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ポケモン小説同人誌『少女時代』

「ポケモン サン・ムーン」の二次創作小説同人誌『少女時代』を、2020年9月27日付で頒布開始しました。本記事はその紹介です。


書影

『少女時代』表紙

内容:ミヅリリ後日談

『少女時代』は、ゲーム「ポケットモンスター ムーン」のエンディングの後に、主人公がリーリエと再会して夜を徹したポケモン勝負をする話です。以下のような設定です。

  • いつ:アローラリーグ初代チャンピオン誕生から五年後のある夜

  • どこで:カントー地方セキエイ高原ポケモンリーグで

  • 誰が:女主人公(ミヅキ)とリーリエが

  • 何を:6対6のシングルバトルを

  • なぜ:その先は言わなくても分かりますよね?

 ポケモンを一匹ずつ繰り出して戦う中で、ミヅキとリーリエはアローラでの島めぐりの思い出をなぞり、あのころ押し殺していた互いの感情と向き合うことになります。ポケモントレーナーになったリーリエへの祝福……自分を追い越していく背中への寂しさ……生まれ持った環境を受け入れること……母から受け継いだもの……トレーナーの傲慢……ポケモンとは何かという問い……そして、どんな勝負でもそうであるように、決着の時が来ます。

 おまけとして、『少女時代』よりさらに数年後、ガラル地方に腕試しに来たミヅキが、ガラルチャンピオンのユウリ(「ソード・シールド」女主人公)と対戦する短編『光あれ(プロローグ)』も収録します。こちらは最初の一匹で話が終わるので安心! ただし、同時にポケモン世界の終わりも予感させる内容になっています。

 カバーと表紙・裏表紙の絵は、和紙のちぎり絵で製作しています。

 版型は文庫版、全174ページです。

推奨予備知識:ゲーム2本

 本来、二次創作の読者に求める予備知識なんぞは「私と同じ! 以上!」でいいと思うのですが、こうして宣伝をしている以上は対象を明確にした方がいいでしょう。

 ゲーム「ポケットモンスター サン・ムーン」のどちらか(ムーンが望ましい、ウルトラサン・ウルトラムーンではない)、ゲーム「ポケットモンスター ソード・シールド」のどちらかを先にプレイしていただくことを推奨します。

目次:プロローグ+6匹+おまけ

1.再会
2.VSピクシー
3.VSキュウコン
4.VSシルヴァディ
5.VSヤドラン
6.VSドンカラス
7.VSウツロイド
光あれ(プロローグ)
あとがき

頒布場所:メロンとBOOTH

 以下の場所でお手に取りいただけます。

紙の本:メロンブックス通販

電子版(専用ビューワ):メロンブックス電子書籍

電子版(EPUB+PDF):BOOTH

試し読み

『少女時代』及び『光あれ』は、全文をpixivで公開しています。ただでさえ小説は買う前にクオリティを吟味しづらい作品形式ですし、現代において本というものの価値はほとんどコレクションアイテムか、オフライン環境で使える資料というところにしか(悲しいことに)なくなってきていると思うからです。

