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ALPS処理水

家の近くにこんなごく小さな橋がある。家と家の間にある幅1メートルくらいの二歩も歩けば越えられる小さな橋で、川自体の幅は30センチくらいだろうか。でも川幅に似合わず大きな字で、ちゃんと名前のプレートが付けられていて(この写真では左側の白く見える部分)そこには「東西橋」と書かれている。

別の橋だが、何年か前に家のすぐそばの橋に市役所の車がやってきて、橋に小さなプレートをつけて行った。これも幅2メートルに満たない川の橋で、言いようによってはなんて事のない橋なのだが、後で見たらプレートには「カムラ橋」と書いてあった。
防災上の管理のため橋にプレートをつけているのかもしれないが、「へぇー、こんな橋にも名前をつけるんだ」と思った。
昔から住んでいる人に聞いてみたら「カムラ」というのは、この地域のあざの名前だということだった。「へぇー、そうなんだ」と思ったが、そんな名前はここに30年近くも住んでいて初めて聞く名前だった。

身近な地名をネットに書くのは「危険行為」とも言われるが、60歳過ぎのジジイを誰もストーカーしたりしないだろう。


一時期、市町村合併が盛んに行われていろんな市町村の名前が話題になった。「西東京市」とか「さいたま市」とか「南アルプス市」とか。その一方で多くの地名も消えていった。また、僕の身近には「伊豆の国市」と「伊豆市」とか、混乱をきたす名前も誕生した。

よく言われるように、地名はその土地の来歴を背負っている。ローカルな地名で申し訳ないが、身近なところで例えば「沼津」であれば「水」と縁が深い土地であろうし、源頼朝が流された韮山の「蛭ヶ小島」は今はその字が当てられ「蛭」に関係した地名と思われているが、そうではなく、「のびる(野蒜)」から来ているのだろうと地域の史家は言う。僕の生まれた「函南町」は「箱(函)根の南にある」という意味であると、こことは全く縁もゆかりもない東京の友人のお父さんが教えてくれた。
全くちなみにだが「函南町」は「田方郡函南町」なのだが、周りの「田方郡」に属していた町が合併して市になってしまったために、「郡」でありながら、「郡」の中に「函南町」しか存在しないというおかしな現象も招いた。


「名も無いこと」も勿論大事なことだと思うが、名前があることも大切である。それを大切さを実感したのは、山に詳しい人(いや、山を愛する人)と山歩きをした時だった。
山を歩きながら、足元の小さな白い花の名前を「これは何」「これは何」とみんな教えてくれる。僕にはほとんど区別もできず、花のあることさえ見過ごしてしまうような小さく可憐な花たちである。

世界は混沌として区別が不分明な様相で広がっており、僕らが物の存在を認識できるのは、僕らがその混沌とした世界に言葉を与えて事物を切り取って来るからだという考え方がある。
世界が不分明な混沌でしかないという理解はなかなか納得し難いかもしれないが、その名を知らなければ、足元のその花の存在にさえ気づかなかった自分を考えれば、世界と言葉の関係はそういうものだとも実感される。
さらに名もなき花の可憐さに気づくために「言葉」「名前」というものがいかに大切なものであるかも実感されるのである。


そういう文脈をたどってきた時、どうもここのところ報道で採り挙げられる「アルプス処理水」という言葉に違和感を感じてしまう。処理水をいかにも「きれいな水」であるように思わせる作為性を・・。
もっとも、これは多核種除去設備(Advanced Liquid Processing System)の頭文字「ALPS」を取ってそう呼ぶのだそうであり、僕の違和感は政治不信という僕の「偏見」に過ぎないということになる。それでも、これをニュースなどで耳にした時の違和感は、残る。
一昨日のニュースだったか中国はこれを「汚染水」と称して強く海洋放出に反対したと報道されていた。飲めるだとか、飲めないだとかが話題になっているが、まるで、その昔、水俣病のチッソ社長が排水処理施設の完工式で処理水と称する水を飲んでみせた茶番が重ねられたりもする。

本当なの?本当に大丈夫なの?誰か本当のことを教えて!って。

化石燃料への依存、地球温暖化、ウクライナへのロシアの侵攻、庶民の生活が圧迫される中で、原発への許容論に針が触れ始める。あれだけ3.11での甚大な被害を経験したのに。
同じように、ロシア、北朝鮮、中国の脅威が叫ばれる中で、軍備増強、軍事予算の増大、憲法改正へと世論の軸が揺れ始める。
正しいことは僕にはわからない。ただ、それが「言葉」による誘導(煽動?)であるかもしれないという恐れを、僕らはいつも抱いていなければいけないのだと、そうは思うのである。


「処理水(ALPS処理水)」か「汚染水」かという議論は、名前に対する人間の営みとして、「捨て猫」を「捨て猫」とせず、「拾い猫」とも呼び、「保護猫・地域猫」にする配慮に劣る。

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