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実話。前任者からの引き継ぎ無し!転職者が最も恐れるその暴挙。by転職定着マイスター川野智己

「やっぱり僕が担当でないと駄目だとクライアントが言うんですか?門外漢の転職者ごときでは務まらなかったようですね。いやあ、まいったな。」
 首の後ろを左右にさすりながら、そして笑いながら上目づかいで若社長を見つめるその男。営業の高橋源治その人であった。社長をも見下ろす、この社内の力関係が明確になった、その瞬間であった。
そこには、見つめる周囲の社員も息を飲むばかりの静寂がひろがっていた。

1 若社長の危機感と中途採用

 ISOのコンサルティング業を生業としている日本ISO社の二代目若社長林田誠は、前社長の父親の代から社内で幅を利かせ君臨している古株を一掃し、若返りを模索するつもりだった。それが、自身の経営を軌道に乗せることにつながると考えていたからだ。ISOとは、国際的な標準のことだ。
 特に、自社の営業社員は、若い自分を軽視しその指示命令に従わないどころか、何よりも彼らが使う不明朗な交際費や、外部コンサルタントとの癒着に林田は疑念を抱いていた。

 林田が、まずその標的にしたのが、冒頭で台詞(セリフ)を吐いた高橋である。
 彼は、日本ISO社の全体の売り上げの実に4割を占める山岡コーポレーション㈱の営業担当を22年間にわたり担当してきた。当然、社内での発言力も強く、前代社長の頃からのその傍若無人ぶりには、誰も彼に異を唱えることは出来なくなっていた。例え、社長でさえも。

 林田は、義憤にかられ、正義感が頭をもたげていた。同時に、彼のような古株がいつまでも幅を利かせていることは、社内風紀上も好ましくない。林田の焦りは増すばかりであった。ここは、新しい血を入れて、社内を刷新する必要があると感じていた。

2 転職者牧田の採用と社内改革

 そんな中、取引先銀行からの紹介をうけ、中途採用として採用したのが牧田正三郎であった。彼は、食品加工会社の衛生管理(HACCP:ハサップ)コンサルティングの指導を行っており、有能な営業パーソンでもある。林田は、彼をまじめで、誠実な男と見込んでいた。社内の模範となる存在として期待して入社させた。
 
 早速、林田は、古株の高橋を内勤に異動させ、牧田をその後任に据えた。
社内では、ある意味、大きな驚きをもって受け止められた人事であった。
 同時に、これから吹き荒れる嵐の予感を感じさせるには十分すぎるものであった。
  感じない者がいるとすれば、社長の林田と、採用の牧田だけだった。
 
3 業界慣習と懸念事項

 通常、当該業界では、仕事を取ってくる営業担当が強い力を持っており、「この顧客に、外部コンサルの誰をあてがうか。」営業担当にその決定権がある。
 例えるなら、TVのプロディーサーが、自身の映画や番組に、どの俳優やタレントを人選するか決定権があることと同じであるとイメージしてもらうとわかりやすい。
 その一方で、双方に癒着が生まれやすい点も同様である。

 しかし、牧田は、自分が新たに営業担当になったからと言って、クライアント企業の山岡社がこれまで懇意にしていた外部コンサルタントをいきなり替えるわけにはいかなかった。山岡社からすれば、なによりも、不満がないからこそ、22年間付き合ってきたのだ。営業担当を替えられただけでも不安なのに、牧田独自の色を出す余地など残ってはいなかった。
牧田は、やむなく前任の高橋の色がついた、手垢のついた外部コンサルタント達を使って、仕事をせざるを得なかったのだ。やりにくかった。

4 前任者からの爆弾投下!「引継ぎ拒否」

 高橋は、牧田に全く引継ぎを行おうとしなかった。
 「即戦力なんだって。おたくは。」
と、高橋は嘲笑にも近い笑いを、牧田に浮かべながら近づいてきた。
 上から下まで、嘗め回すように眺めながら。
 「説明してわかるものではない。長年の経験で初めて習得できるんだ。俺を見ろ。トップまで昇りつめたこの俺を。ま、むしろ、おたくの高いノウハウで、より高い売り上げを挙げてくれるんだろうよ。」
と、身も蓋もない戯言(たわごと)で煙に巻くだけであった。
 むしろ、彼は、牧田の困った顔を見て楽しんでいるとしか思えなかった。

