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永遠にともに

年明け早々、夫は何度目かの内視鏡検査を受けた。一昨年の夏、内視鏡手術で胃の中にある悪いものを取ってからおよそ1年半が経っていた。前日に降った雪が歩道に残る空気が冷たい朝だった。油断すると凍った雪に足を滑らせ転んでしまいそうだったので、早めに家を出てかかりつけの某大学病院にゆっくり歩いて向かった。

半年前、昨年の夏に受けた内視鏡検査で胃内部に出血している箇所が見つかり、今年の年明けにもう一度検査を受ける事になっていた。念のため昨年の秋に血液検査を受け貧血症状がない事(悪いもの、腫瘍や潰瘍、炎症などで胃から出血があるとヘモグロビンの値が低くなるのだそう)を確認した上。主治医の所見もおそらく大丈夫であろうという事だった。

にもかかわらず、検査の日が近づくに連れて心配と緊張はこの上なく高まった。よく言う半端ないというやつだ。気が小さいのか何度、検査を経験しても慣れる事はない。夫本人も緊張はしているのだろうけれどそんな素振りは一切見せないので、こちらも狼狽えているのを隠すのに必死。聞きたい事はたくさんあるのに、結局、何も言えず黙り込んだり、溜め込んだ気持ちで胸がいっぱいになって少しの事で怒ってしまったり。情けなさと大人気なさで「とほほ」である。

〈話を元に戻します〉

会社が正月休みのうちにPCR検査を受け(お世話になっている大学病院はコロナ感染拡大防止のため、症状がなくても念のため内視鏡検査前に必ずPCR検査を受ける)数日後、胃内視鏡検査へ。今回も鎮静剤を使用するため別室にて検査前の準備のための点滴。その後、検査室に移り鎮静剤で眠っている間に検査そのものは終了。別室に戻り鎮静剤がしっかり覚めるまで1時間以上の経過観察。その間、私は待合室で進まない時計と睨めっこしながらひたすら待つ。実際より長く感じられるこの時間は毎回かなり苦痛だけれど、夫本人の負担に比べればとじっと我慢。

鎮静剤が覚め看護師から検査後の説明を受けた。今回の検査も生検になった。生検は何回受けても本当に嫌。どうしても気持ちがネガティブになってしまう。いつもながら結果がわかるまでの時間が長く辛い事になった。

結果が出るまでの2週間、夫はいつも通りすました顔で出勤し、私は猫の日めくりカレンダーの「から元気も元気のうちだ!そのうち本当の元気と取り替えればいい!」という島本和彦さんの言葉を胸に、ありもしないから元気で過ごした。本当は夫も気になっているに違いない。

そして2週間後、いよいよ検査結果を聞くために診察を予約した当日。晴れてはいるけれど1月らしいとても寒い朝だった。病院へはいつも予約時間より早めに行くようにしているが、待合室で待っている時間がまたどうにも落ち着かない。短ければ心の準備が出来ないし、長くなれば心臓の鼓動が止まりそうなくらいに早くなる。いっそこのまま時間が止まってしまえばいいと毎回現実逃避だ。

ほぼ予約時間通りに呼ばれ診察室に入った。やはり時間は止まらなかったようだ。
生検は一昨年に受けた内視鏡的粘膜下層剥離術の手術痕と、その周辺の組織を採取したとの事だった。胃内部の画像を見ながら一通りの説明を受けた後、主治医は今回の検査で悪いところは何もなかったと言った。そして次の検査は半年後か1年後のどちらでも良いと言うので、迷う事なく「半年後でお願いします」と夫より先に答えた。1年も検査を受けずにいる勇気は私にはない。

検査の度に夫は体と心、私は狼狽え心が苦しくなる。しかし今までずっと私たちの暮らしを守ってくれた夫の健康を守るのは自分の一生の仕事だと決めたのだし、何よりまだまだ二人で一緒に生きて行くためには検査は必要であり最重要だ。良い検査結果は次も、その次も頑張ろうという励みになる。今までもこの先も油断するつもりは私には全くない。

何はともあれ…
良かった。本当に良かった。
少なくともまだ数年は検査が欠かせないのだろう。けれど年々、リスクは減って行くであろう事、晴々と喜べる日が必ず来る事を信じて、ずっと一緒に頑張ろうね。

朝までの重たさが嘘のように軽くなった気持ちで病院を後にした。体全体に喜びが溢れた。が、まだ病院の近くだったので控えめに夫と腕を組み喜びを噛み締めた。そして「良かった」と小さく呟き冷たい空気の中を二人で歩いた。これからも病気以外の事でも山あり谷あり…ない方が良いけれど、まだまだ長い夫婦の道のりを。

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