   はは。それは相当だったんだねぇ。
島    ですよねぇ。ははは。

    間。

島    とにかく、元気で明るいおばあちゃんだったんです。一緒に鬼ごっこしたり、いつも冗談ばっかり言ってました。
高村   じゃあ、瑞穂ちゃんもお気に入りだったんだ。仲良し親子‥‥じゃなくって、ええっと、何て言うんだろ? 仲良し祖母孫? 何かゴロが悪いなあ。
島    そうですねぇ。‥‥何て言うんだろ?
高村   うーん。‥‥何かこういうのって気持ち悪いよね。
島    ええ、そうですね。
高村   魚の小骨がのどにひっかかってるみたいで。
島    ああ、そんな言い方があるんですか?
高村   え? 普通言わない? 魚の小骨。
島    言わないですねぇ。
高村   え? マジで?
島    ええ、マジで。
高村   えー、ショック! これって、ひょっとして、ジェネレーションギャップ?
島    ですかねぇ?
高村   うわー。
島    いや、ひょっとしたら言うのかもしれませんよ。私、時々言葉知らなかったりするから。
高村   いやいや。
島    そんなにトシが離れてるわけでもないから。
高村   いやいや、そういう慰めは、余計に傷つく。
島    ええ‥‥でも。
高村   そう言えば、誰かが言ってたよ。若い人ほどジェネレーションギャップがあるんだって。
島    え? どういうことですか?
高村   だから、若い人ほど、わずかな年齢の差にジェネレーションギャップを感じるんだって。
島    え? そうですかねぇ?
高村   ほら、高校生の時とかなかった? 新入生が入ってきた時なんかに、「うわ、若いヤツの考えてることは理解できない。宇宙人みたいだ。」みたいな。
島    ああ、ありました。ありました。
高村   だろ? たとえば、ほら、カラオケとかに行ったりしてさ、お気に入りの歌を歌ったりした時にさ、「うわー、懐かしい!」とか言うヤツがいるじゃん? 懐かしいって、去年の曲なのにさ。ああいう時に思うよねぇ。
島    え? いや‥‥去年の曲は、懐かしくありません? 普通。
高村   え。‥‥そうなの?
島    ああ、はい。
高村   ああ‥‥そう‥‥なんだ。

    間。

島    え? え? あの、私、何か悪いこと言いました?
高村   いや、言ってない。‥‥言ってないから。
島    ‥‥ほんとに?
高村   ああ‥‥うん。‥‥ちょっと、話題を変えようか?
島    ああ‥‥はい。
高村   そうだなあ‥‥あ、そうそう、さっきのおばあちゃんの話。‥‥続き、教えてよ。
島    続き‥‥ですか? 続きってほどのこともないんですけど。
高村   さっきのは、子供の時の話だったろ? 大きくなってからは?
島    そうですねぇ‥‥大きくなってもずっとかわいがっててもらいましたねぇ。
高村   一緒に住んでたの?
島    ああ、はい。
高村   ずっと元気だったの? その、癌になる前は?
島    大きな病気はしなかったんですけど、膝とか腰とかが悪くって、だから、外に行くことは減っちゃいましたね。
高村   ああ、そうなんだ。‥‥それで、瑞穂ちゃんがお世話してたの? おばあちゃんの。
島    いや、それが‥‥部活が忙しくって。
高村   部活? 何の部活?
島    バスケです。
高村   そっか。スポーツウーマンだったんだ。
島    いや、そんなこともないですけど。
高村   強かったの? そのバスケ部。
島    いえ、全然。初心者が多かったから。
高村   そっか。
島    ええ。‥‥それで、おばあちゃんのことはお母さんにまかせっぱなしで‥‥。何か悪いことしたなあって後で思いました。あれだけかわいがってもらったのに全然恩返しもできなくて。
高村   ああ、なるほどね。
島    おばあちゃんが入院してからも、あんまりお見舞いに行けなかったんです。おばあちゃん、「瑞穂ちゃんは?」ってよく言ってたらしくって、それを聞いて申し訳なくって。
高村   そっか。‥‥ひょっとして、それで介護の仕事を?
島    いえ、そういうわけでもないんです。おばあちゃんが入院した時には、もう介護の学校の学生でしたから。
高村   あ、そっか。
島    ええ。
高村   なるほどねぇ。こういうのって、やっぱりドラマなんかとは違うんだよねぇ。そうそううまくはつじつまが合わない。
島    つじつまって?
高村   だから、ほら、ドラマなんかじゃ、おばあちゃんが亡くなったショックでヘルパーを目指すとかみたいに、何かわかりやすくストーリーが作られてんじゃん。
島    ああ‥‥そうですね。
高村   実際のリアルな人生には、絵に描いたようなつじつまも伏線もないんだよなあ。
島    そういえば、そうですねぇ。

