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第72話:禁煙

煙草を吸い始めたのは21歳の時だから、煙草との付き合いは長い。
日にコンスタントに一箱を吸う一応の愛煙家である。ここ数年で日本は急速に嫌煙時代を迎えつつあり、それらが年々その市民権を拡大させ愛煙家の立場は非常に苦しいものになって来ている。

昔は職場でも平気で机で吸っていて、妊婦だっていたのだが、職員室は煙が層をなしてたなびいていた。今から考えてみれば、恐ろしい時代であったかもしれない。

しかし、徐々に肩身は狭くなり、自主規制の体裁で職員室内に喫煙場所を定めて換気扇を付け、煙草はそこ以外では吸わないことになった時代、職員室から追い出され喫煙室が設けられた時代を経て、今では校地内では一切喫煙が許されなくなった。

家では勿論、家の中で吸わせてもらえず、ベランダで吸う。いわゆるホタル族である。夏はまだ冷たい風が心地よいが、冬のホタルは寒い。
自分が吸っている時は気付かないが、ふと自分の住む団地を見上げて、ベランダに赤い光が時々スーッと光るのを見ると、何とも寂しい気分になったりした。

仕事に疲れた時イスに深くもたれて一服、夕飯後にゴロッとしての一服、寝る前に机で酒を飲みながら一服、・・ああ・・。
そうした愛煙家の“あわれ”は嫌煙家には全く理解されず、「冬のホタルは寒い」とカミさんに訴えると、「だったらやめれば」という冷たい返事となる。職場でも疎外され、家でも理解されず、全く肩身の狭い状態である。


禁煙しようと思ったことはそれなりに何度もある。

そもそもカミさんとの結婚の条件が禁煙であったから、当初は「カミさんに悪い」という気持ちはあって、どうしても吸いたくなるとコソコソと散歩と称して家を抜け出し外で一服して来たり、トイレで吸って「高校生みたいなことをしないで」とカミさんに怒られたりしていた。

暫くするとカミさんも諦めたようで僕も堂々と吸ってはいたのだが、体調がいたって思わしくなかったり、有名人がガンで亡くなったのを耳にしたりなどすると「やめてみようかな」という気にもなり、ひどく体調が悪いと「これはやめよう」というそれが決意にもなり、それで今回も何回目かの禁煙状態に入った次第なのである。

しかしこの禁煙というやつがなかなかに難しく、かのマーク・トゥエインは

「禁煙なんて簡単さ。僕は禁煙なら何回もしたことがある」

と言ったそうだが、これは名言なのであって、全くその通りなのである。「俺は一本吸ってから次を吸うまでは必ず禁煙してるぜ」などと威張る人がいるが、これは論外である。

さて、まず半分に減らそうということで、無意味に口にしていた煙草をやめたら、案外簡単にこれは成功した。しかしそこから先はなかなか進まない。一日5本というのは、やってみるとかなり難しい。

経験者である成功者に聞くと「減らしてもダメ。結局また本数は増える。一気にやめる」と言うのだが、つくづくと僕は意志が弱い。

この一箱を吸い終わったらやめよう、あと一箱でやめようとズルズル引き伸ばし、「これではいかん。この一本を今生の別れの煙草にしよう」と一本吸い終わって、まだ煙草の残っている箱を握り潰してゴミ箱に捨てるのだが、数時間経つと吸わずにはいられなくなり、捨てたゴミ箱をあさって、曲がってヘロヘロになった煙草を指で一生懸命引き伸ばして吸ったりもしてしまう。

これではいかんと自分では煙草を買わないことを決意してみるのだが、どうしても吸いたくなって、貰い煙草にはしる。みんな親切で、快くくれる。

これは本数を減らすには良い方法なのだが、迷惑だろうという罪悪感に駆られるので、職場の、とある女性に煙草をkeepしておいてもらい、「僕がどうしても吸いたくなったら貰いに行くからね。ただし、一日2本まで。それ以上は絶対拒否してね」などとムチャクチャ強引な約束を押し付けてみたりした。

ところが一日だけは確かに成功したものの、2日目以降は、その女性のいないスキに煙草をその保管場所からこっそり引き出して来るという始末で、この作戦も見事に失敗に終わった。

どうしても吸いたくなって煙草を買う。一本吸って「これはいかん」と思って、未練を残しながら他の19本を捨てる。時々はライターまで買って捨てる。

こんなことをしていると極貧に陥るなどと思いながら、それでもそんなことを何回も何回も繰り返しているのである。

結局自分の意志で克服するしかないのだが、周りに禁煙宣言するのが良いという人もいて、そんなこともやってみるが、既にすっかりオオカミ少年になっていて、カミさんなどは「どうせ」と言って全く信用しない。

つくづくと情けなく、こういう情けない自分に常に接していると本当に自分が情けない人間になってしまいそうで、自分に嫌気がさして来たりもする。
「だったら吸ってた方が精神衛生上良い」なんて思ったり、「かえってストレスがたまって体に良くない」と思ったり、果ては「何故オレが煙草をやめなきゃならないの」なんていう愚かな思いに駆られたりもする。

そんな訳でただ今も禁煙格闘中である。
煙草に自分の愚かさを教えてもらっている、という点では有益かもしれない。

(土竜のひとりごと:第72話)

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