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伸びる

 たかしの身長は、六メートル二十二センチだった。小学校卒業時は一メートル五十センチだったが、中学に入って成長期を迎え、一年次から二年次にかけて五メートル近く伸びた。たかしは野球部で、ピッチャーだった。腕を振り上げると、ボールははるか高くに位置する。バッターは中空を見上げる。ほとんど垂直にボールが落ちてくるので、軌道に合わせて振ってもバットの根本にあたるか、手や顔面に当たった。他チームにとって、たかしは常に脅威であり、監督のもとには毎日のように「あのやたらデカい選手を禁止にしてほしい」「六メートルってどういうこと?」「彼も彼でどういうメンタリティなの?」といったメールやLINEが寄せられる。だが監督はたかしの熱量を買っていた。「僕、野球が好きです! 監督、野球をやらせてください!」「うん、でもお前、身長六メートルあるぞ」「はい。ですが、大丈夫です!!」「大きい声出せばいいってもんじゃないんだけどな」「はい、大丈夫です!」「話聞いてる?」「はい、大丈夫です!大丈夫でこざいま~す!」「サザエでございますみたいに言われてもさあ」「ピッチャーがいいです! おれ、ピッチャーがいいです!」「たしかに球速は申し分ないんだけどね、なんというか、鋭角すぎるんだよね」「鋭角でも、大丈夫です!」「うん、先方が大丈夫じゃないんだよ」「承知いたしました! 監督、おれピッチャーやりたいです!」「怖いよ」だが連日連夜このようなやりとりがあった末、最終的に「大丈夫です! 本当に、大丈夫ですから!」「うん、もう分かったから。ほら、近所迷惑だから」「かしこまりました!!」「もう見上げんのも疲れたよ。首が痛いんだよ」「いえーい!」押されつづけ、最終的には熱量を買わされていた。
 レギュラーでマウンドに立ち続けるたかしを、ベンチから見つめる人物があった。はなこだった。はなこはたかしに片想いをしていた。はなこは、高身長男子が好きで、可能であれば百八十センチ以上が望ましいと常々主張していた。だから六メートルを超えるたかしは、ど真ん中と言えた。はなこは見上げるのが好きだった。昔からだった。空、高層ビル、電波塔、鳥…その好みの延長線上に、人間の顔があった。首が反れば反るほど、はなこは相手のことを好きになった。初恋の相手はMBAの選手で、二メートル七センチだった。バスケットボールにはつゆほども興味がなかったが、ネットにもかかりそうなその身長に、いつも見惚れていた。見上げたい…。見上げてえ…。は? 見上げたいんですけど? 高身長への思いを抱えて入学し、すぐにバスケットボール部に入った。が、最高でも百七十九センチとたかが知れていた。そんな矢先に入ってきた噂。「はなこ、C組に高身長男子がいるよ」見に行ってみると、そこには天井すれすれに肩があり、首から以降横に曲がり、隣の席を越え、床に顔が落ちているたかしの姿があった。はなこは恋をした。見上げたい…。そこから、はなこはたかしだけを見つめた。だがたかしは、校内では常に首を曲げながら歩いていた。完全に直立している姿は見たことがなかったのだ。ある日はなこは、マウンドに立つたかしの姿を見つけ、すぐにマネージャーになろうと決めた。野球のルールなどまったく知らなかった。ピッチャーとバッターがいて、二人が向かい合っている。ピッチャーが投げてバッターが打つ。そこまでは分かる。だがほかの、守備と言われる人たちは一体何人いるのかわからない、あのセンターとか言われる人はさすがにホームから遠すぎないか? え、待って、フライ高すぎない? 空に消えちゃうんじゃない? あれ捕らなきゃいけないの? 無視しちゃだめ? といった具合だった。はなこは今日も首が痛い。
 ある日のこと。たかし投げる。バッターの首に当たる。たかし投げる。バッターの額に当たる。たかし投げる…相手チームの監督がついに憤慨した。「ちょっと、あんなやつ退場でしょ!」審判に詰め寄る。だが審判はそっぽを向いている。審判はたかしが怖いのだ。「だって身長六メートルとかさすがに怖くない?」いつか審判が飲みの席で溢していた。あとたかしは審判を裏で恫喝する癖があった。監督はたかしに直接向かっていく。監督見上げる。たかし見下ろす。両者にらみ合う。視線は中空で交わる。「お前、さっきからデッドボールばっかじゃないか!」「大丈夫です!」「大丈夫なわけないだろ!」「承知しました!」「おいこいつ会話になんねえぞ!」監督がたかしのほうの監督に詰め寄る。監督はそっぽを向いている。監督は言ってしまえば、たかしが怖いのだ。相手チームの監督はだが怯まない。その場で全裸になり、「うおー!」と雄叫びを上げると、巨大化した。六メートル二十八センチ。たかしよりわずかに大きい。理由はないが、たかしも全裸になる。両者、同じ高さの目線でにらみ合う。取っ組み合いになる。はなこが立ち上がる。「やめて!」甲高い声に二人の動きが止まる。二人がはなこを見下ろす。たまんねえ…。え、待って、たまんないんですけど。はなこの頭上には、二本の巨大な陰茎が垂直に伸びている。

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