ヘドロの創作 2024/9/29
【猫の喫茶店】
喫茶「灰猫」のマスターは珍しくにんまりしていた。
そう、ずっと欲しかったエスプレッソマシンを手に入れたのだ。
なぜずっと欲しかったのかというと、喫茶「灰猫」のマスターは昔イタリニャに旅行して、本場のエスプレッソを飲んだのであるが、それがなかなかおいしくて忘れられなかったのである。
圧力をかけて抽出するコーヒーは、試しに飲んでみるとキリッと濃い。イタリニャの喫茶店で教わった、砂糖を多めに溶かして飲む飲み方を試してみる。底に残った砂糖をジャリっとすすると、イタリニャで飲んだあの味が蘇る。
うまい。灰猫のマスターはご機嫌であった。これを提供できたらきっとお客さんも喜ぶことであろう。もうちょっと味をよくする努力をして、おいしくなったら提供しよう。マスターはニコニコと、午後の営業の支度を始めた。
午後の早めの時間に、エノコロ小路で昔から愛されるケーキ屋のケーキ職人がやってきた。このひとはパティシエという言葉が一般的になるよりずいぶん前からケーキ屋を営んでおり、繊細な細工が得意で、まさにケーキ職人といった感じのケーキ屋であった。
「マスター、手土産あるから一緒に食べよう」
ラグドールのケーキ職人は手もとの白い小箱を持ち上げる。
「持ち込みはよしてくださいって何回も言ってるじゃないですかぁ」
とは言いつつもマスターも内心ではニッコリしている。箱から出てきたのはイタリニャ風のお菓子、ティラミスだ。
「ああ、それなら本式のエスプレッソが合いそうですね」
「エスプレッソ? なんか機械を入れたのかい?」
「まあまあ」
マスターはさっそくエスプレッソマシンから、小さくてかわいい専用のカップにエスプレッソを注ぐ。
ちょうどケーキ職人以外の客もいないことだし、エスプレッソを試飲してもらったついでにティラミスを食べることにした。
なおここは猫世界なので、猫もティラミスを食べられるのであって、現実世界で猫にティラミスを食べさせてはいけない。そもそもコーヒーも毒だ。
ケーキ職人のラグドールは、堂々たる体に対して小さすぎるエスプレッソ専用のカップをしばし見つめてから、ズッとエスプレッソをすすった。
「うん、うまいね」
「それはよかった」
しかしケーキ職人は小首を傾げてしばし考えた。
「でもマスターのいつものブレンドコーヒーのほうが好きだなあ……満足いくまで飲めるし。これはこれですごくおいしいけど、マスターのいつものコーヒーがいちばんおいしいよ。こんなにちょびっとじゃ足りないよ」
マスターはもうちょっとエスプレッソをおいしくしよう、と誓った。でもなんだかんだ、いつものコーヒーを褒められたのが嬉しいという気持ちもあって、ちょっとだけ笑顔になりながら、ティラミスをモグモグと食べたのであった。
9月も終わり、という季節になってきた。もう街は、奇妙なものが大好きな猫たちの手によってすっかりハロウィンの雰囲気だ。気がはやい。マスターはケーキ職人が帰ってから、しばらくエスプレッソの研究をして、その晩はさっぱり眠れなかったのであった。
◇◇◇◇
おまけ
きのうは8時半くらいに家族が寝静まってしまった。
わたしもさっさと寝よう、と聡太くんがどこにいるか探してみたがさっぱり見つからない。おーい、そうちゃんどこいったー、と探していると、2階から母氏が「2階にいるよー」と声をかけてきた。どうやら父氏か母氏について2階に行ってしまったらしい。
早々と2階に行ってしまったのでおやつを与えるのを忘れてしまった。そしてわたしも本格的に寝る前にトイレに行ったら、聡太くんがどこからか現れて「しつれいしまーす!」と人間のトイレに入ってきた。なんなんだいきみは。