    間。

高村   あ、もうこんな時間。ごめん、ごめん。ついつい話し込んじゃって。
島    いえ、別にかまいませんから。
高村   家、けっこう遠いんじゃなかったっけ?
島    ええ、まあ。
高村   どのくらいかかるの?
島    一時間とちょっとぐらいです。
高村   終電大丈夫?
島    まだ大丈夫です。
高村   ほんと、ごめんね。
島    いいえ、別に。
高村   オレ、家近いからさあ‥‥つい。
島    どのくらいなんですか?
高村   十五分ぐらい。
島    いいですねぇ。
高村   やっぱりね、職場と家は近い方がいいよ。瑞穂ちゃんも引っ越したら?
島    でも‥‥。
高村   あ、そっか、実家だもんね。
島    ええ。
高村   だったらさ、遅くなったら、オレんち使ったりしてもいいよ。
島    え? でも。
高村   ほら、オレが夜勤の時だったら、誰もいないからさ。
島    え‥‥そうですけど。
高村   やっぱり男の家とかだと気になるかな?
島    いや‥‥そういうことでもないんですけど。
高村   まあ、その気になったら言ってよ。全然遠慮はいらないからさ。
島    あ‥‥はい。

    田中が入って来る。

田中   あれ、こんな時間まで何してんの?
高村   あ、田中さん。
島    こんばんわ。
田中   二人そろって。
高村   田中さんこそ、どうしたんです?
田中   私は、ちょっと忘れ物を思い出したから。
高村   わざわざ取りに来たんですか?
田中   まあ、そういうこと。‥‥で、どうしたの?
高村   いや、瑞穂、いや、島さんが風邪気味なんで、今晩ボクが代わってあげようかって。
田中   え?
高村   え、いや。
田中   ふーん。‥‥今晩の当番、島さんだっけ?
高村   え、ええ。
田中   熱とかあるの?
島    いや、熱はないと思います。
田中   測ったの?
島    いえ。
田中   測っといた方がいいわよ。
島    あ、はい。
田中   それと、交代するんだったら、記録簿にも書いといてね。
島    はい。
田中   ‥‥そろそろ帰らないと、電車、なくなっちゃうんじゃない?
島    あ、そうですね。‥‥じゃ、帰る準備をしてきます。
田中   熱もちゃんと測るのよ。
島    あ、はい。

    島、去る。

田中   ‥‥さてと。
高村   ‥‥‥。
田中   ‥‥瑞穂って何なの?
高村   あ、いや。
田中   聞き捨てならないなあ。
高村   いや、何でもないですよ。
田中   何でもないことはないでしょう?
高村   いや、ほんとに。‥‥ほら、名前で呼んだ方が、親近感がわくでしょう?
田中   親近感ねぇ。‥‥そういう関係なわけ?
高村   いやいや、違いますよ。
田中   まあ、確かに、狭い施設の中で、じいさんとばあさんとおじさんとおばちゃんばっかりで、若い男女は二人だけなんだからねぇ。ま、それも当然か。
高村   いや、だから、そういうんじゃないですって。
田中   若い二人が、深夜のお忍びデート。‥‥おばちゃん、お邪魔虫しちゃったのねぇ。ごめんなさいねぇ。
高村   いや、それは誤解ですって。
田中   じゃあ‥‥そういう気が全然ないってこと?
高村   え?
田中   だから、そういう気。‥‥正直に答えなさい。
高村   え。
田中   おばさんも鬼じゃないんだからさあ、あなたの答えによっては、協力も惜しまないわよ。
高村   それ‥‥どういうことですか?
田中   だから、若い二人の幸せのために骨を折ってあげてもよくってよ。
高村   え。‥‥でも、だって。
田中   だって、何よ?
高村   だって、田中さんは、須藤さんを応援してるんじゃ?
田中   須藤さん? あはははは。
高村   え?
田中   あなた、あんなの真に受けてるの?
高村   え、え、どういうことですか?
田中   あんなおじいちゃんの恋がうまく行くとか思ってるの?
高村   い、いや、だって。
田中   あれはねぇ、暇つぶしのイベントよ。
高村   暇つぶし?
田中   ちょっと考えたら分かるでしょ? みんな退屈してんのよ。体操とか、散歩とか、お花見だけじゃおもしろくもくそもないじゃん。
高村   あ‥‥ああ。
田中   老人だってね、枯れ木じゃないのよ。たまにはね、ワクワクとかドキドキとかしたいのよ。そういうのに、コイバナとかはうってつけなのよね。
高村   そういうもんですか?
田中   そういうもんよ。
高村   じゃあ、だったら須藤さんも?
田中   いや、あの人は本気なんじゃない?
高村   え。
田中   男ってのは、いくつになっても子供みたいなところがあるからね。老人になったら、かえってそういうのが強くなったりするのかもね。
高村   あ‥‥はあ。
田中   ‥‥で、キミはどうしてほしいわけ? 正直に言いなさいよ。
高村   ああ‥‥そうですねぇ。

