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短編小説3『路上ライブで恋をした』

まえがき

こんにちは!梨亜奈です。
実は私、音楽を少し嗜んでいまして。
今回はそんな音楽にまつわるお話です。

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「うう、さぶっ」

雪美(ゆきみ)は白いストールを首に巻きながら、駅のホームを後にする。

仕事は定時に終わり、電車に乗って駅に着くとともう7時。

吐息がはっきり見えるくらい、辺りは真っ暗だ。

すると、いつもは静まり返っている駅前に、若い男の歌声が響いていた。

辺りを見回すと、駅の壁に寄りかかっている、緑のパーカーを着た青年が目に入った。

青年は、茶色くて穴の開いたギターを弾きながら歌っている。

なんとなくその歌声に引き付けられるように、雪美は彼に近づいた。

彼の歌を、少し離れて2、3人ほどが聞いている。

誰の歌だろう。私の知らない曲だ。

雪美は、ほかの聴衆と同じくらいの距離から、彼の歌声に耳をすましてみた。

 僕らはまだ未成年
 会いたい時に会えないこともある
 寂しいくらいが
 ちょうどいいのさ

ちなみに青年は明らかに20歳を超えている。

でも、心の隙間に入り込んでくる、いい歌だなあと思った。


家に帰り、浴槽の中で、雪美は今日聞いた歌を思い出していた。

「寂しいくらいが、ちょうどいいのさ」

この歌詞が頭から離れない。

寂しいことは悪いことだと、勝手に思い込んでいたからかもしれないな。

雪美は風呂を出て着替えると、冷蔵庫に向かう。

明日も彼が同じ場所にいたら、誰の曲か聞いてみよう。

そう思いながら缶ビールをあけた。

ひとり暮らしだから一緒に飲む相手もいない。

最低限の荷物しか置いていない部屋は少し物寂しい。

明日も朝から、ひとり電車に揺られて、仕事にいかなければならない。

けれど、帰りに、またあの歌声を聴けると思うと、不思議と頑張ろうという気になった。


翌日、帰りの駅のホームを出ると、昨日と同じ場所に青年がいた。

雪美は駅からでた他の人と速度を合わせながらも、まっすぐ彼の歌声めがけて歩いて行った。

周りには、昨日と同じ程度の人しか来ていない。

どれくらいの時間が経っただろう、聴衆は入れ代わり立ち代わりしている中で、雪美はただ1人、ずっと彼を見つめ続けていた。

すると、どこからともなく「寒くないですか?」という声が聞こえてきた。

いつのまにか、彼の歌を目の前で聴いているのは雪美だけになっていたのだ。

「あ…寒いですね!」

すっかり彼の歌に聴き入っていた雪美は、満面の笑みでそう言ってしまった。

「あ、えっと、寒いけど、寒くないです。素敵な歌声なので」

慌てて弁解する。

すると、彼は大きな声で笑った。

「そうなんですね。どういう理屈ですか?」

雪美もつられて笑った。

「さあ、私にもわかりません」

雪美は、彼の歌声が、君は独りではないと、自分に訴えているように感じたのだ。

だから、寒さも忘れるくらいに聴き入っていた。

なんて、こっぱずかしくて言えやしない。

「えっと…あなたも、寒くないですか?」

「まあ、それなりに。あ、タケって呼んでください。近藤健(こんどう たける)っていいます、僕」

「じゃあ、タケさんで。タケさんは、ミュージシャンなんですか?」

「ん~、そんな感じかなあ。でも僕の名前、聞いたことないでしょ?」

「うーん、申し訳ないけど、ないですね」

「そういうことですよ」

タケさんはそう言って、ニコっと笑った。

そんなこと、知ってるよと言わんばかりに。

「あっ、ごめんなさい……」

「いえいえ。もう惰性で音楽やってるようなものなので。でも時々こうやって、僕の歌が素敵だって言ってくれる人がいるから、やめられないんですよね」

「えっ、さっきの曲、タケさんが作ったんですか!?」

「うん、全部僕の歌」

「すごい!」

タケさんは一瞬驚いた顔をして、

「そう言ってもらえると、照れるなぁ」

とだけ言って、頭をかいた。

そうこうしているうちに、駅前にはまた人が行き交うようになってきた。

残業終わりのビジネスマンたちだろうか。

タケさんは私にニッコリ微笑んで、また歌いだした。

昨日聴いたあの曲だ。

 僕らはまだ未成年
 会いたい時に会えないこともある
 寂しいくらいが
 ちょうどいいのさ

なんど聴いても、この歌詞はすごく良いなあ。

そういえば、自分の名前をまだ名乗ってないな。

人がまた少なくなったら、自己紹介しよう。

ついでに連絡先も聞いちゃおうかな。

タケさんと話すと、とりとめのない話でも、なんだか心がスッキリする。

雪美は彼の曲を聴きながら、ボンヤリそんなことを考えていた。

するとまた、人通りが少なくなってきた。

彼の周りには、私と、同い年くらいの派手目な女性だけ。

「ふぅ」と、彼が一息ついたとき、

「健、もう終わりにしなよ」

隣にいた派手目の女性が、タケさんにそう声をかけた。

「うん、そうするよ、めぐみ」

あ……そうなんだ。

タケさんは私にウインクすると、ギターをさっと片付けて女性の隣に並ぶ。

2人は腕を絡ませながら親しげにどこかへ歩いて行った。

短い恋だったな。


その日から駅前でタケさんを見ることは無くなった。

場所を変えたのか、それとも……。

『もう終わりにしなよ』

女性はそう言っていた。

もしかすると、歌よりも大切にしたいものを、彼は見つけてしまったのかもしれない。

でも、雪美が、彼の歌に生きる勇気をもらったのは事実だ。

「週末、実家に帰ってみようかな」

ひとり暮らしを始めてから、なんだか面倒くさくて、2年くらい実家には帰っていない。

彼氏もいないし、自分の生活に干渉されるのがなんとなく嫌だったのだ。

ひとりの方が楽だと思い込んでいたが、そんなこともないんだな。

昨日のタケさんとの会話はとても楽しかった。

”タケさんだから”というのもあるだろうが、”誰かと話をする”事が大事なのは事実だと思う。

さて、明日も仕事頑張るか。

~終~








路上ライブ、というのだろうか。


12月の始め、高知駅前の路上で、アコースティックギターを弾きながら歌う彼に恋をした。

日は最後の一人になるまで残って、連絡先を聞いてみよう

なかなか帰らないなあの女子

「あ......そっか」

あの人と女子は見つめあって

もう帰る?と口パクでやりとり

そういうことか。短い恋だったな

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