 牧田自身も、ここで引継ぎを受けることにいつまでも拘ると、新天地で、自分が無能な男と思われるのではないかと、心配で他の社員に相談もできなくなっていた。結果的に、これが孤立の道をたどる分水嶺になった。
 
5  転職者が陥りやすい典型的な罠

 期待されて入社した転職者は、あくまでも即戦力として扱われる。
 しかしながら、ヒマラヤ地区の原住民で最高の報酬と尊敬を集める職業、シェルパ(欧米からの登山者の道案内人)が、日本に連れてこられ、谷川岳の案内を要求されるようなものだ。彼らは、木の切り株の年輪の模様を見て、東西南北の方向を探ったりなどして、わが社(谷川岳)でも活躍してくれるだろう。場所が違っても。即戦力なんだから。と言われてしまう。
 その期待につぶれてしまうのが、まさしく牧田のように、誰にも相談できずに孤立してしまうタイプである。

 当然、引き継ぎ無しでは、業務は停滞し、高橋の息のかかった外部コンサル達は、ここぞとばかりに牧田を攻め立て始めた。彼らは顧客である山岡社への告げ口も行うほどであった。もはや、パートナーではない、彼らは牧田にとってはもはや獅子身中の虫(※巻末参照)であった。
 
 牧田は孤独であり、身動きが全く取れなくなっていた。
 短期的な結果を求められ、その反面、何の材料も与えられず、多大な重圧に苦しんでいた。

 社長の林田も、自身が営業活動の経験が無く、牧田を直接サポートすることもできなかった。他の営業社員に、牧田をサポートするよう指示をだすものの、彼らも高橋に睨まれたくなく、主体的に動くことは無かった。例え、社長の林田からの命令であっても。

6 恐れていた、顧客からの猛抗議と前任者の復権

 「あんな男では駄目だ。わが社を軽く見ているのか。わが社の営業担当を前任の高橋に戻せ。」
 山岡社の社長が怒鳴り込んできたことは、無理も無かった。
 誰よりも、牧田自身がそう考えていた。
 ある意味、彼も、この瞬間に、それまでの苦しみから解放されてほっとしたというのが正直な感想だった。

 「しょうがないなあ。山岡のオヤジサンが抗議に来た?もう、俺が復帰するしかないでしょう。」と、高橋はつぶやいた。周囲に聞こえるような大きな声でつぶやいたのだ。
 
 結果として、今回の人事異動・営業担当替えは、高橋の社内での存在感を、これまで以上に高める結果となった。皮肉なことに。

 自身の業務を長年にわたりブラッックボックス化したあげく、後任に引継ぎもしない。そんな非道な男が、結果的に自分の社内での価値を挙げた。
 牧田は、社内にいるわけにもいかず、静かに退職していった。

7 高邁な転職の志に立ちはだかる前任者という壁

 これには、後日談があり、高橋は、結局は懲戒免職になった。
 高橋が、その取り巻きである外部コンサルタントと、山岡社の窓口社員と、接待、旅行目的で、正当な決済なく日本ISO社の経費を不正に使い込んでいたことが発覚したからだ。

 例の牧田との引継ぎの一件も、己の不正を隠すために、結託して行った謀(はかりごと)であったのだ。高橋と外部コンサルタントは一芝居うったのだ。

 ヒトの人生を左右するだけの甚大なパワーを持つもの、それは「前任者」
 牧田のその後は、誰も知らない。
 前任者、そして彼が手にする引継ぎ行為。転職者が、克服すべき大きな壁の一つであることには間違いない。

※ 獅子身中の虫・・・・獅子の体内に寄生して、ついには獅子を死に至らせる虫の意味。ひいては、組織などの内部にいながら害をなす者や、恩をあだで返す者をいう。

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                  転職定着マイスター 川野智己

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