    島が戻って来る。

島    じゃあ、帰ります。
田中   熱は、どうだったの?
島    六度八分でした。
田中   平熱は低いの?
島    いえ、普通です。
田中   そう。じゃあ、熱はないのね。
島    ええ。
田中   じゃあ、熱いお風呂に入って、葛根湯を飲んで寝たらいいわ。あれ、体を温めるから。
島    はい。
田中   葛根湯あるの?
島    ええっと、どうかな?
田中   じゃ、駅前のコンビニに寄ったら? 葛根湯のドリンクとか、最近、置いてあるから。
島    ああ。ありがとうございます。
田中   じゃあ、私も帰るわ。駅まで一緒に行きましょ。
島    ああ、はい。
田中   それじゃ、後、よろしくね。
高村   ああ‥‥はい。お疲れ様でした。
島    お疲れ様でした。
田中   じゃ、また、明日。

    田中、島、去る。
    一人部屋に残る高村。

    音楽。
    暗転。

    川崎以外の全員がいる。
    バルーン・アートを作っている。

神谷   ワンワン。
高村   ワンワン。
神谷   ワンワンワン。ワンワンワンワン。
高村   ワンワン。ワンワワワンワン。
神谷   ワンワンワン。ワンワワワワワンワン。
高村   ワン。キャイーン。キューン。
神谷   あはははは。
高村   あはははは。
神谷   なあ、英子ちゃんもまざりーな。もうできてるんやろ?
木山   うん。できてはいるけど。
神谷   ほな、遊ぼうな。これ、あほみたいやけど、けっこう楽しいで。
高村   そうですよ。一緒にやりましょう。
木山   いや、遊びたいのは山々なんだけどね。
神谷   ほなら、やろうな。ワンワン。ワンワン。
木山   それが‥‥あいにく、私のは犬じゃないのよ。
神谷   え? それ、犬やん。
木山   いや、キリンなの。
神谷   え? キリン?
木山   そう、キリン。キリンってさ、どう鳴くの?
神谷   え? キリンの鳴き声?
木山   そうなのよ。わかんないじゃん。
神谷   そやなあ。‥‥キリンなあ。‥‥なあ、高村君、どう鳴くのん?
高村   そうですねぇ。キリンの鳴き声は聞いたことないなあ。
木山   でしょ? だから、困っちゃうのよね。
高村   もう、キリン、キリンでいいんじゃないですか?
木山   ええ? キリン、キリンって‥‥適当だなあ。
高村   いいんですよ。遊びなんだから。
神谷   ほな、それで行こう。ワンワンワン。
高村   ワンワン。ワンワワワン。
木山   キリン。キリン。
神谷   ワンワワン。
高村   ワン。ワワーン。
木山   キリン。キリン。
神谷   あははは。それ、やっぱり間抜けやなあ。キリン。キリンって。
木山   あなたが言ったんじゃないの!
神谷   それはそうやけど‥‥受けるわー。
木山   もう! そんなこと言うんだったら、私やめる。
神谷   何言うてんの? おもろいってほめてるんやんか。
高村   さあさあ、やりましょ。ワンワンワン。
神谷   ワワーン。ワンワン。
木山   キリン。キリン。キリーン。
神谷   あはははは。やっぱり受けるわー。
木山   もう! うるさい! キリンキリンキリンキリーン!
田中   だからね、ここのところをこうやって。
片山   こう?
田中   いや、そうじゃなくって。
片山   もう、めんどくさいなあ。やめだ、やめ。
田中   そんなこと言わないで。
片山   だって。
田中   ゆっくりやったらできるから。
片山   もういいよ。オレにはこういうのは向いてないから。
田中   だめだめ。短気は損気よ。‥‥ほら、最初から、やり直しましょう。‥‥だから、こう持ってね‥‥。
片山   こう?
田中   あ、そうそう。
須藤   これで、いいんですかね?
島    そうです。そうです。うまくできましたねえ。お上手ですよ。
須藤   いや、そうでもないですよ。
島    須藤さん、初めてなんでしょ?
須藤   あ、はい。
島    初めてでこれだけできたら立派ですよ。
須藤   え、そうかなあ?
島    そうですよ。‥‥けっこう器用なんですねぇ。
須藤   昔、日曜大工が趣味だったから、かな?
島    ああ、日曜大工。
須藤   ええ。
島    どんなの作ってたんですか?
須藤   ええっとねえ、テーブルとか、棚とか、犬小屋とか、天井の修理とか‥‥まあ、何でもやってました。
島    わあ、すごいですねぇ。
須藤   いや、単なる暇つぶしですよ。
島    そう言えば、うちの隣のおじさんも、日曜大工が趣味で、何かねぇ、休みのたびに、電動工具って言うんですか? あれの音が聞こえてました。
須藤   ああ、そうなんですか。‥‥あれってけっこううるさいでしょ?
島    まあ、そうなんですけど‥‥お隣さんですからねぇ。ちょっと文句も言いにくくって。
須藤   確かにそういうのありますよねぇ。‥‥だったら、ボクも迷惑かけてたのかなあ?
島    でも、もう昔の話でしょ? それに、あのウイーンって音、なんだか子供時代の休みの日の風景みたいになっちゃって、今思い出すと、懐かしい感じもしますよ。
須藤   ああ、そういうもんですかねぇ。
島    ええ。
須藤   ‥‥あの。
島    え?
須藤   ちょっと、手洗いに行ってきてもいいですか?
島    ええ、どうぞどうぞ。

