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一呼吸の別世界

ハワイに引越して2年がたった頃、僕はスピアフィッシングを始めた。

せっかくハワイに住んでいるんだから、ハワイらしいことがしたかった。

ハワイらしいことなら、ウクレレとかフラダンスでも良かった。

でも、マッチョな趣味を探していた僕にはスピアフィッシングが最高にカッコよく見えた。

スピアフィッシングとは

スピアフィッシングと聞いて、ピンと来ていない人も多いと思う。

スピアフィッシングとは、水中にもぐって手銛や水中銃で魚を獲るスポーツのことだ。

日本語では、魚突きと呼んだりする。

潜り方は息を止める素潜りと、スキューバタンクを使う潜水がある。

ハワイはスキューバタンクを使用したスピアフィッシングを禁止していないけれど、誰もスキューバタンクなど使わない。

原始的な道具と素潜りで、魚と対峙する。

それがスピアロ(スピアフィッシャー)達の美学だ。

スピアフィッシングは、主に3種類の武器を使う。

スピアガン(水中銃)、ポールスピア(手銛)、そしてハワイアンスリングだ。

スピアガンは名前の通り銃の形をしていて、強力なゴム輪で1.5メートルくらいの銛を発射する。

スピアガンの射程は5メートルくらいだ。

30センチ以上の中型から大型の魚を狙う時は、大抵スピアガンを使用する。

ポールスピアは、2メートルくらいの長さの銛の後ろにゴム輪を付けたもので、手に引っ掛けて発射する。

岩陰に隠れた比較的小さな魚から、大きな魚まで汎用性が高い武器だ。

ポールスピアの射程は、2メートルくらいだ。

ハワイアンスリングは、スピアガンの銛をパチンコの様な要領で発射するハワイオリジナルの武器だ。

ハワイアンスリングの射程も、2メートルくらいだ。

スピアフィッシングの写真を公開すると、「魚が可哀そう」とか、「乱獲だ」といった意見をもらうことが多い。

魚が可哀そうという意見を持つのは勝手だが、店で売っている魚を食べるのと何も変わらない。

殺す作業を自分の手で行っているかどうかの違いしかない。

スピアロは、獲った魚にすぐにとどめを刺して余計な苦痛は与えない。

スピアフィッシングの特徴は、魚の種類とサイズを目視で確認してから獲ることだ。

絶滅危惧種や小さすぎる魚を、殺す前に選別することができる。

底引き網のように大量の獲れる方法でもない。

スピアフィッシングは、最も持続性の高い漁法の一つだ。

一呼吸で行ける別世界

スピアフィッシングの魅力は、何といってもダイビングそのものだ。

たとえ魚が獲れなかったとしても、ダイビングを楽しんだと思えばそれだけでハッピーになれる。

素潜りは、水面で呼吸を整えて深呼吸を一つ吸い込んで、頭から垂直に沈んでいく。

スキューバダイビングのように水中で盛大に気泡を出したりしない。

その姿は、まさに獲物を狙うハンターだ。

海底についたら、岩やサンゴ礁と同化して、魚が現れるのをじっと待つ。

この瞬間、自分が水中の世界に溶け込んだような不思議な感覚を持つ。

スキューバダイビングがお客様として魚の世界にお邪魔しているような感覚だとすると、素潜りは魚の世界に共存しているような感覚を持つ。

この世界では、自分は捕食者であり、捕食される側でもある。

そんなスリリングな体験ができるスポーツだ。

スキューバダイビングでは常に呼吸をしているので気がつかないが、素潜りをすると、海の中はけっこう騒がしいことに気づく。

ブダイがサンゴ礁をかじっているいる音や、遠くでクジラの鳴く声が聞こえたりする。

サンゴ礁に囲まれたハワイの海は、多様な魚がたくさんいて、まるで熱帯魚の水槽の中を泳いでいるようだ。

ハワイのサンゴ礁には、7000種の生物がいる。

毎回新しい発見があって、潜っているだけで飽きさせない。

時にはウミガメに遭遇することもある。

ハワイでは、ウミガメは幸福の象徴だ。

そんな時は、シャカのハンドサインを送って、リスペクトを示す。

魚との駆け引き

魚は記憶力がないバカな生き物だと思われているが、少なくともハワイの魚は用心深いヤツが多い。

スピアフィッシャーに慣れている魚が多いからだろうか?

よほど静かに近づかないと、すぐに危険を察知して逃げて行ってしまう。

素潜りで魚を捕るというと、水中で魚を追いかけまわしている姿を想像する人が多いかもしれないが、ヒトは泳ぎで魚にはとても敵わない。

ヒトが魚とやりあうには、智恵で勝負するしかない。

ハワイのスピアロは、色々な技術を駆使して魚を突く。

例えば、迷彩柄のウェットスーツを着て、岩と同化する。

動いていないと、人間が見てもどこにいるのか確認できないくらいだ。

海底についたら岩にしがみついて、サンゴ礁や岩をカリカリっと引っかく。

こうすると、水中で埃のようなものがもわっとあがる。

魚には小魚が集まって食事をしているように見えるらしい。

さらに喉の奥や舌を使って、唸ったり、チッチッと音を出したりして魚の注意を引く。

こうやって魚をおびき出して、ズドンと仕留める。

仲間

スピアフィッシングは一人でもできるが、本来は仲間とやるものだ。

スピアフィッシングは、毎年死人が出る危険なスポーツだ。

息を止めて素潜りをするわけだから、とうぜん無理をすれば溺れる。

カラダは酸素不足を伝える手段を持っていない。

だから酸素が不足すると、スーっと意識を失う。

重りを付けて潜っているから、溺れたら体は水面まで浮いてこない。

だから素潜りで溺れると、死体は上がらない。

だからスピアフィッシングは、ダイブバディと交互に潜る。

何かあった時に引き上げてもらうためだ。

だからスピアフィッシングでは信用できる仲間がと潜ることが大切だ。

海の中では、お互いを助け合い、獲った魚はみんなで分け合う。

そんなスピアロのコミュニティーも、スピアフィッシングの魅力だ。

獲物をふるまう

獲った魚は基本的に全部食べる。

わが家でも、獲った魚は全て家族で食べたり、近所の人と分けたりしている。

釣りや家庭菜園をやっている人ならわかると思う。

自分が獲ったり育てたモノを、仲間で楽しむのは最高の幸せだ。

獲った魚は絶対に無駄にしない。

それがハワイのスピアロの魚への敬意であり、マナーだ。

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