小説『人間きょうふ症』36

 「実は私が住んでいた実家にグラフォンがあって、嫌なことがある時だとか心を落ち着かせたい時にそれでよくクラシック曲を聞いていました。今の時代はスマートフォンとイヤホンを使用する人がほとんどで、もちろん聴きやすさはありますし、気軽に聴けます。でも、それでは心は満たされなくて…。レコードを優しく置いて、横にあるレバーをゆっくりと回すあの快感がたまらなくて。」
 「その蓄音機はお前さんにとってなんなのかね。」
 「それはもちろん命の一部ですよ。でも、今は会えない。だからその間はここにきてこれを眺めようかと思っています。」
 グラフォンを見つめ、撫でていた。懐かしい木材のざらざら感が自分の持っていたのと同じような感じであった。
 「そうかそうか。どういうのを普段聞いていたのかね。」
 「モーツァルトの『魔笛』です。モーツァルトのものであれば、『ピアノソナタ』とかも聞いていたのですが、『魔笛』が一番好きなので聞いていました。他のクラシック作曲家のも聞いてみたいとは思ったのですが、一番聴きがいがあるのがモーツァルトだというのを聞いたのと、誕生日が一緒であるからっていうのがあって、聞いて見ようと思いました。」

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