    須藤、去る。
    木山、神谷、高村がバトルをしている。

神谷   ワワワワン。ワワワン。ワオーン。
高村   ワンワン。ワンワワン。ワン。
木山   キリーン。キリーン。キリリリーン。
神谷   ワワワワワワワワワワワオーン。
高村   ワワン。ワンワワワン。ワワワーン。
木山   キリーン。キリキリキリキリキリキリキリーン。
神谷   ドワーン。グワーン。
高村   ビビビビビビ。
木山   キリリリリリリリリリリリリリリリリリリーン。
片山   もう、だめだ! こんなのできない!

    全員、片山を見る。

片山   もう無理だよ!
田中   片山さん!
片山   どうせ、オレはのろまで不器用なカメなんだあ!

    片山、風船を割る。バン!

全員   わっ。
片山   やめろ! やめろ! お前らもこんなのやめちまえ!

    片山、みんなの風船に襲いかかる。

片山   こんなの、こんなの。
神谷   わあ、やめてえ。

    バン!

片山   ちくしょう!
高村   片山さん! 落ち着いて!

    バン!

片山   くそう!
木山   こっち、来ないで!

    バン!

木山   ‥‥キリーン。

    片山、島に近づく。

片山   後は、これだな。
島    片山さん、やめて下さい。

    須藤が現れる。

須藤   栄ちゃん! 何をやっているんだ!
片山   こいつを、こいつを叩き潰してやるのさ。
島    須藤さん! 助けて!
須藤   栄ちゃん、いくら友達でも乱暴は許さないぞ!
片山   うるさい! 須藤ちゃんにはオレの気持ちはわからないんだ!
須藤   島さんをいじめるヤツは、絶対許さない!
片山   なんだ、なんだ、やるって言うのか? おもしれぇじゃねえか。遠慮はしねぇからな。
須藤   お前とは戦いたくはなかったが‥‥仕方ない。これも正義のためだ。
片山   へっ、何が正義だ? 笑わせるんじゃねぇよ。
須藤   南無八幡大菩薩。神よ、我に力を与えたまえ!
片山   何をつべこべ言ってんだ! 行くぞ!
須藤   来い!

    須藤と片山の緩慢な戦い。
    最後に須藤が片山を押さえ込む。

須藤   参ったか?
片山   ま、参った。
須藤   もう、悪いことはしないか?
片山   もう‥‥しない。
須藤   もう、島さんをいじめないか?
片山   いじめない。
須藤   じゃあ、みんなに謝れ。
片山   うん。‥‥みなさん、すみませんでした。
須藤   じゃあ、仲直りだ。

    須藤、片山に手を差しのべる。

片山   え?
須藤   昨日の敵は今日の友。ノーサイドだよ。
片山   す、須藤ちゃん。

    二人、握手。
    間。
    木山、神谷、田中が拍手。
    つられて島も拍手。

高村   な、何なんですか? これ?
須藤   はっはははは。ははははは。

    高村以外笑い出す。

高村   え? え?

