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シングルループ学習だけじゃ組織は育たない 『失敗の本質』論

『失敗の本質』には、日本軍と米軍の勝敗を分けた決定的な要因は、米軍が絶えず組織の目的や枠組みを創造的に破壊した上で更新することができる「自己革新組織」であったのに対し、日本軍は既に定まった目的や枠組みへの最適化に特化した組織であった点だと記載されている。

これは組織論の言葉で言い換えれば、米軍がダブルループ学習を行うことに長けた組織だったのに対して、日本軍はシングルループ学習に特化した組織だったということである。

日本軍がシングルループし続けた枠組みとは、白兵戦至上主義、艦隊決戦思想、短期決戦主義、奇襲至上主義などである。これらは日露戦争の時から50年近く堅持されたと言うから驚きである。

歴史的な経緯で言えば、日本軍は第一次世界大戦でまともな近代戦を経験しなかった。そのため、バルチック艦隊の日本海海戦と、乃木希典の旅順攻略を成功体験として参照し続け、これに適合したシングルループ学習をひたすらに繰り返した。

ガダルカナル島決戦において実に3度繰り返されたあまりにも無謀な白兵戦や、インパール作戦における兵站を度外視した破滅的な特攻も、これらの枠組みの中ではある程度の合理性を保っていたと言える。

組織は、常に支配的な枠組みやパラダイムが破壊され塗り替えられるというプロセスを持たねば、環境に対する適応能力を失う。特に、不確実性が大きい戦争のような非常事態であれば、昨日まで常識だったことさえも今日捨て去らねば死の危機に瀕するという状況が常態化する。

野中郁次郎は、ダブルループ学習の能力を欠いた日本型組織について「変化の乏しい状況であれば十分な力を発揮するかもしれないが、複雑な環境に置かれると途端に無能化する」とその欠点を診断した。

野中郁次郎は戦史研究を通じてナレッジマネジメントの理論を打ち立てます

『失敗の本質』が組織論として白眉である点は、日本型組織に対する診断が、出版から40年経過した現在も微塵も色褪せないものとして受容できる、極めて高い水準に達するものであったのと同時に、本書がJapan As Number Oneの称号を日本企業がほしいままにしていた1984年に出版されているという点にも見出すことができる。

まるで、平成不況以降の高度情報化社会における日本の現在を予見しているかのようではないか。事実、日本企業はこの圧倒的に複雑化した市場環境の中で生産性を成長させることに失敗し続け、世界の時価総額ランキングからはキレイサッパリ姿を消した。一人当たりGDPは台湾にも抜かれるという、惨憺たる状況である。

それでは、ダブルループ学習を組織が実践するためにはどうすれば良いのか。例えば、実力主義的な人事制度の導入、現場への権限委譲の促進、失敗を正確に分析し環境変化を機敏に読み取るためのPDCAサイクルの導入が本書では提示される。具体的な実践方針はまた検討することにしたい。


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