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虚しい助走期間

 昨年7月頃から始まった長期プロジェクトを完走して、その後、息つく間も無くやってきたシリーズ案件もとりあえず撮影まで終えて、ひと段落。家業に関しても、税理士や銀行等との話し合いに決着がつき、税金の支払いも滞りなく行えそうといったところ。今の気持ちは、曇りのち晴れである。
 これまでの期間、楽しいイベント事は沢山あったけれど、心に余裕のない中、とりあえず突き進んでいたというのが実際である。時に、ノンストレスで東京で趣味に没頭する同世代たちを羨んだり、人に迷惑をかけながらタスクを先延ばしにしていたりしていた、とても不健康な状態。
 部屋はずっと荒れていたし、"仕事帰りバタンキュー&外出前駆け込みシャワー"生活もすっかり普通になってしまっていた。運動をサボり体重も増え、基本ベッド上で一日だらける怠惰な生活。実家に逆戻りした途端こうなるのだから、人間、根本的な性格は変えられないんだなと、つくづく思う。

 抱えていた問題は、いずれも時限的な性質のものだから、いつか解決することだって分かっていたけれど、そう簡単に心配性はやめられない。ストレスは不安からくる。未熟な采配の末、決められたスケジュールや予算にハマらなかったら?未熟な采配の末、一文無しになってしまったら?
 こういう心配を、具体的な心配に昇華出来ていない、というのがまた問題だった。「なんとなくヤバい気がする」「なんとなくお金が足りない気がする」。この「なんとなく」を具体的にするのって、エネルギーがいる。少しボジティブな風向きを感じないと、体を動かせない。

 結局、今この状態を迎えられたのは、「期限」や「締切」のおかげであった。「期限」や「締切」は、僕にとってとても大事な存在だ。これらが無いプロジェクトを、完遂できた試しがない。思えば、レポートも卒論も仕事の資料も、いつもギリギリ提出を極めていた劣等生。ルーズなんて優しい言葉で片付けてくれるなら有難いけど、もっと自分は怒られた方がいいと思う。
 余談だが、尾崎豊の『Forget-me-not』という曲は、この日のうちに歌入れを完了させなければリリースが間に合わないといった期限当日を少し過ぎた朝5時頃に、歌詞の完成稿がレコーディングスタジオに持ち込まれ、無事歌入れを終えられたらしい。こんなエピソードがWikipediaに誇らしげに書かれているのを発見してしまってからは、怠惰な性格により拍車がかかっている。「人のふり見て我が身を直せ」が出来ないというのか、慢心がすごいのが、僕の悪いパーソナリティである。自分が未だに自転車に乗れないのも、羽生結弦だって乗れないしね、って開き直っている。

 怠惰、心配性、慢心。現在、僕がこの3点揃いのダメ人間に成り果ててしまったことに、周囲の人間は気づいているのだろうか。これからの生活を構築するにあたって、具体的な行動を起こさねばならない2023年。助走期間はまもなく終わる。その前に、過去のnoteでも読み返して、例えばかつて一人暮らしを始めた時の前向きな気持ちでも取り戻したいところだ。

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