    川崎が入って来る。

川崎   何かあったんですか? ずいぶん騒がしかったみたいだけど?
全員   ‥‥‥。
川崎   ひょっとして、ケンカ?
全員   ‥‥‥。
川崎   ねぇ、高村君。何があったの?
高村   さ、さあ? ‥‥それが‥‥。
川崎   田中さん。
田中   いえ‥‥別に。
川崎   え? 別にってことはないでしょう? 何かあったんでしょ?
木山・神谷・須藤・片山  いえ‥‥別に。
川崎   え? ‥‥それ、ほんと?

    木山、神谷、須藤、片山うなずく。

川崎   ああ、そうなの? そうなんだ。‥‥まあ、何もないんだったらそれでいいんだけどね。
田中   お疲れ様です。
川崎   ああ、うん。

    川崎、去りかけて、

川崎   変なの。

    川崎、去る。

    木山、神谷、須藤、片山、田中、笑い出す。

須藤   さあ、今日もみんなで元気に楽しくやりましょう!
片山   そうだ。そうだ。
田中   じゃあ、新しい風船持って来るわね。‥‥高村君、島さん、ちょっとゴミを片付けといて。

高村・島  あ、はい。

    田中、去る。
    高村、島、風船のゴミを拾う。

高村   これって‥‥何なの?
島    さ、さあ?
高村   何か、おっかしいよねぇ。何なんだろ?
島    まあ、いいんじゃないですか? みんな、楽しそうだから。
高村   そっかなあ?
島    そうですよ。
高村   ふーん。

    音楽。
    暗転。

    須藤と片山と田中が話している。

片山   だから、何とかなんないの?
田中   それは、ちょっと難しいなあ。
片山   やっぱりね、メシは大切だよ。特に老人にはそれくらいしか楽しみがないんだから。
須藤   それは言えてる。
田中   それはわかってるわよ。わかってるんだけどね。
片山   わかってたら、何とかしてよ。電子レンジでチンしたメシはイヤなんだよ。
須藤   そうそう。オレが前にいたところは、ちゃんと作ってたよ。
田中   だからね、人件費の問題とかあるから。
片山   そうやってね、金を節約して、何に使ってんだよ?
田中   少なくとも私たちの給料じゃないわね。
須藤   ほんと頭に来るよな。長年お国のためにこき使われて、その挙げ句がこの扱いか?
田中   あなたたち、ほんとにそんなにお国に貢献してきたわけ?
片山   うわ、失敬なことを言うよな。このおばさん。
須藤   メシもそうだけど、ここのヘルパーの扱いもひどいよな。
田中   ふん。何言ってんのよ?

    高村が入って来る。

高村   あ、田中さん、いいですか?
田中   何?
高村   所長さんが、みんなを集めてくれって。
田中   所長さんが? 何なの?
高村   さあ? そう言われただけだから。
田中   ふーん。じゃ、おばあちゃんたちを呼んで来るわ。
高村   あ、はい。