 以下に、『少女時代』の冒頭部分(約6700字)を掲載します。


1 再会


 最後のドアが、背中で音を立てて閉まった。
 
 笑顔だぜ、と博士は言った。そうだ。こういうときこそ強気でいなければいけない。みんなを回復させたし、薬の残りだって何度も確認した。最後にどんな相手が来ても、いつも通りの状況判断で立ち向かえばいい。自然体でいい。こんなに強い人たちに勝ち抜いてきたのだし、せっかくここまで来たのだし、勝っても負けてもすごい勝負ができるに違いない。
 それでも、やっぱり負けたらどうしよう。
 そこが自分とハウの違うところだとミヅキは思う。彼は負けを恐れない。「本気の悔しさがおれを強くするからねー」などと一片のてらいもなく笑ってみせて、握り拳をほどいて握手ができる人だ。自分にはそういう真似はできない。
 ミヅキは、自分が負けたバトルを全部憶えている。
 例えば、トレーナーになって間もない頃の、せせらぎの丘の試練。
 例えば、初めてまもみが戦法くそゴーリをこの身で味わった、バトルツリーの山男。
 例えば、春に化石の町で出会った、北の国から来たガブリアス使いの女傑。
 その度にミヅキは、ポケモンセンターのベッドで人知れず泣いた。自分のポケモンたちに慰められさえした。それが余計に癪に障った。技を出して戦ったのはお前たちなのに、誰よりも悔しがるべきなのに、そのお前たちがどの面で「また次があるさ」などと言えるのか。なぜそうも能天気なのか。
 ミヅキにとってポケモンバトルは、一期一会だ。
「また」のある勝負などない。ひとたび勝負をすれば、手持ちが分かる。戦術が分かる。あるいは、毎回手持ちも作戦も変えたとしても、ポケモンバトルに対して一人一人が持つ哲学は変えられない。気合の入った勝負ほど、それが出る。攻めて攻めて攻めまくることを信条にしたトレーナーは、たとえ時に遅滞戦術に徹することがあろうとも、劣勢の勝負をだいばくはつで投げたりはしない。一度の勝負で、そういうことは分かってしまう。分かってしまうほどには、ミヅキも長くトレーナーをやってきた。そして分かってしまえば、もう最初に会った時と同じ関係ではいられない。自分の強さに自信があればこそ、二回目の勝負にかける真剣味は薄れ、そのくせ負ける悔しさはますます重くなる。だって知ってる相手なんだから、勝って当然なんだから。
 だから、ポケモンバトルに「また」はない。自分の全てを出し尽くす、全力のバトルには。
 だから、負けたくない。
 せっかくここまで勝ち抜いてきたのだ。
 ポケモンリーグのチャンピオン戦、なのだ。
 負けたらどうしよう。大勢の観客が見ている前で、勝った方がカントーの頂点となる戦いで。ここで負けたら、自分はまた泣いてしまうだろう。泣くだけではすまないかもしれない。こういうことは初めてではないのに、島めぐりだってやり遂げたのに、大事な戦いはいつだって慣れない。思う――そもそもトレーナーになったからこそ、勝ち負けを気にするようになったのではないか。
 一度も泣かなかった女の子を、ミヅキは知っている。
 彼女はトレーナーではなかった。そのせいだろうか。きっと違う。あの旅で、彼女はどんな残酷な現実にも立ち向かい、ミヅキの知るどんなポケモントレーナーよりも強かった。一人でスカル団に同行したと聞いた時、自分はハウと同じ顔をしていたと思う。一人でカントーへ旅立つ彼女を見送った後には――ミヅキは、やはり、自分の家のベッドで泣いた。泣いたなんてものじゃなかった。博士のヤミカラスが届けてくれた日記と、噂を聞いて訪ねてきたグズマの説教が、あの頃のミヅキを虚脱と自暴自棄から救った。あの頃のミヅキには、彼女の強さを素直に認めることができなかったのだ。
