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ライターやらせてもろてます。小説も書いてます。第126回文學界新人賞候補「蛸を縊る」カ…

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ライターやらせてもろてます。小説も書いてます。第126回文學界新人賞候補「蛸を縊る」カフカショートストーリーコンテスト優秀賞「翳り」(文學界2024年2月号掲載)

最近の記事

「なあ」  歩が太一を見る。 「あ?」  太一が歩を見る。 「なににする?」 「なにが?」 「夏休みの宿題」 「ああ」 「座右の銘ってやつ」 「全然決めてない」  歩が立てていた足を伸ばし、 「そもそも座右の銘ってなんだよ」 「それな」 「四字熟語みたいなこと?」 「別に四字熟語じゃなくていいんじゃね」 「え、てゆうか座右の銘ってなに?」 「なにって言われても」 「モットーみたいなことかな…」  歩は川の向こう岸に、女が一人立っているのに気づく。制服を着ているので、どこかの高

    • 文フリ! 感想!

       はじめて文フリに行ったときは、知人・友人など一人もおらず、ただただ会場の熱気に圧倒されるだけだったけど、今回は何人も知っている人がいて、人波に揉まれながらも、なんとなく安心できる空間になっていた。なんというか、必死に売り込んでこない感じがいい。会場には外のベランダのような逃げ場もちゃんとあり、疲れたらそこに避難をして、近くのローソンで買ったグミや持ち込んだヴェルタース・オリジナルを食べてたりした。  ほんとうはもっと買いたい本があったけど、読みきれないだろうなと思い、最低限

      • (エッセイ)キユーピーの3分クッキング

         最近、とつぜん人に声をかけられることが多い。だいたいが道を訊かれたり、キャッチだったり。そのとき、あまりにもとつぜんなものだから「わ、びっくりした」と言ってしまう。それで向こうも「驚かせてすいません…」みたいになったり、向こうも向こうでびっくりしたり。  それにしても道を歩いている際の、死角から人が現れることの怖さと言ったらない。雑多な風景の中に、顔、あるいは声が現れるのである。ぼやーっとした中に、急に「意味のあるもの」が出てくる。意味は怖い。解釈を強要される感じが怖い。で

        • 記憶を失くした妻にもう一回惚れてほしい男と絶対に惚れ直さない女

           意識、戻ったみたいです! でも、あの記憶が…。看護師に言われ、山田は走った。直子の意識が戻ったのだ…。ついに、ついに。医師からは「いやあ、戻らないでしょうねえ、うん」と言われていた直子が。一週間前に信号無視で横断歩道に突っ込んできたタンクローリーの下敷きになった直子が…。そのあと二トントラック、コンクリートミキサー車、クレーン車、キャリアカー、自衛隊高機動車…と立て続けに轢かれた直子が。直子、直子。山田は病室に走っていく。  扉を開けるとそこには、半身を起こした直子の姿があ

          「穴があったら入りたい」人に穴を差し出す男

           田中はリュックサックを背負い、街を歩く。リュックサックの中には穴がいくつか入っている。田中は「穴があったら入りたい」と話す人の前に、実際に穴を出現させるアルバイトをやっていた。だから田中は、今日も「穴があったら入りたい」人を探し、穴を提供する。早速声が聞こえてきた。 「大変失礼しました! 穴があったら入りたいくらいです…」  田中は聞き耳を立てる。交差点の前の歩道で、女が男に謝っている。どうやら知り合いと間違え、背中を叩いて「なにしてんのこんなとこで!」と話しかけてしまった

          「穴があったら入りたい」人に穴を差し出す男

           犬を買った。156,000円(税込)だった。犬種はわからない。もちろんペットショップでは、犬種が書かれた札が掲示されてはいたが、忘れてしまった。ゴールデン・レトリバーとかダックスフンドのようなメジャーなそれではなかった気がする。とにかく可愛い。いまも足元でしっぽを振っている。顎の下を触り、額? と言っていいのかわからないが両耳のあいだのふさふさを触る。名前を考えなければいけない気がした。気がしたというのは、別に考えなくてもいいのではないか、という気持ちもあるからだ。犬はきっ

          最高の飲み会

          〈登場人物〉 吉田:酔うと母校の校歌を歌い出す 長松寺:酔うと一人でしりとりをはじめる 今井:酔うと全裸になり、局部を握って振り回す 田中:酔うと異形になる 「かんぱーい!」「乾杯」「かんぱい」「カンパーイ!」 「嬉しいです。こうして出会えて」 「僕もです。普段ネット上だけだったんで」 「新鮮ですよね」 「みなさんけっこう飲めるんですか?」 「僕はけっこう強くて」 「僕は下戸ですが、今日は飲んじゃいます」 「俺は嗜む程度。田中さんは?」 「私もけっこう強くて」 「へえ。じゃ

          最高の飲み会

           男が電話に出ると、落ち着いた口調で、 「お世話になります。冷蔵庫です。最近少し扉の閉め方が荒いように感じられます。とくに、半開きだったことに気づいたとき、あなたは料理をしながら後ろ蹴りで、無理やり閉めますよね。あれ、痛いです。痛いですし、存在をなんとも思っていないような感じ、嫌です。ついでだから言いますが、野菜室の隅に散らばってるキャベツの葉、いつ片付けるつもりですか? 落ち葉みたいな色になってますよね? 不快なので、できるだけ早く処理をしてください。私が怒れば、中の物がど