    田中、呼びに行く。

田中   木山さん、神谷さん、ちょっと来て下さーい。
須藤   何だろね?
高村   さあ?
片山   また、新人がやって来たりして。
須藤   新人って、ヘルパー?
片山   そうそう。楽しみだなあ。
須藤   ああ、そうだね。
片山   でも、須藤ちゃんには、あんまり関係ないか‥‥。
須藤   え? どうして?
片山   だって、須藤ちゃんは、新しい子なんか興味ないでしょ?
須藤   いや‥‥別に、そういうこともないよ。楽しみだよ。
片山   あれ、そうなの? それって浮気じゃないの?
須藤   いや、別に、そういうことじゃなくって。
片山   ひょっとして、須藤ちゃん好みの巨乳のピチピチギャルだったりして‥‥。そしたら、どうする?
須藤   いや、別に、どうもしないけど‥‥。
片山   すっげー美人でグラマーな子だったりして。
須藤   いや‥‥だからね。どうもしないって。
片山   ふーん。そうなの? ほんとかなあ?
須藤   何だよ。何言ってんだよ。オレをからかって、そんなにおもしろいか?
片山   おもしろいねぇ。実におもしろい。
須藤   もう! 悪趣味なヤツだな。
片山   へへへ。
高村   あの、何か水を差すみたいなんですけど、それはないと思いますよ。
片山   え? グラマーガールじゃないの?
高村   いや、そうじゃなくって、新人ヘルパーが来るって話。
片山   え? どういうこと?
高村   うちのホーム、そんなに次々に人を雇えるほど、お金ありませんもん。
片山   おい、何か、夢のないことを言うねぇ。
須藤   だよねぇ。
高村   でも、事実ですから。
片山   キミね、若いのに、どうしてそんなに現実的なの?
高村   え? 現実的?
片山   そうだよ。若いんだったら、もっと夢とか希望とか持とうよ。
須藤   ああ、それはそうだ。
高村   ええ、そうですかあ?
片山   そうだよ。前から思ってたけど、高村君って、何か、ナウなヤングって感じがしないんだよな。
高村   ナウなヤングって‥‥。
片山   女の子に興味とかないの? 恋をしたいとか思わないの?
須藤   そうそう。命短し恋せよ乙女だよ。
高村   いや、乙女じゃないですから。
片山   女の子、好きになったこととかないの?
須藤   胸がキューンとかしたことないの?
片山   いや、胸キュンは、須藤ちゃんの専売特許でしょ?
須藤   うるさいな。
高村   ‥‥いや、それぐらいありますよ。
片山   え? 何?
高村   だから、女の子。好きになったこと。
片山   え、え、あるの?
須藤   胸がキューン?
高村   いや、胸がキューンっていうのとは違うかもしれないけど。
片山   それって、いつ? どんな子?
高村   いや、ちょっとそれは‥‥。
片山   もったいぶらないで言ってよ。
須藤   そうそ。言っちゃえ、言っちゃえ。
高村   いや、だから‥‥。

    木山、神谷、田中が入って来る。

田中   だから、どうして、あなたたち、さっさとできないの?
神谷   そら無理やて。女の子にはいろいろあるんやさかい。あんたかてわかるやろ?
木山   そうそう。
田中   女の子って‥‥。そんなトシじゃないでしょ?
神谷   何言うてんの? 女は死ぬまで女の子やで。
木山   そうそう。女の子をやめたら、もう女は終わりよ。
神谷   女の子やめますか? 人間やめますか? やて。
田中   何わけのわかんないこと言ってるの?
神谷   まあ、女の子を引退したヒトにはわからんやろけどな。
田中   誰が引退したヒトなのよ?
神谷   さあねー?
田中   ほんと、このクソババアが。
神谷   え? 何か言うた?
田中   いえ。別にー。
神谷   あっ、そう。
木山   それで、いったい何なのよ?
田中   だから、聞いてないから。
神谷   なあ、何があるん?
片山   何か、グラマーガールが来るらしいよ。
木山   え? ほんと?
高村   違いますって。
神谷   ひょっとして新人のヘルパーさん? ピチピチギャル?
片山   ああ。
高村   だから、違いますって。
神谷   ひょっとして巨乳の子? 須藤さん、たまらんなあ。
須藤   いや、別に。
神谷   顔がにやけてるで。
高村   もう! だから。

    川崎と島が入って来る。

川崎   えー、みなさん、おそろいですか?
神谷   そろってるでー。で、その巨乳の子ってどこなん?
川崎   え? 巨乳?
片山   もったいぶらないで、さっさと紹介してよ。
川崎   え? え?
田中   ほらほら、勝手に話をしない!
川崎   ‥‥えー、みなさんにお集まりいただいたのは、ちょっとお知らせがあるのです。
片山   待ってました! グラマーガール!
川崎   え? 何の話ですか?
田中   もう! 黙れ! クソジジイ!
川崎   ‥‥あの、田中さん。言葉遣いは、もう少し丁寧に。
田中   あ、すみません。
片山   ははは。怒られた。怒られた。
田中   だから、うるさいの! 話を聞きなさい!
川崎   えー、実はですね、研修生として勤務してきた島さんですが、今日で研修期間の三ヶ月が終わりました。それで、今日から正式の職員となりました。
片山   お、それはめでたい。
木山   おめでとう。
神谷   おめでとう。
須藤   おめでとうございます。
島    ありがとうございます。

    全員、拍手。

川崎   ということなのですが、実はですね、急な話で何なのですが、この度、別のホームの方へ異動することになりました。せっかく、みなさんと仲良くやってきた所なので、誠に残念なのですが。
片山   えー!
神谷   うそ!
木山   それ、マジなの?