 自分はトレーナーで、彼女はトレーナーではなかったから。
 回廊は長く続いている。もういくつの角を曲がっただろうか、マントのドラゴン使いの部屋を後にしたのが何年も前のことのように思える。ポケモンバトルを生業と定める猛者たちが「最後の道」と呼び、その多くが二度とは訪れなかった暗い回廊。この道を抜けた先が、音に聞くセキエイ高原の頂上台地だ。リーグの中のリーグと言われるこのカントーポケモンリーグでは、アローラが如き僻地のチャンピオンなど無名に毛が生えた程度に等しい。ここまで来たのが、既に番狂わせと言える。スタジアムには観客が詰めかけているに違いなかったが、その喧騒はここまで届いてはこなかった。静かな回廊をミヅキは歩く。静寂の痛さに涙が滲む。
 笑顔だぜ。
 自分にそう言い聞かせて、何度目かの角を曲がる。左右の足元には白い灯りが点々と並んでいて、チャンピオンへと至る道を示している。
 彼女は、トレーナーになったのだろうか。
 バトルの強さだけが、強さではない。そのことをミヅキに教えてくれたのは彼女だ。でも、彼女ならきっと素敵なトレーナーになれると思う。「もっとこうなりたい」という不満と野心――それこそが、トレーナーにとって何より必要な想い、強くなるための力の根っこだ。ミヅキをここまで導いたのも、結局は同じ想いだった。
 旅をしたいと彼女は言った。その言葉に賭けて、ミヅキは広い世界を訪ね歩いた。彼女が去って五年、カントーに戻って三年、この島国のどこにも彼女の姿はなかった。しかし彼女なら、トレーナーでも別の道でも、必ずこの世界のどこかで胸を張って生きている。そのことだけは、ミヅキも胸を張って断言できる。
 白い灯りの列が左に折れた。
 ミヅキもそれに従って左に折れ、おもむろに歩みを止めた。
 角を曲がった先で、灯りは不意に途切れていた。代わりに、赤々と燃える松明に照らされた巨大な鉄扉が、覚悟を決めるだけの距離を隔てて厳然とそびえていた。
 最後の道の、最後の三十メートルだった。
 気圧されはしなかった。最後の扉を見たことで、腹が据わったような気さえした。無論、完全な覚悟ではない。ミヅキは努めて平静に、歩調を変えないように、扉を目指して歩き出した。
 笑顔だぜ。
 負けたらどうしよう。
 不安が引き攣った笑みを作る。違う。そうじゃない。強者の笑みを浮かべるのだ。己自身も知らぬ力を試す強者の笑みだ。ロイヤルマスクの不敵な笑みを思い浮かべる。いい感じだ。その時ベストの技を選べるポケモンとトレーナーのコンビが繰り出す技こそが、最強の技だ。何という禅問答。だが今のミヅキにとってその言葉は光明だ。最強のトレーナーがいるのではなく、最強のポケモンがいるのではなく、ただ最強の瞬間だけがこの世にはあるのだ。自分は、その言葉を実感を持って受け止められるほど長く生きてはいない。これから確かめるのだ。この先に、自分たちの最強の瞬間があるのだ。
 最後の道を、踏破した。
 ミヅキは鉄扉に両手をかけ、一つ深呼吸をして、身体全体で押し開けた。
 頂上決戦を一目見るために押し寄せた観客の大歓声と、四方に煌々と輝くスタジアム照明が、ミヅキを迎えた。しかしミヅキの目はそれらを見ていない。ミヅキは瞬きも忘れて、バトルフィールドを隔てた反対側に立つ、チャンピオンの姿だけを見ている。いや、ひょっとするとそれすら見えていないかもしれない。
 一気に視界が滲んだ。
 最初から、どこかで予感はあったのだ。
 無二の友達が、そこにいた。
 
