近くて遠い国 小島庄司著 『中国駐在ハック』

ある程度の規模の会社の社員であれば、中国に赴任を命じられる可能性が多かれ少なかれあるのではないだろうか。ご多分に漏れず、私も赴任の可能性がある。中国を含め、海外駐在経験者の話を聞くと、多くの方が「行ってよかった」とポジティブな反応を返してくれる。しかし、そんな彼らも最初はきっと大きな苦労をしていたと思う。その実態を知るために私は海外駐在に関する本を読み漁り、経験を追体験することにした。中でも読み逃せないタイトルだったのが本書。結論を先にいうと、やはり中国には独自の文化があり、赴任にあたっては最初が肝心であることを再認識することができた。

まずは、現地社員にとって日系企業の位置づけが過去から大きく変わったことを理解しなければならない。日系企業がジャパン・アズ・ナンバーワンとして輝いていた時代は今は昔で、日系企業に勤めることがステータスである時代は、残念ながら終わりに近づいている。そんな中で、現地社員に力を発揮してもらうには、過去とは異なるアプローチが求められる。

そのためには、日本人と中国人の国民性を理解することが第一歩。稲作を生業にして安定した社会を築いてきた日本人は、周囲との調和が重要だが、常に外敵の脅威に晒されてきた中国人は、変化への即応が死活問題のため、強いリーダーが求められる。そのため、短期志向、計画や振り返りよりも実行重視、明確な意思表示を求め、過程よりも結果を重視する、そんな国民性がある。ここを理解しないで、日本人と接するようにマネージメントしても上手くいかない。

それを踏まえて、赴任期間を3段階に分けてめざす姿がある。第1段階は脱落しない、バカにされないこと。そのためには、表裏を作らず、自分を特別扱いせず、清潔感を保つこと。要するに地に足をつけて周囲とコミュニケーションを取ることだろう。お酒の洗礼やいきなりすり寄ってくる社員との関係性など、相手がこちらの人間性を測っている間に起こる壁がいくつかある。一方で一度舐められると挽回は難しい。仕事に甘さを見せずに落ち着いて対処したい。

第2段階は親近感を生むこと。そのためには笑顔で声掛け、中国の文化に馴染もうと努力し、わからないことは部下に相談し、うまくいったら一緒に喜び、怒るときはカラッと。日本人からしても好ましいリーダーであることを心がける。

第3段階はコミュニケーションを取ること。そうなると言葉の壁が問題となる。中国語を完璧に話せればそれに越したことはないが、それができれば苦労しない。しかし、日中には漢字という共通の文字がある。中国語の文章を見ると、何となく意味が分かるということは多くの方が同意してくれるだろう。その利点を活かして、筆談を積極的に活用する。案外意思疎通ができるようだ。全て通訳に頼るよりも、こちらの方が上手くコミュニケーションが取れるだろう。

一方で、残念ながら日本人駐在員がボトルネックになることもあるらしい。自分の立場・役割と、自分の行動が会社全体にどんな影響を及ぼすかをよく考えて行動したい。例えば、賃金を上げてほしいという類の直談判を受けたとする。根拠はないが、みんな頑張っているからと、意気に感じることを期待して要求を飲むと、相手は自分が勝ち取ったものと理解し、今度の駐在員は主張すれば通る、与し易い相手だと理解する。結果、会社の規律が失われる。こんな例は枚挙にいとまがない。日本人駐在員にはある程度の覚悟が必要だが、この経験はきっと今後のビジネスパーソンとしての糧となる。

また、就業規則と人事制度を整備することも重要。つい問題社員に目が向くが、ここで意識したいのは真面目に仕事をしている社員。彼らが不満を持たないような制度を作ることだ。実効性を維持するためには、就業規則は定期的に見直したい。さらにそこから逸脱した社員にはしっかり指導し、人事評価をしっかり行うためには日頃から社員を観察してメモを取る。そして、相手を一人の人間として尊重する。それができれば、きっと社員に規律とモチベーションをもたせることができる。

我が国と中国とでは、考え方に大きな差異があるのは事実。しかし、ただ漫然と違いを認識するのと、具体的な違いをイメージしておくのとでは、赴任時の行動に大きな差が生まれることだろう。中国への赴任が決まった、あるいは将来的に中国でビジネスしてみたい、そんな人には中国で働くためのマインドセットを作ることができる一冊だ。

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