    島、うなずく。

全員   えー!

川崎   えー、ということで、島さんの方からご挨拶をしてもらいます。

    全員、沈黙。

川崎   はい、島さん。
島    みなさん。三ヶ月という短い間でしたが、本当にありがとうございました。この三ヶ月は、私にとって、とっても中身が濃くって、一生忘れられない三ヶ月でした。ヘルパーと言っても名ばかりで、失敗ばっかりで、みなさんにご迷惑をいっぱいいっぱいおかけして、それなのに、みなさんは嫌な顔一つしないで温かく見守って下さいました。こんな頼りない私が今日までやってこられたのは、本当にみなさんのおかげです。いくら感謝しても感謝しきれません。
 木山さん。車椅子の扱いが下手くそで、何度も転倒させかけたりしたのに、怒ったりもしないで、一つ一つ丁寧に教えて下さって、ありがとうございました。
 神谷さん。仕事が忙しくてくじけそうになった時、いつもちょっと乱暴だけど、おもしろい冗談を言って励まして下さって、あれで何度救われたかわかりません。
 片山さん。血圧計の操作がうまくできなくて、何度も計り直したり、締め付けすぎで腕が青じんでも、じっと我慢して下さったり、どうもすみませんでした。
 須藤さん。食事の時、いつもおいしいおいしいって言って下さってたけど、ほんとはエビとトリが嫌いだったんですね。私、全然気づいてなくって、ほんとにごめんなさい。
 高村さん。何もかも手取り足取りで教えて下さって、ほんとにありがとうございました。私、ほんとはコーヒーが苦手だったんだけど、おかげで少し飲めるようになりました。
 田中さん。何でもバンバンとやっていくパワーには圧倒されました。これからも、そのおばちゃんパワーで、このホームのおかあさんでいてください。
 ‥‥まだまだ、話したいことはいっぱいいっぱいありますが、これでご挨拶とさせていただきます。みなさん、本当にありがとうございました。

    島、お辞儀。
    全員、拍手。

川崎   はい。ということで、お昼過ぎから簡単なお別れ会をしますが、とりあえず、そういうことで‥‥。じゃ、島さん。
島    あ、はい。

    川崎、島、去ろうとする。

神谷   ちょっと、待ってー!
島    え?
神谷   私、何か納得行かへんのやけど。研修期間が終わったとたんに異動って、普通そんなんある? 何か不自然とちゃう?
片山   そうだ。そうだ。
島    え。
川崎   ああ‥‥いや‥‥ちょっと、いろいろと事情がありまして。
神谷   事情って何なん? 教えてもらえへんの?
片山   そうだ。そうだ。
川崎   ‥‥いや‥‥ちょっとそれは‥‥。
神谷   えー、言えへんの? それって、何かワケアリなん? そこんとこどうなん?
木山   そう言えば、そうよね。気になるわよね。
片山   そうだ。そうだ。
川崎   いや‥‥だから‥‥。
島    ‥‥所長さん。
川崎   え?
島    やっぱり、みなさんに言っておいた方が‥‥。
川崎   え‥‥いや、でも。
神谷   そやそや。みなさんに言っとかなあかんて。
片山   そうだ。そうだ。
川崎   うーん。‥‥じゃあ。
島    あの‥‥みなさん。実はですね‥‥。

    全員、沈黙。

島    私、結婚するんです。

    間。

全員   えー!
島    隠すつもりじゃなかったんですけど、どうもすみません。
片山   おめでとう!
木山   おめでとう!
神谷   おめでとう!
田中   おめでとう!
島    ありがとうございます。

    全員、拍手。

神谷   ここに来る前から決まってたん?
木山   学生時代の彼氏?

    間。

島    いや‥‥それが‥‥。

    間。

木山   え? いや、それがって?
神谷   え? 何やの? それもひょっとして何かワケアリなん?
島    ‥‥‥。
神谷   そういえば、何か変やって。結婚しても、異動することなんかないやん。別にここで働いててもええやん。全然問題ないやん。
木山   そう言えば、そうよねぇ。
片山   ああ、それはそうだ。
神谷   なあなあ、島さん、隠さんと全部言うてよ。

    間。

島    ‥‥いいですか?
川崎   え? それはちょっと‥‥。
神谷   所長さん。それはあかんて。本人が言いたいんやったら、止めたらあかん。
片山   そうだ。そうだ。