「リーリエ」
 
「はい、ミヅキさん」
 彼女は応えて、一歩を踏み出した。純白のドレスが遅れて風を孕んだ。何年も使われて皺一つない、大きな帽子を僅かに傾けて、白百合の少女はミヅキを見た。
「お久しぶりですね。本当に……お久しぶりです」
「リーリエ!!」
 たまらず駆け出した。チャンピオンは制止しなかった。代わりに満場の観客の視線がミヅキに絡んだ。結果的に、ミヅキはスタジアム中央より僅かに手前の、中途半端な位置で足を止めた。すぐに駆け寄りたい気持ちと得体の知れない躊躇が、ミヅキの中でせめぎ合った。モンスターボールの形に引かれたセンターラインを越えることが、どうしても今の自分には許されない気がしたのだ。
「リーリエ……本当にあなたなのね? まさか……ここにいたなんて」
 絞り出した声は喉の奥で掠れたが、白熱の戦いを存分に見せるために設計されたスタジアムの立体構造は、ミヅキの声を正確に反響させてフィールドの反対側へ届けた。
「はい、本物のわたしです。驚かせてごめんなさい……でも、驚かせたかったのです」
 どうして、とは訊けなかった。彼女ならトレーナー以外の道でも大丈夫。にもかかわらず、彼女がこの道を、この場所をこそ選んだ理由――自分の知っているそれが、ただの自分の自惚れではないと分かってしまうほどには、ミヅキは長く、彼女と旅をしたのだ。
 ミヅキは言った。
「……そっか。リーリエも、なったんだね。ポケモントレーナーに」
 自分で口にして初めて、その事実が胃の腑に落ちた。そうだ。リーリエはポケモントレーナーになったのだ。旅立ちの夜に言った通りに。きっと、たくさんの人やポケモンと出会い、たくさんの町を巡ったのだ。たくさんのバトルを経て、強くなったのだ。それこそ、ポケモンリーグのチャンピオンになるくらいに。
 そう思うと、誇らしさと共に一抹の寂しさがあった。
 リーリエは、もう自分に憧れてくれることはないのだ。
「強く、なったんだ。やるじゃない」
 ミヅキが言うと、リーリエは深緑の瞳を伏せた。誇らしげな笑みが返ってくると思っていただけに、その表情は不審だった。
「強さは……いいことばかりではありません。わたしはカントーに来て、ポケモンバトルの楽しさを知りました。でも、強さに溺れてしまった人も、わたしはたくさん見たのです」
 ――そういうことか。
 その答えには、ミヅキは驚かなかった。自分も通った道だ。強さは、そのまま人格の証明ではない。島めぐりですでに、自分はそのことを嫌というほど思い知った。リーリエはあの時トレーナーではなかったから、よく実感できなかったのだろう。自ら一戦交えてみなければ分からないことというのはあるのだ。相手の強さも、強さを持て余した哀れさも。
「かあさまは」
 ゆっくりと睫毛を持ち上げて、リーリエが言った。
「去年の冬に亡くなりました。治療のために、各地を転々としていたのです。ハナダの岬のマサキさんや、セキチクシティのアンズさんにも手を尽くしていただいたのですが……結局、全快とはいかず」
 記憶を辿る、
「でも、意識は程なく戻ったのです。……あんなに優しいかあさまを見たのは、本当に小さいころ以来でした……。雨が降ったある日、わたしはかあさまの車椅子を押して外に出たのですよ」
「……そっか」
 リーリエはその続きを言わなかった。言わなくてもミヅキには分かったし、分かるに決まっていた。母娘は、最後に安らかな時間を取り戻したのだろう。もしかすると、その時まで自分が彼女を見つけ出せなかったことは、かえってよかったのかもしれない。
 かつて敵として争った人物の最期を受け止めて、ミヅキはお返しに自分の来し方を告げる。
「グラジオは……元気だよ。今もエーテルパラダイスにいるわ。一度ロケット団が騒いだことがあったけど、あたしたちでやっつけた。グズマさんもカッコつけちゃってさあ……それが片付いてから、あたしはカントーに来たの」
 兄の名に、リーリエの表情はそれと分かるほどに綻んだ。二人は連絡も取り合っていなかったのだろうか。
「そう……よかった。にいさま、思い込みの激しいところがあるから、危なっかしくて」
 ――そういうのは、あなたも同じじゃない。
 ミヅキは声には出さず、ただくつくつと笑った。リーリエだって、そんなことくらい分かっているに違いないのだ。笑うミヅキを見て、リーリエも笑った。
「あたしはカントーの生まれだから、ハナダのあたりは懐かしいけど……あたしが来た時にはもう、リーリエはいなかったんだ。それで、バッジを集める旅をした」
「ミヅキさんなら、きっと楽勝だったのでしょうね」
「ええ、楽勝よ。あなたも、でしょう?」
「ふふ……わたしは、とてもがんばったのです」
 そう言って、またリーリエは笑った。目を細めて、両手を握り拳にして。ドレスの背に柔らかく広がる、結んでいない綺麗な髪が揺れた。
「トキワシティのグリーンさんから聞きました。トキワシティジムは昔、ロケット団のアジトだったのだと」
 その話ならミヅキも知っている。ポケモンマフィアとして悪名高いロケット団の首領が、ジムリーダー資格を得ていたことがあった。それをロケット団ごと覆滅ふくめつしたのが、マサラ出身の若いトレーナーだったという。強さが、経験が、必ずしも正しい心を生み出さないことの、それも一つの実例だ。
「わたしもかあさまも、ポケモンさんと関わって悲しいこともありましたが、あなたとほしぐもちゃんに出会ってからは、それ以上に救われました。いいことも、悪いこともあるのが……トレーナーなのですね」
「…………」
 それ以上、ミヅキが聞くべきことはなかった。
 強さはそのまま人格の証明ではない。チャンピオンであっても、友達であってもそれは同じだ。だが、ここまでの言葉で確信できた。リーリエは大丈夫。たとえこの先何があっても、どれだけ強くなろうとも、リーリエはリーリエでいてくれる。
 たとえ、ここでミヅキを破っても。
「……なんだ、分かってんじゃない」
 だから、ミヅキはそう言った。
 五年という長い別離の後でさえも、話したいことが山ほどあってさえも、二人はあまりに舌足らずだった。だが、彼女たちはポケモントレーナーだ。言葉で伝えきれない想いを伝えるために、身体と身体でぶつかり合うすべが、彼女たちにはあった。そのための最高の舞台に、彼女たちは立っていた。
「さあ」
 もうすぐ、言葉は尽きる。
「ミヅキさん。ポケモンバトルをしましょう。また会えたのがこの場所で、本当によかったです。わたしの全力を、他でもないあなたに見てもらえるのですから。……それと」
 リーリエは白いドレスの腰に提げたポーチに手を差し入れ、中から一つの道具を取り出した。
 細い両手が捧げ持つ、見紛うはずもないそれは――
 