          10回クイズ中に死んだ鈴木の顛末

          「なあ鈴木」 「ん?」 「ピザって10回言って」 「いいよ。ピザ、ピザ、ピザ、ピザ、ピザ、ピザ、ピ…」 「…」 「…」 「どうした?」 「…」 「おい」 「…」 「え?」 「…」  死んだ? え? 「鈴木?」 「…」 「おい、ピザって10回言えよ。まだ6回だぞ」 「…」 「おい、マジかよ」 「…」  ちょっと待って。え、呼吸してないし。どうしよ。え。マジか。 「おい」 「…」 「おいピザって言えよ」 「…」  人って10回クイズ中に死ぬことあるの? やばいマジでやばい。とりあ

          10回クイズ中に死んだ鈴木の顛末

          たけのこニョッキ

          「たけのこニョッキってなに?」 「知らないの?」 「知らない」 「1ニョッキ、2ニョッキってやるやつ。飲み会とかで」 「知らない怖いなにそれ」 「まず、一番最初の人が、1ニョッキって、で、次の人が、次の人ってか、次になりたい人が、2ニョッキってつづいて、3ニョッキ、4ニョッキって、で、最後まで残ったらだめで、数が」 「待って待って、全然わかんない」 「電話じゃ無理だよ、伝えられないよ。ネットで調べてよ」 「伝えてよ、ちゃんと。最近そういう感じじゃん。私に対して全然頑張ってくれ

          たけのこニョッキ

          絶対にパーティを抜け出したい男VS絶対にパーティを抜け出したくない女

           パーティが開かれていた。会場には「パーティ」と書かれた文字が、いたるところに記されていた。招かれた客たちは、口々に「パーティだ」「わあ、パーティだ」「パーティ楽しいね」と浮かれていた。だが田中は白けていた。なにがパーティだよ。バカどもが。はしゃいでいるやつらはみんなバカだ。周囲を見渡すと、壁にもたれかかるようにして女がワイングラスを傾けていた。細身で色白、高身長、猫顔、まさに田中のタイプだった。誰も彼女に近寄る様子はない。チャンスだ、と田中は思う。田中は、一歩一歩、だが近づ

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          伸びる

           たかしの身長は、六メートル二十二センチだった。小学校卒業時は一メートル五十センチだったが、中学に入って成長期を迎え、一年次から二年次にかけて五メートル近く伸びた。たかしは野球部で、ピッチャーだった。腕を振り上げると、ボールははるか高くに位置する。バッターは中空を見上げる。ほとんど垂直にボールが落ちてくるので、軌道に合わせて振ってもバットの根本にあたるか、手や顔面に当たった。他チームにとって、たかしは常に脅威であり、監督のもとには毎日のように「あのやたらデカい選手を禁止にして

          ニヤニヤが止まらない太田vsニヤニヤを止めたい谷口

           青山通りに面したカフェのオープンテラス、そのうちもっとも通りに近い一席に座り、太田は口角をわずかに上げる。だがここは表参道、不用意に込み上げてくる、しかも理由のわからない笑みは、絶対におさえなければならない。そもそもこれはデートだ。表参道でのデート。だが、どうしても笑みが溢れてしまう。理由はわからない。まったく分からない。思い出し笑いなどではない。なにも思い出していない。痙攣も疑ったが、これは完全に笑みである。 「ねえ、さっきからなんで笑ってるの?」  谷口が尖った口調で言

          ニヤニヤが止まらない太田vsニヤニヤを止めたい谷口

          TWICE

           駅までの道中、橋を渡ります。下には川が流れていて、欄干から見下ろすと、車が転覆していました。シルバーの車体、後部を水面から突き出すようなかたちで。周囲には人だかり、カメラを向けるスマートフォン、赤い回転灯が方々を照らし、これから救助活動が行われるようでした。運転席は水中に隠れ、人の存在は確認できませんが、救急車が数台停まっているので、いまもなお誰かが息を止めているのかもしれません。後部座席には誰もいないようです。空はよく晴れていて、中空でホバリングするヘリコプターが、逆光で

          BFC落選展「風船」

           風船を持って、車に走っていくんだ。車はベンツかセンチュリーか、わからないけど黒く光ってて、後ろの扉が開いてる。僕は風船の紐を持って、走っていく。車に乗ろうとすると、手に風船がないの。見上げたら、赤い風船が、空を上がっていくところで。僕は風船を持ったまま、車に乗りたいのに。「泣かないで」うん。「風船が飛んでいったのに気づいたとき、どんな気持ち」わかんない。悲しい、とか、怖い、とか。「風船の紐が抜けていくとき、手にはなにも感じなかった」うん。「車の中には、誰か乗っていた?」わか

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          マン歯ッタン

          3年か4年ほど前、ニューヨークに居た。期間は3ヶ月か4ヶ月くらいで、あるいは半年ほどかもしれない。5年か6年ほど勤めた会社を辞め、なんとなくの勢いで、1番行きたかった場所に住もうと思い、アポロシアターのあるハーレム地区にアパートを借りた。ニューヨークはふざけてるのかと思うほど家賃が高く、マンハッタンで比較的安い同地区でも、月30万円ほどかかったと思う。20万円くらいかもしれない。 ニューヨークでは、語学学校に通ったり、市街地のど真ん中にあるブライアントパークという馬鹿でか

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