見出し画像

絶対にパーティを抜け出したい男VS絶対にパーティを抜け出したくない女

 パーティが開かれていた。会場には「パーティ」と書かれた文字が、いたるところに記されていた。招かれた客たちは、口々に「パーティだ」「わあ、パーティだ」「パーティ楽しいね」と浮かれていた。だが田中は白けていた。なにがパーティだよ。バカどもが。はしゃいでいるやつらはみんなバカだ。周囲を見渡すと、壁にもたれかかるようにして女がワイングラスを傾けていた。細身で色白、高身長、猫顔、まさに田中のタイプだった。誰も彼女に近寄る様子はない。チャンスだ、と田中は思う。田中は、一歩一歩、だが近づいているとは思われないように正面からではなく、わずかに迂回するようにして進む。そして例の文句を言う準備を、口元に整える。忍ぶように女に近づいていく。手品のように、女の目の前に現れる。簡単だ、と田中は思う。第一声、耳元で、ささやくように、
「こんなパーティ、抜け出しちゃおう」
 田中は名手だった。パーティから女一人を抜き取り、サシ飲みをする名手だった。今夜も抜き取るぜ。へいへい。女は田中を見ると、
「なんで?」
「え?」
 だいたいこの一言で、女は落ちる。だが今日は違った。田中は少々面食らった。
「いやあ、パーティつまんなくない?」
「パーティはつまんないけど、なんで抜け出すの?」
 女もまた、名手だった。絶対にパーティを抜け出さない、名手だった。
「つまんないなら、その辺のバーに行こうよ。いいバー知ってるよ」
「バーには行きたいけど、パーティは抜け出さない」
「え、抜け出すっしょ」
「抜け出さない」
「いや、え、抜け出そうよ」
「大丈夫、抜け出さない」
「へいへい、抜け出しちゃおうよ」
「抜け出さないよ」
「え、抜け出そうよ。パーティは抜け出すものじゃん」
「いや無理。パーティだけは抜け出さない」
「俺が嫌だとか?」
「いや、正直タイプ。街で話しかけられたら絶対着いていくと思う」
「じゃあ、パーティを二人で抜け出そう」
「それは無理」
「え?」
「パーティだけは無理」
「待って。パーティはつまら?」
「ない?」
「俺は好みの?」
「タイプ」
「街でナンパされたら着いて?」
「行く」
「パーティは抜けだ?」
「さない」
「なんで?」
「なんでも」
「待って」
「うん」
「こんなパーティ抜け出しちゃおう」
「無理、抜け出さない」
 こんな強情な女は見たことがない。大抵は「パーティを抜け出そう」の一言で一発、せいぜい二、三言交わせばだいたい落とせてきた。だがこの女と来たら…。田中は奥の手だ、と思う。女を後ろから抱きかかえる。強引に外へ連れ出してみせるぜ。女は足をじたばたさせるが、身長はせいぜい百六十センチ、かたや田中は二メートル六センチ、柔道黒帯を所持している。圧勝だと思う。女だろうが子供だろうが、パーティを抜け出そうとしないやつには容赦しないぜ。女は田中にされるがまま、会場後方にあらかじめ田中が用意しておいた専用の台車に連れていかれる、かと思いきや、女は顔をよじり、なんとか右腕を開放させると、服の内側に忍ばせておいたナタで田中の腕を斬りつける。田中の肘から先が取れる。女は思う。あんたも手強いな。これまで何人もの男がパーティを抜け出そうと行ってきたが、だいたい一声で身を引いて行った。物理的な手段に出る人間など、片手で数えるくらいだった。台車まで用意してるなんて…。田中は肘を押さえ、なんとか血しぶきを止めようとするが、指のあいだから吹き出している。田中の顔は見る見る青ざめていく。会場はパーティで盛り上がっている。司会者が「みんなパーティしてるかーい?」「いえーい!」「パーティは最高だろう?」「パーティは最高!」「お前ら、みんなパーティだ!」「いえー! ふー!」客の盛り上がりをよそに田中は腕を拾い上げ、肘に近づける。断面から数百本の触手が湧き出てきて、上腕を回収、自動的に接合される。田中の特殊能力だった。女はすると、ナタを飲み込む。両腕がみるみる変形し、大ナタになる。カマキリのようになったその腕で、田中の首を狩る。すぽん、と頭部が飛び、司会者の前に転がり落ちる。会場はビンゴ大会でボルテージも最高潮だ。司会者は田中の頭部を持ち、ビンゴが出た人はこの口にカードを入れて景品を取っていくように、と指示を出す。「きえー!」会場も盛り上がる。田中の首からはやはり触手が、頭部へと向かって伸びていく。そこを女の大ナタがぶった切る。紫色の粘液が会場に飛び散る。会場「きえー!」「やったー! 粘液だー!」「ねーんえき! ねーんえき!」田中の頭部は、女の反射速度を前に、ほとんど再起不能になっていた。女は田中の頭部を見下ろす。口元が痙攣しているように見える。頭部はかすれるような声で、
「パーティを…抜け出そう」
「無理」
「ぜったい…抜き取って見せる」
「無理。私はパーティを抜け出さない」
 そのとき、田中の頭部が発光しはじめる。
「なに?」
 口元がわずかに微笑む。
「あと一分で、おれは爆発する。そうすれば、この会場の客は全員死ぬ。さあ、俺の頭部を持って、この会場を出るんだ。もう一度言う。パーティを抜け出そう」
 女は逡巡する。客の命を犠牲にするか、仕方なくパーティを抜け出すか…。女は迷った末、田中の頭部をつかみ、会場前方の窓のほうへと向かっていく。窓を開くと、東京都心部の夜景が眼下に広がっていた。女は頭部を持ってふりかぶる。
「なにを?」
「私はパーティを抜け出さない女よ」
 頭部の発光、その頻度が高くなってくる。女は思いきり外へと放る。田中の頭部が、夜の中に放物線を描く。中空で、大爆発を起こす。司会者が「おいみんな花火だ!」「きえー!」女はしばらく見つめたのち視線を会場へと戻し、パーティへと戻っていく。
 田中は爆発する直前、これまで落としていった女の顔を、脳裏に思い浮かべていた。あの子も、あの子も、みんな元気にやってるかな。おれはもうおしまいみたいだ。それから、未来の、おれが落とすはずだったあの子も、あの子も。抜き取ってあげられなくてごめんな。あとシンプルにお母さんに会いたい。お母さんの作ったハンバーグが食べたい。お母さんに抱きしめてもらいたい。お母さんに、一度でも…。顔が熱くなり、視界が弾けた。
 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?