 八本の光輝を持つ太陽が意匠された、金色の横笛。
 
「…………」
 ミヅキの喉から、笑いとも溜め息とも嗚咽ともつかない、短い息が漏れた。
 もう一度、震える胸で息を吸い、
「はは……」
 今度は、何とか笑えたと思う。
 ミヅキの背負っていたリュックが、肩から滑り落ちた。両腕を通って背中、腰、遂にスタジアムの地面に落ちる――直前、
 リュックが中にいるポケモンの力で、浮く。
 落下に取り残されるように、リュックの口から漂い出ていたのは――
 
 三日月の弧を描く双翼が意匠された、銀色の横笛。
 
 ――忘れるわけ、ないじゃない。
 思い出を。友達との絆を。ずっと持ち歩いていた、ずっと心の奥に響き続けていた。いつかまた、二人の音色を奏でる日を夢見て、それ故今日まで一度も自分では吹かないで、肌身離さず持っていた月の笛。
 リーリエの深緑の瞳が、長い睫毛の奥で揺れるのが見えた。
 ミヅキは後ろ手に笛を掴む。掴んで、リーリエに向けて高く掲げる。会いたかったんだぞ、ずっとずっと会いたかったんだぞ――その証拠が、これだ。見ろ。
 笛を手にした二人は、もはや言葉を交わさなかった。センターボールを離れ、バトルフィールドの両端に陣を取る。それぞれのモンスターボールを、それぞれの身体の最適な位置にセットする。待ちぼうけを食っていた観客がざわめき始め、頭上の巨大スクリーンに両者の顔がでかでかと映し出された。
 CHAMPION LILLIE。
 ――知ったことか。
 ミヅキは思う。ポケモンリーグもチャンピオンも、全てお前たちの都合だ。お前たちに見せるための勝負なんかしてやらない。チャンピオンに挑戦して勝つためじゃなく、大切な友達と再会を喜び合うために、あたしはここにいる。誰にも邪魔はさせない。
 周囲の喧騒が、世界から消えていった。
 明るさの向こうに、リーリエが見えた。
 目を閉じる。
 大峡谷の夜が戻ってくる。
「――――」
 二人は同時に――静かに――太陽と月の笛に、唇を合わせた。
 
 セキエイ高原の頂上は、月輪の祭壇になった。
  
 月に捧げた余韻が消えるのを待たず――二人は同時に地を蹴った。
 視線が、想いが交錯し、激突したそこへ、最初のモンスターボールが放たれた。


〈以上〉

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