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第104話:荒れ「た」成人式

今年も成人の日がやって来て、それにあわせて卒業生の来校が増えた。成人式自体は市町村で行われるから、小中学校が集まりの母集団になるが、ついでに高校にも顔を出しておこうということで、2年ぶりに顔を見せる教え子も多い。
今年も二人の女生徒が晴着を着てやって来てくれた。

コロナで成人式も微妙な情勢だが、高校を卒業して2年、生徒同士も、我々も顔を合わせるにはちょうどいい頃合いになる。
18歳成人ということが言われているが、高校三年生にとって成人式は今のままでいけば共通テストの一週間前ということになるわけで、それはどういう事態を生むのだろうと心配になる。

ニュースは美しい振袖や立派なスーツに身を包んだ成人たちが再会を喜ぶ輝かしい笑顔を映し出したが、それを観ながら、ふと荒れる成人式を思い出した。

もう20年も前になるだろうか、今ではそんな話も聞かなくなったが、成人式での新成人の振る舞いが報道を随分賑わわせた。

県知事があまりにうるさい若者たちに向かって「出て行け」と怒鳴ったところ「お前こそ出て行け」と怒鳴り返したとか、ある県では式の最中にモデルガンが発射されたとか、また別の所ではこともあろうに祝辞を述べている市長に向かってクラッカーを鳴らし、酒をビンで回し飲み、果ては外で喧嘩するといった呆れた連中までが出現した。

学校は若者の坩堝なので、荒れる成人式と同種の問題は学校の中に珍しくなく起こった。

例えば、僕の経験ではないが、知り合いのある教員が語ってくれたところによると、普段から態度が悪く授業妨害をする生徒に堪忍袋の緒が切れ「うるさい。しゃべるなら出て行きなさい」と怒鳴ったそうである。
そうするとその生徒は胸のポケットからやにわに携帯を取り出し、どこにかけるのかと思ったら親の職場らしく「おいオヤジ。いまセンコーが出て行けって言うんだがどーすんべーか」と言ったということである。
「呆れたよ」とは彼の言だが、さらに呆れたことに数時間後にその生徒の親が「オレの息子に出て行けと言ったヤツはどこだ。校長も出せ」と怒鳴り込んできたそうである。ここまでくると親もオヤオヤである。

また、かつての同僚は転勤先での出来事を語ってくれたが、暴走族のバイクが学校に乗り込んできて、グラウンドをウィーンヴィーンと走り回った。
管理職も他の教員も動こうとしない。そこで生徒課長をしていた彼はすっ飛んでいって、孤軍奮闘、バイクを追いまわした。
生徒たちも窓を開けてその様子を見ていたが、そのうち格闘している彼の頭上から彼の名前を叫び、「○○死ねー」という声が冷笑と共にいくつも浴びせ掛けられたということだった。
「俺は何のために何をやってるんだか分からなくなったよ」と彼は言っていたが、どこかが狂っていたのがこの頃の状況だったと言えるだろう。

それに比べれば僕は比較的平和な生活をしていが、思い返してみれば確かにかつてはまだまだやんちゃな生徒が多く、自分の未熟さもあって、絶えず問題が起き、その後処理に追われ、こんなことをするために教員になったんじゃないと思うことは多かった。

尾崎豊の歌、

盗んだバイクで走り出す

行儀よくまじめなんて出来やしなかった
夜の校舎窓ガラス壊してまわった
逆らい続けあがき続けた
早く自由になりたかった

その歌詞はかつての自分のモヤモヤを重ね合わせれば、荒れる生徒の気持ちはよくわかる。

ただ、彼が正解であるなら、僕らの仕事は若者にとっては不正解になってしまう辛さも感じた。

彼らが叩き割ったガラスを自分の職業として疑問を持ちながら片付け、真夜中に警察に呼び出され家に送り届けるのも僕らの仕事だった。
トイレの落書きやタバコの始末。
いじめの複雑な事後指導。
職員室に木刀を持って立てこもった生徒もいた。
バブルの頃にはミニスカートに加工する女子生徒も多く、スカートの丈の長さについて始終いがみ合わなければならなかったりした。

そんな時に自分の選んだ職業に疑問符をつけざるを得なかった。

そんな時代があったと、そんなことを成人式の報道を観て思い出してみたりしたのである。
そう思い返してみると、今は平和になった。ただ逆に平和すぎて生徒に「牙」を感じないのが、逆に不安になったりもするからおかしなものだ。
「理由なき反抗」の時代も人生の中にあっていい・・テレビに映る晴れ着を着て美しく笑顔を見せる成人たちを観てそんなことを思ってしまうのは、年寄りの「ないものねだり」なのかもしれない。


■土竜のひとりごと:第104話

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