    間。

島    じゃ‥‥いいですね?
川崎   ‥‥‥。

    間。

島    あの、みなさん、落ち着いて聞いて下さいね。‥‥実は、私‥‥川崎瑞穂になるんです。

    全員、沈黙。

神谷   え‥‥。それって‥‥どういうこと?
片山   かわさき‥‥みずほ?
神谷   川崎って‥‥どこかで聞いたような‥‥。
木山   川崎って‥‥。たしか、所長さんも、川崎よね?
田中   うん‥‥かわさき‥‥まさゆき。
木山   え‥‥。まさか‥‥もしかして‥‥ひょっとして‥‥。
神谷   いやいやいやいや、それはないない。いくら何でも、そんなあほな話があるかいな。
田中   ‥‥あの‥‥島さん‥‥そこんとこ、どうなの?

    島、うなずく。

全員   ええええええー!
神谷   あっと驚くタメゴロー!
全員   えらいやっちゃ、えらいやっちゃ、ヨイヨイヨイヨイ。えらいやっちゃ、えらいやっちゃ、ヨイヨイヨイヨイ。えらいやっちゃ、えらいやっちゃ、ヨイヨイヨイヨイ。えらいやっちゃ、えらいやっちゃ、ヨイヨイヨイヨイ。

    全員、踊る。

    間。

川崎   ま、そういうことで‥‥。また、後で。
島    失礼します。

    川崎、島、去る。

    長い沈黙。

神谷   はあー‥‥ほんま、びっくりびっくりびっくりぽんやで。
木山   世の中には、そんなことが、あるのよねぇ。
田中   ほんと、事実は小説より奇なりよねぇ。

    間。

神谷   ‥‥す、須藤さん‥‥元気?
田中   生きてますかあ?
須藤   ‥‥‥。
神谷   あかん。やっぱりあかんわ。
木山   そりゃ、そうよ。ショックがメガトン級だから。
田中   だよねぇ。

    間。

木山   ♪彼だけが男じゃないことに気づいて
田中   馬鹿。男じゃないでしょ?
木山   あ、そっか。ごめんなさい。
田中   とにかく、しばらくそっとしておいてあげましょ。それが一番よ。
神谷   それは、そやねぇ。
田中   じゃ、お邪魔虫は退散しましょ。
神谷   そやね。

    木山、神谷、田中、去りかける。
    田中が、高村の肩をたたく。

田中   まあ、人生いろいろだから。
高村   ‥‥‥。
田中   これも、きっといい経験になるから。
高村   ‥‥‥。

    間。

田中   いや、ならないか?

    木山、神谷、田中、高村、去る。

    長い間。

片山   ‥‥須藤ちゃん。
須藤   ‥‥‥。
片山   ‥‥オレ、何て言ったらいいのか、わかんないよ。
須藤   ‥‥‥。
片山   ‥‥須藤ちゃん。‥‥こういう時はさ、何言っても慰めにならないことはわかってんだけどさ‥‥。
須藤   ‥‥‥。
片山   ‥‥今はつらいだろうけど‥‥きっと、時間が解決してくれるからさ。
須藤   ‥‥栄ちゃん。
片山   え、何?
須藤   ‥‥オレに、そんな時間があるのかな?
片山   え?
須藤   そんなに時間が残されてるのかな?
片山   な、何、弱気なこと言ってるんだよ。
須藤   ‥‥‥。
片山   じゃ、じゃあさ、思いっきり長生きしようよ。百歳でも、百二十歳でも。
須藤   ‥‥ああ‥‥そうだな。
片山   うん。そうだよ。オレも付き合うからさ。
須藤   ‥‥ありがとう。
片山   ‥‥須藤ちゃん。
須藤   ‥‥‥。
片山   ‥‥だから、とりあえず、忘れようよ。‥‥悪い夢見たと思ってさ。
須藤   ‥‥いや。
片山   え?
須藤   オレ‥‥いい夢見させてもらったって思ってるよ。
片山   え。
須藤   だから‥‥島さんには感謝してる。
片山   ‥‥‥。
須藤   だから‥‥彼女には幸せになってほしいって、本気で思ってるんだ。
片山   ‥‥須藤ちゃん。
須藤   ‥‥だから、栄ちゃん。‥‥お願いがあるんだけど。
片山   え? 何?
須藤   ‥‥彼女に伝えてほしいんだ。‥‥ありがとうって。
片山   ‥‥須藤ちゃん。
須藤   ‥‥‥。

    須藤、遠くを見つめる。

    音楽。
    暗転。

                              おわり

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